鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

ノーベル化学賞受賞の鈴木北大名誉教授が「セレンデュピィティ」と意味深い表現したのに注目した

2010-10-08 | Weblog
 7日は日本中が前日夜に決まったノーベル化学賞受賞の鈴木章北大名誉教授と根岸英一米パデュー大特別教授の2人の話題に沸いた。いつもは難しい受賞の研究内容が液晶や薬品の製造に使われている親近感もあって人となりにまで掘り下げた報道が目立っていた。相変わらずの景気低迷に日中間の尖閣諸島の領有権問題や検察をめぐる不祥事など、このところ暗い話ばかり多かっただけにそうした話題を一時的にでも忘れることのできる格好のテーマとなったようだ。そのなかで、鈴木教授がNHKテレビのインタビューのなかで「ノーベル賞受賞に至った理由は」と聞かれて、「セレンデュピィティ」とおよそいままで聞いたことのない英単語を述べたのが気になった。
 早速、英和辞典を引いてみると、「Serendipity」なる綴りで、訳は「当てにしないものを偶然にうまく発見する才能」、もしくは「掘り出し上手」と書かれてあり、日本の漢字熟語にはなりにくい訳となっていた。英語の単語の成り立ちなるものがよくわからないが、「seren」が「自ら」を意味するとしたら、「dipity」は「detection」の発見に多少とも近いのかな、とも思ったが、どういう組み合わせでかくなる意味になるのか、よくわからなかった。そこでウェブスターの英英辞典を引いてみたら、1754年にホレース・ワルポールなる作家が書いた物語「セレンディプの3人の王子」のなかで偶然に幸運な発見を行う才能を持つ王子のことが書かれているとあり、この物語からそうした能力を「セレンディピィティ」と言うようになった,と書かれてあった。ウェブスター英英辞典には「serendip」とはセイロンのことだ、とも書いてあり、これではまるで語源的意味はないことがよくわかった。
 それにしてもまず通常の会話でこうした英語に接することがない単語を鈴木教授がなぜ知っていたのかにも興味が沸いたが、ノーベル賞を受賞するほどの実績を持っている人の口からかくも意味深い言葉が発せられることに驚いた。
 鈴木教授は研究者として常に研究をし続けることが大事だ、と説き、幸運に恵まれることも大事だ、と話したうえで、この「セレンデュピィティ」なる言葉を発した。こうすればかくなる、とのある程度の確信を持って努力をすることが必要だが、ある段階からは核心的なところを自ら探り当て、手繰り寄せなければならない。だからといって、必ず成果が生まれるものではない、そこには幸運という要素があるのだ、ということを言いたかったのだろう。
 人間、努力しない者のいは幸運も訪れないし、幸運が転がっていてもそれに気がつかなけければ逃げていってしまう。政治学者のマックス・ウエーバーが「プロティスタンティズムと資本主義の精神」のなかで「天は自ら助ける者を助ける」と言っているが、それに通じるものともいえよう。
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見当違いの請負代金請求裁判も第3者が引き受けてケリがついた

2010-10-07 | Weblog
 6日は東京・霞が関の東京地裁へ裁判の傍聴に出かけた。午後1時30分から630号法廷での「おもだか」なる会社がハイデルベルグ・ジャパンを請負代金請求で訴えている民事裁判を傍聴することにした。まず被告側のハイデルベルグ・ジャパンの取締役だった中年の女性が証言台に立ち、2年前に毎年作成している販促用カレンダーに歌舞伎役者を登場させることにし、アム・アソシエーツなる代理店を通じて「おもだか」とカメラマンの「みなもと」社に仕事を発注したものの、その代金が払われていない、という内容だった。
 その割りには「おもだか」用に企画書を作成してプレゼンしたり、仕事を受けた方はあくまでもハイデルベルグ・ジャパンから発注を受けたものと思っていたようなふしがうかがえた。ただ、アム・アソシエーツの担当者がいないので、詳細なやりとりについては双方が勝手に思い込んで、仕事を進めてきたような感じだった。広告の掲載ならともかく、業者に直接仕事を頼むようなことでも広告代理店が間に立って仕切ることがありうるのか、とかく広告の世界は契約書なしの口約束だけで物事を進める風習なので、わかりにくい面がある。
 証言を聞いているうちに「おもだか」は歌舞伎の市川猿之助一派を率いる「おもだか屋」の「おもだかで、いわゆる歌舞伎界のエージェントであることが判明した。証人に立った役員らしき人はどことなく市川猿之助に風貌が似ており、いかにも歌舞伎の世界に生きている感じだった。驚いたのはわずか6枚のカレンダー用の写真を撮るのに歌舞伎役者6人を動員して、500枚もの写真を撮り、そのなかから立ち居振る舞い、光線の具合いなどから6枚を選択したというが、その撮影代金が90万円で、「おもだか」が請求した金額は600万円にものぼった、ということだった。なんでも衣装、小道具だけでも支払いは200万円にも及んだ、という。ただ、その金額を決めたのは代理店のアム・アソシエーツとの間で、アム・アソシエーツに請求したところ、払ってもらえないので、ハイデルベルグ・ジャパンに請求するに至った、という。
 ハイデルベルグ・ジャパンはすでに840万円をアム・アソシエーツに支払っているので、問題はアム・アソシエーツが支払わないのかということで、「おもだか」はなぜアム・アソシエーツに請求しないのか、疑問に思っていた。
 で、最初から被告席に座っていた杖をついた髭面の老人が証言台に立って、問題のアム・アソシエーツの代表取締役社長であることを告げ、「ハイデルベルグ・ジャパンのカレンダーは毎年当社が企画して制作にあたってきた。今回のプロジェクトは大幅な赤字だったので支払いが遅れている。関係者に申し訳ない。いまでも払わなければならない、と思っている」と詫びて、すべてが氷解した。ただし、いまは経営が芳しくないようで、「払えない事情にある。来年春にはなんとかしたい」とも述べた。
 ハイデルベルグ・ジャパン側は「責任ゼロ」と主張し、ことはアム・アソシエーツが引き受けることで一件落着した。最後に裁判長も「何事もこういくといいですね」と判決の日時を告げていた。
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町田シャープ会長が「もう日本には頼ってはいられない」と決別の辞

