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おさかな’sぶろぐ

日々感じたことを徒然なるままに。。。

駒沢オリンピック公園(東京都世田谷区)

2009年01月11日 22時35分49秒 | 旅先にて
駒沢オリンピック公園に行くのは、大学生の時以来だから、随分久しぶりの訪問です。大学生当時は、建物にさほど興味は抱かなかったのですが、今回の訪問で改めていい建物だったんだな~って再認識しました。1960年代らしいシンプルなデザインは何年たっても色あせてないんだなって感じました。

◆体育館
芦原義信の設計による建物です。東京オリンピックの際には、バレーボールの会場として使用されていました。

    

◆管制塔
この塔の設計も、体育館と同じく芦原義信です。木組みを思わせる構造がとても美しいですね。

            

◆陸上競技場
こちらの建物は、村田政眞です。大きくせりだしたキャンティレバーがとても印象的な建物です。シンプルですが豪快なイメージを作り出していますね。

    

    

◆2016年
オリンピック招致は成功するのでしょうか。。。

    

これだけ、景気が低迷してる中、招致が成功すれば内需拡大には役立つとは思いますが。。。どうなるでしょう


圓教寺(兵庫県姫路市)

2008年11月19日 20時04分34秒 | 旅先にて
兵庫県姫路市に圓教寺(えんきょうじ)という、「西の比叡山」ともよばれるほど寺格の高い寺院があります。以前から一度訪れてみたいなと思ってたのですが、先日兵庫の方へ行く機会があり、ちょこっと寄り道してみました。ここは、ハリウッド映画の『ラストサムライ』や、NHK大河ドラマ『武蔵』のロケ地でもあったことで有名です。

ロープウェイで山を登り、山頂駅から30分程歩いた先にいきなりに、迫力のある大きな建物「摩尼殿」が目に飛び込んできます。

    

焼失した前身建物を、絵葉書などの資料からほぼ踏襲する形で建てられたそうで、設計は武田五一、大工棟梁は伊藤平左衛門です。掛け造りの建物はかなりの迫力です。

    

摩尼殿から奥の方へと足を進めると、再び巨大な建物群が現れてきます。3つの建物が逆コ型に配置されています。

    

「大講堂」です。2階建てのように見えますが、平屋の建物です。もともと下の屋根までの建物に2層目の屋根を増築したそうです。室町中期の建築です。

    

「常行堂」です。常行三昧(ひたすら阿弥陀仏の名を唱えながら本尊を回る修行)をするための道場だそうです。こちらも室町中期の建物です。

    

「食堂」です。総2階建てで桁行きは15間もある長い建物です。こちらも室町中期の建物のようです。

            

かなり険しい山の中に、よくこんな大きな建物を建てたものです。そのエネルギーには脱帽です。

まだ、紅葉には早かったですが、いまの時期だと綺麗なんだろな~。

◆『圓教寺』詳細データ
 住所:兵庫県姫路市書写2968
 宗派:天台宗別格本山
 創建:康保3(966)年
 開基:性空


門司港駅(福岡県北九州市門司区)

2008年10月17日 20時54分20秒 | 旅先にて
関門トンネルが開通するまで、九州の鉄道の玄関口であった門司港駅(旧門司駅)は、大正3(1914)年に建てられた木造の駅舎が今も現役として活用されています。

    

駅舎の建物は、国の重要文化財にも指定されています。建物は、木造ですが、外壁を石貼り風にみせた洋風建築です。建物の中央部は「門」をイメージした二階建で、その左右に平屋建部分を配した左右対称の端正なデザインとなっています。建物は内外とも保存状態がよかったですよ。日本の駅舎建築として貴重であるとともに、今も現役の駅舎として使われている点も良いですね~。


江戸時代の商家(兵庫県洲本市)

2008年09月16日 21時52分05秒 | 旅先にて
江戸時代の頃、洲本市は、阿波藩蜂須賀家の支配下にありました。蜂須賀家の家老であった稲田氏が寛永12(1635)年に、洲本に平城を築き淡路島を統治していたそうです。今も堀が残っていたりして当時の面影を残していますが、現在の町並みの中には、それを伺わせるような建物は少なかったような気がします。ただ、街歩きした時間が短かったから気がつかなかったのかもしれませんけど。。。

