鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

トヨタの苦難に乗じて再び甘い汁を吸おうとする評論家の存在を許すな

2010-02-28 | Weblog
 週刊文春3月4日号に「トヨタプリンスの真実」と題してノンフィクション作家の佐藤某なる人物が6ページにわたって、米議会の公聴会に出席した豊田章男社長の人となりを書いている。豊田社長がマスコミ嫌いで記者の夜討ち朝駆けも受け付けない経営者で問題だ、と指摘しているのはいいとしても、後半は自分がかつてのトヨタ経営者の財界進出にいかに力を貸したか、の自慢話に終始しており、トヨタの受難に乗じて大物ぶりを誇示したいだけの噴飯ものとなっていて、そんな記事を掲載した文芸春秋社の見識が問われることとなりそうだ。
 「トヨタプリンスの真実」は2週にわたって掲載されたようで、前週は豊田社長の幼少期のエピソードを中心に書かれ、後篇では豊田社長は就任以来、記者会見に対してつとめて避けるような姿勢が目立っており、トヨタで恒例となっていた年末年始の記者会見をとりやめてしまったほか、アナリスト向けのIRセミナーも担当役員を控えさせて答弁させたり、海外でのIRセミナーの開催についても否定的で、これではトヨタを率いるには疑問が残る、と指摘している。
 ここまではいいとして、後半では筆者が過去のトヨタ経営者の財界への進出にあたって、紹介の労をとり、めでたく豊田章一郎氏が経団連会長になることができた、といかにも自分の功績であると自慢たらたら、の文章が続く。しかも日本航空の会長に豊田英二氏が就任していれば、JALはいまのような事態に追い込まれていなかっただろう、とも書いており、財界の首脳の間のメッセンジャー的な役割りを果たし、さながらフィクサーだった、とも言わんばかりで、鼻につくことおびただしい。
 名古屋財界からも置かれた豊田市のトヨタ自動車の経営トップが日本の財界のトップになるには政財界はじめ数々のルートをたどったうえでの結実で、佐藤某なる人物の紹介したルートはそのうちのほんのわずかの貢献をしたのに過ぎないことだろう。一般に人にものを頼むのに他にも多くのことを依頼していることなど明かさないだろうし、頼まれた本人にはあとでうまくいった場合にはそれなりのお礼をして謝意を示す。頼まれた本人は自分だけが頼まれたと思っているが、頼んだ方は他にもいくつか頼んでいることなどおくびにも出さない。佐藤某はそんなことは考えもしないで、俺がやったのだ、と思いこむ。さしずめ、佐藤某は自己顕示欲が強いから、他にもいくつものルートがあったなどとは考えもしないのだろう。おめでたいのは佐藤某である。
 仮に財界への橋渡しをしたにしても普通はこうした話を公にしないもので、増して自慢めいて話したり、さらには一般に販売される週刊誌に公然と書くようなことはしないものである。そっとしまっておくのが礼儀でもある。この意味で、佐藤某の神経は変わっている、としか思えない。そんな神経がないからこそ、世に評論家づらして顔をさらしていられるのかもしれない。
 佐藤某なる人物はトヨタ、GM提携のニュースを報じ、新聞協会賞を得た特ダネ記者であり、その縁でかトヨタに関する著作を数冊も書いており、一時はトヨタ御用記者として有名だった。そのイメージがあるせいで、今回のトヨタ車のリコール問題で、NHKテレビやTBSテレビにコメンテイターとして出演するなどトヨタ関連で名が売れているのは事実。ただ、中国関係の取材で現地の企業の未公開株式を譲渡され、奥さん名義の株式を所有していたとして、その不見識ぶりがマスコミで取り沙汰されたことがあり、ダーティなイメージがある。
 今回の論文でわかったことはいまのトヨタ首脳からは佐藤某がかつてのように重用されていないことで、佐藤某は「俺の言うことを聞かないからこんなことになるのだ」と暗に脅かしているのだろうが、いかにもその手法は古い。そんな前近代的な手法に易々と乗ってしまったのが週刊文春で、乗らなかった豊田社長を改めて見直した。トヨタの苦難に乗じてまた甘い汁を吸おうとしている佐藤某のような輩がのさばるから日本のマスコミは信用されないのだろう。
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金メダルが2つあったらよかったのにと心底思った

2010-02-27 | Weblog
 日本期待の女子フィギュア、浅田真央がライバルの韓国キム・ヨナの前に完敗を喫した。日本時間の26日カナダ・バンクーバーで行われた女子フィギュア決勝シングル・フリー演技で、金メダル本命のキム・ヨナが最高の演技をした直後に登場した浅田真央はラフマニノフの「鐘」の音楽に乗って、順調に滑り出し、得意のトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を2回も決めて、逆転可能か、と思わせたが、演技中盤で思わぬミスが出て、結局キム・ヨナに大差をつけられて、念願の金メダル獲得はならず、銀メダルとなった。
バンクーバーオリンピックは始まってみれば日本中がその話題で持ち切りとなり、国会で何が行われているか、あれほど騒がしかった民主党の小沢幹事長の政治資金問題も一時忘却の彼方に行ってしまった感もあるほどだった。開会式直後の女子モーグルの上村愛子が4位入賞のあと男子スピードスケート500mで長島圭一郎と加藤条治が銀、銅メダルを獲得したのに続き、男子フィギュアの高橋大輔が銅メダルとなり、残るは浅田真央に期待がかかってきた。24日行われたショートプログラム(SP)では2位につけ、キム・ヨナとは
4.72点差と逆転可能で、26日のフリー演技はテレビの前に釘付けとなった。
 浅田真央の直前に滑ったキム・ヨナは最高の演技をみせ、SPとあわせた得点は228.56点と過去最高を記録し、浅田真央にプレッシャーを与えることとなったようだ。演技を終えた浅田真央は自ら演じたミスを自覚してか、審判の得点が出るのを待つ間、厳しい表情を浮かべていた。で、出た得点は205.5とキム・ヨナと大差がつき、完敗とあいなった。その後のテレビインタビューで、感想を聞かれ、「長かった。あっという間だった」と答え、その意味を聞かれた浅田真央はしばらく泣いた後に「自分の出来ることはできた」と悔しさをにじませた。
表彰式でもその悔しさを引きずり、リンク脇でキム・ヨナが銅メダルのカナダのロシェットが出ていくのを拍手で送っている横でムッとしていたが、さすがに名前を呼ばれて、ニコッとして表彰台に向かった。表彰式でもあまりにこやかな表情は見せず、その後のインタビューでも「自分の演技ができなかったので心残りがある」とか、「プレッシャーはなかったけど、フリーで2つのミスをしてしまったのが悔しい」と答えていた。
その後数時間してからのインタビューでは落ち着きを取り戻し、「嬉しさもありながら悔しさもある複雑な気持ち」、「メダルを取ることができたのでよかった。トリプルアクセルが3回跳べたので誇りに思いたい。挑戦してよかった」といつもの笑顔が戻っていた。
 この女子フィギュアには抽選で選ばれた9人の審判が審査にあたったが、そのうち6人は欧州から、1人は韓国、1人はオーストラリア、1人はカナダからで、日本からは選ばれなかった。審判がつけた採点からこれも抽選で2人の採点分が省かれ、残る7人の付けた点のうち最高点と最低点が省かれ、5人の採点の平均が得点となった、というが、韓国の審判が入っていたということは浅田真央には不利だった。フリーの演技構成の基礎点では浅田真央が64.60点で62.25点のキム・ヨナを上回っていたのだが、各審判にはこれまでのキム・ヨナの演技の残像があった、ということだろう。
 それとトリプル・アクセスを2回も跳ぶという前人未踏の技をこなして、目に見えない疲れが中盤で出てしまった、ということなのだろう。浅田真央自身も初めての経験で思わぬ乱れが出た、というしかないだろう。いまの採点方法では仮に浅田真央がミスなく跳んでもキム・ヨナには追い付かなかったかもしれない。トリプル・アクセルという難技をこなしても3回転ー3回転の無難な技をする方が評価が高い、という採点方式にも問題がありそうである。
そうした問題は置いておいても、浅田真央銀メダル獲得には日本中が沸き立った。通う名古屋の中京大学には大応援団が大型ディスプレイの前で声援を送ったし、演技時間には全国各地で人だかりが見られた。新聞の号外も発行されたし、午後6時のNHKテレビのニュースもいつもより拡大して2倍の20分となり、そのうち15分は浅田真央の報道だった。
考えてみれば、オリンピックで銀メダルを獲得することだって素晴らしいことである。浅田真央の場合、金メダル確実といわれていたので、銀メダルでは負けたような気がするが、あれだけ期待がかかっての銀メダルは立派なことである。前回のトリノオリンピックで金メダルを獲得した荒川静香の得点は191.34点だった。キム・ヨナという稀代の選手と遭遇したのも浅田真央の運命といえるのかもしれない。
 演技終了直後に涙を出して悔しさを前面に出した浅田真央は負けず嫌いの性格なのだろう。キム・ヨナに完膚なきまでに叩きつけられた感じで、日本国民のだれしもが浅田真央以上に悔しい思いを抱いていることだろう。この気持ちをぜひ4年後のロシア・ソチのオリンピックにぶつけ、金メダル獲得につなげてほしいものだ。
一連の浅田真央関連の報道のなかで、韓国のおばさんが「金メダルが2つあったらいいのに」と話していたのが一番印象に残った。そんなことができればよかったのに、と心底思った。

追記 26日午後1時半頃からの浅田真央のシングル・フリー演技の視聴率は関東で36.3%、関西で33.9%、瞬間では関東が46.2%、関西が46.3%と最近にない高い数字を記録し、日本中が沸き立った事実を裏付けた。街中では携帯のワンセグで中継を見る姿が目立っていたというから、実際は数字以上に関心があった、と思われる。
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どんな局面であっても経営者たる者、ビジネスの場で涙を見せてはならない

2010-02-26 | Weblog
 トヨタ自動車の豊田章男社長が米下院監視・政府改革委員会の公聴会で証言し、トヨタ車へのリコール問題への対応が遅れたことについて率直に陳謝したことや、米国に安全担当役員を置くことなどを表明したことから、表面的には好意をもって受け止められている。ただし、米議員の「今回の問題をいつ知ったのか」との問いに対して「昨年末」と答え、重大な問題がトップにまで報告されていなかったトヨタ社内組織が露呈するなどど今後に禍根を残すこととなった。
 公聴会では豊田社長は冒頭に英語でこれまでに至る経過のなかでの対応の遅れを陳謝するとともに、今後こうした問題を再発させないために米国に安全担当役員を置いたり、安全対策の検証に品質管理の外部アドバイザーを起用し、第三者の声を反映させるなどの対策を表明した。また、今回のリコールで、顧客の車を修理する間に代車のレンタカーを借りた場合にはその費用もトヨタが負担することも表明したようで、大方にはその率直な姿勢は好意をもって受け止められたようである。
 ただ、米議員から「今回の欠陥隠しの急加速に関する苦情を知ったのはいつか」との質問に対し、豊田社長は「社長就任前でよくわからない」としたうえで、「昨年末」と答えた。昨年秋には米運輸省の担当者がトヨタ本社を訪れ、トヨタのエンジニアから事情聴取しており、こうした重要な事項の報告がトップにまで上げられていないことが判明した。米国の企業では考えられない企業組織のあり方で、トヨタのトップの資質が問われることにもなりかねない。
 また、トヨタのトップが公式の場で陳謝し、自らの非を認めたことは訴訟社会である米国で今後、どのようなことに発展していくのか、予想がつかない。ユーザーがトヨタ車の欠陥を申し立て、損害賠償などの訴訟に持ち込んだ場合、米議会の公聴会でトップが自らの非を認めていることが証拠として言及されるような局面がないとも限らない。米国ではどんな局面になっても謝らない、という風土なので、どういう形で今回の発言が持ち出されるのか、想像がつかない。今回、豊田社長が公聴会に出席するにあたって、数人の識者が「謝らないこと」を指摘していたが、その声は届かなかったようだ。
 それと、公聴会を終えた豊田社長がワシントンのナショナルプレスビルで開かれた米国トヨタの販売店や工場の従業員約200人が催した慰労会に赴き、「私は公聴会でも1人ではなかった。トヨタの仲間が私を支えてくれた」と語ったところで、声に詰まり、感極まって沈黙するシーンがあった。この1週間、米公聴会へ出席することでハードスケジュールをこなし、状況把握に数々のヒアリングや会議を行ったり、草稿を練ったりした苦労が自らの頭をよぎり、本人ながらなんとか公聴会を乗り切った安堵感が一気に噴出したのだろう。
 続いて、米ディーラーの歓迎のあいさつを聞くうちに涙が茫洋と流れてきて、その姿をテレビカメラで捉えられるところとなってしまった。子供のように泣きじゃくる表情が25日夕、日本中の茶の間に流れたことは間違いない。
 トヨタ本社だけで7万人、全世界では50万人以上に及ぶトヨタグループを率いるトップが米公聴会の証言を終えて感極まって、涙を浮かべたとの事実は歴史に残るものである。確かに豊田社長にとっては生涯で初めて経験する試練の場であったのは間違いないだろう。しかし、世界のトヨタにとってこれしきの場はこれからも何回も遭遇する局面であり、この程度のことで涙を見せていてはとてもこれ以上の局面を乗り切っていくことはできない、と思われてしまうことだろう。
 男たるもの、人前では涙を見せないものである。どんなにつらいことがあってもぐっと感情を押し殺して、冷静に事にあたるのが男である。増して、事はビジネスである、涙なんか見せたら、そこに付け入れられて、相手のペースに巻き込まれてしまう。トヨタグループの社員が社長の涙する姿を見て、うちの社長はなんて人情家なんだろう、と喜ぶものなのか、逆にこんな人に経営を任していてわが社は大丈夫なのだろうか、と不安を感じるに違いない。
 トップとしての帝王学を学んでいない人がトップに座ることはその企業にとって悲劇である。
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たかだか年6億円の収入にしかならないネット新聞に未来はない

2010-02-25 | Weblog
 先日、電通が発表したところによると、2009年の日本の広告費は前年より11.5%減の5兆9222億円と過去最大の落ち込みを記録した。なかでもインターネット広告が7069億円となり、初めて新聞広告の6739億円を上回り、テレビに次いでナンバー2の広告メディアになったことが注目される。広告減少に悩む電通の策略的な匂いを感じるが、そんな状況を読んでか、日本経済新聞が来月23日に「日本経済新聞電子版」なるネット新聞の創刊を発表した。
 電通のまとめによると、07年に7兆191億円を記録した日本の広告費は」08年には前年比4.7%減となったんい続き、09年はさらに減少幅を拡大する2年連続の減少となった。メディア別では、テレビが」10.2%減の1兆7139億円、新聞が18.6%減の6739億円、雑誌が25.6%減の3034億円、ラジオが11.6%減の1370億円ととりわけ雑誌の落ち込みが激しい。
 インターネット広告が雑誌広告を上回ったのはつい2~3年前で、それからあっという間の躍進で、テレビに次ぐ2大メディアになってしまった。ただし、雑誌広告を抜いた時にも指摘されていたが、インターネット広告には広告制作費なるものが含まれていて、雑誌広告には制作費が含まれていないし、もちろん新聞広告にも含まれていない。電通が意図的にインターネットの広告の伸びを強調するために無理やり統計の取り方を仕組んでいる感がある。それでも09年のインターネット広告の伸び率は1.2%とここ数年ではもっとも低いものとなっており、インターネット広告が伸びたというより、テレビ以下のかつての4大メディアの広告が落ち込んでいることによる側面のが強い。インターネットが伸びたというより、新聞、雑誌に出されていた広告がインターネットに置き換わった、というべきだろう。
 そんななか、24日に日本経済新聞がネット新聞の創刊を発表した。当初噂されていたネット新聞だけの購読料を月5000円から1000円下げたようであるが、それにしても日経ネットではただで読めていたものを1カ月4000円払って読もうとする人がいるとは思えない。
 しかも紙の新聞を購読している人には月1000円で読める、としているが、これとてそんなにいるとは思えない。せいぜい5万人もいれば御の字だろう。月1000円でネット新聞を購読する人は4000円で紙の新聞を購読できるが、そうなるといまの4383円との差額の383円は新聞販売店が負担するのか、日経本社が負担するのか。さらには公取の再販売価格維持制度に抵触することはないのだろうか、疑問が残る。
 米国ではウオール・ストリート・ジャーナルが紙の価格の3分の1程度の価格でネット新聞を販売している。それを紙の価格とほぼ同じ価格で販売するのはネット新聞のなんたるかをおよそ理解していない価格設定である。
 有料でネット新聞を購読する人はせいぜい5~10万人いればいい方だろう。仮に上限の10万人としても、まず4000円で購入するひとはおらずほとんどは紙との併読だろうから、それから得られる収入はわずか月1億円で、年にしても12億円である。このうち40%は本社負担なので、実質6億円そこそこである。年間6億円程度の収入では購読者管理などかかった経費のほんの一部をカバーすることにしかならないだろう。
 ネット新聞を創刊するのはいいが、その裏の経営判断はお粗末限りない、と言わざるを得ない。ここからは新聞社の未来はとても見えてこない。
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子会社の社員の解雇通知をした以上、辞めざるを得ない

2010-02-24 | Weblog
 かねての知り合いのFさんのことである。Fさんは務める会社の役員でありながら、数年前に自ら新規プロジェクトの責任者となって、子会社を立ち上げ、格好がつくところまで持ってきたが、一昨年来からのリーマン・ショックの直撃を受けて、プロジェクトを撤収せざるを得なくなった。そんな折りにFさんが会社を辞めるとのうわさが入ってきて、まだ先行きの姿が見えない段階で、おかしいいな、と思っていた。で、Fさんにその真相を聞いたところ、「子会社の社員に首切りを伝えた以上、辞めざるを得ない」と答えられ、なんとも言えない感動に襲われた。
 Fさんの新規プロジェクトは海外にも関係するもので、ローカルな人材を日本へも連れてきて、グローバルな展開をし、一時は300人以上も社員を抱え、売上高こそグループ全体の1~2%を占めるにいsか過ぎなかったが、地味な会社のなかで脚光を浴びる活動はしばしば新聞雑誌の取り上げるところとなった。Fさんはたった1人で、海外と行き来し、海外法人の設立からローカル人材の育成、教育、日本での戦力とするための日本語教育など獅子奮迅の活躍をみせ、なんとか形を整うところまで持ってきた。
 ところが、リーマン・ショックの直撃で、本社すら水面下経営を強いられるところとなり、それまでFさんのプロジェクトの成長を温かく見守っている余裕がなくなり、子会社は自立を求められるようになってしまった。そこで、Fさんは大規模なリストラに踏み切り、本社さえ行っていない一時帰休や、ローカル社員を本国に戻す事実上の解雇にまで手を付けざるを得なくなってしない、プロジェクトも一時中断の憂き目をみることとなってしまった。
 グローバル展開していたプロジェクトも形だけ残すこととなり、Fさんも後進に道を譲る形をとり、日本に来ていたローカル社員も本社へ転籍することで、一応の整理がついた。
 そんな折り、Fさんが会社を辞める、とのうわさが入ってきて、まだこれからFさんの手腕を発揮してもらわない、といけないのになぜ、との疑問が頭に浮かんだ。
 Fさんは「ローカル社員に解雇の通告をしてきた以上、その責任者としては辞めざるを得ない」とポツリと語った。一時は300人いた子会社の社員が約100人に減ってしまったのだから、200人に解雇を言い渡したことになる。子会社といっても小さな所帯なので、業総務のほとんどをFさん自身がこなしてきて、そうした形でこのプロジェクトは回ってきた。まして、面倒な解雇の言い渡しはFさん自らこなしたことだろう。なかには家族あげて泣きついてきたり、訴訟をちらつかせて抵抗したローカル社員もいたことだろう。そんな苦労をだれにも告げずにこの1年せっせとやり遂げてきたのがFさんだった。
 聞いて、そんなFさんの苦労を思いやると何も言えなくなってしまった。ある時、Fさんのプロジェクトをどうするか、を協議している時に珍しくFさんが気色ばんで「一体、だれがやるのですか」と怒ったことがあった。いまから思うと丁度、Fさんがローカル社員に順次解雇通知をしている最中だったのかもしれない。もう、その時にはFさんの辞任の決意は行われていたのだろう。
 「子会社の社員に解雇通知をする以上、辞めざるを得ない」なんて思う本社の役員がいるだろうか。Fさんはエネルギッシュで、計数感覚にも通じていて、経営手腕もある。それなのにこんなウエットな面を持っていたとは意外だった。そんな人こそ、会社に残っていてほしいのだが、そうはいかないのがこの世だ、と思った。
 Fさんの今後のご多幸を切に祈りたい。
 
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災い転じて福となす、牛乳の膜でバリウムの害を防いでくれた

2010-02-23 | Weblog
 22日は東京・霞が関の霞が関ビルにある診療所へ、年に1回の人間ドック検診に行った。朝5時頃起きて、いつも飲んでいる牛乳をついうっかり飲んでしまって、実は前日の24時から水分を摂るのを禁止されていたことを思い出した。人間ドックは20年くらい前から定期的にこの時期に検診することに決めており、慣れているはずなのに禁じ手を犯してしまうのは年のせいかとも思ったが、だからといって仕切り直しをする気にもなれず、牛乳といってもほんの2、3口程度なので、影響はないだろう、と思って出掛けることにした。
 朝9時受け付けということで、ぎりぎりの時間に行くと、週明けの月曜日のせいか、例年より人が多い。待合室で20分くらい待たされてから、まず簡単な確認で、ここで2回も「朝から水分や飲料を口にしていませんね」と聞かれた。1回目に答える前に正直に言おうかな、待てよ、もう一度日程を組んで来るのも面倒だな、と思って、言い淀んだのを見透かされたのか、念を押されてしまった。しかも、最初の血圧の測定の際にも、違う係の女性から同じ質問を受けて、今度は即座に「はい」と答えることができた。
 人間ドックの検査は目、聴力、、尿、レントゲン、バリウム造影による内臓検査、腹部エコー、心電図、血液検査などで、牛乳を摂ったことによる影響がでそうな項目は血液検査くらいで、結果が出た段階で釈明すればいい、と覚悟した。あと、水分を摂ったことによる変化はバリウム造影検査くらいか、と思ったら気が楽になった。
 人間ドックにかかるといっても会社の健康保険組合を通してのことで、以前は50歳以上だと毎年無料で受けられたが、OB健保となった昨年からは自己負担金が5000円となった。それでも保険がないと6万円かかるので、年に1回の健康チェックと思って定期的に受けるようにしている。都内近郊で30カ所くらいの契約医療機関があるが、会社に近かった霞が関診療所が便利だったので、ずっと利用してきている。
 都心にあるせいか、企業や役所の健康診断用に利用される機会が増えたのか、年々隆盛になってきて、以前なら1時間で終わっていたのが、最近は倍の2時間程度かかるようになってきた。年に1回しか利用しないが、流れ作業のように次から次へと来院するサラリーマンやOLをてきぱきとこなしているのを見ると、医療施設というより、立派な医療ビジネス法人という感じがする。だれか経営に長けた人物が裏で算盤をはじいているのだろう、と思わせる。病院に患者がいないのもさびしいが、こうひっきりなしに患者というか、受診者が現れると医もビジネスだ、と思えてくる。
 人間ドック検診を無事に終えて、霞が関ビルで朝食兼昼食を摂ってから、家に帰ったが、いつものようにバリウムを大量に排泄するようなこともなく、すんなりと胃に納まったようだった。いつもはバリウムが胃につかえてむかつくような感じがするのに、それもなく、どうやら牛乳が胃に膜を作ってくれて、バリウムのもたらす害を防いでくれたようで、怪我の功名で、バリウムの難から逃れられた。
 災い転じて福となす、とはこのことか、と思った。
 
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朝のジョッギングの際に再び手袋の片方を落としてしまって思ったこと

2010-02-21 | Weblog
 21日朝いつものようにジョッギングをして家に戻って、朝食を食べ、しばらくしてトレーニングウェアのポケットを探ったところ、黒い手袋が片方しかない。「あれっ」と思って、縄跳びをしたベランダを一渡り見てもないし、家中を探し回ってもない。この日は珍しく、かみさんと一緒にジョッギングしたので、安心していたのか、どうやら途中のどこかで落としたらしい。マンションに入る前にポケットからカギを取り出した際に落としたのか、とまずマンションの入り口を探したがない。
 ならば、ジョッギングコースを逆に辿るしかない、と思って、梶ヶ谷へ至る道を黒い手袋を探して見て回ったがない。すれ違う人なり、自転車の乗っている人の手袋にも注意してみたが、心当たりの手袋は見かけない。ジョッギングをした際には最後の全速力で走る梶ヶ谷手前のところまでは両手に手袋をしていたと思うので、そのあたりまで歩いて見たが、結局手袋は見つからなかった。
 実はジョッギング用の手袋を失くすのは2年ぶりのことで、その時もジョッギングコースを逆に辿ったが、見つけられなかった。この時の手袋は軽井沢のアウトレットで購入したブランドもので、失くしてがっかりして、もう高いものは買わない、としていたのに、かみさんが結構いいものを買ってきてくれたものだった。だから、以来失くさないように注意していたのにまた同じように失くしてしまうのだから、懲りないものだ、と我ながら情けなくなってきた。
 鈍想愚感子は小さい頃から、物を失くすことがしばしばで、周りからはそそっかしいと言われてきた。大きくなって、比較的物を失くすようなことはなくなってきてはいるが、ちょっとしたものはよく失くしてきている。数年前には立て続けに財布を落として、その都度取りに戻ってバスターミナルや、駅に取りに行ったりして大過なきを得たりしたことが再三あった。電車のなかに買ったばかりのものを置いたまま忘れて降りてしまい、結局出てこなかったこともある。百貨店のなかで、バーバリのマフラーを落としてしまい、誰かに拾われてしまったこともある。
 だから、街で小物の落とし物を見つけた際には近くの目につくところに置くか、掛けておくようにしている。冬場は手袋や帽子などがよく道端に落ちていることがあり、だれかに踏みつけられても可哀想と思って、近場の置いておけそうな場所に避難させてやる。落としたのに気がついて、戻ってきて探したら、すぐに目につくようにしてやろう、と思ってのことである。
 休日の朝でそんなに人通りが多くないので、そんな親切な人でもいれば、道端の木なり、塀にでも手袋がひっかけてあるのでは、と期待して行ったが、どうやら拾われていってしまったらしい。片方だけの手袋なんて使い道がないのに、と思うのにどうやら親切な人はいなかったようだった。
 昔、中国では道に落とした財布とか、物がだれにも拾われずにそのまま残されている、中国人というのは人の物には手をつけない民族である、それに引き換え、日本では一旦、落とされた物は二度と戻ってこない、と彼我の道徳心を比較して語られた話があった。いまの中国がそのまま清廉潔白な国民性を保っているかどうか、定かではないが、日本の道徳心がその後向上したような話は聞いていない。
 せめて、手袋くらいは落ちていたところの近くの目立つところに置いておくような風習を培ってもらいたいものだ。
 
 
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世界金融危機を克服するのは他者を思いやる気持ちと説くジャック・アタリ

2010-02-21 | Weblog
 欧復興開発銀行初代総裁、ジャック・アタリ著の「21世紀の歴史」と「金融危機後の世界」を読んだ。リーマン・ショック以後の世界経済の動きを解き明かしてくれる本がいまひとつ見当たらなかったのが、書店で世界金融危機を予見した書と帯に出ていたので、読んでみよう、との気になって購入した。ざっと読んでボヤッと金融危機のからくりが理解できたような気がしたが、最後に著者が「他者の幸せは自らの利益であることに気づいてこそ、人類は生き延びることができる」となにやら宗教めいたことを述べているのが面白かった。
 ジャック・アタリは2035年よりも前にアメリカ帝国による世界支配は終焉し、次いで超帝国、超紛争、超民主主義といった3つの未来の波が次々と押し寄せてくる、と予言する。また、世界の太古からの歴史を振り返り、13世紀から世界の中心はブルージェ(ベルギー)、ヴェネツイア、アントワープ、ジェノヴァ、アムステルダム、ロンドン、ボストン、ニューヨーク、ロサンジェルスと移り変わってきたことを振り返る。
 ジャック・アタリは今回の世界金融危機の根源はシステムにあり、一部の人間の欲望とその他大勢のパニックが相互にショック反応を起こし、シェークスピア悲劇のようなある種の抜き差しならない状況に陥ったと分析する。危機へと導いた一連の出来事はアメリカをはじめとするすべての先進国における社会的不平等の拡大からスタートした、とも見る。今回の金融危機は金融機関が一斉にCDS(投資家が企業の債務不履行を回避するためのクレジット・デリバティブの一種)やCDO(債務担保証券)など一般には容易に理解しがたい商品を開発して、むやみに市場拡大を図ってきたことが、危機をコントロール不能な状況に追いやった、ともしている。
 結論として、ジャック・アタリは「G8」を「G20」、ないしは「G24」に拡大し、その「G20」なり、「G24」を国連の安全保障理事会と合併し、経済的権力と政治的正当性の機能をまとめあげて、「世界ガバナンス理事会」を設立し、「国際通貨基金」、「世界銀行」、その他の国際金融機関をこの「世界ガバナンス理事会」の権限のもとに置き、ささやかな世界統治システムを構築することを提唱している。
 そして、ジャック・アタリは最後に今回の危機からの教訓として、次の4つの真理を確認したい、と述べる。ひとつは「我々各自が社会的制限なく身勝手に行動すると、自らの利益だけを追求し始め、その果てには自らの子孫の利益さえ奪い取ってしまう」、2つには「他者の幸せは自らの利益であることに気づいてこそ、人類は生き延びることができる」、3つには「いかなる種類の仕事であれ、労働だけが富を得ることを正当化できる」、4つには本当に希少なものとは”時間”である。人々の自由時間を増やし、人々に充実感をもたらす活動に対しては特に大きな報酬がもたらされるべきである」としている。
 世界金融危機に冷静な分析をしている著者が最後には宗教家めいた言説を唱えていることに意外な感じを持ったが、言われてみれば最後は人の問題につきてくる。ただ、最後の”時間”にはちょっと違和感が残った。後進国の貧しい人々にとっては時間より、生きるための希望といったものなのではなかろうか、と思った。
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仲代達矢主演の「ジョン・ガブリエルと呼ばれた男」を見て、日本の演劇はいまや老人文化だと思った

2010-02-20 | Weblog
 19日は東京・三軒茶屋の世田谷パブリックシアターでの「ジョン・ガブリエルと呼ばれた男」を観賞した。気になる俳優の仲代達矢最後の舞台となるかもしれない、とどこかで書いてあったので、見る気になった。ネットで申し込んだので、演劇そのものの予備知識はヘンリック・イプセン原作以外何もなく、入口で渡された資料を見ると、公演の内容を記したものは何らなく、入口に戻ってチラシを手に取って、初めて4人だけの芝居であることがわかった。平日の午後にもかかわらず、仲代人気か、満席で、さすがに若い人はちらほらで同年代層が多かった。
 幕が開くと、ロシアを思わせる北寒の地のとある家の応接室に長椅子を挟んで黒ずくめの女性が正面を見て黙って2人離れて立っている。一瞬、文楽の黒子か、と思ったが、持ってきたオペラグラスでみると、4人のなかの大空真弓と十朱幸代である。しばらくして、セリフを話しだし、2人は姉妹で8年ぶりに再会し、姉の子どもであるエルハルトの親権をめぐって、諍いを越こしていることがわかる。
 その2階には姉の夫のジョン・ガブリエルなる男が書斎にこもったまま、8年間もの間、出てこないことが明らかとなる。仲代達矢演じるジョン・ガブリエルはかつては銀行の頭取を務めたが、悪事に手を染めたことが暴露されて、告発され、5年間拘置所に、そして3年間刑務所に置かれ、ようやく釈放されたものの社会的には葬り去られたまま、世間的には失意のうちに沈んでいる。が、本人はいずれ、冤罪が晴れ、名誉は回復されることを信じて疑わない。そんなガブリエルの数少ない友人のフォルダル(米倉斉加年)が訪れてくるが、ささいなことから売れない詩人だとなじり、喧嘩別れしてしまう。
 そこへ現れた妹のエルラが甥のエルハルトを手元に戻してほしい、ジョン・ガブリエルに頼み込むが、そこへ姉のグンヒルが来て、「そんなことはさせない」と怒鳴りこんでくる。ところが、肝心のエルハルトは隣人の伯爵夫人に惚れ込んで、恋の逃避行に出かけてしまったことが判明し、しかもジョンの友人のフォルダルの娘も連れていってしまったことも判明する。
 このことに喜んだジョン・ガブリエルは雪のなか、荒野のなかに彷徨い出て、遂には凍死してしまう。見果てぬ夢を追いかけながら、はかない息子の将来に望みを託して、死んでしまうのは男たるもののはかなさを言いたかったのだろうか。イプセンは19世紀のノルウエーの劇作家で、ノラで有名な「人形の家」の作者であるが、悲しい男女の生き様を描いた人くらいしか知らない。この「ジョン・ガブリエルと呼ばれた男」も運命に翻弄sらえる男の悲哀を描いた劇ということなのだろう。
 仲代達矢の演技はうまいのだろうが、発声から動作から以前に見た「ドン・キホーテ」の主人公とだぶって見えてきてしまう。77歳でいまだに第一線の舞台に立つのはすごいことで、本人は「最後の覚悟で舞台に立つ」と言っているようで、その迫力は伝わってきた。共演の妻と恋人の姉妹に大空真弓と十朱幸代が起用されたのは年齢からして仕方ないのだろうが、米倉斉加年を加え4人とも70代近辺の俳優ばかりで、観客もそのあたりの人ばかりで、日本の演劇文化は老人で持っているような気がしてきた。
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米公聴会への出席を渋る豊田社長に社長失格の烙印

2010-02-19 | Weblog
 トヨタ自動車の豊田章男社長が2月下旬に開かれる米議会の公聴会への出席を渋っていることが問題となっている。トヨタ車に対する一連の問題について改めて企業トップに真意を質したい、との米国議会の意向に対して、トヨタは社を挙げて逃げているわけで、企業トオプといsてはあるまじき行為とも思えてくる。米国では企業のCEOは絶対的な権力を持っており、当面する問題から逃げるような経営者はありえず、トヨタは経営不在と見られてもい仕方がないだろう。
 17日トヨタ東京本社で行われた記者会見で米運輸省道路交通安全局(NHTSA)が法的に資料提出を請求してきたことに対する社長コメントを求められると、回答したのは佐々木真一副社長で、「誓って、米国の法令や社会通年でやっていけないことは一切していない」と答えたが、海外メディアを含む約290人の記者団の納得は得られず、堪らず記者団は米公聴会への出席を尋ねたが、豊田社長は「公聴会への出席者は北米トヨタの稲葉社長が一番適任だから召喚された、と思う。私は本社でバックアップしたい」と答え、満場の失笑を買った。
 米運輸省の関係者が「今回の調査の究極の意図はトヨタ自動車に制裁金を課すかどうかを見極めることだ」と語っており、そもそも米議会は一連のリコール問題に対するトヨタ社の対応が適切だったのかを問題視いるというのに、トヨタ社のこの対応はなっていない。今回のリコール問題が発覚した当初は技術担当の役員が「技術的には問題なく、運転者の感覚の問題だ」と突き放した発言をしていたのも問題といえば問題である。
 一北米地域の社長がトヨタ全体の戦略なり、技術的な問題について、米議会で答えられるものなのか、置かれた状況を考えれば一目瞭然である。なのに、トヨタ自動車はあくまでも社長を温存しよう、と考えているようで、外から見ると、社長はまだ経営者として見識を備えていないから、ここは公聴会への出席を見合わせよう、としているようにしか見えない。
米国では一般に企業の抱える問題を一手に引き受け、解決を図るのがトップの役割りで、社長たるものはそうでなくてはならない、と考えられている。だから、トヨタ本社の問題を一地域の社長が代わって答えるなどは論外である。日本の企業トップは周りが支えて、御神輿的に座っているだけなどという理解はまるでない。
 大政奉還で、トヨタ家の御曹司の豊田章男氏を社長に迎えたのはいいが、これまでの1年間、帝王学はおろか、碌に社長としての修練を積んでこなかったことの証左と受け取られても仕方がないだろう。
 今回、トヨタ自動車の役員がマスコミの記者会見の場に現れて、その話しぶりなり、挙措をテレビで見ることが増えたが、どの役員もそこいらの部長クラスの風貌しかしていなくて、とてもこれがあのトヨタ自動車を引っ張る役員なのか、と目を疑うようなことが多かった。随分昔になるが、松下電器産業の役員陣がズラリと並ぶ場に居合わしたことがあったが、どの人もおよそ上場トップクラスの企業の役員であるような感じがしなくて、同族企業の役員はこんなものか、と思ったことがあったが、次々と出てくるトヨタの役員の顔を見ていて、そのことを思い出した。
 世界に冠たるトヨタ自動車の役員といっても、GM(ゼネラル・モータース)を追い抜いて世界一となってからは目標もなく、単に世界シェアを増やすことだけに邁進し、もっぱら社内政治に明け暮れてきたのではなかろうか、という体たらくである。
 米マスコミのトヨタ社に対する批判はこんなものではないだろう。公聴会への出席を渋る豊田社長はおよそ企業トップとしては失格である、との烙印すら押されねない状況となっている。豊田社長は「出席は先方からのご指名によるので、その段階で考えたい」としているが、もはや公聴会への出席はトヨタ社の命運をかけかねないところまできている。 

追記 19日朝になって、トヨタ自動車は米公聴会への豊田章男社長の出席を発表した。豊田社長の「ご指名があれば、出席する」との言明を受けてか、米議会下院の監視・政府委員会のタウンズ委員長が24日に開く公聴会に豊田社長を正式に招致し、19日朝(日本時間20日朝)までに回答を求めたたからである。しかし、これまでの経緯から、豊田社長が米議会の公聴会で毅然たる意見の表明ができるかははなはだ心もとない。日本国内のトヨタ寄りというか、トヨタに弱いマスコミや政府と違って、満面敵に囲まれた中で冷静に社長としての会社のヴィジョンなり、対応を話せるとはとても思えない。しかも、米国内には出席に至るまでの豊田社長優柔不断な対応は記憶に残っており、ここでも経営者失格の烙印を押される事態を引き起こすことが目に見えている。
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