鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

容疑者Xの献身

2006-02-04 | Weblog
 直木賞受賞の東野圭吾の「容疑者Xの献身」を読んだ。一気に最後まで読ませてしまうのは手馴れたストーリーテラーの面目躍如たるものがある。久し振りに本物の作家に直木賞の栄誉が下った感じがする。最近の芥川賞・直木賞は文藝春秋社の話題つくりが先行して、受賞作を読んでも「なぜこれが芥川賞」なんてがっかり」することが多かっただけに胸のつかえがさっと取れた感じがして清々しい。
 「容疑者Xの献身」は数学者で高校教師の主人公のアパートの隣に住む母娘の部屋に別れた亭主が縁りを戻そう、とやってきて押し問答のすえ、母娘は共同で殺してしまう。母を好んでいた主人公は隣の部屋で一部始終を聞き、高等な数学問題を解くような形で殺人事件を捌いてしまう。殺人事件として容疑者を追いかける刑事と大学時代の友人の大学助教授と主人公がまた同級生という設定で、主人公が描いた筋書きを順番に解いていく。件の母娘は主人公の指示通りに尋問に答え、刑事の追及をするりとかわしていく。最後は主人公が一見、母娘の身代わりになって犯人として自首するが、そこでとんでもないはどんでん返しが大学助教授の手によって暴露される。主人公が完璧なまでに仕組んだ数学のパズルのような解が母娘が主人公の愛の重さに耐え切れなくなって自首することで崩壊してしまう。
 冒頭に主人公が出勤の途中に見かけるホームレスの住まいと隣人の母が勤めるお弁当屋さんが最後になって重大な伏線となって浮かび上がってくるのは見事である。オール読物で連載されている時はパラパラと流し読みする程度で、そんなにいいとも思わなかったが、こうして一冊の読物として通読すると、改めて作者の凄さが感じられる。
 もちろん、小説なので実際の犯行として考えた場合、こんなに短い時間でこれだけのことを一人で行うのは果たして可能なのか、という感がなきにしもあらずだが、そこはフィクションとして理解すべきなのだろう。ただ、読んでいて、一カ所だけ気になったところがあった。母親の以前に勤めていたクラブ時代の客が登場したところで、母親とその客が親しくしている時に主人公がその光景を見て、嫉妬にかられたようあ記述があるが、嫉妬が本物の嫉妬のように描かれ、客観的な描写からやや逸脱しているような感じがした。最後にはそれも演技なのだとわかるのだが、やや客観性に欠ける筆致であるとの感がした。
 それでも最後のクライマックスの描き方は見事である。昨年のミステリー作品で第一級の評価を得た、というのも頷ける。直木賞受賞でさらに評価が高まるのは間違いない。
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