街歩きの途中、江戸時代の商家の建物が残っていました。ただ、一軒だけで街並みを形成はしてなかったです。

    

案内の看板には、左海屋と書かれていました。万治元年(1658)年創業で、酒&醤油の醸造を行っていたそうです。蜂須賀家の御用商人として繁栄したそうです。もともと堺の豪商だったのが、戦乱を避けて、ここ淡路で商売を行うようになったようですね。

こういった歴史を感じさせる建物は好きですね。ほんとはこういった建物が軒を連ねてくれるとうれしいですけども。

もう少し歩いてみれば、古い建物はあるかもしれませんね。次回の訪問の際にもう少し探検のエリアを広げてみなければ。。。(^^)v

洲本アルチザンスクエア

2008年09月15日 17時46分50秒 | 旅先にて
先日モブログでも紹介したのですが、兵庫県淡路島にある洲本市に行ってきました。洲本市は淡路島のほぼ中央部に位置します。洲本港の西側、市役所北に「綿産業関連遺産」として近代化遺産にも指定されている、紡績工場群があります。主にはカネボウの工場だったようです。現在、市立図書館や商業施設が入る複合施設として活躍しています。

    

「洲本アルチザンスクエア」です。旧鐘紡洲本第2工場気缶室であった建物を利用し、飲食を中心とした施設となっています。おさかなは当日、この建物内の「情熱食堂 オレンジりんご」というお店で昼食をとりました。右側に見えるのが、旧紡績第2工場を利用した市立図書館です。ここは2年くらい前に見学した記憶があります。

    

ガラスの建物は、イタリアンレストランです。最初ここで食事と思ったのですが、貸切になってました(^^;; 次回リベンジです。

    

旧原綿倉庫です。アルファビア美術館としてオープンしていましたが、現在は空きスペースとなっているようです。

    

旧鐘紡洲本第3工場気缶室です。現在は、淡路ごちそう館「御食国」として利用されています。

煉瓦と芝生のコントラストがとてもいい雰囲気を醸し出していますね。ただ木があまり植わってない関係上、木陰が少ないので、夏の日差しの強い日はゆっくりとはできないかもしれませんね。

静かで、とても良いところでした。次回洲本に行った時には周辺も含めて、もう少し探検してみようと思います。

高知県土佐町にて

2008年08月04日 20時14分41秒 | 旅先にて
先週末に行ってた土佐町にて、1時間ほど時間があったからちょっと宿の周辺を歩いてみました。とても蒸し暑くて、アスファルトの道の上は、とてもきつかったです。でも、すこし山の斜面の公園に入ってみると、心地よい風が出迎えてくれて、なんだかとても生き返りました。少し公園でぼけ~っとしてから、再び歩き始めました。

防火水槽があったのですが、共同の洗濯場にもなっていました。ちょっと、人がいないから活気を感じませんけども、こういった風景も少なくなってきましたよね~。

    

百貨店です。開店したときには、なんでも揃ってるお店だったんでしょうね。消費社会になって、スーパーとかコンビニとかが出来て、お店のあり方とかが変化してきてるのだろうけど、やっぱこういったお店はずっと残ってほしいよね。大変だろうとは思うけど。。。

    

翌日も、歩こうかと思ったけど、前日の疲れが残ってたから、宿を出てから、香川へ帰りました。まあ、嶺北にはまた行く機会があるだろうから、街歩きはまた次回に持ち越しです。紅葉の季節あたりがいいのだけど。。。(笑)


サンライズ瀬戸

2008年07月24日 20時47分23秒 | 旅先にて
東京出張の際、帰りにサンライズ瀬戸を利用させてもらうことがよくあります。東京駅を22時に出発するので、東京でゆっくりと夕食を食べることが出来るし、お酒を飲んでても、ゆっくりと寝ることが出来るからとても便利です。

    

岡山駅までは、島根県の出雲駅に向かう「サンライズ出雲」とつながっています。先頭7両が「サンライズ瀬戸」、後ろ7両が「サンライズ出雲」という構成です。

           

今回は、「B寝台 シングル」を利用しました。他にも、豪華な「A寝台 シングル」や少し狭い「B寝台 ソロ」、寝台券のいらない「ノビノビ座席」というのもあります。二人であればツインの部屋もあります。下の写真が、利用した部屋です。

           

           

