僕のほそ道   ~ のん日記 ~

  
これと言ったテーマはなく、話はバラバラです。 つい昔の思い出話が多くなるのは年のせい? 

「真実の口」にも大勢の観光客 ~ローマ・今昔物語~

2019年08月16日 | 旅行

トレヴィの泉から再び歩き始め、次はベネツィア広場をめざしました。

しかし途中でまた道がわからなくなった。交差点で立ち止まっていたら、向こうから中年婦人と、その婦人に手をつないでもらっているお婆ちゃんの2人連れが歩いて来られたので、「スクージ(すみません)」と声をかけた。お2人ともニコッと笑顔を見せてくれたので、例によって「ボレイ・アンダーレ・ピアッツァ・ベネツィア」と中年婦人に尋ねたら、横にいたお婆ちゃんの方がグッと身を乗り出して、ある方向を指差し、「ピョッピョッピョッピョッ」と早口で何かを口走った。僕はその指先を見て方角がわかったので、お2人に「グラッツェ・ミッレ」とお礼を言うと、まだ「ピョッピョッピョッピョッ」と言いながら同じ方向を指を差しておられました。

まあ僕の耳には「ピョッピョッピョッピョッ」としか聞えなかったのだけど、きっと指差す方向を「まっすぐ、まっすぐ行きなさい」と言ってくれたのだと想像します。親切なお婆ちゃんでした。

ちなみに、イタリア語で「ありがとう」は「グラッツェ」。その感謝の意を、強く表したいときには「ミッレ」という言葉をつけて「グラッツェ・ミッレ」と 言えばいいとのことでした。「ミッレ」は数字の千の意味で、「大変ありがとうございました!」という感じでしょうか。

  
教えられたとおり、その道を真っすぐ行くと、ベネツィア広場に出ました。

して、その正面に「エマヌエーレ2世記念堂」という立派な建物が見えました。

20年前、妻と長男の3人でローマに来たことがあるわけですが、その時は今日とは反対のコースで「真実の口」から歩いてきてこの前を通りがかったのです。観光客の姿はほとんどなく、1人の黒人男性がカメラを持って、ぽつんと立っていました。そして、長男を見てカメラを差し出し、「写真を撮ってくれないか?」頼んだので、長男が写真を撮ってあげていました。「どこやろね、ここは?」と、僕たちはその時、この記念堂のことは知らず、すぐにその場を後にしたものです。それがここだったんですね。

で、今日は階段のところで写真を撮り  

 
  

 
そのあと階段を登り、上から撮影しました。

正面の緑色の丸いところがベネツィア広場の中心です。
多くの主要道路が交わるロータリーでもあります。
僕たちは一番左の道路を歩いて次に向かいました。

 

 
15分ほど歩くと、やがて教会の鐘楼が見えてきました。これが「真実の口」がある「サンタ・マリア・コスメディン教会」です。これも映画「ローマの休日」で有名ですね。 

 

前述したように、20年前に3人でローマへ来た時もここを訪れたのですが、当時は思わず通り過ごしてしまいそうなほど、どこにも人の姿は見えませんでした。妻と長男と僕と、順番にそこで真実の口に手を入れて写真を撮ったのですが、ほかに人はいませんでした。そうこうしているうちに、2人組の女性がやって来て、僕らに写真を撮ってくれるように頼んだので、長男がその人たちを撮りました。僕ら以外の観光客と言えばそれだけで、有名な場所なのにガラ~ンとして誰も来ないんだなぁ、とその時、思ったものです。


 
これはその時、長男が、後から来た2人の女性に頼まれて写真を撮っているところですが、ほかに観光客は一人もいませんでした。

ところが今回は
 
 
外へはみ出すほどの多くの観光客が集まっていました。 

 

 
中はこんな大勢並んでいます。前回からは考えられない人混みです。
 

 

さらに今は有料になっており、写真を撮るのに何ユーロか支払わなければなりません。この光景は格子の外から撮ったもので、最前列に料金を入れるところがあります。僕たちはここを覗いただけで、列には並ばず、最寄りの地下鉄駅へ向かいました。たぶん、30分から1時間は並ばなければならない、というのがイヤでしたから。

そんな気力、体力は、もうありましぇ~ん。

 

 

 

 

 

 

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