日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

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「人の力の限界」。「日本の習慣に馴染むまで」。

2011-10-17 12:15:14 | 日本語の授業
 ここ数日、雨が続いていました。特に、土曜日は、止んだかと思うとまた降り始め、陽がさしてきたかと思うと、また途端に暗くなるといった具合でした。しかも、昨日の日曜日は、真夏に逆戻りしたような暑さで、もう少しで30度だったとか聞きますと、途端に汗が吹き出しそうな気分になってきます。
 
 なんといっても、先だっての寒さで、もう今年は(花は)終わりかと思われた「キキョウ(桔梗)」のが、また花を咲かせたくらいでしたから。

 さて、今日はどうなるでしょう。このどうなるかわからないという、予測がつかないことが、あるいはお天気のお天気たるゆえんなのかもしれませんが。

 みんな、お空の全部を支配できていると思っていた、つまり天気を予報できると思っていた…、科学の成果しか判らない、一般大衆の、愚かさをもう一度、考え直した方がいいのかもしれません。

 現場にいる専門家たちは、自然の恐ろしさと、人の力の限界とがわかっていたと、そう思うのですが(もちろん、そうじゃない人もいたでしょう、原子力発電所で、安全神話をぶっていた人たちのように)、彼らの迷った末の結果だけ、言葉で知らされていた一般大衆というのは、まるで科学が万能であるかのような、そんな気に半ばなっていたのです。

 自然の脅威は判っているはずの日本人でも、そうだったのです。情けない話ですが。

 天気予報を見れば、すべて明日のことがわかるくらいに思い込んでいたのです。よく外れていたのに。

 この世には、頼りになるものなど何一つないとくらいに考えて、何事も「眉唾、眉唾」としておけば、悲しむことも嘆くことも、呪うことも、恨むこともなく過ごせていいのかもしれません。

 自然は圧倒的な力を持っています。そのことだけを肝に銘じて、己の享受できる、その範囲内で、こそこそと生きさせてもらう…それくらいでいいのでしょう。

 閻魔様からお呼びがかかるまで、地球に寄宿させてもらっているくらいの気持ちでいた方がいいのかもしれません。

 もう少し年をとったら、テレビやインターネットなどから、情報を得ようと思うことなどをやめて、世間とは異なった時間の流れの中で、生きてみたいと思っていたのですが、それはそれで、周りの人達に迷惑をかけることになってしまうのかもしれません、こういう時代になってしまいますと。

 現代社会は、人と人とが繋がっていなければ、どうも互いに安心できないような具合になっているようです。

 隣人の名も知らず、顔も知らないような生き方をしているにもかかわらず、社会は、どこかで、社会と繋がっていない人を放っておくことはできないようです。また、そういう人を、気になるというよりも、不審とも、怪しいとも思うようです。どうも、困ったものですね。

 さて、秋です。秋は、何の気なしに空を見るということが、多くなってきます。
 夜など、月があればあったで、また雲に隠れていようとも、月に思いを馳せて見たりしますし、雨が降ったら降ったで、雨粒を辿って空を見上げたりしてしまいます。

 こんなことを言いますと、いかにも暇で困っているように思われるかもしれませんが、それはそれなりに忙しい時期なのです、10月も中旬を過ぎますと。そろそろ(大学、専門学校などの)受験が始まりますし、11月には『留学生試験』、12月には『日本語能力試験』がありますし。

 とはいえ、一歩一歩ですね。今年は、まだ焦るまで行っていないのです、自分の方が。人数が少ないからでしょうか、まあ、それだけでもないのでしょうけれども。

 実を言いますと、来年卒業する人たちではなく、もう一年ある人達のことで、走り回らされているといった方があっているのでしょうが。

 それも時間が解決してくれるでしょう。百万言、費やそうとも、思い込み、身体に染みついた習慣というのは、一朝一夕には変えられないことなのですから。毎日、繰り言とも取れることを言い続けていかねばならないだけのことなのでしょう、私たちが。

 とはいえ、雑用の方に振り回されると、ふっと、つまらなくなってしまうのです、時々。

日々是好日
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