鈍想愚感

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最後は感動の嵐となった演劇「赤道の下のマクベス」、作者のチョン・ウィシン氏に喝采

2018-03-10 | Weblog

 10日は東京・初台の新国立劇場でチョンウィシン(鄭義信)作・演出の演劇「赤道の下のマクベス」を観賞した。戦後、東京裁判で死刑判決を受けた日本人、および韓国人の死刑囚が収容されたシンガポールのチャンギ刑務所で刑の執行を待つ死刑囚の悲喜こもごもを取り扱ったもので、出演者は刑務官3人と死刑囚6人、いずれも男性ばかりで、さぞかし暗い劇が繰り広げられることだろう、と予測していたら、笑いもあるし、最後は意外などんでん返しもあって感動の一幕で、作者のチョンウィシン氏に喝采したくなるほどの出来栄えに大いに満足した。

 「赤道の下のマクベス」は幕が開くと刑務官が手下2人を従え、個室6つが並ぶ牢屋に入ってきて、朝の起床を促す場面から始まる。牢屋の奥上には首吊りのロープが下がる死刑台があって、いかにもいずれも死刑を待つばかりの死刑囚であることを示している。そこでは日本人の将校山形、それと兵隊の黒田と小西、さらには日本人兵士の下で軍属として現地人らに暴行を働いたことで死刑を宣告された朝鮮人の朴南星と李文平の2人が収容され、毎日いつ死刑執行になるか怯えながら、碁に興じたり、かつての行跡を誇示したりして過ごしている。毎日の食事はお粗末なもので、常にお腹を空かしていて、わずか2枚支給されるビスケットを取り合いしたりもしている。

 そんなある日、この刑務所を出ていったはずの韓国人、金春吉が逃亡先の香港で捕まり、戻ってくる。その金はかつて将校の山形に手痛い仕打ちにあったことがあり、どうせ死ぬのなら、山形を殺してから死刑になるのだ、と言って、隙あらば山形を殺そうとうかがい、その都度、みんなに取り押さえられる。韓国人はいずれも自らの意思でなく日本軍に参じ、日本兵から命令されて暴行に及んだ者ばかりで、一体だれを恨んだらいいのか、と事あるごとに嘆く。

 主役の朴を演じる池内博之はかつて素人演劇マクベスのなかで、マクベスに向かって3度その名を叫ぶ役を演じたことがあり、戯曲「マクベス」の本を持っており、事あるごとにマクベスの台詞を口ずさむ。で、刑務官から山形と小西とともに死刑執行を宣告された日の最後の晩餐の席で、黒田とともに一世一代の演劇を披露し、みんなの拍手を浴びる。その流れで、黒田もかつてパプアニューギニアで人を殺したことを告白する。

 そして朴は黒田、小西とともに死刑台の露と消えていく。話はそこで終わりかな、と思っていたら、場面はその翌日になって金が刑務官に呼ばれていって、残った黒田と李が縁台で碁をうちながら、黒田が李に「お前、昨晩は一日中泣いていたな」とつぶやくと、李は「もう泣かない。泣くのは打ち止めだ」と語る。そこへ刑務官室から金が戻ってきて、何事だったのかと訝る2人に「刑が20年になって、刑務所が変わるのだ」と伝える。それを聞いた2人は「よかったな」と声を掛け、立ち去ろうとする金に黒田が「お別れをいわせてくれ」と言って、「申し訳なかった」と深々と頭を下げる。金は「あなたにそんなことをしてもらっては」と言って、頭を上げるように頼む。すると。そこへ加わった李がなにやら紙を差し出し、「これをどこかで故郷の韓国のだれかに渡してくれ」と言って渡す。というのは昨日国の母が亡くなった、との電報が来て、もうだれも身よりがなくなった。だから、だれかにここで死刑を待っている韓国人がいたことを知らせてほしい」と言って、泣き崩れる。昨晩泣いていたのはこれだったのだと観ていて、じんときた。この感激はその後縁台で黒田と李が碁を打ち興じている場面で幕となったあとまで続いた。

 第2次世界大戦後の東京裁判で韓国人がBC級戦犯として死刑となったことを初めて知ったが、暗いと思っていた演劇が最後は感動のドラマとなって、作者のチョン」・ウィシン氏に大いなる喝采を捧げたい。この作品は2010年に制作され、韓国で演じられ、今回日本、および日本人にとって、従軍慰安婦問題でこじれている日韓関係を改めて考えさせるものだ、と思った。

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