JAZZを聴きながら ふたたび

再開の期を逃しておりましたが、酔っぱらい親父は未だJAZZを聴きながら生き長らえております。

思い出の書き換えは良い?

2016年07月27日 | m-o

なんともかんともとんでもない悲惨な事件が相模原で起きてしまいました。
自分勝手な思想?いやいやこれは思想とは言いませんね、単なる愚念?愚心?とでも言いましょうか、まぁまぁどんな考えを持とうとそれは個人の自由ですけど、他の生命を脅かす事は論外であります。
まして自分の意思を表現できぬ事を否とし、容赦なく一方的考えだけで弱者の命を奪うなど許される事ではありません。じつに腹の立つ事件です。
人間というのは、私も含め何処かに「弱者は淘汰される、それが自然の摂理」的考えがあるんでしょうか?
このバカ犯人を見て、自身が人間である誇りと単なる獣と化さない心を、改めて確認する必要があると思いました。

話は変わりまして
昨晩、何気にNHKのBSを点けたら『モスラ対ゴジラ』をやっておりまして、ついつい見てしまいました。(笑)
 ♪ モスラ~~ヤモスラ ドゥンガンカサクヤン インドゥム~~ン ・・・・♪
おそらくですが、私がゴジラ・シリーズのなかで、最初の明確な記憶がある映画がこの『モスラ対ゴジラ』だと思います。
ところがねぇ、夕べ見ていていかに幼児期の記憶というものが曖昧であるかを痛感させられました。

モスラの卵が鉄骨のビニールハウスみたいな物に入っているシーンや、ゴジラがモスラの吐き出す糸でグルグル巻きにされて海に落ちるシーン、最後モスラが海を泳いで帰るシーン、これらは完全に記憶に残っているのですが、

「あれ?どっかで繭かなんか作んなかったっけ?」
って、これは『モスラ対ゴジラ』よりかなり前に公開された『モスラ』のワンシーン、あの東京タワーに繭玉を作るシーンがごっちゃになっているんですねぇ
というか、『モスラ』の劇場公開は1961年ですから、私が映画館でリアルタイムで見たとしても(実際は見ていません。)記憶に残るはずは無いのです。

こうなると『モスラ対ゴジラ』の記憶も、劇場で見たそれでは無いかも知れない・・・・・
人間の記憶というものは、その後に見た映像や経験で自分に都合の良いように書き換えられた、じつに曖昧なもんなんでありますよね、きっと。

そうそう、かの『ローマの休日』だってテレビで初放映されるまで私はカラー作品だと思い込んでおりました。(むろん、初めて劇場で見たときも初公開の時じゃありませんよ。)

冒頭に書いた「モスラと言えばあの歌」ザ・ピーナッツの「モスラの歌」(って言うのか?)だって、『モスラ対ゴジラ』じゃそれほど唄われてないんですよね、昨日見た限り一、二シーンだけだったと思います。むしろ今見ると「マハラ モスラ」の方が耳に残ったりして
それがこれほど印象的に頭に残っているのは、記憶の書き換えにそういありません。

「考えてみたらさぁ、毎日イイ事なんてそうそう無いジャン、どっちかっちゃぁ悪い事の方がだんぜん多いのに、思い出ってイイ事ばっかりが浮かぶもんねぇ・・・」

我が良き思い出が事実とどれほどかけ離れているのか・・・・
「んなこたぁエエジャン!それで他人に迷惑かけるわけでも無く、イイ思い出にしといた方が幸せだって」
「そだね」

さて、今日の一枚は、ドド・マーマローサです。もちろん以前紹介済みの一枚です。
40年代、バードとの共演が印象的なドドは病によって戦線離脱、その後復帰を果たし吹き込んだのがこのアルバムなんですが、直ぐにまた引退をしてしまいました。

