日本語学校からこんにちは ~水野外語学院日本語科~

TOKYOベイエリア,市川市行徳にある日本語学校のブログです。日々の出来事、行事、感じたことなどを紹介しています。

「春風の下で、大らかに育つ草木と、そして、人と」。

2009-04-10 07:29:00 | 日本語の授業
 「飛鳥」の頃のように、道の辺の草木を愉しむというわけにはいきませんが、華やいで感じられる方を見やると、必ずと言っていいほど、春の草花、或いは、花をつけた木々が微笑み返してくれます。

 人は、長期間、寒さや厳しさの中に身を置いていますと、暖かさや安らぎが恋しくなってきます。そうしますと、よくしたもので、その人の心に応えるように、風も柔らかくなり、色彩や、それによって醸し出される華やぎが、おちこちに出現してくるです。
 まったく「お天道様」は、すばらしい。人の心と、季節の巡りと、どうして、斯くまでうまく繋がりながら、時は流れていくのでしょう。

 勿論、東京の辺りでは、冬の間でも、花の姿を見かけないわけではありません。常に、四季折々の草花が町を彩っていると言ってもいいくらいでしょう。けれども、春の花に対しては、また格別の思いがあります。

 烈風の下、可憐に、そして逞しく、花咲かす草木は、確かに見事な生き様を示してくれます。人は、それぞれの境遇に応じて、それに、心打たれ、共感し、懐かしく思うものはありますが、しかしながら、それと同じくらい、あるいは、それ以上に、人は、春風の下で、おおどかに笑むような草木を欲するものです。

 「草木」を「人」に置き換えてみても、同じでしょう。
 私たちは、どのように劣悪な境遇に置かれていても、それを跳ね返すような力強さで、逞しく生きている人に対して、畏敬の念を抱きます。
 けれども、また、恵まれた境遇の中で、素直にのびのびと育っている人をも愛します。どこかしら、無防備に己を信じ、人を信じるという所に、心の安らぎを感じるからかもしれません。

 天に「願はくは、我に七難八苦を与えたまへ」と祈った山中鹿之助のように、困難の中に自ら身を投じようという、そういう生き方も、確かにあります。だれも、それを否定することはできません。が、教師という立場からすれば、自分たちの学生がそういう立場になったら困るのです。出来るだけ、そういう立場には、置きたくないし、置かずとも済むように手段を講じなければならないのです。

 父母の元を離れ、何がしかのものを得ようと日本へやって来た。それが、技術であれ、学問であれ、あるいは、ただ単に、学位というものであれ、始めは自分に何が出来るのか、また、自分が何をやりたいのか、それすら判らないという人がほとんどなのです。日本で何が学べるのかさえ判っていないのですから。

 日本語学校は、日本語を教えるだけではありません。それでしたら、ボランティアの方々がやっている日本語クラスでも十分です。いろいろな国から、時には、かなり条件の劣った国から、日本へ、「日本語を学んだ後に、大学や大学院へ行って知識や技術を習得したい」という人達が来ているのです。日本語を学んだ後の、「その後」が大切なのです。その「彼らの希望を叶えられるようにする」、そこまでが日本語学校の役割なのです。

 日本の公的教育機関のように(ただ、ここでは日本語がそれほど自由に話せたり、読めたりしない人達が対象ですから、当然、最初は、日本語を教えることに専念します)、彼らの希望を聞き、進学先まで、心配してやらねばならないのです。日本語がある程度(一級レベル)ほどになったら、今度は、新聞なり、文学作品なりが、それほど困らずに読めるように、教えていかねばならないのです。

 彼らが日本へ来た目的を達成できるように、生活の面でも、勉学の面でも、目配りしていかねばならぬのです。つまり、春の草木や花のように、優しい春風の下で、おおらかに育ってもらうために、環境を整えていかなければならないのです。そこには、アルバイトや、個人の資質などの関係から、寒風如きものが吹くことがあるでしょう。けれども、学校の環境だけは(ルールや約束を守っている限りは)、春風でいたい。異国では、彼らを庇うものが少ないということを思うにつけ、勉強の環境だけは整えたい、また、ありたいと、この学校の教員は思っているのです。

日々是好日
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