日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「新学期のクラス」。「(新学期に)間に合わなかった学生」。

2009-04-08 07:39:59 | 日本語の授業
 さて、日本をマルッと三日留守にしている間に、町の緑は、随分力強くなっていました。か弱いはずの「ヤナギ(柳)」の緑も、心なしか、風に揺れて、チラチラッとこちらを見る目つきが、力強く伸びて見えます。

 北京では、しっかりと地に根付いて、「黄」を主張していた「タンポポ(蒲公英)」も、日本では既に「綿毛」となって飛んでいこうとしています。「サクラ(桜)」の花も、もうささくれだって見えます。少しでも強い風が吹いたら、今年はこれで終わりでしょうね。花の隙間から、緑の葉が見えるようになりましたから。

 というわけで、新学期の学校です。
 学校では、「入学式」が来週であるのにも拘わらず、新しい顔があちこちで見られるようになりました。「在日の方」も含まれているのですが、日本に着いて、事務的な手続きを終えた「就学生」が、「一日でも早く勉強を始めたい」と、既に開講しているクラスに参加しているのです。この中には、「耳慣らし」のため、「Dクラス(『あいうえお』から)」開講の前に、その「一つ上のクラス」に出ている学生もいます。

 「Cクラス(『初級Ⅰ』の第22課から)」には、昨日、三人、新人が加わっていましたし、今日は、一昨日日本に着いた中国人学生二人も、それに参加するはずです。とは言いましても、今年の1月から勉強していた面々は、「動詞」の活用が、なかなか出てきません。一体、春休みに何をしていたのでしょう。一昨日の「桜狩り」の時には、ニコニコして、「ダアイジョウブ!」などと「ほざいて」いましたのに。
 昨日は、「喝」を入れられた者が何人もいました。それも、一度ならず、二度、三度と。

 「Bクラス(『中級』の始め)」には、「Aクラス(『上級』の始め)での前「学期末試験(一級レベル)」の結果から、もう一度、『中級』からやった方がいいと判断された学生が、二人ほど加わる予定です。「非漢字圏」から来た学生は、漢字は必死で覚えられても、次の段階である、「読解」が難しいようなのです。「漢字を覚える」ことと、「それを用いている文章を読みこなす」ことは、我々が考えているよりも、ずんと難しいようで、この二つを、同時進行では会得できないようなのです。

 この学校で、勉強できる時間は限られていますので、「日本能力試験(二級)」を目指すという目的がはっきりしている場合には、やはり、『中級』を二度やった方がいいのです。それにしても、二度目ですから、余裕があります。宿題の「読解」をやる時間も「ひねり出せる」でしょう。昨日の段階では、楽しそうに授業を受けてくれていましたので、私もホッとしました。

 「Aクラス」には、「在日」の方が一人と、「就学生」が一人加わりました。二人とも中国人ですので、漢字を書けば、判るという強みがあります。ただ、『初級』も『中級』も、この学校で勉強していないので、その分は、授業時間外で、他の学生から教科書なり、ノートなりを借りて、自分で埋めていくより他ありません。勿論、質問は受け付けますが。

 この「春休み期間」、「Aクラス」には、宿題という形で課題は出していませんでした(その代わりに、毎日学校で、DVDを見ると言う約束はしてありました)が、「Bクラス」には、かなりの量の宿題があったのだそうです。
 それででしょう、昨日、学校に来るなり、「Bクラス」の学生達が、「先生、宿題です」と言って、ノートを置いていきましたから。けれども、なぜか、その時に、みんな「フフフ」と思わせぶりな笑いを浮かべるのです。その理由を聞くと、「手続きのため、どうしても、一時帰国しなければならなかった中国人学生が、新学期に間に合って、学校に来られるかどうか、そして、まじめな彼が、宿題をどうやってこなしてくるか」を、皆で話していたと言うのです。

 中国では、手続きというのは、非常に煩瑣で複雑で、日本であったら、数分で終わってしまうような簡単なことでも、一日がかりか、一週間がかりになることもありますし、ひどい時には、「できない」とうっちゃられることさえあります。それで、(その手続きのために)駆け回りながら、「宿題、宿題」と念仏のように唱えているであろう彼の姿を皆想像していたのでしょう。
 それを聞くと、私も、思わず、「フフフ」と彼らと同じような顔になってしまいました。もしかしたら、彼は、それでも間に合わず、帰りの飛行機の中で、必死に書いているのかもしれません。皆、そんなわけで、同情半分、おかしさ半分の笑いになっていたのでしょう。
 
 それにしても、「まじめさ」は、どこにいようと、すばらしい「武器」になりますす。こういう人は、誰からも好かれますもの。

日々是好日
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