蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

あなたの人生の物語

2020年08月09日 | 本の感想
あなたの人生の物語(テッド・チャン ハヤカワ文庫)

「SF」の「S」とは何の略か?という問題の一つの答えとして「speculative」というのがあって、日本語にすると「思弁小説」くらいだろうか。
本作は「空想科学小説」でもあるが、内容は「思弁小説」といえるものだと思う。
理屈っぽくて読みづらい時もあるが、時間をかけて(分かりにくい所を繰り返し)読むと、アタリメのようにじんわりと旨味が染み出してくるようなものが多かった。

「バビロンの塔」、「あなたの人生の物語」、「地獄とは神の不在なり」など、アメリカで(ネビュラ賞等を)受賞した作品がよかった(そういう先入観があるからだろうが)。

何といってもピカイチは「地獄とは神の不在なり」。
天使(といっても背中に羽が生えた人間っぽい姿ではなく、エネルギー集合体みたいなもの?)が時々降臨し、時には地獄が顕現して地獄にいる人を目で見ることができる世界が舞台。
天使が降臨すると、難病が治ったりする「奇蹟」が起きるが、降臨する時に近くにある物体を破壊してしまうことも多い。
主人公のニールは天使降臨時にその余波で妻を亡くしてしまう。ために天使(神)を憎んでいるが、憎んだままだと(妻が待つ天国に行けず)地獄に行かないといけないので、悩んでいる。
ジャニスは生まれつき両脚がなかったが、「奇蹟」によって両脚が与えられる。これによって皮肉にもジャニスはアイデンティティを失ってしまう。
二人は現状を打破すべく、天使降臨が多発する場所に行って降臨を待つ。やがて降臨が始まり、ジャニスは再び両脚を失い、ニールは神への信仰を取り戻すが、天使は(なぜか)ニールを地獄行きにしてしまう。

巻末の著者自身による解題によると、
著者は「ヨブ記」(信仰深いヨブがひどい目にあり信仰に疑問を持つ。しかし、やがて神が現れて彼にご利益をもたらす、みたにな話)の結末に疑問をいだいており、本作はそのアンチテーゼの物語らしい。
確かにニールもジャニスも神に弄ばれているようにしかみえないが、神が信仰のご褒美として現世的・現物的利益を与える「ヨブ記」よりも格段にありそうな話ではあった。

天使が降臨すると(奇蹟も起こすが)あたりに被害をもたらす、という設定が面白い。本作で降臨するのはナタナエル、ラジエル、バラキエルなのだが、どうも下っ端?ぽい天使だ。ミカエルとかガブリエルが降臨したら地上では甚大な被害がでそう。。。
コメント
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