僕のほそ道   ~ のん日記 ~

  
これと言ったテーマはなく、話はバラバラです。 つい昔の思い出話が多くなるのは年のせい? 

三重・15歳少女殺害事件

2013年09月02日 | ニュース・時事


マスコミで毎日いろいろな事故や事件が報道されているけれど、報道だけではわからない話がいっぱいある。


8月30日、大阪府吹田市の市道で、2歳の女児が乗用車にはねられ死亡するという痛ましい事故が起きた。新聞によると、女児は母親(28)の後ろを歩いて保育園から帰宅する途中で、右折してきた乗用車に後方からはねられたという。


すぐそばでわが子を亡くした母親は、どれほど深い悲しみに打ちひしがれたことだろう…と察するに余りあるが、なぜそんなことになったのかと考えると、どうも合点がいかない。

車が往来する道で、まだ幼い2歳児を自分の視野に入らない後ろに歩かせるというのは、心配性の僕などは絶対にできない。車はいつ「凶器」と化すかわからない。2歳児くらいだったら、僕は手をつないで歩くだろう。並んで歩くのが危険な道なら子どもに前を歩かせる。どうしても後ろを歩きたがるのなら、常に後ろを振り向きながら歩く…というのが普通だと思う。


なぜ母親が一人で前を歩き、車が右折してくるような場所でも後ろの子どもに注意を向けなかったのか…というのが疑問なのだ。


むろん車が悪い。当たり前である。しかし、わき見運転する車も現実にはあるのだから歩行者は油断してはダメだ。こんなことを言うと猛烈なお叱りを受けるかも知れないが、母親がもう少し注意していれば事故は起こらなかったのではないか、と思うのは僕一人ではないだろう。まさか母親がわが子そっちのけで携帯を見ながら歩いていたわけでもあるまい…と思いたい。でもこんな事故が起きると、ひょっとして携帯を見ていたのでは…と思ったりもするのだ。むろんマスコミは被害者側の状況はほとんど書かないから、実際のところはわからないが…


こうした記事をみると、車の走る道を2歳ぐらいの幼児と歩く時は手をつなぐか決して目を離さないのが鉄則である…ということを改めて痛感するのだ。


つい注意を怠り、一瞬の出来事によって生涯悔いることになる。
…そんな人生は、あまりにも辛すぎます。


  ……………………………………………………………………………


次に、連日トップニュースで報じられている三重県の15歳少女殺害事件だが、これにもわからない点がいっぱいある。

殺害された少女は、25日、花火大会に出かけたあと、電車で朝日という駅に着き、スーパーの前で友人と別れ、午後11時過ぎに、県道沿いを1人で歩いて帰宅する途中に犯行に遭った…と報じられている。1人で歩いて帰る途中、携帯電話の「LINE」で同級生とやりとりしたのが午後10時55分だという。それを最後に、そのあと11時15分過ぎに少女の姉が電話しても応答がなかった。そして、それより少し前の11時前後には、少女が歩いている姿をタクシー運転手が目撃していたこともわかり、犯行はその直後とみられている。


少女は花柄のタンクトップに黒のミニスカート姿だったという。彼女が一人で歩いたスーパーから家までの県道沿いの道は、あるテレビ局が同じ時刻…午後11時過ぎに同じ場所を映していたが、まわりは真っ暗で車もほとんど通らず、道路の横は木々が生い茂る実に薄気味悪いところだった。そこを15歳の女性がミニスカート姿でひとり歩いて行くのだから、度胸があるというか、怖いもの知らずというか…


古い人間である僕には、午後11時過ぎにこういう怖い道を一人で歩く15歳の少女…というのが理解できない。昔は中学生なら午後9時までとか10時までとかの「門限」があり、親も若い娘にはそういう点は厳しかった。しかし今はたとえ11時過ぎて娘が帰宅しなくても、親も大して気にしない…というのが一般的なことなのだろうか。このケースでは、少女の姉が11時15分過ぎに電話したら通じなかったという。その時点で心配しなければならないのでは…と思うのだけれど。


