ぐうたら里山記

兵庫の西の端でただのほんと田舎暮らしをしています。ぐうたらです。のん兵衛です。

ながい坂

2023年11月02日 17時55分33秒 | 本の中から
昼真はもっぱらぐうたら暮らし、夜はもっぱら読書で過ごす。
晩の8時ころにはもう寝て朝の7時には起きる。
その間、寝ては起きたり、起きたり寝たり・・・
浅い浅い眠りの中で夜を過ごし本を読む。
そのため長い睡眠時間の割には睡眠不足。
それで昼食後は1時間ほど昼寝をする。
なんともなんとも、どうしようもないぐうたら暮らしだ。
でもまあこんな暮らしこそ最も自分に向いた生き方。
そうそう子供のころから、まったくどうしようないぐうたら人間だったのだから。
子供のころにあこがれていた職業は灯台守。
暗くなったら灯をつけて、明るくなったら灯を消す。
あとは小屋にこもって本を読んだり、飽きたら釣りをしたり、ぼけ~っと海を眺めたり・・・そんなことして暮らしをしたいなぁ~なんて小学生のころから思っていた。
そうそう子供のころから、まったくどうしようないぐうたら人間だったのだ。

いえいえこんな話じゃなくて読書の話。
今、色々ある趣味の中できっと最後に残るのは読書だろう。
なんせ寝転んでてもできる。
うつらうつら・・・居眠りしながらでも・・・時空の旅を楽しむことができる。
これほど自分に合った楽しみはない。

本はなんでも読むけど、好きなのは西洋の古典。
現実の日本とかけ離れれば離れる話ほど時空の旅の楽しみが増す。
その一方で時代小説や戦争物やミステリーは避けてきた。
なんせ根が平和主義者なので人を殺して喜ぶ、人の殺し方を楽しむ・・・そんな趣味は到底持ち合わせていないから。
時代小説はなんとも殺伐とした世界、仇討ち、お家騒動、捕物帳、斬ったはったの任侠の世界・・・こんなものには到底馴染ない。
戦争小説・・・これはまったくひどい。
時代小説も推理小説も所詮、一人、あるいは数人、あるいはせいぜい十数人殺すだけの話だ。
赤穂浪士だって、見方によっては、一人の老人を47人が寄ってたかって惨殺した・・・まあ他にも巻き添えになった人は何人かいただろうけど、それだけの話だ。
ところが戦争ものとなると何百何千何万という人が死んでいく・・・到底読むに堪えない殺伐とした世界だ。
殺伐とした世界というと、時代小説も殺伐とはしているけれど、それなりに仁義がある
 お控えなすって、お控えなすって、手前生国と発しますところ・・・
なんてそれなりの挨拶をしてから殺し合いに参加するとか、
戦の時には、
 やあ~やあ~我こそは坂東一の剛の者、熊谷次郎直実なるぞ、
 いざいざお立会いあれ~!
なんて風にお互いに名乗り、今ではサラリーマンが初対面の折、名刺を交換して、「わたくしこういう者です」、なんて名乗りあうようにいきたいもの。
もっともこの最低限のマナーも蒙古相手にはまったく通用しなかった。
 「やあ~やあ~我こそは・・・」なんて言ってる間に取り囲まれて矢を射かけられたちまち殺されてしまった。
そうそう、だって相手は日本語をまるで分らない人たちだったのだから。
そこでまずは、日本語教育をして、せめて「やあ~やあ~我こそは・・・」なんて言葉の意味が理解できる人たちだけに入国を許し、まずはそんな人達とだけ戦をすべきだった。
これは今でもいえる。
今多くの事実上の移民がやってきている。
その移民にまずは日本語教育を受けることを勧めている。
でもそんなこと無駄なこと、日本語教育は強制ではないので、日本語がまるで分らなくとも外国人だけで通用するコミュニティー社会でもきていける、
そこでは日本の法律を守らなくても生きている。
それなら最初から日本に来てから日本教育をさせるのでなく、最低限の日本語ができる人だけ受け入れたらいい。
せめて「やあ~やあ~我こそは・・・」と自己紹介できる人間だけでも受け入れるべきではないか?

いえいえこんな話じゃなくて時代小説の話。
最近時代小説も読んでいる。
戦国時代やそれ以前のあるいは幕末・明治維新前後の歴史小説の話ではなく、江戸時代の話。
 印籠をとりだして、「これが目に入らぬか~!」「ははぁ~~~!!」
なんて話や、
 酒を飲みながら~越後屋や越前屋に「おぬしも悪よの~」なんて言いながら底が重い菓子箱を受けとるシーンや、
「あれぇ~~~!」と叫ぶ町娘の帯といてくるくる回しながら楽しむおなじみの名シーン。
そんな時代小説の話。
こんな小説にうんざりして今までほとんど読んでこなかったけど、ふとした機会に、ふとしたきっかけで読み始めた。
それは西條奈加、梶よう子という作家の作品を読んで、これなら読めると思ったからだ。
どちらもホームドラマ風時代小説。
そんなにおどろおどろした場面は少ない。
それでこの2~3年、2人の作家の作品を中心に時代小説を読んできた。
その一方で同様に今までほとんど読まなかったミステリーにも手を出した。
ミステリー小説に特に欠けているのはユーモア。
ところが東川篤哉のユーモア・ミステリーともいうべき本を読んで、これなら読める、これなら書けると、と思った。
実際には書けるわけないのだけど、そんな感じのする作品だ。
でもまあミステリーの話は置いといて、時代小説の話。
二人の作家の小説をいろいろ読んだ後、今度はもっと本格的な時代小説を読んでみようと思った。
代表的な時代小説家というとやっぱり山本周五郎や藤沢周平・・・かな?
なんかそんなイメージがある。 
どちらも初めてだけど代表作を2~3本読んだらいいかと・・・
そこでまず山本周五郎「ながい坂」を読んでみた。
ながいながい小説でもう少し短くできたのではないか?
3分の2くらいの長さだったらもっとしまったのでは?
それに週刊誌に連載されてた小説だとか、
連載の場合だと連載ごとに小さなピークをもっていくことだけでなく、
連載の継ぎ目を気づかせないことがポイントだと思うけど、そこらへんがどうだろう?
なんか継ぎ目が気になった。
そのてんアレクサンドル・デューマの「三銃士」、これも連載小説だったそうだけど、見事だと思う。
まっそんなことは置いといて、お決まりのお家騒動などもあり楽しく読めた。
これからはあんまり毛嫌いしないで時代小説も読んでいこうね。
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