夢を叶えるために脳はある(池谷裕二 講談社)
脳の働きや人工知能(研究の世界では「機械学習」というそうである)について、高校生に3日間講義した内容をまとめたもの。
壮大な風景とか考えてもみなかった思想に触れると気が遠くなるような心持ちになる。本書を読んでいると何度かそういう状態になった。散逸構造論とか世界=シミュレーション論とかが特にそうだった。
その学説のさわりだけを聞いたら、「それはトンデモ系では?」と思えるような内容も、著者に説明されると、納得できてしまう。
以下、印象に残った点などを書き出してみる。
科学者に証明できることは「自分の仮説が間違っている」ことだけだ。イギリスの哲学者カール・ポパーは「私たちは科学の価値を勘違いしている。科学の目的は仮説を証明することではない。科学に唯一できることは仮説を反証することだけだ」と指摘している。(47P)
絶対音感の反対語は何?
ーーーー相対音感。
そう。つまり、僕らが持っているのは相対音感だね。たとえば、カラオケに行って、違う調になっていても、不都合なく歌うことができる。転調は相対音感ならではの技だ。
相対音感はスゴい能力だよね。よく想像してみて。絶対音感から相対音感に変換するのはなかなか難しいね。なぜなら、差に着目するのが相対音感だから。つまり、基準となる音を決めておいて、他の音の周波数から、その基準の周波数を「引き算」している。その引き算の答えこそが「相対音感」だ。(P83)
(結合双生児の話)
戸籍上は二人として登録されている。だから社会的には二人とカウントすべきだ。両者の人権は個別に保障されなければならない。でも、感覚を共有している。それどころか、相手の手や足を動かせる。
ーーーーえーっ!!
厳密に言うと全部じゃなくて、タチアナさんは手を3本動かせる。逆に足は1本しか動かせない。タチアナさんのもう一方の足はクリスタさんが動かすわけだ。
ーーーーえーっっ!!
一方、クリスタさんは手を1本しか使えない。先ほど器用に歩いていた映像を見たよね。だから、あれは、二人三脚しているみたいな感じだったんだ。(P118)
世界は3次元だけど、残念ながら、網膜は2次元だ。網膜に映った「上下」の位置関係は、「高低」の場合もあれば、「遠近」の場合もある。そのどちらかを読み解かなければ、3次元の立体世界を感じることができない。僕らはそうした精度の高い逆算を一瞬のうちに行って、上下を高低と遠近とに正確に分離している。この演算ができないと「見え」が生じない。僕らは生まれてこのかた継続的に、網膜信号から「立体的な見え」を逆算するというトレーニングをじっくりと行ってきた。その経験と知識があって、はじめて視覚的な立体が成立する。(P140)
時間を感じるのは、記憶の恩恵だ。記憶が何度も登場して、うんざりしているかもしれないけれど、脳の生理は記憶から自由になることはできない。記憶に束縛されている。
世の中には記憶することが苦手な人がいる。記憶力が悪いという意味ではない。脳の側頭葉の一部、海馬という脳部位に障害が起きて、正確に機能しない人がいる。あるいは、病気で海馬の摘出手術をせざるをえなかった方がいる。海馬は記憶を司る脳部位だ。
たとえば、手術で両側の海馬を切除してしまうと、その時点で日常の記憶が更新されなくなる。と同時に、その人にとっての時間も止まってしまうんだ。24歳で手術をすると、24歳で時間が止まる。記憶の喪失とともに、時間も静止する。その方が歳をとっても、記憶がなくなると、心の中の時間が止まる。(P154)
ここまで睡眠が普遍的に見られるとなると、すべての動物は眠ると言い切ってしまっても、あながち極論ではないかもしれない。(中略)
植物が支配的だった古代。あのころの睡眠はどうだっただろうか。
植物は静的だよね。活発の動き回らない。餌を求めて動き回るのは動物の特徴だ。植物はじっとして動かない。ということは。植物は起きている状態より、睡眠している状態に近いことになる。
ーーーーああ!
