先週、桂川(山梨)の某沢で、変わった魚が釣れた。山女と岩魚の合いの子のような風貌である。顔は岩魚で胴は山女。パーマーク(斑点)は山女だが、背中の模様は独特である(写真を見た友人は「豹・虎・シマウマ?」と表現したが、なるほどそういう風にも見える)。
沢のように小さく区切られた空間だから、このような混血?が起きたのだろうか。アタリ(魚信)とひいた感じは岩魚のようだったが、味は山女だった。
この魚は、山女と岩魚に分類したがる私に気づきを与えてくれた。万物には最初から名前がついていたわけではなく、後から名前と意味が与えられたのである。名前のあるものは、名前があるということだけで単独で存在しているのではなく、同時に名前のつく前のもの(老子の無名)が、観えない形で存在している。背後に隠れている無名の存在は、感じようとしなければ感じることはできない。

沢のように小さく区切られた空間だから、このような混血?が起きたのだろうか。アタリ(魚信)とひいた感じは岩魚のようだったが、味は山女だった。
この魚は、山女と岩魚に分類したがる私に気づきを与えてくれた。万物には最初から名前がついていたわけではなく、後から名前と意味が与えられたのである。名前のあるものは、名前があるということだけで単独で存在しているのではなく、同時に名前のつく前のもの(老子の無名)が、観えない形で存在している。背後に隠れている無名の存在は、感じようとしなければ感じることはできない。
