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蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

浮浪児1945ー

2025年04月19日 | 本の感想
浮浪児1945−(石井光太 新潮文庫)

東京大空襲の後、血縁者も家も失った子どもたちが上野近辺に集まってきた。戦後さらに多くの身寄りのない子供、家出してきた子供が地下道を中心に集まった。彼らは浮浪児と呼ばれ、男の場合はテキヤやヤクザの手伝いなど、女の場合(男に比べると数は少なかった)には新聞売り、場合によっては売春などをして日々をしのいでいた。やがて当局が取締に乗り出し、カリコミと呼ばれる保護拘束を行い施設に収容されても多くが脱走して上野に戻った。そうした施設の中で異彩を放っていたのは都立家政の近くにあった愛児の家。石綿さたよという女性が自宅に浮浪児を招き住まわせた自然発生的な民間施設。石綿家は富裕ではあったが、数十人を引取り、公的支援もほとんどなかったことから、借金までして維持していた。愛児の家出身者を中心として元浮浪児にインタビューしたノンフィクション。

愛児の家で育った通称ディック(米兵に教わって英語が流暢だったのでついたあだ名)という男性は、1989年にさたよが亡くなった時、多額の香典を持って葬儀に参加し、仲間にも葬儀に出るように連絡し、その後もたびたび線香をあげに訪れた、という話が最も印象的だた。元浮浪児たちにとっては、さたよは文字通り母親であった。こんな人がいて、この施設が今でも存続(今は法人化しているらしい)している。こういうのを奇跡とかいうのだろうか。

愛児の家を出た後、各地を放浪した上にバブル時代に事業で大成功し、大物演歌歌手の後援会長までつとめたという人の話も興味深かった。

元浮浪児という履歴は語りたくない人がほとんどで、高齢化で著者の取材時が生の声を聞ける最後だっただろう、というあとがきは、宣伝半分かもしれないが、そのとおりで、貴重な記録になっていると思う。