ほら、もうわかったね。実は、睡眠のほうこそが、生物の基本的状態なんだ。寝ている状態のほうこそが、生物の基本的状態なんだ。(中略)
つまり、動物たちは睡眠を進化させたのではない。その逆で、覚醒を進化させたと考えるのが正解なんだ。動物は「寝る」ようになったのではない。
ーーーー「起きる」ようになった。(P217)
高校生や中学生たちに「私は学習の専門家です」と話をすると、決まって「じゃあ、いい学習法を教えてください」と質問が来る。そんなときに、三つ説明することにしている。(中略)その三つとは、
1困難学習 2地形学習 3交互学習 のことだ(P236)
この画像を素人が見てもまずわからない。だから医療の現場には、画像診断の専門家がいる。でも、いまでは人工知能でも正確な判断ができる。正確なだけでなく、判断も早い。市販のパソコンでも、1分間に2000枚は診断できる。ヒトより圧倒的に速い。24時間働いても集中力が切れないし、睡眠もトイレ休憩もいらない。優秀だ。すでに国が正式に承認していて、医療の現場で活用されている人工知能もある。(P258)
リンゴでありさえすれば、上から見ようが横から見ようが、色がくすんでいようが、かじりかけであろうが、先のドットパターンに似た数字の組み合わせになる。ということは、もし、ある画像を与えたとき、これに似たドットパターンを人工知能が出力してきたら、もとの画像はリンゴだったとわかる。八百屋のリンゴでも、スーパーのリンゴでも、デパートのリンゴでも、すべて似た数値の組み合わせになる。だから、このドットパターンに「リンゴ」とラベルをつければよいわけだ。この作業こそが、アノテーションだ。同様にしてバナナも車もチューリップも、人工知能の出力一つ一つに、手作業で注釈をつけていく。そして、何万、何十万とラベルをつけていく。(P277)
そう、統合失調症は世界の人口の1%くらいの方がかかる、身近な病気だ。遺伝的な要素もある。実際、統合失調症に関連する遺伝子がいくつか見つかっている。ただ、遺伝子で100%決まるわけではない。関連する遺伝子を持っていても、発症しない方もたくさんいる。そこで、関連遺伝子を持っているけれど、統合失調症出ない人が、どんな職業についているかを調べて研究がある。調査の結果、アーティストとか作家とか俳優とか、そんな仕事をしている人が多いことがわかった。
ーーーー創造性の要る仕事?
そういうことだね。統合失調症の関連遺伝子は、なにも病気を生み出すために、わざわざ存在しているわけではない。必要があるからこそ、僕ら人類は、これを捨てずに保持してきた。(P338)
モニター上の色はあくまでも赤と緑だ。そこに黄色はない。黄色は、このモニターに実在していない。しかし、実在していないはずの黄色が見える。存在していないものが見えることを、世間ではなんというか知っている?
ーーーー幻覚。
そのとおり、君らが見た黄色は幻覚だ。この実験に限らない。世の中に見えている黄色はすべて幻覚だ。だって、僕らは黄色のセンサを持たないんだから、生物学的に見て、黄色を見る手段を持っていない。(中略)本来、見えてはいけないものを、君らは見てしまった。幽霊を見ているのと、ほとんど同じことだ。(P450)
生命があったほうが、宇宙が早く老化する。地球が早く壊れるんだ。あえて擬人的に表現すると、熱力学的な平衡死に達することが宇宙の目的だとすれば、エントロピーを増大させることを宇宙が望んでいる。宇宙の意図を、そんなふうに考えたら、僕らは宇宙の願望を叶えるために、せっせとご飯を食べて、受験勉強をして、友人や恋人をつくり、生活している、となる。(中略)
何を言っているんだ、と思うかな?でも、この命題の根拠には、有名な理論がある。はじめてこの考えを提唱したのはイリヤ・ブリゴジンという物理学者だ。この考え方は数学的にも証明されていて「散逸構造論」と呼ばれている。(P502)
ゾウほどのサイズまで肥大化してしまえば、もはや「進化を諦めた」と言ってよい。進化できないということは、「絶滅が確約されている」ということでもある。(中略)まったく同じ意味で、ヒトも動物界では大型の動物に属する。子どもが少なくて長寿だ。絶滅に近い生物だとみなすこともできる。こうした自然の摂理に、科学や技術の力で逆らおうとしているのが、ヒトという生物だ。(P627)
脳の働きや人工知能(研究の世界では「機械学習」というそうである)について、高校生に3日間講義した内容をまとめたもの。
壮大な風景とか考えてもみなかった思想に触れると気が遠くなるような心持ちになる。本書を読んでいると何度かそういう状態になった。散逸構造論とか世界=シミュレーション論とかが特にそうだった。
その学説のさわりだけを聞いたら、「それはトンデモ系では?」と思えるような内容も、著者に説明されると、納得できてしまう。
以下、印象に残った点などを書き出してみる。
科学者に証明できることは「自分の仮説が間違っている」ことだけだ。イギリスの哲学者カール・ポパーは「私たちは科学の価値を勘違いしている。科学の目的は仮説を証明することではない。科学に唯一できることは仮説を反証することだけだ」と指摘している。(47P)
絶対音感の反対語は何?
