僕のほそ道   ~ のん日記 ~

  
これと言ったテーマはなく、話はバラバラです。 つい昔の思い出話が多くなるのは年のせい? 

八戸の 「奇跡」

2009年08月22日 | ウォーク・自転車

僕は近畿大学附属高校から近畿大学へ進んだ。

自転車旅行をしたのは、近畿大学の3年生の時である。

大学と高校は同じ敷地内にある。

大学生になっても、僕は時々、附属高校の職員室へ遊びに行った。

「今度、自転車で北海道まで往復しようと思てますねん」
職員室で、顔なじみの先生たちにそう言うと、ツカハラという先生が、
「だったら、八戸も通るのか?」と声を上げた。
「はちのへ? どこですねん、それ…?」
「おまえ八戸も知らんのんか。そんなんで自転車旅行できるんか?」

     当時の八戸はそれほど有名ではなかった。
    「美人すぎる市議」もいなかったしなぁ         

で、ツカハラ先生は、手早くメモ書きをした紙を僕に手渡して、
「この八戸の住所は、ワシが生まれた家や。青森県の八戸やで。連絡しておくから、この家を訪ねなさい。そして。ワシは元気にやっとるからと、家族のみんなに伝えてくれ」というようなことを言われた。

こうして僕と八戸との「縁」が生まれた。

そして、僕は自転車旅行に出て、本州の日本海側を走って北海道へ渡り、広大な大地をぐるりと回った後、再び本州に戻って、青森県の八戸にたどり着いたのだ。

先生に教えられた場所には「ツカハラ時計店」という看板がかかっていた。

「こんにちは。大阪から自転車で来ました〇〇というものですが…」
「はい。聞いています。どうぞ」
家から出て来られた女性は、ゆったりと、やさしさのこもった応対で、僕を家の中に案内してくれた。

僕はここで、ツカハラ家の方々に大変親切にしてもらった。

久しぶりに味わう家庭の雰囲気に、心身ともに癒された。

そこで2泊させていただき、出発の時が来た。

「記念写真をとらせてください」
と、みなさんに頼んで撮らせてもらった1枚の写真がこれである。

 

      
      先生のご両親、お兄さん夫婦、お姉さん夫婦、
       妹さん、弟さんたち。(昭和44年8月)

 

まあ、こういう話は自転車ブログに詳しく書き、この写真も掲載したわけだけれど、それを読まれていた八戸在住のTさんという方が、ご自分が住んでおられる街の話だけに、特に興味を持たれた。

「ツカハラ? ツカハラ?」

Tさんは、写真の風景も、どこかで見たような記憶があったと

それが数年前のことだった。

Tさんは、僕に初めてくださったメールで、以下のように書いておられます。

ずっと気になっていたこと。つまり、写真のツカハラ家の所在地
親戚の方たちにいろいろと尋ねられた結果、その場所が判明した。

さらにTさんの高校時代に英語の先生で、レスリングの大家でもあったツカハラ先生という方がおられ、おそらくその先生の実家がこのお家であろう、と確信を持つに至ったということで、その場所へ、僕のブログ写真をプリントしたものを持って、車で出かけられた。

しかし、かつてのツカハラ時計店は、すでになくなっており、駐車場になっていた。Tさんは、その隣の洋菓子店で詳細を尋ねた。そして、ようやく、現在ツカハラ家の方がおられる場所を知ることが出来た。

ここからTさんの文章を、そのまま引用させていただきます。 

          

私はもう躊躇することはありませんでした。
隣家(ツカハラ家)に写真を持って参上しました。
出て来た若い奥さんによると「大家さんかな?」との由。
隣家は貸家のようで、その奥に大家さんの「ツカハラ家」があるようなのです。改めて奥の家に「ごめんください」と入って行きました。

とにかく、話すよりも写真を見てもらった方が早いので、
「私は〇〇と申しますが、実はこういった写真を手に入れまして」と、
応対した70才前後と思われる女性に、プリントした写真をお見せしました。
開口一番「うわ~! 懐かしい」大変な感激ぶりです。

そこで私は、
昭和44年の夏に、この家出身の先生で近大附属高校に勤務された方がいて、当時の教え子で近大の学生が来訪したらしいこと、2泊ほどされたらしいこと、これはその時の写真であることをお話しました。

女性のお話しぶりは、まるで昨日のことのように覚えていらっしゃるようで、
「うん、来た来た。近大のね、付属高校で。今も(あの先生は)大阪にいるんだけど(教員は)もう退職したの。うん。そう、2泊ぐらいしたかな。あぁ、鮫とかも行ったかもね…」
内容は正確すぎるほど正確に合致します。

「お持ちすれば喜んで貰えるのではないかと思いました」
と私も興奮を抑えきれずお話すると、
「いや~ほんとだ。懐かしい。ここのね、ここに写ってるのが私」
この女性は写真の右端に写っている方だったのです。

「この方、どうしてるの? 」
(「のんさん」は現在どうしていらっしゃるの…?)

差し出がましくて本当に申し訳ないのですが、折角の機会ですから、わかる限りをお伝えするのが良かろうと思い、ブログ等での聞きかじり、見かじりの情報をいただきつつ、
「大阪の〇〇市役所を、明日御退職のようです」
と申しあげておきました。

「まぁ、もう、そんなに…」
暫く感慨深げな表情をされていました。

       (後略)

          

これがTさんから最初にいただいたメールの内容であった。

Tさんが、ツカハラ家の女性の方と会われたのが、3月30日のことで、僕のところにメールを送ってくださったのが、翌31日である。

僕が市役所を退職したその日に、このメールをいただいたわけだ。

Tさんがお会いされた女性は、たぶん、僕が自転車で行ったときに、最初に僕を出迎えてくれた女性だったと思う。ツカハラ先生の一番上のお兄さんのお嫁さんで、Tさんも書いておられるように、写真で言うと、一番右に黒っぽい服装で写っておられる方である。

タイムマシーンで過去に引き戻されたような気持ち…
というのは、こういう気分のことを指すのだろう。

その女性の方が、僕のことを覚えてくれていた…というのが、何よりもうれしかった。読むうちに、涙でパソコンの画面がかすんでしまった。

Tさんは数年前に僕の自転車のブログを読んだその時から、ずっとツカハラ家のことが気になっていた、と書かれていた。

そして、「ツカハラ家の懐かしい写真が残っていることを、ツカハラさんにお伝えし、喜んでいただけたらという思いが最近になって日に日に増すようになり」今回の「探訪」へとつながった。

Tさんは、ツカハラさんと会われたあと、こういうふうにご自分の心境を綴っておられる。

   帰りは、胸のつかえがなくなったような、
   積年のもやもやが一挙に解消したような、
   しばらく味わっていなかったそういう感情を抱きながら、
   自宅へと車を走らせました。 

 

 

 

 

コメント (8)
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