進行方向、左側の部屋が取れれば、季節によっては、瀬戸大橋を通過する際に朝日を見ることができますよ。

寝台特急は、運用されている区間が結構少なくなってきていますが、やっぱ魅力的ですよね。

大阪-札幌を結ぶ「トワイライトエクスプレス」に一度乗車してみたいです。チケットを入手するのが結構難しいですよね。逆にチケットに合わせて時間を調整してみようかな(笑)

他にも、上野-札幌を結ぶ「カシオペア」や東京-熊本・大分を結ぶ「はやぶさ・富士」も乗車してみたい寝台特急です。いつになるのかな~。それまで運用廃止にならないことを祈ってます(^^)


東京ミッドタウン(港区赤坂)

2008年07月22日 20時26分22秒 | 旅先にて
『東京ミッドタウン』は、旧防衛庁跡地に、三井不動産が主体となって再開発を行って、昨年(2007年)3月30日にグランドオープンした複合施設です。ホテル、住居、オフィス、商業・文化施設、病院、公園などがあり、ホテルは「ザ・リッツ・カールトン東京」、「サントリー美術館」も千代田区から移転してきてます。

           

「東京ミッドタウン」は上の写真のミッドタウン・タワーを含む複数の建物によって構成されています。主には、以下の建物によって構成されています。

 ○ミッドタウン・タワー:54F / B5F / H=248m
 ○ミッドタウン・イースト:25F / B4F / H=114m
 ○ミッドタウン・ウェスト:13F / B3F / H=67m
 ○ザ・パーク・レジデンシィズ・アット・ザ・リッツ・カールトン:30F / B2F / H=108m
 ○ガーデンサイド:9F / B3F / H=48m
 ○ガレリア&プラザ:ショッピングゾーン
 ○21_21 DESIGN SIGHT:1F / B1F

           

この竹が印象的な吹き抜けに面して、多くのショップやカフェ、レストランがあります。今回は時間がなかったので、通過しただけになってしまいましたが、次回は、ゆっくりと探検出来る時間を確保しておかなきゃと思ってます。

 丁度、BMW X6の発表会も開催されて、ノベルティをいただくことができました。少しラッキーな気分です。

           

トップライトのガラス面に水が流されていて、暑さ対策を行っているようでした。なんかとてもいい雰囲気ですね。

    

こういうアングルも好きです(^^)v

◆『東京ミッドタウン』詳細データ
 住  所:東京都港区赤坂九丁目
 オフィス:約330,000m2
 住  宅:約111,000m2(約530戸)
 ホテル :約48,000m2(約250室)
 商  業:約57,000m2
 その他 :23,000m2

21_21 DESIGN SIGHT(東京ミッドタウン)

2008年07月21日 17時05分47秒 | 旅先にて
『21_21 DESIGN SIGHT』に行ってきました。ここは、「東京ミッドタウン」内に作られたデザイン施設で、運営は財団法人三宅一生デザイン文化財団です。三宅一生(ファッションデザイナー)、佐藤卓(グラフィックデザイナー)、深澤直人(プロダクトデザイナー)、川上典李子(デザインジャーナリスト)の4名がギャラリーのプログラム企画を提案しているそうです。

当日は、浅葉克己ディレクション「祈りの痕跡。」展が開催されていました。浅葉克己氏は地球文字探険家として世界中の文字の謎を追う旅をしているそうで、その旅の中で辿り着いた文字の数々や、それらの文字たちをモチーフにした作品を展示しています。なんだか摩訶不思議な感じがして面白かったですよ。

    

安藤忠雄の設計による建物で、昨年(2007年)の3月30日にオープンしました。オープンして以来、なかなか見学する機会に巡り合わなかったのですが、先日の東京出張の際、やっとこさ行くことができました。

    

大きな鉄板の屋根(一枚板)が特徴で、三宅一生が取り組んできたテーマ「一枚の布」を表現しているようです。日本一長い複層ガラスを使用するなど、素材への限界にもチャレンジしています。また、建物の約8割は地下にあり、地上からはそのボリュームを感じさせないよう、また周囲の緑地へ威圧感を与えないように配慮していますね。これはおさかなの生息地香川県の地中美術館と同じ考え方なのかな。

    

これは、車型のショップ「21_21 Q」です。手前が展覧会関連グッズ、奥が飲料・軽食を販売しています。日産自動車の「キューブ」をモチーフに制作されて、「21_21 Q」のQはそこからきているそうです。