ーーーー相対音感。
そう。つまり、僕らが持っているのは相対音感だね。たとえば、カラオケに行って、違う調になっていても、不都合なく歌うことができる。転調は相対音感ならではの技だ。
相対音感はスゴい能力だよね。よく想像してみて。絶対音感から相対音感に変換するのはなかなか難しいね。なぜなら、差に着目するのが相対音感だから。つまり、基準となる音を決めておいて、他の音の周波数から、その基準の周波数を「引き算」している。その引き算の答えこそが「相対音感」だ。(P83)
(結合双生児の話)
戸籍上は二人として登録されている。だから社会的には二人とカウントすべきだ。両者の人権は個別に保障されなければならない。でも、感覚を共有している。それどころか、相手の手や足を動かせる。
ーーーーえーっ!!
厳密に言うと全部じゃなくて、タチアナさんは手を3本動かせる。逆に足は1本しか動かせない。タチアナさんのもう一方の足はクリスタさんが動かすわけだ。
ーーーーえーっっ!!
一方、クリスタさんは手を1本しか使えない。先ほど器用に歩いていた映像を見たよね。だから、あれは、二人三脚しているみたいな感じだったんだ。(P118)
世界は3次元だけど、残念ながら、網膜は2次元だ。網膜に映った「上下」の位置関係は、「高低」の場合もあれば、「遠近」の場合もある。そのどちらかを読み解かなければ、3次元の立体世界を感じることができない。僕らはそうした精度の高い逆算を一瞬のうちに行って、上下を高低と遠近とに正確に分離している。この演算ができないと「見え」が生じない。僕らは生まれてこのかた継続的に、網膜信号から「立体的な見え」を逆算するというトレーニングをじっくりと行ってきた。その経験と知識があって、はじめて視覚的な立体が成立する。(P140)
時間を感じるのは、記憶の恩恵だ。記憶が何度も登場して、うんざりしているかもしれないけれど、脳の生理は記憶から自由になることはできない。記憶に束縛されている。
世の中には記憶することが苦手な人がいる。記憶力が悪いという意味ではない。脳の側頭葉の一部、海馬という脳部位に障害が起きて、正確に機能しない人がいる。あるいは、病気で海馬の摘出手術をせざるをえなかった方がいる。海馬は記憶を司る脳部位だ。
たとえば、手術で両側の海馬を切除してしまうと、その時点で日常の記憶が更新されなくなる。と同時に、その人にとっての時間も止まってしまうんだ。24歳で手術をすると、24歳で時間が止まる。記憶の喪失とともに、時間も静止する。その方が歳をとっても、記憶がなくなると、心の中の時間が止まる。(P154)
ここまで睡眠が普遍的に見られるとなると、すべての動物は眠ると言い切ってしまっても、あながち極論ではないかもしれない。(中略)
植物が支配的だった古代。あのころの睡眠はどうだっただろうか。
植物は静的だよね。活発の動き回らない。餌を求めて動き回るのは動物の特徴だ。植物はじっとして動かない。ということは。植物は起きている状態より、睡眠している状態に近いことになる。
ーーーーああ!
