音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

●テオ・アンゲロプロス監督「ユリシーズの瞳」

2007-12-24 17:22:27 | ★旧・感動のCD、論文,演奏会など
2006/5/13(土)

★私にとってこの映画は終生忘れられない映画、最高の名画です。

1995年製作、96年に日本で上映されてから、その後はごく稀にしか映画館に懸からなかったと思います。

しかし、この映画の1シーン、1シーンがこの10年間、絶えず“瞼の劇場”に甦っていました。

何百回、いやそれ以上かもしれません。

脳裏に焼き付いているのです。

この名画が、新設されたばかりの映画館で上映されます。

料金はわずか1000円です。

「ユリシーズの瞳」 ギリシア語の原題は「オデュッセウスのまなざし」、英語の題は「ULYSEES'GAZE」、

仏語の題は「LE REGARD D'ULYSSE」。

ストーリーは、さほど重要ではないかもしれません。

あってないようなものと言っていいかもしれません。

イメージの喚起力が素晴らしいのです。

現代の米国人映画監督「A」が主人公。

20世紀初頭にドキュメンタリー映画をバルカン半島で初めて創ったという「マナキス兄弟」の軌跡と

映像を求め、ホメロスの叙事詩さながらにバルカン半島を縦横に彷徨します。

北はドナウ川、南は地中海、東はエーゲ海、西はアドリア海とイオニア海に囲まれた半島です。

それでも日本の国土の1.3倍の広さ。

陽炎の彼方に、青い帆舟がゆっくりと走る北ギリシャの港街「テサロニキ」から、アルバニア、

マケドニアの「スコピエ」、ルーマニアの「ブカレスト」、「ベオグラード」、そして最後は

ボスニア・ヘルツェゴヴィナの戦火・虐殺の町「サラエボ」に。

夜汽車で、車、徒歩、舟で・・・

ホメロス「オデュッセイア」の主人公ユリシーズと同じように、「A」は4人の女と邂逅します。

サラエボに向かう舟旅では、第一次大戦で死んだ兵士の未亡人である若い女と出会います。

時間を越えた幻想の世界です。溜息の出るような美しい映像です。

終着点「サラエボ」。血みどろの内戦、殺し合いで原型をとどめない無残な建物ばかり。

通りを横切るのも命懸け。狙撃兵の銃弾が音もなく頬をかすめる。

人間のもつ憎しみ、残酷さ、愚かさは、どこまで行けば気が済むのでしょうか・・・

崩れ落ちた街を見せられる観客は、救いようのない思いに襲われます。

「A」はこの街で、「マナキス兄弟」の未現像フィルムをもつ映画博物館長に出会います。

館長はその現像に成功します。

そのとき、「霧が来た」という喜びの声が音楽とともに外から聞こえます。

喜び勇んで一家そろって外に出ます。霧が降りると視界はゼロ、敵を狙うことができず“自然休戦”に。

腹いっぱい空気を吸い、川辺をくつろいで散歩する館長一家と「A」。

童謡を歌いながら手をつないでどんどん先に行く孫たち。「雪の下からもう草が芽を出しているよ!」。

ギーと車の止まる音。バタン、ドアが閉まる。

「何があっても動くな!」と「A」に言い残し、血相を変えて孫たちの方に走る館長。

「散歩してるだけですよ」

“敵”の太い声「神も結構、間違いをなさるのだ。子供からだ」

館長の妻の金切り声「孫を放して、お願い」。

子供の名前を叫ぶ声、悲鳴、バンバンバンバン 銃声。

太い声「川に放り込め!」。

「いつもこうなるのさ。神の間違いさ。お創りになった以上、お返しするほかない」と鼻歌まじり。

ドアを閉め、エンジンを掛け、遠ざかる車の音。

血も凍るこのシーンは、すべて乳白色の霧しか画面に映っていません。

聞こえるのは声のみ。究極の映像です。

見た人の脳裏から終生消え去らないでしょう。

これに匹敵するのはアンリ・コルピHenri Colpi監督「かくも長き不在」

UNE AUSSI LONGUE ABSENCEの最後のシーンぐらいと思います。

AUSSIが効いています。

コルピ監督と主演の大女優アリダ・ヴァリが二人とも、ことし亡くなりましたね。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

上映は、4月に東京の下町・北千住に開館した「東京芸術センター」2階の
『シネマ ブルースタジオ』。料金1000円。

粋な映画館が誕生しました。

★「ユリシーズの瞳」は、5/31(水)-6/13(火)11:00/14:45/18:30~21:30

嬉しいことに、続いて、アンゲロブロスの最近作
★「エレニの旅」 6/14(水)-6/27(火)11:00/14:45/18:30~21:20も上映します。

★懐かしいジャン・リュック・ゴダール監督の
「ウイークエンド」は、5/17(水)-5/30(火)13:30/16:00/18:30~20:15

北千住は庶民的で面白い町です。
「東京芸術センター」は駅西口の旧日光街道近くに今春、完成しました。

20数階建ての超高層ビルで遠くから目立ちます。

駅から徒歩5分。

建物は、足立区が、旧区役所の土地を、定期借地権で民間に貸与、その土地に立てられた建物の一部を、

区が必要に応じて、借り上げる方式だそうです。

21・22階に多目的劇場(ホール)があり、ホールの両側から青空が見える“天空劇場”だそうです。

「ベヒシュタイン」と「プレイエル」のフルコンサートピアノを備えています。

どこにでもある有名なスタインウェーではないところが洒落ています。

「黒澤明塾(9月開講)」や本格的撮影スタジオ「ホワイトスタジオ」もあるそうです。


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