日本語学校からこんにちは ~水野外語学院~

千葉県市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

今年は、「アカトンボ(赤蜻蛉)」をまだ見ていません…。

2018-08-30 09:22:51 | 日本語学校

曇り。

時折、薄日が射しています。暑いことは暑いのですが、それでも、ちょっと違いますね、特に早朝は。

少し前まで、たとえ、早朝四時であろうと、起きてすぐ、窓を開けたくはなかった。なぜなら、熱風が吹き込んでくるから…でしたのに、今は、余裕でとまでは言いませんが、それでも、開けてもなんということはないのです。しかも、開けると涼しい風が吹いてくる日だってありました。
とはいえ、今年は、「台風」どころか、「秋雨前線」も「大変、大変」です。前から、「台風と重なるから、大きな災害を引き起こすことがある」と言われていたものの、こんなにひどかったっけ…。今年は、まるで「一人でもやれるんだぜ」と自己主張しているかのよう。「(『秋雨前線』って)こんなに凄かったっけ」と、驚かされるような現象が、各地で起きています。

「点」というか、小さな面で、移動しながら被害を大きくしていくのです。何よりも、予報天気図に記された、赤のバッテンマーク(雷様の印)がすごい。あまりに多すぎて、真っ赤っかになってしまい、バッテンの形すらわからなくなるほどです。

例年ですと、「梅雨前線」の方がずっと「災害」と結びついて印象に残っているものなのに。なんとなれば、長いですもの、こっちの方の「雨季」は。だいたい長雨で緩んでいる土壌に、ドッと雨が降ると、土砂崩れになる。雨で水かさが増している川に、ドッと雨が降ると、洪水になる。何よりも、この期間の長さが災害に繋がってしまうのです。

ただ、この「秋雨前線」は、秋を連れてきてくれますから、今年のように猛暑が続いていると、待たれますね。思わず、空を仰いで「今、どちらにいらっしゃいますか、『秋雨前線』さん」なんて言いたくなってしまう。もちろん、涼しさを連れてくるとはいえ、雷雨、雹、竜巻になることもありますから、本当は「くわばら、くわばら」なんですけれども。

さて、学校です。

「夏休み」に、よく学校へきて、勉強していた台湾の学生、いつの間にか、集中力がつき、「数学」が面白くなってきたようです。この分で行くと、数学では高校入試に合格出来るかもしれませんね。あとは「英語」をもう少し頑張らなくてはね。

そして、昨日、9月の2週目に専門学校の試験があるというスリランカの学生が二人、面接の練習に来ました。やはり、助詞が抜けやすい。ヒアリングはいいのですけれども、話すと「ちょっと…」というところです。

そして、4時近くになって、寮の光熱費の紙を取りに来た、今年の四月学生。私と台湾の学生が一緒に勉強しているのを見て、「何を勉強していますか。私も数学を勉強したいです」。

訊くと、本はリュックに入っていると言います。「では、せっかく学校に来たのだから」と、三階で勉強していくように勧めます。少し経ってから様子を見に行くと、「N3」の文法を読んでいました。「判るか」と訊きますと、「ベトナム語で書いてあるから判る」と言います。「では、そこに在る単語は判るか」…、キョトンとした表情。「文法さえ判ればいい。なぜならこれは文法の本だから」。そう思っていたのでしょう。

「非漢字圏」の学生が、なかなか文章が読めない理由の一つに、語彙力の欠如というのがあります。「インド圏」の学生は、だいたいヒアリングがいいので、生活日本語レベルであったら、大丈夫なのですが、語彙の中でも「漢語」つまり、音読みが主の「漢語」のものが、なかなか定着しないのです。まして、ヒアリング力も大して無いベトナムの学生においては、もう「大変さ」が3乗、4乗で攻めて来ているようなものです。

この学生、発音はそれほど悪いわけではない、ということは、ヒアリング力がつくのも、時間の問題でしょう。ということは、今のうちからでも、語彙は増やせるのです。日本にいるのですから。見て覚えた言葉でも、耳にする機会が増えれば、それだけ定着する可能性が高くなる。

で、もう一度、最初から読み直し、知らない単語に線を引いていくよう勧めます。それからまた少し経ってから上がっていきますと、線を引いた、その横に単語の意味を律儀に書いています。

「そんなことをする必要はない。今は線を引いていくだけでいい。読み進めていけば、幾度も出てくる語があることに気づく。その時に調べればいい。その方が覚えられる」

多分、彼はこのやり方でも十分にやっていけるでしょう。もとより一つ一つやっていかなければ落ち着かないという人もいますから、一概に「このやり方がいい」とは言えません。

これから何をしたいかと訊きますと「勉強したい」。「何を勉強したい?」「何でも。何でも勉強したい」

まだ「何を」がないのです。そういう学生がほとんどではあるものの、彼のように「なんでも勉強したいのだが、まだ『何を』がない」人はそう多くはありません。

頑張ってほしいものですね。

日々是好日
コメント
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