ほら、もうわかったね。実は、睡眠のほうこそが、生物の基本的状態なんだ。寝ている状態のほうこそが、生物の基本的状態なんだ。(中略)
つまり、動物たちは睡眠を進化させたのではない。その逆で、覚醒を進化させたと考えるのが正解なんだ。動物は「寝る」ようになったのではない。
ーーーー「起きる」ようになった。(P217)
高校生や中学生たちに「私は学習の専門家です」と話をすると、決まって「じゃあ、いい学習法を教えてください」と質問が来る。そんなときに、三つ説明することにしている。(中略)その三つとは、
1困難学習 2地形学習 3交互学習 のことだ(P236)
この画像を素人が見てもまずわからない。だから医療の現場には、画像診断の専門家がいる。でも、いまでは人工知能でも正確な判断ができる。正確なだけでなく、判断も早い。市販のパソコンでも、1分間に2000枚は診断できる。ヒトより圧倒的に速い。24時間働いても集中力が切れないし、睡眠もトイレ休憩もいらない。優秀だ。すでに国が正式に承認していて、医療の現場で活用されている人工知能もある。(P258)
リンゴでありさえすれば、上から見ようが横から見ようが、色がくすんでいようが、かじりかけであろうが、先のドットパターンに似た数字の組み合わせになる。ということは、もし、ある画像を与えたとき、これに似たドットパターンを人工知能が出力してきたら、もとの画像はリンゴだったとわかる。八百屋のリンゴでも、スーパーのリンゴでも、デパートのリンゴでも、すべて似た数値の組み合わせになる。だから、このドットパターンに「リンゴ」とラベルをつければよいわけだ。この作業こそが、アノテーションだ。同様にしてバナナも車もチューリップも、人工知能の出力一つ一つに、手作業で注釈をつけていく。そして、何万、何十万とラベルをつけていく。(P277)
そう、統合失調症は世界の人口の1%くらいの方がかかる、身近な病気だ。遺伝的な要素もある。実際、統合失調症に関連する遺伝子がいくつか見つかっている。ただ、遺伝子で100%決まるわけではない。関連する遺伝子を持っていても、発症しない方もたくさんいる。そこで、関連遺伝子を持っているけれど、統合失調症出ない人が、どんな職業についているかを調べて研究がある。調査の結果、アーティストとか作家とか俳優とか、そんな仕事をしている人が多いことがわかった。
ーーーー創造性の要る仕事?
そういうことだね。統合失調症の関連遺伝子は、なにも病気を生み出すために、わざわざ存在しているわけではない。必要があるからこそ、僕ら人類は、これを捨てずに保持してきた。(P338)
モニター上の色はあくまでも赤と緑だ。そこに黄色はない。黄色は、このモニターに実在していない。しかし、実在していないはずの黄色が見える。存在していないものが見えることを、世間ではなんというか知っている?
ーーーー幻覚。
そのとおり、君らが見た黄色は幻覚だ。この実験に限らない。世の中に見えている黄色はすべて幻覚だ。だって、僕らは黄色のセンサを持たないんだから、生物学的に見て、黄色を見る手段を持っていない。(中略)本来、見えてはいけないものを、君らは見てしまった。幽霊を見ているのと、ほとんど同じことだ。(P450)
生命があったほうが、宇宙が早く老化する。地球が早く壊れるんだ。あえて擬人的に表現すると、熱力学的な平衡死に達することが宇宙の目的だとすれば、エントロピーを増大させることを宇宙が望んでいる。宇宙の意図を、そんなふうに考えたら、僕らは宇宙の願望を叶えるために、せっせとご飯を食べて、受験勉強をして、友人や恋人をつくり、生活している、となる。(中略)
何を言っているんだ、と思うかな?でも、この命題の根拠には、有名な理論がある。はじめてこの考えを提唱したのはイリヤ・ブリゴジンという物理学者だ。この考え方は数学的にも証明されていて「散逸構造論」と呼ばれている。(P502)
ゾウほどのサイズまで肥大化してしまえば、もはや「進化を諦めた」と言ってよい。進化できないということは、「絶滅が確約されている」ということでもある。(中略)まったく同じ意味で、ヒトも動物界では大型の動物に属する。子どもが少なくて長寿だ。絶滅に近い生物だとみなすこともできる。こうした自然の摂理に、科学や技術の力で逆らおうとしているのが、ヒトという生物だ。(P627)
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