連日オリンピックで生活リズムが狂う…という人も多いだろう。
夜の競技を見ようと思ったら、午後10時頃から真夜中まで続き、
柔道などの決勝は、朝の3時か4時ぐらいから始まるんだから。
朝まで起き続けているわけにもいかないしねぇ。
僕も昨夜は女子卓球の福原を見てから寝たので、
今朝は5時過ぎまで寝てしまったけれど、
朝一番に見たのは、男女とも決勝に進めなかった柔道だった。
「なんやこれは。早起きすることもなかったなぁ…」
な~んて、ぶつぶつ独り言を言ったりしてました。
世間はそんなオリンピック一色の毎日なので、
このブログで観戦記や結果の感想などを書いても、
他の人たちと同じような話ばかりになるので、
そういうことは、この際、書きません。
ただ、一つだけ、たぶん誰も書かない話があります。
それについて、今日は、ふれてみたいと思います。
(ナンだか、もったいぶっていますけど…)
今日、日本が競泳男子800メートルリレーで3位に入り、
52年ぶりに銅メダルを獲得したことはご承知のとおりです。
この52年ぶり…というのは、これもご承知のとおり、
1964年の東京オリンピック以来…ということである。
東京大会以来の800mリレーのメダルということだ。
その52年前の東京五輪は、僕が高校1年生の秋に開催された。
この時、日本は金メダル16という素晴しい成績をおさめた。
もっとも、銀は5で銅は8。メダル総数は29個だった。
前回のロンドン五輪はメダル総数が38だったので、
メダルの数だけ言えばロンドンのほうが多い。
しかし、ロンドンは金が7、銀が14で、銅が17である。
金メダル数は東京の半分にも達しない。やはり金がいい。
今回のリオも、「メダルラッシュ」とは言うが、
ほとんどが銅メダルで、金は現時点では3つである。
今後、やはり日本選手が金メダルを獲るシーンを見たい。
…さて、話は52年前の東京五輪に戻る。
この時、日本は柔道や体操などで金メダルを量産したものの、
水泳は、まったく振るわず、最終日まで一つのメダルもなかった。
(銅メダルひとつも、獲れていなかったのです)
そんなことで…
陸上に次いで人気競技だった水泳の不振に、僕たちは不満だった。
そして、水泳の最終日、最後の最後に行なわれたのが、
男子の800メートルリレーだった。
ここで、日本は奇跡の銅メダルを獲得したのである。
その時のテレビ中継を、僕は今でもはっきり覚えている。
第1泳者から第2泳者、第3泳者とつなぎ、
先頭はアメリカとどこか(国は忘れた)の国だった。
この2チームが、3位以下を大きく引き離していた。
しかし、3位争いは、まことに激烈であった。
最終の第4泳者につないだとき、
日本はわずかに3位をキープしていた。
会場は日本の応援団で割れんばかりの声援に沸きかえり、
NHKのアナウンサーは「ニッポン、初のメダルなるか!」
と絶叫する。見ているほうも、手に汗を握る。
いよいよ最後の50mになった。
そのとき、アナウンサーがこう叫んだ。
「もう1着2着はどうでもいい!」
そして、ひたすら「ニッポン、ニッポン」と叫び続けた。
それを見ていた僕の両親も、
「そや、よその国はどうでもええねん!」と叫び、日本を応援した。
そしてついに日本が逃げ切って、銅メダルを獲得したのである。
それ以来、水泳の800メートルリレーと言えば、
「1着2着はどうでもいい!」
というアナの絶叫を思い出していた僕である。
そして今日の800mリレー。
アメリカがダントツにリードする中、
日本は最終泳者まで2位をキープしていた。
強豪のイギリスとオーストラリアが迫ってくる。
両者に抜かれたら、日本は4位に落ちる。頑張れ~!
このレースの実況を、スポーツジムのテレビで見ていた僕は、
胸を震わせながら、心の中でメダル獲得を祈った。
そして、日本は最終泳者の松田が踏ん張り、
イギリスには抜かれたものの、オーストラリアを制し、
見事に3位に入って、銅メダルを獲得したのである。
「52年ぶりです! この種目、52年ぶりのメダルです!」
と、アナウンサーが叫ぶのを聞いて、
僕の心の中にあった52年の歳月が溶けるような感覚だった。
まさに今回も、1着2着はどうでもいい…の心境だった。
日本が3着にさえ入ってくれたら、という思いしかなかった。
ジムのテレビを眺めながら、「よしよし」
と、一人うなづいていた僕でした。
…という話でした。
それにしても…
52年前のことを、今でも鮮明に覚えているわりには、
最近は、昨日の出来事もすぐに忘れてしまいます(トホホ)。
「そんな話は、どうでもいい!」
…と、言われそうですけどね。