電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

藤沢周平『花のあと』を読む

2009年12月13日 05時40分07秒 | -藤沢周平
文春文庫で、藤沢周平著『花のあと』を再読しました。映画『花のあと』の公開(*)もそう遠くないはず。こちらも楽しみです。

第1章「鬼ごっこ」。推理仕立てです。元盗人が身請けしていた女が殺されます。目明しの目を逃れながら、下手人を探す吉兵衛の緊張感が伝わります。
第2章「雪間草」。藩主の側妾に上がる前に許嫁だった服部吉兵衛が、藩に対し罪を犯したといいます。主君がまとめた借金話を一存で断ったというのです。激怒する藩主に対し、今は尼となっている松仙が強く求めたことは何だったか。緊迫感の中にもユーモラスなところがある、後味の悪くない佳編です。
第3章「寒い灯」。嫁姑の争いはよくある話ですが、病気になった姑の世話をしているうちに別れ話を切り出すのをうっかりしてしまいます。でも、その人のよさのおかげで、女衒の手口から逃れることができそうです。
第4章「疑惑」。美貌の女主人が仕組んだ、養子への奸計。それを見抜いた定町廻り同心の眼力はさすがです。
第5章「旅の誘い」。『暗殺の年輪』に収録された「溟い海」では、葛飾北斎から見た安藤広重が描かれていますが、こちらは広重から見た北斎観が描かれます。と同時に、作品の目利きであった男が、商売の欲で目が曇ってしまう姿も描かれ、こちらは編集者の姿の仮託なのでしょうか。
第6章「冬の日」。不遇な男女が、偶然にもしばらくぶりに再会し、互いに過去を悔いながら、将来にわずかな明るさと温かさを予感させる、いかにも藤沢周平らしい市井ものです。
第7章「悪癖」。酔って相手の顔をなめるという奇癖を考えた作者は、こんな酔っ払いに辟易した経験でも持っていたのでしょうか。それとも、可愛さのあまり、赤ちゃん時代の娘の鼻でもペロリとやったことがあったのでしょうか(^o^)/
第8章、表題作「花のあと」。一人娘に剣を教え、希望を託す父親は、江口孫四郎と試合をした男まさりの以登の想いを知りながら、片桐才助との縁談をまとめます。このあたり、男の器量についての、聡明な父親の冷静な判断があったのでしょう。語り口のユーモラスさに紛れてしまいがちですが、この内容は、実に切ない話なのですね。祖母(ばば)様の年輪が悲話を昇華させているようです。映画になった場合、映像のリアルな訴求力が、はたしてこの軽妙さを表現できるものかどうか、公開に期待したいところです。

作者の円熟期の佳編を集めた本書も、期待を裏切らない、リアルなおもしろさがあります。

(*):藤沢周平原作の映画「花のあと」先行上映を観る~「電網郊外散歩道」

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2 コメント

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映画を観て (こに)
2021-05-01 17:09:58
読みました。
数多くの短編を書いておられるのにどれをとっても素晴らしくて、何冊読んでも厭きることがありませんね。

https://blog.goo.ne.jp/mikawinny/e/24c5f1ad7c9877d8e776329f1050056c
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こに さん、 (narkejp)
2021-05-01 19:59:00
コメントありがとうございます。映画(*)も良かったですね。
(*): https://blog.goo.ne.jp/narkejp/e/8d3201f73a243f87dd9e21415a225885
どの作品も、いい味です。
今、岩波新書の『上杉鷹山』を読んでいて、鷹山と家臣団の両方が大事なのだと感じ、藤沢周平が竹俣当綱や莅戸善政ら家臣の姿を多く描いていたことの意味にあらためて感銘を受けています。病気で実質的に中断して終わりにしてしまったことが惜しまれますね。
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