昨日『モスラ対ゴジラ』を見た後、風呂上がりに先日のみ残したワインを飲んどりましてね。(ドクターの言う事も聞かずにまた飲んだの?ってですか?だってほら、先日一本空けなかったというところで、酒量は確実に減らしているでしょ)
何故か急にこのアルバムが聴きたくなったんです。

「EVERYTHING HAPPENS TO ME」不幸な男の物語、
「自分のことしか考えてなかった。彼女の気持ちを考えてなかった」
んなこたぁ今さら今さら、それでも思い出が残るだけエエじゃ無いですか、ねぇ
嫌な思い出もイイように書き換えればエエんですってばさ。

「YOU CALL IT MADNESS」の歌詞「I can't forget the night I met you」
「あなたに会った夜を忘れることはできない。」
そんな素敵な思い出は残るんですから

「シクシク」
「って、泣いてんじゃねぇよ!」(笑)

DODO'S BACK ! / DODO MARMAROSA
1961年5月9,10日録音
DODO MARMAROSA(p) RICHARD EVANS(b) MARSHALL THOMPSON(ds)

1.MELLOW MOOD
2.COTTAGE FOR SALE
3.APRIL PLAYED THE FIDDLE
4.EVERYTHING HAPPENS TO ME
5.ON GREEN DOLPHIN STREET
6.WHY DO I LOVE YOU ?
7.I THOUGHT ABOUT YOU
8.ME AND MY SHADOW
9.TRACY'S BLUES
10.YOU CALL IT MADNESS

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医師薄弱?

2016年07月25日 | s-u

涼しかったこの何日間も、今日は暑さが追い払ってしまったようです。

医者に「酒・タバコ・刺激物はしばらく我慢するように」と釘を刺された私は、
しばらくおとなしくしていようと心に決めました。いや、決めたはずでした。

二人そろって大酒飲みの親子、
「オレはもう先も短い身、だが息子はこれからだ、酒で間違いでも起こしたら大変だよ」
てんで、親父は息子に禁酒の提案をします。
「おとっさぁんがそこまで考えてくれて好きな酒を止めるってんだ、そりぁあたしも止めるに決まってるじゃありませんか」
と、禁酒の約束を交わします。
ところが、
互いに必死に禁酒を続けていたある日のこと、せがれがお呼ばれに出掛けることになりまして、家にはお上さんしかいない
「昼間用足しに出て、くたくたなんだが、何かこう、疲れの抜けるものはないかい」と、親父
「じゃ唐辛子」
「金魚が目をまわしたんじゃねえんだよ。ひさびさだからその、一杯ぐらい……」
息子に言い訳が立たないというお上さんの制止も聞かず、お銚子一本をクイッと
これで済むくらいなら酒好きとは言いません。
「あと一本」・・・「もう一本」・・・
ペロペロになるまで飲みたくなるのが酒好きのサガってやつであります。
するとそこへ息子が帰ってきました。
「こいさぁイカン」てんで座り直し息子を迎えると、その息子もベロンベロン
ひいきの旦那が勧める酒を「男の約束」と断ると、
「偉い!そりぁてぇしたもんだ、その心意気でまず一杯」
・・・結局は二人で二升五合をペロリ
「なぜそうお前は酒をのみたがる。困ったもんだ、それに母さん、こいつの顔がさっきから三つに見えますよ。化け物だねこりゃ。こんなヤツに身代は渡せません」
と親父、すると息子も
「あたしだって、こんなぐるぐる回る家は欲しくない」

落語『親子酒』のあらましでありますが・・・・

昨日7月24日、つまり我が『聖なる日』からちょうど一週間というキリの良い日が、なんと○ークママの誕生日という、忘れようにも忘れられない日なんであります。
「まぁ、毎年の事だから、一応お祝いにね、いやもちろん飲みませんよ。」
てんで、お店がお休みの昨日では無くその前に、お伺いしたわけです。

「へぇ~~、そんじゃ今日は飲めないんだね」
とママ
「いや、飲めないんじゃ無くて、極力控えるようにと・・・・それに喉も渇いてるしビールを一杯くらいなら・・・ねぇ」
ママも心配して
「少しずつ飲みなよ」
と言ってはくれたのですが・・・・・


