蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

たとえば、葡萄

2023年08月18日 | 本の感想

たとえば、葡萄(大島真寿美 小学館)

美月は大手の化粧品会社を辞める。両親は長野で暮らしているので、やむなく知り合いの市子のところに転がり込む。コロナが流行しだして再就職もままならず、知り合いの起業家の辻に相談するうち、知り合いの香緒といっしょに山梨の古家を辻のために改装することになる。山梨には旧知の世武(あだ名はセブン)がいてワイン用の葡萄栽培をしていた・・・という話。

美月の両親は長野で(就学困難児等のための)グループホーム経営、市子はライター、市子の友人のまりは照明器具のプランナー、香緒は内装業者、と美月の周りは自営業者ばかりで、皆大成功しているわけでもないが、それなりに仕事を得て自己実現を果たしている。彼女がサラリーウーマンに耐え難くなってきたのは、そういう環境のせいだろうか。

サラリーマンの家庭に育ち、何十年も同じ会社にじっと勤めて来た私は、いくらコロナで就職先がなくても、「自営業をしよう」という発想にはならない(悲しいことに)。

若い人なんかは、もしかして本書を読むと、「よし、オレも独立するか」なんて何のツテがなくても思ってしまいそうなくらい、主人公の周りの人たちは楽しげに暮らしているように見えてしまい、そういうムードを楽しむのが本書の正しい読み方?なんだろうか?

大島さんの作品は「ピエタ」と文楽シリーズしか読んだことがなくて、いずれも緊密な構成のドラマだったけど、本書は、同じ人が書いたとは思えないくらい、うってかわって主人公が若者風?に独白する語り口だった。テーマ(世界と私??)は重めなんだけどね。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

天命

2023年08月18日 | 本の感想

天命(岩井三四二 光文社文庫)


毛利元就の生涯を、合戦を中心にして描く。

これまで毛利氏について描いた本などを読んだことがなかったので、どのエピソードも新鮮に感じられた。


・元就が本格的に領地拡大に乗り出すのは還暦を過ぎたころで、それまでは現在の広島県の山奥の小豪族に過ぎなっかった。

・毛利家の有力な重臣だった井上氏を粛清した頃から元就の謀略の才能が全開?となった。長年の支持者を除いたのには実は深い理由があった(その理由は本書の最終盤で明かされるのだが、この倒置的な構成がよかった)。

・次男(元春)と三男(隆景)を、やはり傘下の有力豪族の吉川家、小早川家の養子にして、実質この両家を乗っ取ったのが毛利家拡大の基礎となった。普通、子供の出来がいいと親に逆らったり、互いにいがみあうものだが、長男(隆元)もふくめ親子・兄弟が最後まで協調できた珍しい例となった。元春&隆景コンビ(いわゆる毛利の両川)は後の業績をみても有能だったと思われ、歴史の歯車がうまく回っていたら二人で天下を取ってもおかしくなかっただろう。

・元就というと厳島合戦(VS陶氏)がクライマックスかな、というイメージがあったが、より強力だったのは山陰の尼子氏で、拠点の富田城に5年も籠城するなど最後まで元就を苦しめた。

・元就は情報収集を重視し、多くの密偵を雇っていた。当時は諸家を回って演奏を披露する琵琶法師が有力な情報源だった。

 

著者の作品をけっこうな数読んできた。いずれも淡々とした描写と展開なのだが、なぜか面白く読み進めることができる。本書は若干長すぎるような気もするが、スイスイ読み進められたし、元就が謀略の鬼となった要因が最後に明かされる構成もよかった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする