電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

藤沢周平『玄鳥』を読む

2006年10月10日 20時59分39秒 | -藤沢周平
甥の結婚式のために上京し、往復の車中たくさん本を読みました。その中の一冊、藤沢周平の『玄鳥』。庶民の暮らしではなく、武家ものに区分されるべき短編集です。

粗忽者の兵六に亡き父の無外流の奥義を口伝で伝える娘を描く『玄鳥』。婿として迎えた夫が格式が大事とばかりにツバメの巣を取り払わせるなど、家庭に人間らしさがなくなっていく中で、藩に抹殺されようとする兵六に奥義を伝え、人間らしさを大切にしようとするささやかな抵抗を描いたのでしょうか。
「三月の鮠(ハヤ)」、御前試合で岩上勝之進に完敗した窪井信次郎は、人目を避けて釣りに明け暮れる風を装っています。自信を失い自暴自棄に近い心情でいたとき、森の神社で一人の巫女に出会います。かつて岩上家老によって惨殺された土屋弥七郎の家族のうち、娘の葉津だけが行方知れずになっていました。このたった一人の生存者を狙う黒い影がちらつきます。藩主の帰国を機に御前試合が行われ、岩上勝之進と信次郎との対決が再現します。敗北感に打ちのめされていた青年が、三月のハヤのような不幸な少女を守り、相手を倒すことで自信を取り戻す、印象的な物語です。
「闇討ち」は、隠居している三人の仲間のうち一人を罠にはめて闇討ちした中老を、残る二人が逆に仕返しする話です。だいぶ年を食って人は悪くなったけれど、かつての少年時代の友情は不変、ということでしょうか。
「みそさざい」では、嫁に行き遅れた娘に、金貸しの倅がなれなれしく訪ねています。狂って家人を惨殺した小頭に対し差し向けられた討手が、その金貸しの倅でした。この娘の父親は、偏屈という点では「臍曲がり新左」といい勝負でしょう。
「浦島」は、酒で失敗した男の、これまた人間くさい話です。

文春文庫に収められた藤沢周平作品、いずれもいい文章、いい話です。解説は中野孝次さん。往復の電車の中で、結局二度読み返しました。なお、写真は帰路空き時間に立ち寄った伝通院の梵鐘です。
コメント (8)