日本語学校からこんにちは ~水野外語学院~

千葉県市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「三日見ぬ間の桜かな」。「『フフホト、北京』の報告」。

2009-04-06 08:35:27 | 日本語の授業
 おはようございます。久しぶりの学校です。そして、今日は「お花見」です。「桜狩り」と床しく言った方が似合っているのかもしれません。今日はそんな気分です。

 「世の中は 三日見ぬ間の 桜かな」
けれど、「三日見ぬ間に 桜かな」と言いたくなるような、久しぶりの、日本の桜です。

 さて、帰国報告です。
 3月31日に、「北京」経由で、「フフホト」へ行き、「4月生」や、「10月生」として申し込みたいという学生達に会い、2日の便で「北京」へ戻り、頼んであったブログの冊子を受け取るやら、日本へ送るやらと、忙しく過ごしてきました。

 慌ただしい旅ではありましたが、「フフホト」にいる時には、「M先生」と「X先生」に助けていただきましたし、「北京」では「Lさん」に面倒をみてもらいました。この学校が成り立っていく上で、本当にこれらの方々をはじめ、いろいろな方々に助けていただいているのだということを実感させられた日々でもありました。それくらい、この旅は、私たち二人に、充実感を与えてくれたのです。

 「フフホト」のホテルでは、今度来る「四月生」や、「十月に来たい」という学生たちに会いました。「フフホト」の「民族専科学校」では、二年生に会い、授業中にも拘わらず、「歌の紹介」や「留学事情などの説明」をさせてもらいました。また、「M先生」の「日本語学校」へも行き、学生達に会いました。それから、もう一人、在校生から頼まれた人にも会い、その人に頼まれて、「日本語培訓班」にも行きました。

 ただ、この旅を通じて感じたことを言わせていただくなら、「来てくれ」と言うからには、言うだけの「仁義(誠実さ)」が必要なのです。

 M先生の「日本語学校」で紹介された学生達の中には、私たちが欲しいと思っている「目、キラキラ」さんが何人もいました。彼らは、私たちに、「本気で、日本で『学問』をしたいのだ」という印象を与えてくれました。こちらの問いに対しても、言葉を選びながら、答えてくれました。勿論、「これじゃあ、大学院の面接に落ちちゃうよ」と思わせるような「木訥さん」もいましたが、ただ口べたなだけで、学問に対する誠実さがないというわけではありませんでした。私が意地悪い「誘導尋問めいた」ことを言って、誘っても、困ったような笑いを浮かべるだけで、なかなか引っかからないのです。

 それに比べ、在校生が会ってくれといった人の「日本語班」では、ひどい状態でした。まず、約束した時間に学生が来ていないのです。向こうが誘ったのに、私たちが待たされたのです。多分、彼にとっては、それが普通なのでしょう。完全に「中国時間」のままでした。遅れた事に対して、学生を責めるでもなく、私たちに謝るでもないのです。日本に五年もいたということですが、私たちから見れば、一体「『どんな所』で、『どういう暮らし』をしていたのだろう」と、反対に、彼のことが心配になるくらいでした。また、来た学生達も、「学問」とはあまり縁のあるような人達には見えませんでした。彼はただ、私たちに「話してくれ」と言い、「みんな日本へ行きたいといっているから」と言うばかりでした。

 この学生達も、「日本に留学したい」と言っているかもしれませんが、彼らからは「日本語の勉強に励んでいる」という様子も、それに対する「覚悟」があるようにも見えなかったのです。
 そこには、「ここには仕事がないから、とりあえず、行きやすい日本へ行こう。行けばなんとかなるだろう。みんな何とかなっているようだし(本当は何ともなっていません)。留学なんてかっこよさそうだし」といった、どこかしら「いい加減な」空気が充満していて、「一生懸命教えたい」という私たちに対する「誠実さ」は、感じられませんでした。
 
 また、教師であるという彼にしても、そういう学生達を叱るわけでもないのです。多分、この人も(日本留学をしたと言っても)、日本でダラダラと過ごし、戻ってきても、ダラダラと「日本語班」をやっているだけなのでしょう。もちろん、だからといって、彼が悪い人だというわけではありません。そこに籍を置いている中国人にとっては、話に乗ってくれるし、日本にいたということだけでも、頼りになる兄貴的な存在なのでしょう。ただ、様子を見る限り、彼は教師には見えませんでした。

 彼は、日本の「日本語学校」(日本の日本語学校にいたということでしたが)にもいろいろあり、「勉強が主である学校」があるのだということを知らないようでした。彼の所で見た学生達は、この、私たちの学校に来ても不幸になるだけなのです。なんとなれば、私たちは、勉強しない学生にも勉強を強要しますから。「勉強した経験がない」という学生は、困るでしょうね。また、「目的のない」学生には、「目的を見つけたり、作る」ということも強要しますから。ダラダラと、日本にいただけと言う留学生活は送らせたくありませんから。

 というわけで、ここには行っただけで、そして、「勉強しない人間は外国へ行ってもどうしようもないのだ」と言っただけで、帰って来ました。

 私たちの学校で勉強する学生には、「一年で、『一級レベル』に達し、後の『半年ないし一年』は、『留学生試験』と『大学や大学院進学』のための、『勉学』に費やすことができる」というくらいの能力は、要求したいのです。勿論、日本では、アルバイトをしながらの勉強ですから、これは、大変なことです。母国にいる時のような、そんな「ぬるま湯」の中で過ごせるわけではありません。「これまで『勉強して来た』という習慣」と、「目的意識」や「覚悟」が、必要になります。

 M先生の「日本語学校」で会った「目、キラキラ」さんたちが、「入管」の審査に通って、みんな来てくれることが出来たら、ちょうど、「Bクラス(新学期からは『Aクラス』)」の指導方法が、そのまま伝えられます。このクラスも「目、キラキラ」さんが、何人もいるのです。もちろん、今までもそういう人達はいました。ただ、在日の方(「大学院志望」や「一級合格目的」)は、進学したり、一級に合格したりしても、それが、日振協の統計(進学統計)には出ないので、なかなか目につくような形にはならないのですが。

 こう書いているうちに、一人二人と学生達がやって来ました。やはり、いつもに比べ、かなり早いですね。
 では、千鳥ヶ淵へ「桜狩り」に、行って参ります。

日々是好日
コメント
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