母が暮らしている特別養護老人ホームから電話があった。
特養で毎年行われる定期検査で、母の肝臓の数値が高かったので、
医師から○○病院で精密検査を受けるよう指示があったとのこと。
電話で病院行きの日時を決め、
その日、直接病院で待ち合わすことにした。
病院の玄関で待っていたら特養の車が来て、母が出てきた。
出てきたと…言っても、車椅子に乗ったきりの格好なので、
自動的に母が車椅子ごと車から降ろしてもらう仕組みだ。
母は眠そうに首をダランと下げ、小刻みに顔を振っていた。
特養の看護師さんが付き添い、受付で手続きをしてくれた。
あまり特養へ顔を出さない僕は、久しぶりに母の顔を見た。
見るたびに皺が増え、ボケも進んできているように見える。
診察まで、かなり待たなければならないようである。
そこへ、妻がやって来た。
妻は母に向かって自分を指差し「誰か、わかる?」と聞いた。
母は「えへへぇ~」と笑い、聞き取りにくい言葉で、
「わかるわぁ、美○ちゃんやろ」と妻の名を言った。
横にいた僕が、面白半分に「じゃぁ僕はわかる?」と言うと、
母はじっと僕の顔を見て「さぁ…だれやろ?」と首をかしげ、
「美○ちゃんのダンナさん…かぁ?」と甲高い声で言った。
「それ、あべこべやろ」と僕は思わず吹き出しかけた。
横にいた看護師さんが、クスッと微笑んだ。
「僕やで、僕。ほんまに誰かわからんの…?」
と僕は母に、面と向かって、念を押した。
母はしげしげと僕の顔を見て、
やはり「わからへ~ん」と首を振るのであった。
あぁ、ついに忘れられてしまったのだ。
いつかはこうなると思っていたけど。
まあ、あまり会いに行かないから、忘れられても仕方ない。
去年は「僕が誰かわかる?」と聞いたら、あははぁと笑い、
「そんなん、わかってるがなぁ」と言った母だったのに。
看護師さんによると、食欲はある、という。
ま、自力ではなく、ほぼ食べさせてもらっているが。
カラオケも、都はるみの「大阪しぐれ」を歌うそうだ。
ま、全部ではなく、同じところばかり歌うらしいが。
♪ ひとりで生きてくなんて、できないと~ ♪
まずまず、母は、施設で機嫌よくやっている。
ちなみに昭和3年生まれの母は、誕生日が来ると87歳だ。
名前を八重子という。
八月八日に生まれたので、八が重なる子→八重子、
…ということで、お爺ちゃんが名づけたそうだ。
今年、母は昔流の数え年で言うと88歳で、八が重なる。
来年は、満年齢で88歳である。
この2年間、八が重なる年が続く。
このあたりが母にはちょうど「いい頃」かも知れない。
そんなことも、つい考えたりしてしまう。
息子の顔は忘れても、たいしたことじゃないけれど、
食べて歌う楽しみだけは、死ぬまで忘れないように。