    

建物横に設けられた小川では、「足水」のサービスがありました。気持ち良さそうでした。つかりかったけど。。。

    

こちらの、ガーデンカフェでのビールに負けちゃいました(^^)v 夜になるとスクリーンに映画が上映されるのですが、この日は「ニュー・シネマ・パラダイス」でした。おさかなの大好きな映画だったのですが、暗くなるまでは時間がなかったのが残念です。昼間は暑かったのですが、夕方に近づいてくると、結構心地よい風が流れてきて、気持ち良かったです。ビールを飲んでしばらくボケーっとしてました。

    

「東京ミッドタウン」は、緑地が広くて結構のんびりと出来ますね~。都心部にあるのですが、なんだか時間軸が少し違う感じがしました。まあ、これがコンセプトなんだろうと思うけど。。。なかなか良いところでした。

◆『21_21 DESIGN SIGHT』詳細データ
 住  所:東京都港区赤坂9-7-6
 電  話:03-3475-2121
 休館日 :各プログラムによる
 開館時間:11時~20時(入館は19時半)


上賀茂の町並み

2008年06月29日 18時37分12秒 | 旅先にて
賀茂の街並は、上賀茂神社を中心に、神官(社司と氏人)と農民によって門前集落が形成され、室町時代から神官の屋敷町として発展してきたそうです。上賀茂神社の境内から流れ出る明神川に沿って、社家(神官の屋敷)が建ち並び、土橋・土塀・門・前庭の樹木と一体となって、社家町の歴史的景観を今に伝えています。

    

    

また、ここ上賀茂は「すぐき漬け」の産地でもあります。カブの一種である「酸茎菜(すぐきな)」を原材料としています。日本では数少ない乳酸発酵漬物で、まったく味付けをしない調味なしの日本唯一の自然漬物だそうです。「柴漬」「千枚漬」と並んで京都の三大漬物と言われています。

下の写真は、その すぐき漬け の老舗「御すぐき處なり田」です。明神川に沿った街並の道向かいに建っています。こちら側は、店舗が多かったですね。

    

さて、社家の屋敷の中で公開されている「西村家住宅」を見学してきました。

    

ここは、上賀茂神社の神官を代々務める錦部家の旧宅にあたります。庭園が今も保存されており、京都市指定の名勝となっています。のむらもみじが奇麗でした。このもみじは、新芽から落葉まで赤色をしています。なので廻りの木々の新緑の緑の中でひときわ輝いていましたよ。

    

神官が身を浄めるために使った井戸や降臨石とかも残っていて、また、明神川の水を引き入れた池を中心とする庭園が奇麗に保存されていました。

    

建物自体は、文化財には指定されていないようですが、自然光をうまく取り入れ、心地よい空間となっていました。大いに参考になりましたよ(^^)v

    

ちょっと駆け足での街歩きとなりましたが、とても良かったです。また、時間をじっくりと取って再訪してみたいですね。
    


上賀茂神社(京都府京都市北区)

2008年06月24日 23時00分22秒 | 旅先にて
5月30~6月1日の三日間、京都に行っていました。少し遅くなりましたが、街歩きした報告をしていきたいと思います。最近、結構京都に行く機会が多くて、今年三回目の京都への旅となりました。最初に訪れたのは、世界遺産の一つでもある「賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)」です。一般的には、上賀茂神社と呼ばれています。

 創建については諸説あって、社伝では、神武天皇の御代に賀茂山の麓の御阿礼所に祭神である賀茂別雷命が降臨したと伝えられています。『山城国風土記』逸文では、玉依日売(たまよりひめ)が加茂川の川上から流れてきた丹塗矢を床に置いたところ懐妊し、それで生まれたのが賀茂別雷命で、兄玉依日古(あにたまよりひこ)の子孫である賀茂県主の一族がこれを奉斎したと伝えています。玉依日売とその父の賀茂建角身命は下鴨神社に祀られています。

    

写真の一の鳥居をくぐると二の鳥居まで長い参道があります。参道の両側の広いスペースには、桜の老木がシンボリックに立っています。今回は葉桜でしたが、花の季節も魅力的なんでしょうね。

    

