電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

H.G.ウェルズ『宇宙戦争』を読む

2007年11月24日 09時35分00秒 | -外国文学
SFの古典、H.G.ウェルズの『宇宙戦争』を読みました。角川文庫で、小田麻紀さんの訳です。おもしろい名前ですね、訳者「おだまき」さん。

むかし、子ども向けの物語全集にこのお話も入っており、火星人が触手を伸ばして地下室の中を探る場面などは、まるで自分もそこに隠れているかのように、息をひそめてドキドキしながら読んだものでした。中年になって読み返す物語は、なんとも陰鬱な、黙示録のような廃墟のイメージでした。



火星の表面で、奇妙な爆発が観測され、地球に流れ星が到達します。しかしそれは隕石ではなくて、金属製の円筒形をしたミサイルのようなものでした。中から不気味な生物が現れ、熱線を放射し、圧倒的な力で周囲を制圧し始めます。大砲など軍隊の力も役立ちません。火星人が組み立てた工作機械のような乗物は、無慈悲に町を廃墟にして行きますが、その意図はまだ明らかになりません。主人公は、借りた馬車で妻とともにいちはやく町を脱出し、少し離れた別の町に避難しますが、借りた馬車を返すために単身で町に戻ります。そうしてそこから、偶然にも火星人の間近に隠れ潜み、その挙動を観察する破目におちいるのです。



進化の果ては脳と手だけになる、という奇妙なイメージは、まさに機械的な推理で、遺伝子と生態的進化の知見を得ている現代の私たちのイメージとはだいぶ異なるようです。火星人あらわるという報は電報で伝えられ、確認のために打電された問い合わせに答えるはずの人はすでに死亡していたため、ロンドン市民は全くのんびりと休日を楽しんでいるという想定も、携帯電話や写メールといった手段を持つ現代人にはぴんと来ません。

しかし、ふと気づきましたが、『宇宙戦争』という邦題はあまり正確ではないようです。原題は "The War of the World" 直訳すれば『世界戦争』です。このほうが実際の物語ー圧倒的な機械力に蹂躙される一般市民の混乱と絶望を描いた物語に近いと思いますが、さすがにそれは生々し過ぎると思ったのでしょうか。市街地を襲う破壊のイメージは、まさに戦争そのものでしょう。おそるべき物語です。
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