2010-10-06 | Weblog
 5日は東京・大手町の日本経済新聞社で開かれた「景気討論会」へ行った。司会の小孫日本経済新聞編集局長がいつもの「日本経済の現状をどう見るか」ではなく、いきなり「今一番気になることは」とパネラーの町田勝彦シャープ会長らにふったので「あれっ」と思った。町田会長が「円高の影響」をあげたのに続いて、他のパネラーが「景気の下ぶれのリスク」や、「欧米諸国の日本化現象」、「世界的な金融引き締め」などがあげられたところで、司会が携帯端末を見ながら「日銀の包括的な金融政策の概要がわかりました」といって、その内容を披露した。丁度、この日は日銀が円高阻止のため、金融政策決定会合を開いている最中で、実況中継の形でその内容が明らかとなった。
 たまたま、4人のパネラーのうち2人が日銀OBということもあって、直ちに日銀の追加金融緩和措置についての評価が下されることとなった。日銀が決定した内容の詳細は聴衆は一切知らず、その内容が①無担保コール金利を0.1%から0~0.1%と実質ゼロ金利とする②これを消費者物価が1%になるもで継続する③向こう1年間、民間の所有する国債、CP、社債などの買い入れのため35兆円規模の基金をつくるーーなどといったいままでにない踏み込んだもので、早速ペーパーなるものがパネラーに配られ、その評価が聞かれた。パネラーは一様に「オールインワンで、評価できる」、「デフレ対策として一歩踏み込んだもの」とのコメントが語られ、会場は緊迫したムードに包まれた。
 いつもはどこかで見たり、聞いたようなコメントが羅列されることの多い景気討論会がにわかに生々しい取材現場と変わった。司会の小孫編集局長は「みなさんは取材のシーンを見ているようなものです」とコメントしていたのが印象的だった。
 その後は気の抜けたような日本経済や海外経済の現状の話が展開されたが、はじめが余りにも生々しかっただけに迫力を欠いたものとなったのは仕方がなかった。いつもなら予めシナリオが作られ、それに沿って議論が展開していくのだが、今日ばかりは途中でシナリオが放棄されたかのように話題があちこち飛んでいるような感じを受け、議論がやや散漫に推移したのは否めなかった。
 そのなかで異彩を放ったのは町田会長で、司会から「政府に何を期待するか」と聞かれて、「もう日本には頼ってはいられない」と言い放ち、自ら「決別の辞」と言った際には会場はどっと沸いた。そして、「これからは『地産地消』で、消費者のいるとことで生産していく。たとえば、イタリアで太陽電池を作り、中国で液晶を生産する。2番目にはビジネスモデルをものづくりからサービスまで手掛けることに変えていく。3番目には新しい需要を創造する」と高らかに宣言した。
 町田会長は胸元のポケットからシャープが年末に発売する携帯端末「ガラパゴス」を取り出し、「これはアップルのiPADより優れた機能を持っている。電子新聞が自働送信されてくることや、縦書きの書物が読める」と言ってチャッカリ自社製品のPRを始めた。これには聴衆は大喝采で、この種の催しでは珍しく拍手を浴びていた。
 景気討論会は毎回4人のパネラーのうち1人は必ず会社経営者を入れているが、自ら経営に携わっている経営者の声や、パフォーマンスは説得力があり、評論家のコメントとは違ったものがある。この日の町田会長もねらい通り、歯に衣着せぬ発言で地味な景気討論会が面白いものとなった。 
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泣く子と地頭(税務署)には勝てない?

2010-10-05 | Weblog
 先週、川崎北税務署から一通の通知書が送られてきた。開けてみたら、所得税の延滞税を払えというもので、8月10日に平成19年度と20年度の所得税の修正申告した際に不足分の税金を払ったので延滞税は課からないと思いこんでいたので、一瞬そんな馬鹿なことがあるのか、と思った。ただ、よく内容を読むと、それぞれの法定納期限から起算されているので、そんなものか、と思ったものの、延滞税そのものが納付の連絡が遅れるにつれて金額が増えていく仕組みとなっていることに我点がいかず、税務署に問い質した。
 この所得税の修正申告は平成19、20年度の確定申告の際に3男を扶養家族として申請したところ、その後3男の所得が基準を超えていたことが判明して、その分の所得税を追徴されることとなったことによるもので、税務署によれば親子間の連絡ミスできちんと申告していれば追徴されることもなかった、という。確かにその通りだが、ことが判明してから今年3月には川崎市役所から過年度所得の修正に伴う市民・県民税の追徴、6万6200円也の請求があり、払った。それから5カ月経った8月10日になって、川崎北税務署から所得税の修正申告の通知が来て、20万5000円ばかりの税金納付を強いられた。
 その時に「過少申告加算税及び延滞税が加算される場合があります」との一項があったものの、「延滞税は修正申告書を提出した日までに納付しなければなりません」となっていて、具体的な払い込み通知書もなかったので、払わなくていいのかな、と思っていたら、甘い期待にしか過ぎなかった。
 その旨、担当者に抗議すると、「誤解を受けるような文言でした」と電話口で謝られたものの、追徴税については「本来の趣旨から言って、請求通り払って下さい」とのことだった。
 延滞税の趣旨は理解できたが、税務署側の連絡が遅れれば遅れるほど延滞税の金額が増えていくことについては納得できなかった。所得が確定してから決まる市民税・県民税の修正納付については3月に連絡が来ているのに、本家の税務署からの修正申告の連絡はそれから5カ月も遅れてきている。担当者は「事務処理に手間どって、遅れてしまった」と言うだけで明確な説明をしなかった。そうしたやりとりをした日の午後に、まるでやりとりを見透かしたかのように速達で過少申告加算税の納付通知書が送られてきた。
 3男の住所は横浜区旭区で保土ヶ谷税務署管内で川崎北税務署との連絡、コンピュータ事務処理がスムーズにいっていれば、少なくとも市民税・県民税と同じタイミングで修正申告の連絡ができたはずである。2年間の延滞税は総額9000円なので、遅れた5カ月分を差し引くと納付金額は7000円弱となる。あくまでも「5カ月分は認められない」と突っ張ると、最後には坦当者「その分請求書の金額を書き直し、差し引いて払って下さい」と言いのけた。もちろん、こちらの言い分を認めたわけでなく、根負けした形ではあったが、コンビニでのバーコード読み取り方式の払い込み票がそれで通るわけがない。
 一税務署の問題ではないので、藤沢税務署に納税者支援調整官なる人がいて、そうした横割りにかかわる問題を聞いてくれる、というので、電話して問題を訴えたところ、「確かにその通りで、そうした声があることは上にあげて検討させてもらう」と少しはましな回答を得ることができた。だからといって、延滞税をまけてくれることにはならなかったが、少しは溜飲を下げることができた。
 最期にその調整官に「市民税に比べて連絡が5カ月も遅れることは異常ではないか」と確認したが、さすがにうんとは言ってくれなかった。
 昔から泣く子と地頭(税務署)には勝てぬというが、今回は税金について学習させてもらった、ということなのかもしれない。
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意味深長なタイトル通り、心に残る佳作の「野のユリ」

