電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

ラヴェル「ボレロ」と藤沢周平

2008年07月18日 07時03分58秒 | -藤沢周平
藤沢周平は、音楽について、マニアックな嗜好を示したことはなさそうです。心に留まった音楽を、好んで繰り返し聴いていたようです。家族の記憶では、スティーヴィー・ワンダーの「心の愛」がお気に入りのようだったとか。そんな中で、クラシック音楽では、ラヴェルの「ボレロ」を取り上げた文章が目に付きます。題もそのものずばり「ボレロ」というもので、山形師範学校の同級生のM君という復員学生の回想です。

入学試験で初めて会ったM君は、孤独な陸上競技の選手でした。それだけでなく、戦後の窮乏期に、師範の先生が苦心してラヴェルの「ボレロ」を編曲し、オルガンを10台も集めて演奏会を開いた中に、M君がトランペット独奏で出演していただけでなく、かなり見事に吹ききったことに、強い印象を受けています。後年、同窓会名簿で、M君が北海道の辺地で中学校の教員をしているのを知り、M君らしいと納得していたが、次の名簿には逝去と記されていた、という内容です。

この印象的な短編は、『小説の周辺』に収録されています。外地で豊かに育ったらしい青年が、戦後の混乱の中を引き揚げてきて、山形師範の中でちらりとその資質の片鱗を示し、辺地で地味な教育の仕事につくが、途半ばで死去する、という内容。作家が様々に想像をめぐらしたことには間違いないでしょうが、音楽に無理こじつけたりはしていません。

ただ、若い時代に強い印象で結びつけられた曲の、次第に盛り上がった末の、カタルシスのない、やや唐突な終わり方に、同級生の突然の逝去と共通のものを感じていたのかもしれない、という気はします。実際は、どうだったのでしょうか。
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