電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

久良木夏海ファーストチェロリサイタルを聴く

2013年05月06日 15時13分44秒 | -室内楽
ゴールデンウィークの日曜日、山形市の文翔館議場ホールにて、山形交響楽団新入団員のチェリスト久良木夏海(くらき・なつみ)さんのファースト・チェロ・リサイタルに出かけました。良いお天気に恵まれ、ようやく温暖な陽気となりましたので、会場はほぼいっぱいになっておりました。

開演前に、ごく暗い藍色というのか、青みがかった黒色のドレスの久良木さんが、楽器のことや曲目のこと、本日の出演者などを紹介します。チェロの場合、開放弦の最低音はハ音(C)で始まります。ハ長調は、楽器が良く鳴り、はつらつとした前進する音楽になる、とのこと。本日の曲目については、ボッケリーニのチェロ・ソナタは、当初、ピアノ伴奏を考えていたのだそうです。たまたま山響首席客演指揮者の鈴木秀美さんにボッケリーニの話をしたら、この曲はもともとチェロと通奏低音のための曲なんだよ、と丁寧に教えてもらって、しかも信頼できる筆写譜を送ってもらって、これはチェロ二丁で演奏するしかない、と決意し、山響の先輩の渡邊研多郎さんとの共演になった、とのことでした。なるほど!ベートーヴェンは愛といっても家族愛のような少し大きな愛を想定したこと、プロコフィエフについては、「人間ーそれは誇らかに響く」という表題を考えていたことなどを、少しはにかみながら話をしました。

本日の出演者について、ピアノの大伏啓太さんは、出身は福島市だそうで、高校と大学の一つ上の先輩なのだそうです。とくにベートーヴェンとプロコフィエフは、チェロから始まり、ずいぶん緊張するのだそうで、サポートするピアノの役割は大きなものがあるのだとのこと。渡邊研多郎さんは、このたびオールド・チェロを購入したそうで、倍音がきれいに響くとのこと。ついでに渡邊さんが参加するピアノ三重奏「トリフォーリオ(Trifoglio)」の宣伝(*1)もかねて話をしました。

さて、演奏が始まります。
最初の曲目、ボッケリーニのチェロソナタ第2番G.6ハ長調では、久良木さんが向かって左に、渡邊研多郎さんが右に座ります。第1楽章:アレグロ。通奏低音はチェンバロやピアノとは限らない。練習できる期間はごく短かったのでしょうが、二本のチェロで演奏されるボッケリーニの音楽は、なかなかいいものですね!第2楽章:ラルゴ。ゆったりと歌われるチェロの音色を堪能しました。第3楽章:アレグロ・モデラート。高音の速いパッセージで、通奏低音との対比がとてもチャーミングです。かと思うと中低音を存分に鳴らして、喩えは変ですが、波のうねりが寄せてはかえすようにcresc~decrescし、音楽を盛り上げます。

二曲めは、ベートーヴェンのチェロソナタ第4番、Op.102-1、ハ長調です。大伏さんがピアノに向かい、譜めくりの女性がわき後方に位置します。ピアノの前、ステージ中央に久良木さんが座り、演奏が始まります。
第1楽章:アンダンテ~アレグロ・ヴィヴァーチェ。チェロがゆったりと演奏を開始すると、ピアノが静かにこれを受け、アンダンテの序奏部がゆったりと提示されます。やがてアレグロで決然とベートーヴェンらしい主部の音楽が始まります。久良木さんと大伏さんの演奏は、自信を感じさせる安定したものです。
第2楽章:アダージョ~テンポ・ダンダンテ~アレグロ・ヴィヴァーチェ。チェロの低音の魅力を存分に聴かせるときには、ピアノが分散和音で寄り添います。チェロとピアノとが、交互に前に出たり控えめになったり、確かにベートーヴェンではピアノの役割が格段に重要性を増しているようです。それと、ベートーヴェンは力強いフォルテを効果的に聴かせるため、ピアノの(弱い)部分がとても魅力的で、うまいと感じます。

三曲目は、ヒンデミットの無伴奏チェロソナタ、Op.25-3 です。たぶん、初めて聴く曲です。Wikipedia によれば、1923年の作品らしい。第一次世界大戦が終わって、関東大震災やヒトラーのミュンヘン一揆が起こるなど、不安定な大戦間期の時代でしょう。
(1) Lebhaft, sehr markiert, mit festen Bogenstrichen はやいテンポで奏される無調的な曲です。
(2) Massig schnell, Gemachlich Durchweg sehr leise ときどき裏声のような表現をまじえながら、どちらかといえば静かな曲です。
(3) Langsam 不思議な緊張感のある響きです。
(4) Lebhaft
(5) Massig schnell, sehr scharf markierte Viertel
最後のあたりは、今どこの部分なのか、まったく見失っておりました(^o^;)>poripori
細かく動く速い曲が、一転して力強い表現に戻り、最後はボン!とピツィカートで終わります。

15分の休憩のあと、プログラムの最後はプロコフィエフのチェロソナタOp.119ハ長調です。今回はこれが目当てでやってきたと言っても過言ではない、本日期待の曲目(*2)です。
第1楽章:アンダンテ・グラーヴェ。チェロの出だしは、深い音色、いい音です。ピアノも遠くでこだまするように。ギターのように弦を指でかき鳴らすようなところもあり、中音域で伸びやかな旋律が始まると、ああ、晩年のプロコフィエフらしい叙情性が感じられます。もちろん、その背後には極度の緊張感があるとしても、ピアノが奏でる旋律には幻想的なものがあり、それを低音域で受け止めるチェロは、大人の風格と言うか、まことに大きな存在で、曲の終わりは澄んでいます。これは、実に充実した名曲だと思います。
第2楽章:モデラート。ピアノが童話的なメロディーを奏でると、チェロがピツィカートでこれに答えます。リズミカルで、実に楽しい。曲想が朗々としたものに変わると、チェロの魅力がいっぱいに展開されます。そして、再び童話的でリズミカルなところが再現されて、終わります。
第3楽章:アレグロ・マ・ノン・トロッポ。テンポは若々しくイキの良さを感じさせるもので、ピアノもここぞとばかり主張します。達者なピアニストだったプロコフィエフらしいものですが、チェロの魅力も存分に伝えます。気宇の大きな深い呼吸の旋律は、無類の美しさを感じます。
全体に、力強さ、情熱、技巧、エネルギーなどを感じさせてくれる演奏で、本当にこの曲を堪能しました。

そして、アンコールは「鳥の歌」。これも良かった~。



ところで、晩年のプロコフィエフは、密告と粛清と流刑のスターリン体制下で、若い時代の破壊的なモダニズムからは遠ざかり、平明で童話的で幻想的な要素が多くなりますが、これを圧制への妥協や後退と見るのはいかがなものかと思っています。残酷な独裁者や阿諛追従する俗物たち、そして恐怖政治に幻滅し絶望したからこそ、未来を作る若者や子どもに希望を託そうとした結果なのではないか、というのが私の想像です。病床で書かれたにもかかわらず、若い演奏家たちのフレッシュな演奏から感じられるこの曲の持つ力強さや、「人間ーそれは誇らかに響く」という言葉は、そうした想像を許す面があると感じます。

(*1):山形交響楽団コンサート情報:団員による演奏会
(*2):プロコフィエフ「チェロソナタ」の魅力~「電網郊外散歩道」2007年12月
(*3):鈴木秀美さん、久良木夏海さんも出演した、井上頼豊生誕100周年記念コンサートの「鳥の歌」~期間限定:2013年12月29日(カザルス誕生日)まで

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