この花束は私からのプレゼントではございません。

まったくねぇ、私ゃ『親子酒』のせがれといっしょ、いやそれ以下(ん?それ以上に酒好き?)
「先生すいません。私『医師薄弱』いや『意志薄弱』なもんで」
「アンタはいずれ酒で死ぬね、いや、きっと死んでも飲むね、そのへんの意思だけは強いんだから」
「・・・・・」

ということで『料理当番、本日の一品』ですが、
一度解禁しちゃえば「後は野となれ山となれ」たまには自分専用プレートもよろしいかと、こんなんを作りワインなんぞをいただきました。

いや、言い訳なんですけど(って、誰への言い訳?)、いちおう酒量は以前より抑えていますよ。

弁当には変化無し(笑)

さて、今日の一枚は、マッコイ・タイナーです。

彼の初リーダーアルバムですね。
コルトレーンの下を去り、右往左往していた時期とは明らかに違いますよね(この後そんな時期を迎えるんですけど)。メロディアスでありながら、やはり力強さも備えた、マッコイってやっぱりそんなピアニストなんですよ。
表題曲の「INCEPTION」も、美しい「SUNSET」も良いんですが、私はいつも「SPEAK LOW」が、いかにもマッコイっぽいなんて思いながら聴いています。
好きなアルバムです。

INCEPTION / McCOY TYNER
1962年1月10.11日録音
McCOY TYNER(p) ART DAVIS(b) ELVIN JONES(ds)

1.INCEPTION
2.THERE IS NO GREATER LOVE
3.BLUES FOR GWEN
4.SUNSET
5.EFFENDI
6.SPEAK LOW

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シャバダバ シャバダバ ・・・?

2016年07月21日 | g-i

夕べちょっとだけ窓を開けたまま寝たら、今朝はクシャミで目が覚めました。
何日か前の地獄のような暑さが嘘のようです。
こんだけ気温が上がったり下がったりするからでしょうか、しょっちゅう訃報を耳にします。
永六輔の次は大橋巨泉ですか・・・(これは気候には関係ないかな?)

 ♪パッパパヤパヤパヤパパー パ パヤーパヤーパー
  パッパパヤパヤパヤパパー パ パヤーパヤーパー
  何処かで 誰かに 名前をよばれたような
  そんな夜が あったみたい    ・・・・・・♪

こんな歌、知らんでしょうなぁ、木元泉(現、木本いず美)の「どこかでだれかに」てぇ歌なんですが・・・・シングル「お願いがあるの」のB面ね、って、ますます分からんかな(笑)

 

「『11PM』金曜日のエンディングは、大橋巨泉とザ・サラブレッズ(大橋巨泉は演奏しませんよ)のジャズ演奏でしめる」てなパターンを覚えている年代も少数になり果てているでしょうか?
そして、ザ・サラブレッズの二代目ボーカルが木元泉であり、この「どこかでだれかに」という曲のバックももちろん、そのザ・サラブレッズだったと、まっそんなわけです。(おっと忘れてた、作詞は大橋巨泉です。)
ボサ調でなかなかエエ歌ですんで機会があったらお聴きいただきたいと思います。

大橋巨泉といえば、私らの年代じゃ間違いなく『11PM』、親の目を盗みよく見ましたねぇ、ボリュームを極力下げてね、時には音はラジオ流してごまかすみたいな(ある意味、オッパイさえ見えたらラッキーってヤツですか、じつはそうそう出てこなかったんですけどね。笑)

いやいや、エッチに飢えていただけじゃありません。私は『金曜イレブン』で麻雀を覚えたくちですから
「小島武夫先生!」
なんてね。(『金曜イレブン』はエッチは無しでしたから、ボリュームを下げずに見られたんですよね、だからザ・サラブレッズの演奏も聴けたわけですよ。笑)