二の鳥居をくぐると正面やや左側に建っているのが「拝殿(細殿)」です。正面の円錐状の二つの砂の山は御神体である神山を模したもので立砂と呼ばれています。鬼門にまく清めの砂の起源とも言われているそうですよ。桁行五間・梁間二間で、檜皮葺の入母屋造の建物は、寛永5(1828)年に建てられたものです。国の重要文化財に指定されています。

    

この不思議な形(高床式風)の建物は「土屋(到着殿)」です。拝殿と同じく、桁行五間・梁間二間、檜皮葺の入母屋造で、国の重要文化財に指定されています。

    

「舞殿(橋殿)」は、拝殿と土屋の間に挟まれるように建っています。桁行六間・梁間一間の檜皮葺き入母屋造の建物です。その名が示すように、御手洗川の上に橋のように建っています。この建物も、国の重要文化財に指定されています。

    

拝殿後方に建っているのは「楼門」です。本殿のある境内の入り口になります。赤い色が印象的な門です。形式は三間一戸で、檜皮葺の入母屋造です。門の大きさに比べて屋根が大きく張り出し、少しアンバランスな感じはしますが、とても立派な門です。この門も国の重要文化財に指定されています。

    

「渡廊」?です。ここから内部は写真撮影不可となっています。本殿や権殿は国宝に指定されている建物なので、写真撮影したかったのですが残念です。

◆『賀茂別雷神社(上賀茂神社)』詳細データ
 住 所:京都府京都市北区上賀茂本山339
 主祭神:賀茂別雷大神
 創建年:伝天武天皇7(678)年

大田ノ沢カキツバタ群落(京都市北区)

2008年05月13日 21時03分17秒 | 旅先にて
上賀茂神社の東のほうに、境外摂社の『大田神社』があります。その大田神社の参道東側に大田ノ沢があるのですが、ここにはカキツバタが自生しています。カキツバタはアヤメ科の植物で湿地帯に生え、5月から6月にかけて、紫色の奇麗な花を咲かせます。先日京都に日帰りで出かけた際に、少し寄り道をして見学してきました。

    

まだ、満開とまではいってませんでしたが、それでも見事なものでした。奇麗だったな~(^^)v

緑に囲まれた大田神社も、なかなか趣がありましたよ。

    

上賀茂神社に行った際には、少し足を延ばしてみるのもいいかもね。

四天王寺 本坊庭園(大阪市天王寺区)

2008年04月29日 19時19分16秒 | 旅先にて
4月15日の四天王寺の記事の続きです。
四天王寺の伽藍を見学した後、方丈庭園を見学に行きました。本坊庭園は、中国の僧侶である善導が『散善義』で説いた「二河白道」の喩話を基に造園されているそうです。二河とは水の河と火の河で、おのおの生き地獄を意味するそうで、その二つの河に挟まれた「白道」が極楽浄土への道だそうです。それを具現化したのがこの方丈庭園なのだそうです。ゆえに「極楽浄土の庭」と銘打たれています。

    

茶室もいい具合に庭に溶け込んでいます。

    

    

突然、青い建物が現れてびっくりしましたが、「八角亭」と呼ばれる休憩所です。明治36年に行われた内国勧業博覧会のときに建てられたものを、 譲り受けて移築したものだそうです。登録文化財に指定されていました。

    

湯屋方丈です。創建年代は不明のようですが、1617年に徳川秀忠が建立したようです。重要文化財に指定されています。もともと食堂の東北にあったのを明治時代に移築したもので、現在は客殿として、また授戒の道場として使用していりようです。建立当時は、生身供のお膳を調進した所だそうです。

    

五智光院です。こちらの建物も、1617年に徳川秀忠が建てたもので、重要文化財に指定されています。大日如来を本尊とする五智如来を安置し、授戒灌頂会を修する道場で、灌頂堂ともいわれています。徳川家代々の位牌を納めているそうです。

    

下の写真は、本坊西通用門で、こちらも重要文化財に指定されています。蘇鉄が印象的ですね。

    

四天王寺(大阪府大阪市天王寺区)

2008年04月15日 20時59分05秒 | 旅先にて
四天王寺は、大阪府大阪市天王寺区にあるお寺です。聖徳太子が建立したと伝えられているお寺です。崇仏派の蘇我氏と廃仏派の物部氏が対立した際、聖徳太子が「この戦いに勝てば、四天王を安置するお寺を建立する」という誓いをたて、見事勝利をおさめたことから建立されたのが、起源と伝えられています。

