電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

愛妻に捧げる夜想曲~ボロディン「弦楽四重奏曲第2番」を聴く

2008年07月28日 06時18分11秒 | -室内楽
1859年、26歳の若い熱心な化学者ボロディンは、恩師ジーニンの推薦により、医科大学からの公費留学生として、ドイツに留学します。留学先は、「アルト・ハイデルベルク」で有名なハイデルベルク大学。化学実験室でおなじみのブンゼンバーナーを作り、炎の色のスペクトル分析を行い、新元素ルビジウムやセシウムを発見したブンゼンや、ブンゼンの共同研究者だった物理学者キルヒホッフらが教鞭をとり、同期の留学生には周期律を発見し周期表を作ったメンデレーエフがいる、という環境で、研究に没頭します。そして2年が経過した1861年の5月、イタリアからもどったボロディンは、たまたま結核の療養のためにハイデルベルクに滞在していたロシア人の女性ピアニスト、エカテリーナ・プロトポポーヴァの、サナトリウムにおける演奏会に出席します。プログラムの第1曲目は、まだ没後5年目のR.シューマンの「アルバムブレッター」だった(*)といいます。

演奏会の後、シューマンの音楽について彼女に問いかけ、二人は急速に親密になっていきます。ボロディンの研究室での仕事が終わる夕刻に落ち合い、ネッカー河を散歩しながら、化学に明け暮れていたボロディンの生活の中に、再び音楽の灯火が灯ったことでしょう。二人で出かけたマンハイムやバーデンバーデンへの旅行の後に、ボロディンは結局は未完に終わる「ピアノ三重奏曲」に着手し、二人は婚約します。

ところが、エカテリーナの病状が急に悪化し、イタリアに転地療養を余儀なくされるのですが、ボロディンもまた同地の化学者の研究室で働きながら、一歳年上のエカテリーナに付き添います。1年後の1862年、エカテリーナは回復し、結婚の準備のためにモスクワの母親の元に帰り、ボロディンもペテルブルクに戻ります。それから20年の年が過ぎた1881年、ボロディンは、愛を告白した20周年の記念に、愛妻に「弦楽四重奏曲第2番」を贈る(*2)のです。

第1楽章、アレグロ・モデラート。第2ヴァイオリンとヴィオラとともに、チェロが弱く主題を歌い出すと、第1ヴァイオリンが同じ旋律を続けます。cresc.しつつ第1ヴァイオリンとチェロが交互に歌う様は、なんとなく愛し合う二人の回想と対話みたい。もちろん、チェロがボロディンで、第1ヴァイオリンがエカテリナさんでしょう。
第2楽章、スケルツォ:アレグロ。チェロのピツィカートにのって、ヴァイオリンが速く細かな動きを示します。第2ヴァイオリンもヴィオラも聴かせ所があり、なかなか多忙なスケルツォです。彼の名を冠したボロディン反応の発見や、求核付加反応の一種であるアルドール反応の発見など、化学者としての優れた研究(*3)に加え、医科大学の教授としての教育活動、そしてロシア初の女子課程の創設(*4)などに奮闘するボロディン。題して「超多忙な生活」か(^o^)/
第3楽章、夜想曲:アンダンテ。チェロがあの有名な「夜想曲」の旋律を奏でます。そして第1ヴァイオリンが、美しい高音で弱く歌うように、エスプレッシーヴォで同じ旋律を繰り返すと、ヴィオラ~第2Vn~第1Vnと音階が引き継がれる呼吸の見事さ。再びチェロに主題が帰り、ヴィオラが細やかに雰囲気を作る中で、第1ヴァイオリンが同じ主題を繰り返します。モルト・エスプレッシーヴォのあたりからの四人の呼吸の親密さは、室内楽の醍醐味でしょうか。
第4楽章、ヴィオラとチェロの低音の動きの中に第2ヴァイオリンが加わり、さらに1st-Vnも。でも、この楽章は、まだ充分にはつかめていない感じです。きっと、実演で大きな発見があるのでしょう。その時までの宿題としておきましょう。

演奏は、ハイドン四重奏団。1993年10月、ブダペストのユニタリアン教会におけるデジタル録音、ナクソスの 8.550850 という型番のCDです。弦楽四重奏曲第1番が併録されており、すでに記事(*5)にしております。

■ハイドン四重奏団
I=8'07" II=4'46" III=8'24" IV=7'11" total=28'28"

(*):ひの・まどか著『ボロディン、ムソルグスキー、リムスキー=コルサコフ~嵐の時代をのりこえた「力強い仲間」』(りぶりお出版)より。
(*2):Wikipediaより、弦楽四重奏曲第2番(ボロディン)
(*3):化学者としてのボロディン
(*4):音楽以外のボロディンの業績
(*5):ボロディン「弦楽四重奏曲第1番」を聴く

【追記】2008/08/07
山形弦楽四重奏団のヴィオラ奏者である「らびお」さんのブログで、この記事を取り上げていただきました(*6)。プロの演奏家に取り上げていただいたことを、嬉しく思います。また、続く記事(*7)で、第4楽章について解説していただきました。演奏する立場からの、説得力のある内容で、なるほど!でした。

(*6):Alexander Porfir'evich Borodin~「らびおがゆく Vol.3」
(*7):A.Borodin 弦楽四重奏曲第2番 ニ長調 第4楽章~「らびおがゆく Vol.3」

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4 コメント

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この曲にはこんなエピソードが (望 岳人)
2008-07-28 23:12:42
あったんですね。とても勉強になりました。ボロディンが化学者、教育者としても一流の人物という話は知っておりましたが、このような素晴らしい曲を結婚20周年に贈るような奥さんがいたんですね。

以前に、弦楽四重奏曲第1番のエントリーのときにもトラックバックさせてもらった第2番の記事からまたトラックバックさせてもらいました。

私も、この曲では第4楽章が、他の楽章と少し異質な感じを受けております。

ボロディンのこの第2番の弦楽四重奏曲と、「だったん人の踊り」は、以前「春の祭典」マニアだった長男のここ半年ほどのお気に入りです。

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望 岳人 さん、 (narkejp)
2008-07-29 05:48:36
コメント、トラックバックをありがとうございます。夜想曲の第3楽章だけでなく、第1楽章も第2楽章も、いいですね~。とても魅力的な音楽だと思います。第4楽章は、曲の全体としてはマッチしているのですが、言葉にしようとすると難しい音楽のようです。
愛妻家ボロディンの超多忙な公的生活も、エカテリナ夫人がいたからこそできたことかもしれませんね。当地にも、一つ年上の女房は金のわらじをはいてでも探す値打ちがある、という言い回しがありますが(^_^)/
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ボロディンの弦楽四重奏はエエですね (mozart1889)
2008-07-29 07:52:00
ボロディンの弦楽四重奏曲、大好きなんです。クヮルテットでは最も好きな曲です。
あの「ノクターン」がたまりません。いつ聴いても美しいなぁと思いつつ、これから涼しくなる季節、秋になると聴きたくなる名曲です。
愛聴盤はイタリアSQのものです。クリーヴランドSQのも良かったです。
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mozart1889さん、 (narkejp)
2008-07-29 18:42:07
コメント、トラックバックをありがとうございます。ボロディンの弦楽四重奏曲は、演奏する立場では旋律におぼれないで客観的にバランスを取る必要があるという意味で、難しさのある音楽かなという気がします。そのへんに、理系的なものを感じます。
当地は、今日はやけに涼しく、夕方近くには、なんと22℃しかありませんでした。しのぎやすい天候で助かりました。最近は、ミニコンポが中心なもので、室内楽づいています。
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