蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

スパイたちの遺産

2018年11月18日 | 本の感想
スパイたちの遺産(ジョン・ル・カレ 早川書房)

イギリスの元大物スパイ:ピーター・ギラムは、ブルターニュの田舎町で引退生活を送っていたが、昔の諜報作戦(ウィンドフォール)で殺された(ピーターの同僚の)アレックの息子がイギリスの情報部に(父の死の責任は情報部にあるとして)訴訟を起こそうとしている、として情報部に呼び出される。ピーターはウィンドフォールの記録を読み始めるが・・・という話。

著者の最高傑作は「寒い国から来たスパイ」だと思う。世に名高いスマイリー三部作は、表現が文学的すぎて(平たく言うと迂遠で晦渋)読んでいてストレスがたまる。そこへいくと「寒い国・・・」は、ストーリー展開が早くてあっと驚く結末も明瞭だ。

本作は「寒い国・・・」で展開されたスマイリーの巧妙(というか狡猾)な二重スパイ作戦の裏側の真相を明らかにしていて、(初めはそうとは知らずに読んでいたので)しだいに昔の記憶がよみがえってきて、ちょっと興奮した。
ただ、持って回った言い回しは三部作の方に近くて、読み返さないと筋が理解できなくなる箇所がいくつかあった。

それにしても、著者の作品を読むたびに思うのだが、二重スパイや味方の情報部の中での仲間割れで、スパイ活動が本当に国の役にたっているのか、むしろやればやるほど国益を害しているのではないか?と考えさせられる。著者は昔、本物のスパイだったらしいと知るとなおさらである。
もっとも著者もそのあたりは自覚があるらしく、本作の終盤でアレックの息子はピーターに対してこんなセリフを吐く。
「あんたらは全員病気だ。あんたらスパイは。治療法じゃなくて、病気そのものだ。マスかきのプロで、お互いマスかきゲームをして、自分たちは宇宙一くそ利口な大物だと思いこんでいる。人間のくずだ。聞いてるか?くそ暗いところで生きてるのは、くそ日光が手に負えないからだ。親父もだ。おれにそう言った」
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「国境なき医師団」を見に行く

2018年11月18日 | 本の感想
「国境なき医師団」を見に行く(いとうせいこう 講談社)

著者が、ハイチ(災害後の救援)、ギリシャ(難民の支援)、フィリピン(スラム街での啓蒙)、ウガンダ(難民の支援)で活動する国境なき医師団(MSF)をルポしたエッセイ。

この本の取材活動の費用はMSFの活動費から出ている(ウガンダ編でそんな主旨の記述があった)らしく、ほぼ全面的にMSFにアファーマティブな立場で書かれている(MSFの資金源はほぼ100%寄付らしいので、このような広報活動にも力を入れているらしい)。
なので、著者特有の、常識とはちょっとずれた視点の面白さを期待した私としてはちょっと残念だった。

MSFでは、肉体的・精神的なダメージが大きな活動に従事したメンバーには、活動の間隔を一定期間強制的に空けるというルールがある。
またどんな辺鄙な地域の活動でも、内科的・外科的医療の他にいわゆるメンタルケアを行うためのスペースと人員が配置されているそうである。
このあたりが、日本ではまだ遅れているのかなあ、と感じさせる。著者いわく「根性、などというものは国際的な常識ではないのだ」

「医師団」といっても、医者や看護師ばかりがいるわけではなくて、施設設営や物資の輸送・確保などいわゆるロジスティクスのプロみたいな人もいて、医者と同様に高く評価されているらしい点も印象的だった。
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