それが25日の夜の話だが、少女はそのまま26日の朝になっても帰って来なかった。夜になっても帰って来なかった。家族の心配は深刻だったはず。いや、すぐに警察に捜索願を出すはずである。しかしそれからさらに一夜明けた27日にやっと捜索願が出されたという。家族はなぜもっと早く警察に届けなかったのか…これがまた不思議である。


そのうえ警察も積極的な捜索には乗り出していなかったようだ。29日に少女の遺体を見つけたのは、新聞によると「パトロール中」の警官だったという。「捜索中」ではなく「パトロール中」である。揚げ足を取るわけではないが、パトロールというのは「事故や危険がないか見回ること」である。その「見回り」の途中で遺体を発見したというのだ。警察発表も新聞記事も言葉には気をつけているはずなので、「パトロール中」と言い方は決して誤用ではないだろう。


…ということは、「少女が何か事件に巻き込まれ、生存が危ぶまれている」とは警察も思っていなかったわけで、届けを出した家族側もそれほどには考えていなかったのではないか。つまり少女が消息を絶っても、それがこの家庭ではよくあることだったのか、すぐには心配しなかった…と推測されるのである。


今日のニュースでは、駅で彼女が降りた時の防犯カメラに、他に2人降りてきた姿が映っていたそうであるが、警察がその人たちに話を聞き、2人とも事件とは関係なかったことがわかった…とのことだった。つまり電車の中から少女に目をつけていたのではなく、犯人たち(たぶん複数だろう)は、少女が駅に降りてから現れた…ということである。


昨日午後6時からの日テレ「真相報道バンキシャ」で、元検事の川上さんが「手口が稚拙。子どもの犯行でしょ」と言い切っていた。子ども…とは、中・高校生ぐらいのことを指すのだろうか。…とすると、もしかして顔見知りで、少女がこの道を通って帰ることを知っていて、しかも当日は花火大会に出かけていることも知っていて、犯行現場近くで少女の帰りを待ちぶせていた…というセンも考えられないことはない(たぶん複数で)。「犯人は土地勘がある」と言われているのもそれを裏付けている。そして争った跡もなく窒息死させられ、遺体は「衣服はほとんど身につけていない状態」で発見され、当初の報道では携帯など所持品は見つかっていないということだった。しかしすぐに「近くに所持品や携帯が散らばっていた」の報道に変わった(これも不思議な話だ)。


少女の財布から全額(数千円)が抜き取られていたというのも、強盗に見せかけるというより、犯人らが「子ども」だったから、それくらいの金額でも奪い取る価値があると考えた…ということか…?


遅い時間に暗い夜道の女性の一人歩きは危険…という当たり前の常識が最近の若い人たちには無くなってきているのだろうか? いや、まさか、これだけ世の中で性犯罪が増えてきた時代に、そんな無警戒な女性はいないだろう。しかし、常に携帯やスマホで(特にRINEなどで)仲間と繋がり合っていることが、「暗い夜道の一人歩き」という意識を希薄にし、まわりにいっぱい仲間がいるような錯覚が起きているということは十分に考えられる。少女も、駅から家に帰るとき、もしかして携帯に夢中になっていて、警戒心も何もなく、犯人たちが近づいてきたことも全く気づかなかったのかも知れない。ふと気がつくと、まわりに顔見知りの中学生や高校生らが自分を取り囲んでいた…と。(ま、これは悪い冗談だけど)


新聞、テレビなどで悲しい事故や事件の報道に接した時、気の毒に…と同情するだけで終わってしまってはならない話も中にはある。前述の2歳女子の死亡事故やこの15歳少女の殺害事件も、家族(後者の場合は本人も)が普通の注意力と警戒心さえ持てば十分避けることのできた事故、事件である。今後こういうことが起こらないよう、気の毒な被害者の方々ではあるけれど、落ち度があればそれを自分の身に置き換え、そこから学んで災いを未然に避ける…ということも、読者や視聴者には大事なことではないかな~と思う。


ガラにもなくエラそうなことを書いてしまいましたが、これからも未来永劫、世の中から事故や犯罪はなくならない…ということだけは、(わかりきっていることですが)いつも肝に銘じておくべきでしょうね。

 

 


 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする