鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

スポンサーに頭上がらぬ民放テレビ局

2006-09-30 | Weblog
 テレビ東京の菅谷定彦社長が28日の記者会見で、同社の大株主となった元衆院議員、糸山英太郎が経営する会社が番組のスポンサーをしていたのに、幹部が挨拶に行かず「大口スポンサーへの礼を失した」として、担当役員2人を厳重処分注意、担当部長を戒告処分にした、と29日付けの読売新聞が報じた。大株主になったのに挨拶に行かなかったのが問題なのか、番組スポンサーなのに敬意を表さなかったのが問題なのか、はっきりしないが、コ-ポレート・ガバナンス上、企業は株式保有の目的を適切に把握することは重要なことであり、担当役員を処分うんぬんより、そうした重要な情報がトップに上げられない会社の体制こそ問題にされるべきである。
 糸山氏が経営する新日本観光は昨年4月から今年3月までテレビ東京のゴルフ番組のスポンサーだった。糸山氏がテレビ東京株を取得したとの情報が流れた8月下旬に菅谷社長と面談した際、「誰も挨拶に来ないのはおかしい」と批判した、という。挨拶というより、テレビ東京側はなぜ株式を取得したに至ったかを当然、リサーチすべきだったろう。そのうえで、トップが訪問して会社の現状などを説明して、なんらかのコンサンサスを得ておくことは踏むべき手順だった、と思われる。
 昨年来、ライブドアや楽天のマスコミへの大量株式取得で、マスコミ各界にM&A旋風が起きたばかりである。増して、テレビ東京は日本経済新聞が株式の33.3%を保有しているので、M&Aの帰趨によっては新聞社の経営にも影響を及ぼしかねない。一見、放送法で守られているような印象があるが、フジテレビ対ライブドアの時でも明らかになったように上場している以上、常にM&Aの脅威に晒されている。テレビ東京は確か、この春に監査役室長に内部統制室長を兼任させる人事を発表するなどコンプライアンス面でどうか、と思われる組織体制をとっている。マスコミの一翼を担っているとの認識が足りないのではなかろうか。
 28日の社長記者会見では06年3-8月の営業収入は383奥2500万円で前年同月比3.7%増となっているが、うち利益に直結するスポット広告は113億3700万円で同4.1%減と若干変調を来たしてきている。だから、大口スポンサーうんぬんという話が出てくるのかもしえれないが、コンプライアンスと営業は全く別次元の話である。混同して事のよしあしが判断されるようでは会社の行く末が案じられよう。
 菅谷社長はなにかと問題の出てきた日本経済新聞の社長にと推す声もある、と聞く御仁である。ここは毅然とした姿勢でコーポレート・ガバナンスを確立してほしいものだ。
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放送2000回を迎える「題名のない音楽会」

2006-09-29 | Weblog
 昨28日、東京・三軒茶屋の昭和女子大学人見記念講堂での「題名のない音楽会」の番組収録の観賞に出かけた。2000回記念ということで、過去の出光音楽賞を受賞した音楽家の出演で指揮者の佐渡裕氏、それにソプラノの森麻季、木下美穂子両歌手と豪華なメンバー、演奏は佐渡裕率いる兵庫芸術文化センター管弦楽団で、奏者の半分くらいは外人という見ていて楽しくなつような楽団であった。兵庫芸術管弦楽団は阪神・淡路大震災の復興のシンボルとして昨年10月に兵庫芸術文化センター専属のオーケストラとして世界各地でのオーディションで選ばれた35歳以下の若手演奏家で構成される楽団で、女性は思い思いのドレスで着飾り、カラフルでいて、音の切れもいい素敵なオーケスタラであった。
 指揮者の佐渡裕はテレビでは何回も見たことはあったが、本物は初めて。日本の指揮者といsては大柄で、ダイナミックに身体いっぱいを使っての指揮ぶりは迫力がある。第一部ではシューマンの交響曲第2番、マーラーのアダージョなど8曲を指揮したが、最後のバッハの「G線上のアリア」の前に突如、楽屋に引っ込み、さりげない表情で戻ってきて指揮台に立った。多分熱演で水分の補給にいったのであろうが、堂々とされると、様になってしあうから不思議だ。
 第一部のゲストはソプラノ歌手の森麻季で、プッチーニの「私のお父さん」と「私が街を歩けば」をさわやかに歌った。数年前にもこの「題名のない音楽会」でゲスト出演した時に見たことがあるが、今回は悠然と、かつ優雅に歌い、いまや日本のトップクラスの歌手となった自信が全身にあふれていた。
 第二部は、佐渡裕によるプッチーニのオペラ「蝶々夫人」の分析で、蝶々夫人のなかに見られる日本の文化として、「鉄腕アトム」、「さくらさくら」、「越後獅子」、「推量節」が取り入れられていることを実証する面白い企画であった。最初の「鉄腕アトム」は佐渡裕の遊び心であるが、「さくらさくら」以下は確かにオペラの中で使われており、オペラもこのように聞いて楽しむものなのだ、ということがよくわかった。音楽にそんな素養のない人にとっては新鮮なオペラの楽しみ方を教わった感じで、面白かった。ソプラノの木下美穂子歌手は最初から日本髪、着物の蝶々夫人になりきっての熱唱で、会場から大きな声援を受けていた。蝶々夫人が登場する歌のところでは二期会のメンバー7人がこれも芸者姿で合唱していて、趣向が手が込んでいた。木下美穂子は経歴を見ると、大分県立芸術短期大学を経て、武蔵野音楽大学、同大学院を出たいわゆる音楽エリートではない。それで頭角を現してきたのだから大変な努力家なのだろう。今後の活躍を期待したいものだ。
 それにしても出光興産のこの「題名のない音楽会」が放送2000回、約40年経ったとは素晴らしいことだ。30年くらい前に出光の人に「いつもたくさん入ってますね」と言ったら、「招待券は定員の6倍くらい配っていて、あれは人が固まっているところだけを映しているので、いつもはガラガラです」と説明されたことがある。そんなやりとりは昔話で、いまは毎回、定員いっぱいで、ますます人気は高まってきている。2000回ということで、さらに人気が高まりそうだ。

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世界一の名馬となるか、ディープインパクト

2006-09-28 | Weblog
競馬の最高峰、凱旋門賞が来月1日、フランス・パリのロンシャン競馬場で行われ、日本から期待を担ってディープインパクトが出走する。日本の馬は1969年にスピードシンボリが挑戦して以来6頭が出走しているが、99年のエルコンドルパサーの2着が最高である。今回のディープインパクトは昨年の3冠馬であり、鞍上も武豊騎手で史上最高のコンビで、これで勝てないようでは永久に勝てない、との声すら聞こえてくる。当の武豊騎手は「不安があるとすれば騎手だけです」と暗に自信のほどを示している。もちろん、走るのは馬だし、どんな不測の事態が生じるのか、予測がつかない。しかも当日の凱旋門賞には武豊騎手のライバルともいえるデットーリ、ペリエ騎手など名だたる騎手が勢揃いする。天下の名手といえども易々とは勝たせてはくれないだろう。
競走馬は時速60キロで走る。だから走っている競走馬から落ちるのは時速60キロで走行している自動車から放り出されるようなものなのである。しかも実際の馬に乗ってみると判るが、鞍上は結構高い。つまり、馬に乗って競走するということは命に関わることであり、なおかつ勝負カンも求められる大変な仕事である。日本ダービーのようなビッグレースになると、騎手はレース展開を1000通りも考えるのだ、という。
そういえば、武豊騎手はこのところフランスへ行ってディープインパクトの調教に掛り切りで、国内のレースなど眼中にないようだ。先週日曜日の菊花賞トライアル、神戸新聞杯も本命のアドマイヤームーンに騎乗し、いいところなく7着に沈んだ。武豊騎手の頭も凱旋門賞のことで一杯のようで、心ここにあらず、といった感じであった。凱旋門賞の1着優勝賞金は14万2800ユーロ、日本円にして1億6570万円と日本ダービーのそれを上回るうえ、何よりも凱旋門賞の優勝騎手という歴史に名の残る栄誉が手に入る。武豊騎手としても負けられないと、力が入るわけだ。
27日付けの毎日新聞によると、英ブックメーカー3社のうち2社がディープインパクトを1番人気にし、残る1社がハリケーンラン、シロッコに次ぐ3番人気にしている、という。2、3週間前の日本のレースで、武豊騎手が騎乗しなかったのでか、大荒れとなったことがあった。武豊騎手が騎乗すると、他の騎手は常に武豊騎手を意識してレース展開を読み、その通り騎乗する。それだけ武豊騎手は目標とされ、常にライバル視されているわけだ。しかし、こと海外の凱旋門賞となるとそうはいかない。武豊騎手は逆に相手をマークしなければならない立場に立たされる。日本での騎乗とは勝手が違うわけだ。しかも1人や2人ではない。ひょっとしたら全員マークしなければならないかも知れない。さらにどうやら人気を背負いそうだ。そうなると、最後は無心で臨むしかないだろう。
ディープインパクトの凱旋門賞の優勝は武豊騎手がどこまで無心になれるか、に掛っている、といえそうだ。
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言葉だけが踊る安倍新内閣

2006-09-27 | Weblog
 第90代総理大臣となる初の戦後生まれの安倍内閣が26日、発足した。山口県からは8人目というからすごい。ただ、その割には顔ぶれは老・壮・青とりどりといえば通りはいいが、清新さのうかがえない、論考行賞の総花的な内閣となった。仕事をするんだ、というより、とにかく与党の総力を挙げて改革に取り組むのだ、というムードを出そう、とのいわば形を整えるだけ、の陣容である。小泉前首相と同じく総裁が1人で決める、という当初の意気込みはどこかにいってしまったようだ。午後9時過ぎから行われた安倍首相の記者会見をテレビで見ていても「やるんだ」という熱意が伝わってこなかった。何か優等生がよくできた作文を読んでいるような感じがした。与党のだれもが来年の参院選までの短命内閣と見ているようだし、大した仕事をできる、とはとても思えない。
 24日のTBSのサンデーモーニングでパネラーの田中秀征福山大学教授(元経済企画庁長官)が「小泉首相が進めてきた構造改革の火を消さないようにするには安倍内閣の一大臣として小泉前首相が入閣すべきだ」と語っていた。同じパネラーはいずれも唖然としていたが、いいアイデアではあった。前例がないかもしれないが、政治をきちんとやっていく上では筋の通ったアイデアである。ただ、小泉前首相は変人なので、こうした常識が通じない、つまり受けないだろう、と見ていたら、案の定、そうはならなかった。5年間余、走りきって、もう燃え尽きたので、とてもそんな力は残っていないのだろう。
 安倍内閣の顔ぶれは新聞テレビがほぼ予想した通りで、サプライズどころか、何の面白みもない。あっちこっちの意見、注文を聞いてしまうから、安倍色が薄まってしまう。そのあげくが、「金融、再チャレンジ大臣」山本有二氏となると、はて再チャレンジって一体何、という気になってくる。会見では多重債務者の救済など1回失敗しても立ち上がれるだけのチャンスを与える、というのだが、理屈ではわかっても果たして、政治の世界でどう行政に結びつけていくのか、道筋が見えない。美しい国、日本にしてもお題目はいいが、それをどう政治の手法として取り上げていくのか、拗として見えない。
 どこかの新聞が書いていたが、安倍新政権のビジョンにはやたらカタカナが踊っている、という。確かにそうだ。
 それに首相補佐官として国家安全保障問題担当、経済担当、拉致問題担当、教育再生担当、広報担当の5人も配置したのもよくわからない。改革と危機管理を進めるため官邸機能を強化した、ということらしいが、大臣級の人材を並べて「やります」という姿勢を見せよう、ということなのか。米国ホワイトハウスに倣ったということだが、要は首相がやれば済むことではなかろうか。
 安倍新内閣は実質的には小泉前首相から禅譲してもらったような内閣であり、禅譲内閣はいずれも短命である、とどこかで書いてあったが、安倍新内閣には小泉前首相ができなかった本当の改革をしてもらいたい、というのが本音である。
 安倍新首相は早速、歳出削減として、総理大臣の給与を30%、閣僚のそれを10%カットすることを発表した。ある意味では違う面でのサプライズではあるが、看板の構造改革の第一歩がこれでは先が思いやられそうだ。
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民主党にサプライズ

2006-09-26 | Weblog
 安倍政権の首脳人事が25日から順次固まりつつある。中川秀直幹事長、丹羽雄哉総務会長、中川昭一政調会長など党三役の顔ぶれはほぼ予想通りで、面白くもなんともない。恐らく今日26日の組閣人事も堅実を地で行く手堅い人選がされることだろう。戦後生まれの総理大臣の割には党上げての実力派をそろえたまずは無難な組閣をすることだろう。数日前に某民放テレビで安倍総裁誕生までのドキュメントを放映していたが、安倍晋三自身が今年始めから総裁選に立候補することで、自民党内で派閥を越えて画策していたことが明らかにされていた。安倍晋三は単に人気にかぶさっていただけではなく、したたかな政治家であることを浮き彫りにし、これでは森派の森喜朗会長の出番がなかったことがよくわかった。だから組閣も総花的にならざるを得ないこともよくわかった。これでは安倍人気も大したことなな、と思っていたら、思わぬ援護射撃のサプライズが対抗の民主党からでてきた。
 小沢一郎代表が突如、体調不良を訴えて検査入院してしまったのだ。25日の民主党臨時総会で無投票再選をかろうじて果たしたものの、即入院となり、今日の臨時国会は欠席せざるを得なくなったのだ。来週明け国会の代表質問に立てるかどうかは予断を許さない。
 小沢代表は自民党時代の91年6月に狭心症で約40日間入院したことがあり、以来、医者の指示に従い、早朝の散歩などや食事後の休憩などを日課とし、体力の維持に努めてきた。しかし、心臓に爆弾を抱えている状態であったのは否定できず、今回2、3日と言ってはいるが、長引く可能性はある。
 来年の参院選での保革逆転をねらい、このところ地方遊説に、テレビ出演にと精力的に活動していたのと、直前に硫黄島を訪問した強行スケジュールが負担になったのと、やはり先に日本経済新聞紙上で正面から小沢主義がわからない、と批判されたのが精神的に堪えていたのではなかろうか。言説の不備をつかれるのは政治家としてさぞかしこたえることであろう。しかもいまは安倍新政権に対して真正面からぶつかっていかなければならない時期である。その足元を崩されて、小沢主義が崩壊したのでは政治生命すら左右しかねない。
 政治家にとって健康第一であるのは言うまでもない。入院したことすらまず秘密にするのが普通だが、代表で、いまは正念場とあってはそうもいかなかったのだろう。竹下登元総理は検査入院数日といって40日にもなり、そのまま帰らぬ人となった、という。竹下氏の場合はもう総理を退いて大分経ってからのことだが、小沢代表の場合はまだ現役。長引けば、政治生命に関わりかねないだろう。
 民主党は国会対策委員長も渡部恒三氏から高木義明議員に交代した。手強い代表が入院し、これも豪腕の国会対策委員長も交代し、偽メール事件の後遺症がまだ残っているようだ。
 岡目八目の外野としては癪なことだが、本当に安倍政権は出だしからフォローの風が吹き、悪運とでも言うべき運がついているようだ。
 追記 サプライズのサプライズというわけでもないが、再起不能説を払拭しようと、小沢代表は26日、病院を抜け出して、臨時国会に出席したのだ。気持ちはわかるが、無理押しでなければいいのだが……。夜テレビを見ていたら、来週明けの代表質問には間に合わない、という。やはり、重症なのだろうか。
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相変わらず孤立無援の桑田真澄

2006-09-25 | Weblog
 巨人軍の桑田真澄の引退が確実になった。巨人軍のホームページに24日が巨人の選手として最後の登板になる、と書いたのだ。サッカーの中田英寿の真似をしたかったようだが、中田の場合、自分のホームページを持っていたし、海外のチームに所属していて、直接に日本のファンに報告する手段がなかったので、ホームページでの引退報告は許されたが、桑田の場合はいくらでも報告する方法はあった。しかも自分のホームページではなく、所属する球団のホームページである。原辰徳監督が「何も聞いていない」と怒るのはもっともなことだ。どうも以前kらそうだが、桑田選手には事を起こす際には身近に相談して適切なアドバイスをくれるような人がいなさそうだ。それでは孤立無援になってしまうのはやむを得ないことだろう。
 24日のスポーツ新聞は一面トップで「桑田退団」と報じた。巨人軍のホームページに「お別れ」と題して、今日の2軍、対湘南シーレックス戦での登板が最後になる、と巨人軍からの退団を匂わす文章をアップしたからで、来年の処遇について球団から何の話もないことから、みずからそう判断してのお別れ挨拶となったようだ。
 で、24日の東京・読売ランド横のジャイアンツ球場での2軍戦には異例の3895人ものファンがかけつけた。予告通李り、桑田真澄は登板し、7回を投げて5失点で、敗戦投手となり、これでは1軍では使ってもらえないことを証明し、最後の登板としては悲しい結果となってしまった。
 球場に来たマスコミに対し、桑田選手は「野球を辞めるわけではない。ただ、巨人からは去る」と選手としてはまだまだ未練があるような発言をしていたが、こんな状況ではまず巨人首脳は気分を害しているので、残留することはないだろうし、さりとて球団とケンカ別れしたような選手を、どこの球団もとってはくれないだろう。まして、24日の投球ぶりからいっても、桑田の実力では戦力となる、とはとても言えないだろう。ということは事実上の引退ということだろう。
 桑田真澄はプロ野球に入る時から何か不透明な下交渉で、当然1位指名とみられた清原和博をでなく巨人がドラフト1位で指名したことにみられるようにまともな選手という感じはなかった。入団してからもエースらしい成績を上げたものの、巨大な借金をかかえるなどプロ野球選手としては不穏な動きをするよくわからない選手であった。取り巻きなり、周りに性質のよくない人が来てもそれを排除できるだけのものを持っていないのだな、という印象であった。
 それが今回の騒動で、さらにはっきりしたわけである。21年間もプロ野球界で一流選手として活躍してきても、社会人としての常識を備えていないなんて、悲しいことである。野球バカを通り超えた問題である。
 人間、去り際にこそその人の人となりが露になる、とよく言われるが、桑田真澄の場合、最悪である。これでは野球界から永久追放にもなりかねないであろう。
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34年半ぶりの墓参り

2006-09-24 | Weblog
 お彼岸中日の23日、4つ年上の姉が名古屋から上京し、一緒にお墓参りに行くことになった。墓は昨年5月に出来たのだが、納骨式に体調を崩して来れなかったのが、念願適って来ることになったのだ。先週電話があって、彼岸に合わせて来たい、とのことだった。前日でもその日でも泊まっていけば、と誘ったのだが、どうも日帰りの強行スケジュールでの墓参りということになりそうだった。
 墓はいまだに墓屋からダイレクトメールが来るが、生まれ故郷であり、親族のほとんどが住んでいる名古屋にしようか、こちらに作ろうか考えているうちに親父の7回忌も過ぎてしまった。ある時、墓屋からのいつものセールスの電話で川崎市が墓を売り出す、と聞いて、どうせ当たらないだろう、と思って応募したら当たってしまい、そのまま墓を作ってしまったのだ。考えてみれば、母親も生まれる前に死んだ戸籍上の兄も墓はなく、無縁仏だったので、3人一緒にお墓に入れることにした。死ぬまで、川崎・東京に住む気はないが、子供のうち1人は住み続けるだろうから、墓をこちらに作ってもだれかが面倒をみるだろう、とも思った。
 で、姉は朝から今着くか、今着くか、と待ってもなかなか来ない。11時を過ぎたので携帯電話をかけてみても出てこない。20分ほどしたら電話がかかってきて、どうやら道に迷っているようだ。考えたら、2年半ぶりで溝ノ口界隈も様代わりしていて、方向がわからなくなっている。道に迷っても不思議はない。エントランスへ出て迎えに行くと、下からハアハア言いながら、姉が坂を登ってきた。
 家へ案内して、お茶を飲み、お互いひとくさり近況を語って、ひと息ついて、墓参りに出かけた。車でもあれば一息で墓まで行けるのだが、もう車は手放してしまったので、JR南武線に乗って1駅津田山まで行き、そこから川崎霊園の中の墓まで約20分歩いた。墓へついて線香を焚き、お花を飾り、墓石にお水をかけ、数珠を手に簡単なお経をあげた。こちらはもう4、5回目なので、なんの感慨もないが、ふと姉を見やると、うっすらと涙を浮かべている。親父はともかく母親が亡くなってもう34年6カ月経つ。それで、初めて墓にお参りできたことになるのだ。そう思えば、感慨もひとしおなのだろう。あとで姉はしみじみと「永年の思いが適い、これで胸のつかえがとれた」は言っていた。
 母親にしてみれば、やっと墓を作ってくれ、お参りしてくらたか、と安住の地を得た思いであろう。そう思えば、涙のひとつも出てこよう、というものだ。
 墓を作る前は墓を作るのにどうして200万円も300万円もするのだ、墓屋を儲けさせるだけのものだ、墓なんかなくても心の中でいくらでもお参りできる、と思っていた。名古屋に作るか、東京に作るか、決めかねていたこともあって、そんな悪口を言って先延ばしにしていた。でも、作ればこんなに喜んでくれる人がいる。
 昨年春に墓を作った時は「ああ、もうこれで為すべきことはすべて終わった」と不思議な思いに囚われたことがあったが、実際、墓は絵になるし、人を呼び寄せるものがある。
 それで、溝ノ口で軽い食事を摂った後、足早に名古屋への帰途についたが、それにしても姉は今年春に会った時よりやせていた。聞くと、身長151センチに対し体重34キロで、BMI(ボディ・マス・インデックス)指数15で完全にやせすぎである。まだ、叔母との旅行に行かねばならない、と言っているが、健康が心配な姉であった。
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日本のリーディング産業となるか、ゲームソフト

2006-09-23 | Weblog
 コンピュータエンターテインメント協会主催の「東京ゲームショー2006」を見よう、と朝から幕張メッセに向かった。永田町で有楽町線に乗り換え、丁度発車間際で、最後尾車両の乗り込み、混んでいるなか文庫本を読んでいたら、前に座っている女の子がにらんでいる。構わず、次の桜田門駅で前の席が空いたので、座ろうかな、と思ったら、さっきの女の子がウインドウのステッカーを指差す。見ると「女性専用車両」となっている。周りを見ると、確かに女性ばかり、朝のラッシュタイムはそういうことになっていたな、と思い、「こりゃ、失礼」と言って、前の車両に移った。趣旨はわかるが、急いでいる時とかはついつい忘れてしまう、車両のどてっぱらにもっと大きく書いてもらわないと、わからない。とはいえ、恥ずかしいミスはミスであった。
 ともあれ、幕張メッセのある海浜幕張駅に着く。やたら外人が多い、と感じた。ホール5の前での開会式をちょっと覗いてから、会場に入ろうとすると、ホール1の入口前は長蛇の列、おさまるまで、椅子に腰掛けて待っていたら、なんと列が解消するまで15分かかった。展示会場内に入ると、照明は落としてあるうえ、各ブースの発する音楽や声で喧騒状態。しばらく歩いたが、どうも疲れる。たまたま、ホール1の奥に白い長椅子が置いてあったので、カバンを枕にちょっと一休みした。前々日のお酒が残っていて、身体がだるい。幸い、暗くて誰が寝ているのかわからない。30分くらい、喧騒の中でじっくり孤独の休養をとって、館内見学に出かけた。
 セガ・エンタープライズ、ソニー、マイクロソフトが大々的にブースを作りこんで、大勢のファンを呼び込んでいる。今年で10回目の展示会だが、今回は台湾、カナダ、韓国など海外からの出展社が多くて、出展社数は148社と過去最高。それと、NTTドコモ、KDDIが大きなブースを構えているのが目についた。携帯電話でゲームを楽しむ時代がやってきたことを表している。
 昨22日は招待日だが、結構人が入っていた。鈍想愚感子はほとんどゲームをしないが、最近は大人でもゲームを楽しむ人が多い。電車の中で携帯電話を一生懸命操作しているのは半分はゲームだ、という。そういえば、過日、NHK衛星テレビでフランスで開催されたジャパンフェスティバルの会場から鴻上尚史氏の司会でフランス人数人がパネラーとなるパネルディスカッションを放送していたが、その中でフランス人の多くが「日本の漫画がクール(格好いい)」と言っていたのが印象に残っている。パリには日本の漫画専門店がいくつもある、という。日本の漫画はストーリーがあるからいい、ともいう。
 ゲームソフトも漫画に通じるところがある。宮崎駿監督のアニメーションが海外でも高い評価を受けているのも同じことがいえるのかもしれない。日本の繊細な感覚が反映されたアニメ、ゲームソフトはエキゾチックな魅力がある、と海外の人には映るのだろう。となれば、日本のゲームソフトは意外と外貨獲得の協力な武器ともなることだろう。幸い、ゲームソフトは言葉は要らずに万国共通である。
 東京ゲームショーの会場に群がる人々を見ていて、そう思った。
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わからぬ森喜朗の真意

2006-09-22 | Weblog
 予想通り安倍政権の発足となったが、総裁選で議員、党員票とも戦前の予想の80%はもちろん、目標の70%に達せず、全体の66%にあたる464票にとどまったせいか、なんとなく熱気のある歓迎ムードとはなっていない。対抗馬の麻生太郎が136票、谷垣禎一が102票と善戦ぶりをみせたためで、武部勤幹事長などは「バランスをとったのではないか」というが、1人2票もっているのならともかく、1人1票ではバランスのといりょうがない。正直な支持が露になったということだろう。これで、総理大臣は3代続けて森派から選出される、という前代未聞のこととなったが、肝心の森派の会長である森喜朗が会長の座を降りる、というのだからわけがわからない。
 大体、森喜朗は総理大臣になった経緯も不透明であるうえ、総理大臣になってからも再三、総理大臣にあるまじき失言を繰り返し、とうとう総理大臣の座を追われて、小泉首相がたまたま森派だったことから森派の会長として、いかにも政権に影響力のあるような立居振舞をしてきた。マスコミも面白がって、昨年の総選挙の前には小泉首相の解散を思いとどまるように説得したのを報道してたり、していた。本当に影響力があったのか、真実はわからないが、要所要所で小泉首相と会談してはそのふりを見せていた。
 それで、今回の安倍政権の発足に伴い、いまや自民党の最大派閥となった森派の会長として、ますますわが世の春を謳歌してパーフォーマンスの場が広がる、と思われたのに、会長の座を降りる、と言い出した。周囲は撤回するように説得しているが、どうも意志は固そうだ。
 なぜ会長の座を降りるのか、真意がよく伝わってこないので、わからないが、昨日だかの夕刊フジに「森、院政ねらい」との見出しが踊っていた。会長の座を降りて、表舞台からは退くものの実権は握っておこう、というというのだろうか。完全に派閥から脱却して、自由に発言していきたい、といっても年はともかくそんな実のある発言ができるわけがない。派閥の長だから一応、聞いてくれるが、単なる一議員となった森喜朗の言説を拝聴してやろう、なんて御仁はせいざい地元の選挙民くらいのものだろう。
 となると、小泉首相に対する対抗心のなせる技なのだろうか。会長の座を降りれば、当然次の代表に誰がなるのか、注目される。普通なら、首相の座を降りた小泉純一郎になるのだろうが、性格、それに総理大臣の時から派閥解消を唱えてきた小泉としてはすんなり会長になるのには抵抗がある、それにおそらくもう体力も残っていないだろう。
 そのあたりを読んで、森喜朗は会長の座を降りる、と言い出したのだろう。総理大臣としての人気は圧倒的に小泉のが上である。仮に会長の座にとどまっても、世論、マスコミの目は小泉の方へいってしまいかねない。小泉が森派の会長に就かなくて、ひょっとして政界から引退するようなことがあれば、森本人の影響力は保たれる、と読んだのだろう。森としてはさんざん煮え湯を飲まされてきた小泉になんとか仕返しをしたい、と思って考えに考えた結果がこの戦術なのだろう。何を考えているのか、何をするのか、全く読めない小泉がどう出てくるのか、予測がつかないだけに描いたシナリオ通りに事が運ぶか、見ものである。所詮はいずれ、2人とも政治家としては大した人物ではないことがわかるにしてもしばらくは話題を提供しそうだ。
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最近通勤事情

2006-09-21 | Weblog
 毎朝、通勤電車に乗っていて、気になることがある。
 その1。若い人に多いのだが、手荷物を床に置いたまま、動こうとしないのだ。混んできて、中へ詰めようとすると、足が引っ掛かって前に進めない。足元を見ると、両足の間に手荷物を置いて涼しい顔をしている。こちらが迷惑そうな目で荷物を見ても知らんぷりである。大きなトランクならわかるが、手で持っていてもいいようなカバンを平気で足元に置いている。カバンそのものを汚すことにもなるのに気にしない。昼間の比較的空いている時でもサラリーマンが手提げカバンを床に置いている。
 こうした輩は中学生、高校生に多いが、最近は若いサラリーマンも見られる。先日は若い女性がきれいな手提げバッグを足元に置いているのを見て、思わず顔を眺めたことがある。電車の中の床がどういう状態にあるのか、考えたことはないのだろうか。こうしたカバンを家に持ち帰って、そのまま床に放り出すのだろうか。外の汚れを家に中に持ち込むようなものである。流石に雨の日にはそうした行動を見るのは少ないが、後先のことを考えない衝動的な行為といえよう。
 その2。先日通勤電車を降りて、改札を出て駅のコンコースを歩いて行くと、前を歩くジーンズ姿の若い女の子の靴の紐が両方とも長く垂れたままになっているのが目に止まった。歩く度に右に左に大きく紐が揺れ、どうかすると、どちらかの足で踏んで、転んでしまいそうな感じである。登りのエスカレーターに乗っても紐は大きく揺れて、降り際の吸い込み口に挟まったら足をとられて、転んでしまうのではないか、と心配されるほどだ。
 それでもそんな紐を踏みつけたり、挟まったりすることもなく、なにも無かったように2つのエレベーターを登りきって地上へ出た。そこで、女の子が立ち止まったので、やっと気がついたのか、と思ってみたが、一向に紐を結び直す気配はない。追い抜きざまにちらっと顔を見ると、別段なんということもない、普通の女の子である。たまらず「靴の紐が解けているよ」と声をかけたが、件の女の子は無反応で、ケロッとしている。2回同じことを言ったが、それでも紐を結ぼうともしない。「これは私のファッションなのだ。ほっといてくれ」とでもいいたそうな不機嫌な表情でこちらを見た。
 そういうことなら失礼しました、と思って引き下がるしかない。今時の女の子は常識では測れない行動をとる、ということか。
 その3。通勤電車で「只今、この電車は定刻より3分遅れて○○駅を発車しました」との車内アナウンスを聞くのは毎度のことである。その理由は事故であったり、車両故障であったり、病人であったり、まちまちであるが、定刻通り運行しているのが珍しいくらいになってきている。以前は雨が降ったりした時には乗下車に手間取って、運行に遅れが出るようなことが多かったが、常態化している。それだけ各私鉄、JRとも沿線人口が増えているのかもしれないが、大事な会議がある時には遅れを見越して家を出ないことには不安で仕方ない。
 諸外国の人は日本の電車がきっちり時間通りに運行されるのを不思議がるが、こと通勤時間帯に限ってはそうもいえなくなってきたようだ。昔、新宿駅の1日の各鉄道の合計乗降客が300万人を越え、世界一であると聞いたことがある。最近の数字がどうなっているのか知らないが、過密のせいにばかりしないで、運行の遅れの原因を突き止めて、対策をきっちり立ててもらいたい。そのうちに大きな事故につながるようなことは避けてもらいたいものだ。
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