おっと話が逸れました。「大橋巨泉とジャズ」てなこととなると、学生時代にジャズコンサートの司会をしていた(タモリみたいですけど)ことはもちろん、最初の嫁はマーサ三宅ですしねぇ
杉原淳(ts)なんかに声をかけてザ・サラブレッズを結成できたのも、その道にいかに関わっていたかの証であります。

 

私が、彼とジャズの結びつきを一番感じたのは、この本ですかねぇ、油井正一とともに翻訳したビリー・ホリディの自伝『奇妙な果実』であります。
私が持っているのは、初版じゃありません一年以上後で増刷された20刷ですけど、こうして見ると、けっこうボロボロになるまで読んどりますなぁ(笑)

「不幸以外の何物をも期待しないでいると、わずかながら、幸福の日がめぐってくるかもしれない」とビリーはいう。
いかなる人生にも絶望はない - 通読してうける異常なまでの感銘は、人生の最底辺を出発点として、茨の道をきりひらき、自分だけを頼りに頂上まで登りつめた、たくましい精神力によるものであろう。

訳者あとがきは、油井との連名になっとりますが、どちらが草稿したんでしょうねえ?
そんなことを、大橋巨泉の訃報に思ったのでありました。
またしてもですけど、ご冥福をお祈りいたします。(やっぱり昭和は終わったかな?) 

さて、今日の一枚は、ビリー・ホリディです。
そうそう考えてみりゃ先日の『我が聖夜』は、「レディ・ディ」の命日でもあったのですよね。

しかしまぁ私のアルバム選択はイイカゲンです。
大橋巨泉→『奇妙な果実』→ビリー・ホリディ
この連想は良しとして
大橋巨泉→『11PM』→女性の裸
で、この素敵なデヴィッド・ストーン・マーチンのジャケを選ぶてぇのは、どう考えても、レディにもデヴィッドの奥様(このジャケのモデルは彼の奥様だそうです。)にも失礼なような気がします。

ノーマン・グランツが仕掛けたJATPのお話しは、以前にも何度か書きましたんでここではお休み、
そのJATPに、レディが参加した時のロサンゼルスとニューヨークでのライブ録音アルバムです。
バックのメンツは割愛させていただきます。
まぁまぁ今日は大橋巨泉とレディを偲びながら聴きましょうか。

BILLIE HOLIDAY AT JAZZ AT THE PHILHARMONIC
1945年2月12日、1946年6月3日、10月7日録音
BILLIE HOLIDAY(vo)

1.BODY AND SOUL
2.STRANGE FRUIT
3.TRAV'LIN' LIGHT
4.HE'S FUNNY THAT WAY
5.THE MAN I LOVE
6.GEE BABY, AIN'T I GOOD TO YOU
7.ALL OF ME
8.BILLIE'S BLUES

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儀式無き聖夜

2016年07月19日 | a-c

一気に東海地方まで梅雨明けだそうで、いよいよ夏本番てぇところ?
っていうかぁ・・・我が田舎も梅雨明けこそ無いもののこの3日間くらいは真夏の日差しと強烈な暑さが「来てます来てます」

そんな熱い中、私は謹慎状態で聖なる日「7月17日」(コルトレーンの命日ね)を過ごしたのでありました。
謹慎状態とはいかなることか?
じつは、前回ちょっと触れた体調の方がどうも思わしくなくて、このクソ暑い3日間をほぼ何もせずに過ごしたのでありました。
まぁおかげで、聖なる日にはゆっくりと我が聖人の叫びを聴き尽くす事が出来たわけで、結果良しとしましょう。ただねぇ儀式自体は残念ながらお休みになってしまいました。

さても、巷では「ビートルズ来日50周年」と騒いでおりますが、ならば今年は「コルトレーン来日50周年」でもあるわけです。(こちらも忘れてもらっゃこまる。笑)

