蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

私たちは生きているのか?

2019年10月15日 | 本の感想
私たちは生きているのか?(森博嗣 講談社文庫タイガ)

Wシリーズ第5弾。
今回の舞台は南アフリカ。フランスの博覧会から脱走したウォーカロンが潜んでいるという「富の谷」をハギリたちが訪ねる。そこでは脳だけが生かされて仮想的な人生を送るウォーカロンたちがいた・・・という話。

ここまでシリーズ5冊の中で、本作が一番面白かった。ハギリたちが「富の谷」のリーダー:シンに騙されて仮想現実の世界から抜け出せなくなってしまうという設定やそこから脱出するアイディアが秀逸だった。

タイトル通り、生きているという状態はどう定義したらよいのか、という本作(というかシリーズの?)テーマは、(本作が舞台とする未来社会だけではなく)現代においても重い問いになりつつあるなあ、と感じた。(以下P113から引用)

「また、医療技術が発達した現代では、人は滅多なことでは死なない。以前だったら明らかに死亡と判定される状態になっても、多くの場合蘇生できる。人格が再生されないケースまで含めれば、ほぼどんな状態からでも躰を生き返らせることが可能だ。極端なケースとして、遺伝子さえ残っていれば、そこからウォーカロンとしてクローンを作り出すことができる。人格は別人であれ、肉体はほぼ再生されるのだ。
このような状況にあれば、生命の重要さは、逆に過去のどの時代よりも低下していると見ることができる。同時に、本当に自分たちは生きているのか、といった、生命の概念にまで議論が及ぶだろう。少なくとも、生命を再定義しなければならなくなっているのだ。(中略)それは、長く問われなかったテーマだった。誰もが普通に信じていた。自分たちは生きていると、なんの疑いもなく、誰もが胸を張って主張した。人の生命はかけがえのないもの、この世で最も貴重なものだ、という信念によってすべてが進められてきた。だが、それは本当なのか、どうしてそんなことがいえるのか、という危うい境界にまで、我々の文明は到達してしまったのである。」

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