蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

月ノ浦惣庄公事置書

2006年04月23日 | 本の感想
月ノ浦惣庄公事置書 (岩井三四二 文春文庫)2006.4.23

室町中期の琵琶湖畔の小さな村が隣村と土地所有をめぐって京で公事(裁判)を始めるという話。歴史上の有名人物が全く登場せず、テーマがとても地味であるにもかかわらず、おもしろく最後まで読み進めるのは、著者のストーリーテリングの能力が高いということでしょうか。

近年(といってももう30年くらい前からでしょうか)中世の農村における日常生活を考察する研究を、一般人にもわかりやすくやさしく説いた本が多く出版されるようになり、私も何冊か読んだことがあります。
“中世”という言葉には(西洋史ばかり習ったせいでしょうか)“暗黒時代”というニュアンスが感じられるのですが、社会制度自体は現代とほとんど変わっていない面が多かったようです。

この本で描かれた裁判制度も、証拠能力の扱いとか再審制度、法の専門職を代理人として使える等、現代とほとんど変わらないように感じました。農民の暮らしも明るく描かれています。

裁判で争うそれぞれの村の中心人物のエピソードが交互に描かれるのですが、どちらかというと裁判を提起した側からの視点が多くなっています。これは底本とした史料が提訴側が書いたものであることの影響でしょうか。相手方の“悪代官”のキャラクタの方がはるかに魅力的なので、こちらを主役にしても良かったかと思いました。史料に縛られたキャラクタより、著者の創造した人物の方が活躍する余地が大きくなってしまうのは、どんな時代小説でも同じかもしれませんが。
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