「あなたにとってジャズとは何でしょうか?」
「私はジャズという単語をよく理解していないのです。つまり、私たちはジャズ・ミュージシャンとして売れているわけですが、自分としては『ジャズ』という単語は存在しません。ただ、ジョン・コルトレーンの音楽を演奏しているだけです。」
1966年7月9日、東京プリンスホテルのマグノリアルームで行われた記者会見で、彼はこう答えました。
そして
「(愛とは)結局どれをとっても、イエスの愛であり、釈迦の愛であり、あるいはその全てかもしれない。どれも愛に変わりはありません。全ての愛は、同じ一つの愛を言っているのです。全てはそこから生まれる・・進むべき道も、自分の作品への愛も、全てが一つの愛の表れであると、私は考えます。」

「わたしゃ、あんたから愛を受け取っとるよぉ~~~~!!」(なんじゃそりゃ!笑)


来日のさい、コルトレーンは長崎で原爆犠牲者に花束手を向けしました。
そして、日本公演全てで「地球の平和(PEACE ON EARTH)」
というオリジナル曲を演奏しました。(「
LIVE IN JAPAN」参)

何度も繰り返すようですけど、私は今までの人生で何度彼の愛(演奏)に救われてきたことでしょうか
事実、一昨日の聖夜も、我が身体の不甲斐なさを彼の愛が、どれほど癒やしてくれたことか。(詳しい事は言えないんですが、まぁたいしたことじゃない。笑)

ともかく、今年の彼の命日(我が聖夜)は、酒も飲まずひたすらインパルス以降の彼を聴き続けたのでありました。
あはは、正直ちょっと疲れましたけどね。(笑)

しかるに『料理当番、本日の一品』は、日曜日では無く昨晩の一品を

暑かったんですがスペアリブを煮込みました。今回はマーマレードではなく、和風出汁と醤油、甘みは蜂蜜を使ってみました。

さて、今日の一枚は、もちろんトレーンなんですが、そろそろ彼のレコードも品切れで、再度紹介物になってしまいます。(再度ところじゃない、おそらく4回目くらいになる一枚です。あしからず)

以前紹介したときも言ったとおり、これは私がジャズのレコードとして初めて手にした一枚であります。
トランペットの音が聴きたいと行きだしたジャズ喫茶、それが、トレーンに出会い、手に入れた最初のアルバム。
そりゃ思い入れがあって当然だと思いません?(笑)
ですから、たとえ世間一般の評価はどうあれ、私がトレーン教に入信した原点の一枚なのであります。(笑)

CRESCENT / JOHN COLTRANE
1964年4-7月録音
JOHN COLTRANE(ts) McCOY TYNER(p) JIMMY GARRISON(b) ELVIN JONES(ds)

1.CRESCENT
2.WISE ONE
3.BESSIE'S BLUES
4.LONNIE'S LAMENT
5.THE DRUM THING

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人間同士として・・・・

2016年07月15日 | j-l

昨日はちょっくら体調を崩しまして、まぁ月に一回くらいこんな事があります。以前お話しした『オンス』みたいなもんで気にしないようにしましょう。
一夜明け、夕べいただいた寝酒が良かったのでしょう、体調も戻りこうしてログの更新までしております。

さても、フランスではまたしても大規模テロが勃発、多くの死傷者が出たようですね。なんとも、不意に襲ってくる死なんてぇもんは、事故か天災でまにあってるって言うに、いかなる理由があろうと、会津人じゃありませんけど「ならぬものはならぬ」のでありますよ。

 ♪ エンヤァ~~ 会津磐梯山は 宝の山よ ・・・・♪

会津・天災というと、今日7月15日は、1888年、近代日本における最初で最大の火山噴火災害、会津磐梯山の大噴火が起きた日であります。

7時ごろに地震が発生、それが次第に強くなり、ついに7時45分噴火が始まりました。
爆発的噴火は15回から20回くらい続き、最後の噴火で小磐梯山の北側の山林が崩壊、山津波のような岩屑なだれとなって、北側にあった5村11集落をあっという間に飲み込んだのです。その結果、死者477名、負傷者28名という犠牲者を生んだのでした。
また、その岩屑なだれは、集落だけで無く、川(長瀬川)をも埋没させ、今や景勝地となった裏磐梯の檜原湖、小野川湖、秋元湖、五色沼なんかを作っちゃっいましたが、同時に川の崩壊で幾度となく土石流や火山泥流を起こし、被害を広げました。

