日本語学校からこんにちは ~水野外語学院~

千葉県市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「教育」による「刷り込み」

2008-10-27 08:18:36 | 日本語の授業
 もうすぐ、旧暦の「神無月」になろうというのに、この暖かさは、何としたことなのでしょう。こんな暖かさの中では、秋の草花を見ても、あまり落ち着けるものではありません。(秋のお天気の中で)、秋の草花を見なければ、秋の情景に浸れないというのも、一種の「刷り込み」なのかもしれません。

最近は、よくこんなことを考えます。いわゆる「刷り込み」です。

「政治的理念の刷り込み」、「特別な民族という刷り込み」、「唯一の神であるという刷り込み」です。

 時代が「己の望む人」を呼ぶと言いますが、もし、時代が「望む人」を呼びたいと思っても、その人を「地球が育てる力」を失っていたら、大変ですね。もっとも、これまでは、常に、ある時代に、その時代を代表するような民族の中から、その時代にふさわしい人物が呼ばれ、その国を興隆に導いたものですが。

 けれども、これは、その時代の制約、地域の制約を受けての上でのこと。いつも、その地域に、そういう人がふさわしいとは限りません。

 とはいうものの、人間とは愚かしいもので、一度「『成功』という甘い果実」を囓ってしまうと、どうしてもそれが忘れられないのです。二匹目の泥鰌を狙ってしまうものなのです。時によっては、それが身を滅ぼす因になることもあるでしょうに。

 けれども、現代人の目で、古代を読み解こうとするのも、愚かなことでしょうし、ある理念の下に育てられた人が、他地域の人間を非難するのも、無駄といえば無駄なことなのでしょう。

 二十年以上も前のことです。その頃はまだ「ベルリンの壁」も健在でしたし、「ヒトラーの問題」を自分たちとは関係のないことだとして、教育を受けていた「旧東ドイツ」の人もいました。

 当時、私は、なぜかドイツ(「旧西ドイツ」の人達です)の人達とウマが合い、よく一緒にいました。感じ方も考え方もよく似ている(いえ、全くと言っていいほど違うのですが、肝心要の部分が同じで、違和感がなかったのです。違っている部分も、なるほどそういう感じ方・考え方もあるのかと、感心するほどのものでした)ので、「ドイツ人と一緒にいるのは、とても楽だ」と思っていました。

 けれども、それは「旧西ドイツ」の人との間でのことで、本当は「旧東ドイツ」の人達とは、全く相容れなかったのです。

 日本人共通の理解として、日本は敗戦国でしたし、ドイツ人もそう思っているはずだと思っていました。また、あらゆる戦争に対する「嫌悪感」や、ある種の「罪悪感」を、彼らとは、(肝心の所で)共有できると考えていました。

 けれども、これは大きな誤解でした。それができたのは、旧西ドイツの人達とだけで、東ドイツの人達は、全く違っていたのです。

 「同じ民族であり、同じ言語を用いており、感性も近いはずなのに」です。

 「旧東ドイツ」の人達は、「自分たちは、ヒトラーに勝利した」と考えていたようでした。その時、私は思わず「ヒトラーもドイツ人だったのに」と言ってしまったのですが、それを聞いた彼らは青筋を立てて怒り始めました。

 その時は、びっくりするやら、途方に暮れるやらで、何が何だか判らなかったのですが、
どういう理屈から、彼らが「自分たちの勝利だ」と考えていたのかは(完全に矛盾しているのですが)こう考えれば、わかることでした。

 「第二次世界大戦というのは、『資本主義社会』に対する『共産主義社会』の勝利だ」なのです。

 「ヒトラー」は「共産主義者」ではない。自分たちは「共産主義者」だ。「共産主義国」であるソ連が「ヒトラー」に勝った。そして、自分たちを「解放」してくれた。自分たちは「ヒトラー」に抑圧されていたのであり、「罪」はない。その上、「解放者」と共に、戦ったのだから、自分たちも「勝利者」だ。なぜなら、自分たちは「共産主義者」だから。

 そういう教育を受け、ある種の政治理念の下で、そう教え込まれていれば、信じるだけでしょうし、疑いを抱くはずもありません。おそらく、それに異議を唱える人は殺されるか、島流しか、監獄へ入れられたのでしょうし、目に見えるところに存在は許されなかったのでしょうし。

 少し前まで、私も、「もはや政治理念で踊らされる時代は終わった」と考えていました。けれど、怖ろしいことに、「政治理念の『恐怖』」というのは、一朝一夕に消せるものではないのです。独裁的な存在は、必ず始めに青少年に目を向けます。そうでなければ、すぐに足元を掬われてしまいますから。

 「教育」を重視(?)して、まず「刷り込み」を行います。「一年経ち、二年経ち、十年経ち」でもすれば、その地においては、それが常識になります。その地で育った人が、異なった地域に行くまでは、それを疑いなどしないでしょう。また、異なった地に行っても、違う考え方・見方に馴染めなければ、この人達が間違っていると考えるでしょう。もうこれは変えられません。

 いろいろな国から来た人達を相手にして教えていますが、彼らの心の深いところで「岩石」を感じることが少なくありません。それは、もしかしたら、私の心の方に「岩石」があるからなのかなと思って、自分の心を探ってみることもあるのですが、ほとんどの場合は彼らの心の中にあるのです。

 自分たちを「特殊な民族」だと思っていたり、自分たちの宗教を「唯一の神に導かれたもの」だと思っていたり、或いは「政治理念」だったりするのですが、これは本当に堅い。堅い、堅い、本当に堅いものです。「溶かす」のは難しい。多分「溶かす」ことなど、私には出来はしないでしょう。けれども、「日本語」を伝えるには、こちらの方へ少し「譲って」もらわなければ、困るのです。「ずらす」くらいは、出来るかなと思って試みることもよくあるのですが、それでも、難しい。

 最近は、この「巌」が、気になってしかたがないのです。 

日々是好日

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