石鳥居です。永仁2(1294)年に、それまでの木造鳥居を石鳥居にあらためたもので、神仏習合時代の名残でもあります。国の重要文化財に指定されています。

    

中心伽藍です。仁王門、五重塔、金堂、講堂が一直線状に並んでいます。今の建物は第二次世界大戦後に再建された鉄筋コンクリート造建築です。再建の際に、日本の飛鳥時代、高句麗、六朝などの建築様式を加味して創建当時(6世紀末)の様式に極力近付けて設計されたようです。

    

    

仁王門の仁王です。なかなかの迫力です。奈良の東大寺に次ぐ、日本で2番目の大きさの仁王だそうです。

     

五重塔です。初代は593年に建立されています。現在のものは1959年建立の八代目にあたるそうです。

           

創建当時のものに近づけてるからでしょうか。少し他のお寺とは雰囲気が微妙に違いますね。

    

 ◆『四天王寺』詳細データ
 住 所:大阪府大阪市天王寺区四天王寺1-11-18
 宗 派:和宗総本山
 本 尊:救世観世音菩薩
 創建年:推古天皇元(593)年
 開 基:聖徳太子

高台寺(京都市東山区)

2008年03月10日 18時42分49秒 | 旅先にて
『高台寺』です。高台寺は、京都府京都市東山区にある臨済宗建仁寺派の寺院です。。豊臣秀吉の正室である北政所(高台院)が秀吉の冥福を祈るため建立した寺院として有名です。

ねねの道より、この階段を登った先に 高台寺 があります。

           

方丈です。創建当初は、伏見城の建物を移築していたそうですが、現在の建物は、大正元(1912)年に再建されたものです。

    

方丈前に広がる、庭です。こういうのとても好きです。

    

こちらは、書院です。書院東側には、小堀遠州作と伝えられる、庭が広がっています。しだれ桜と萩の名所として知られ、石組みの見事さなど桃山時代を代表する庭園です。とても奇麗ですよ。書院もとても良いバランスです。

    

庭園を挟んで、書院の向かい側には、開山堂が建っています。重要文化財に指定されていて、慶長10(1605)年の建築です。この堂の天井には、秀吉の御座舟の天井と、北政所の御所車の天井を用いたものだそうです。

    

開山堂の東側の坂を登っていくと、霊屋が建っています。宝形造檜皮葺きの堂です。こちらの建物も重要文化財で、慶長10(1605)年の建築です。内部は中央の厨子に大随求菩薩像を安置し、向かって右の厨子には豊臣秀吉の坐像、左の厨子には正室・北政所の片膝立の木像がそれぞれ安置されています。

    

高台寺には、茶室が三棟建っています。こちらは、遺芳庵です。書院の北側に建っています。近世初期の茶人・灰屋紹益が夫人の吉野太夫をしのんで建てたものと伝えられています。一畳台目の小規模な茶席です。吉野窓と呼ばれる、壁一杯に開けられた丸窓がとても印象的な建物です。

    

こちらは、傘亭です。重要文化財に指定されています。寺域東奥の小高い場所に建っています。伏見城から移築したものとされ、千利休の作、秀吉好みの茶室と伝えられています。(ただ、伏見城の築城は、利休の自刃後なので。。。)。宝形造茅葺きの素朴な建物で、内部の天井が竹で組まれ、その形が唐傘に似ている所から傘亭と呼ばれています。

           



傘亭の南隣には、時雨亭が建っています。こちらも重要文化財に指定されています。傘亭とは屋根付きの土間廊下でつながっています。2階建てという珍しい形式の茶室です。傘亭同様伏見城からの移築とされ、千利休の作、秀吉好みと伝えられています。

    

◆『高台寺』詳細データ
 住 所:京都府京都市東山区高台寺下河原町526
 宗 派:臨済宗建仁寺派
 本 尊:釈迦如来
 創建年:慶長11(1606)年
 開 基:高台院


さてさて、今回の京都シリーズは、この『高台寺』で終了となります。長い間お付き合いくださいましてありがとうございます。次回は初夏の頃に京都に訪問の予定です、もちろん当ブログにて紹介しますので、その際にはお付き合いのほどよろしくお願いいたします。