と、見てきたような話をしていますけど、もちろん受け売りです。それでも遠く太平洋側の今のいわき市ですらうっすらと火山灰が降ったそうですから、噴火のすさまじさがうかがえるっちゅうもんですよね。

ともかく、阪神大震災しかり、中越沖地震しかり、今年の熊本地震しかり、数々の河川の氾濫しかり、台風・ゲリラ豪雨に竜巻、そしてあの東日本大震災・・・・
今後心配される南海トラフに首都直下型地震、富士山だって噴火するかもしれません。
天災で幾人の犠牲者を生んだか、そしてこれからも生み出すか
「ほんと、日本人はテロなんてやってる暇無いんだって」

テロばかりじゃありませんよ。戦争だのなんだの、わざわざ人間同士が殺し合わなくたって、不幸な犠牲者は必ず生まれるし、人間黙ってたって死ぬときは死ぬんです。(あはは、ちょっと熱くなりすぎた?)

現在の五色沼の一つ毘沙門沼の近くにこんな石碑があるのをご存じでしょうかねぇ
「日本赤十字社・平時災害救護発祥の地」と書かれたデカイ石碑。

そもそも赤十字社てぇのは、スイス人の実業家アンリー・デュナンが、1859年イタリア統一戦争の激戦地ソルフェリーノで悲惨なありさまを目の当たりにし、
「傷ついた兵士はもはや兵士ではない、人間である。人間同士としてその尊い生命は救われなければならない」
この言葉が共感を生み、1864年にはジュネーブ条約が調印・・・・
って、歴史の授業みたいですが
ともかく、戦争犠牲者の救済を目的として設立された国際機関でした。
それが、戦争・紛争以外の「平時災害救護」にあたった初めての事例が、この会津磐梯山の大噴火の時であったという記念すべき石碑なんであります。

願わくば、「人間同士としてその尊い生命は救われなければならない」の精神で、戦争・紛争・テロではなく、日本赤十字社も自衛隊も「平時災害救護」だけに専念していただきたいし、それ以外にしゃしゃり出るような事が無いように、日本という国があって欲しい、そう思うのでありました。

さて、今日の一枚は、ハンク・ジョーンズです。
といっても、じつを言えば前回紹介した「TOOTS THIELEMANS EUROPEAN QUARTET LIVE」といっしょにネット配信で手に入れたもので、アルバムとして所持しているものではありません、あしからず。

「セント・ピータース・エピスコパル教会で演奏し、ワンポイントマイクで録音した」との売りでありますが、ネット配信物ではたしてその良さが伝わるのか?
私の駄耳は
伝わっていると信じてる?信じたい?そうだとイイなぁ?そういうことにしよう。
と判断しています。(笑)

というか、ライブに行ってですよ、爺ーに(失礼)これほどの演奏を聴かせてもらえれば、それだけで満足かなと思うわけで
まぁまぁそれでよろしいじゃないですか。

私的には十分満足できるアルバムだと思っています。

WEST OF 5TH / HANK JONES
2006年録音
HANK JONES(p) CHRISTIAN MCBRIDE(b) JIMMY COBB(ds)

1.ON GREEN DOLPHIN STREET
2.MR.WALER
3.SPEAK LOW
4.A CHILD IS BORN
5.IF I WERE A BELL
6.BILLIE'S BOUNCE
7.LOTUS BLOSSOM
8.CONFINMATION
9.WE'LL BE TOGETHER AGAIN
10.STELLA BY STARLIGHT
11.ELEANOR

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