2010-10-04 | Weblog
 NHK衛星テレビで放映していた「野のユリ」を観賞した。1963年に社会派のラルフ・ネルソン監督によって制作された作品で、主演のシドニー・ポワチエはこの映画でアカデミー主演男優賞を獲得した聖書のマタイ福音書にある「野のユリがどうして育つのか、よくわきまえなさい。働きもせず、紡ぎもしません」から採ったタイトルに込められた社会の底辺で働く人々の気持ちを大切にしなさい、というメッセージは十分に伝わってきた。
 米アリゾナ州の田舎道を黒人の青年がドライブするありふれたシーンから「野のユリ」は始まる。一体何が始まるのかと期待を持たせる。エンジンの調子がおかしいようで、過熱気味のエンジンを冷やすべく、適当な水汲み場を物色すると、丁度修道院らしきものが目に入り、修道女が数人たむろして作業を行っていた。「水をいただけませんか」と主人公の青年が頼むと、修道院の院長らしき高齢の女性が「神のお恵みです。あなたを神が遣わしてくれた」と大げさに出迎えてくれる。周りの修道女たちもにこやかに出迎えてくれ、単なる水もらいだけでいいのにと思っていると、「屋根が壊れているので修理してほしい」と懇願される。
 ちょっと立ち寄っただけで、「とんでもない。急ぐ旅だ」と言っても聞きいれてくれない。それでも振り切って、水をもらって引き上げようとして、ハンドルを切ったものの、相手は宗教に身を捧げている修道女で、気がとがめて戻ってきて、「ちょっとしたアルバイトなら」と断って、屋根の修理をやり遂げる。
 大いに感謝され、夕食をと誘われ、ともに食事をするうちに彼女たちははるばるヨーロッパから布教のため米国へ渡ってきた敬虔で、心清らかな修道女たちであることを知り、粗末な食事の背景にとんとおカネがないことも知る。同情はするものの、院長にアルバイト料を請求してもそんな財政状況にないことを知り、いつか逃げ出さなくてはと思いながら、一方ではけなげにメキシコ住民たちに熱心に布教活動しているのにほだされて、ついつい手伝う羽目に陥っていく。
 そんななか院長は主人公に「教会を建てる」ことを命じるが建築のためのセメントや木材など材料をすべて寄付で賄うことを知って、尻ごみするが、固い信念を持ってなにが何でも教会を建てるのだ、という院長に引きずられて、たった一人で建設にとりかかる。最初は見向きもしなかった周囲のメキシコ人たちは主人公の健気な姿勢にうたれ、次第に協力するようになり、彼らのおかげで教会は見事完成する。
 メキシコ人たちと完成を喜びあっているうちに主人公はなんぜか空しい気持ちが募ってきて、修道女たちと聖歌のアーメンを合唱するなか、一人さびしく修道院を去っていくところで、ジ・エンドとなる。
 一人で教会を建てるつもりが、結局みんなで建てることになり、最初の苦労もどこかに吹き飛んでしまい、喜びも半減してしまった空しさをかみしめながら、アクセルを踏んで去っていく主人公に宗教とはそういうものだ、とでも言いたかったのだろうか。「野のユリ」という意味深長なタイトルといい、なにか心に残る佳作であった。
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シーズン幕開けの舞台を飾るにふさわしい豪華で楽しいオペラ「アラベッラ」

2010-10-03 | Weblog
 2日は東京・初台の新国立劇場でリヒャルト・シュトラウスのオペラ「アラベッラ」を観賞した。30分前に会場へ着くと、着飾った紳士淑女の列が2階の入口まで続き、いつもより華やいだ雰囲気が会場周辺に満ち満ちていた。会場入口には新国立劇場の係員が立って、お客を出迎えているような様子が見られたり、2階の前から3列目中央に座ってパンフレットなどを読んでいると、最前列の中央附近に蝶ネクタイの正装姿の銀髪の男性が夫婦で隣の外人夫婦に挨拶しており、周りを見るとやたら外人のお客が多い。どうも諸外国の大使クラスを招いているようだった。「アラベッラ」は別にオペラの定番ではないし、出演のオペラ歌手が有名な人なのか、とも思ったが、確かめようもなかった。
 幕が上がると、19世紀オーストリア・ウィーンのとあるホテルの一室で、貴族のヴァルトナー伯爵の奥さんが女占い師と陽気に娘のアラベッラの婿がだれになるか、占ってもらっている場面から始まった。オペラにしてはテンポの早い、浮かれた調子のやりとりで軽快に始まったが、舞台の造りから、なにやら豪華な雰囲気だけは伝わってきた。そこへアラベッラを恋するマッテオが登場し、アラベッラが冷たいと嘆くのをアラベッラの妹で男姿になっているズデンカが慰める。実はズデンカはマッテオに恋しており、なんとかアラベッラとの仲がうまくいくようにと願って、偽の手紙を書いてはマッテオに送っていた。そこへ登場したアラベッラは狩りの帰りか、スポーティな姿で期待を裏切るが、両親の望みを適えようとして謝肉祭の舞踏会で独身に別れを告げよう、と決意する。
 ここで休憩となり、ロビーに下りて行こうとしたら、開幕前に見かけた銀髪の紳士が連れだって2階奥に設けられた特設のコーナーに消えていった。幕間をぬって簡単な立食パーティでもするのだろう、と思って階段を降りかかったら、下から小泉元首相が登ってきて、すれ違い、その特設コーナーに入っていった。オペラ好きの要人を招待しているのは何事か、と一層謎が深まった。
 第2幕は幕が開くと、豪華な宮廷の舞踏会の舞台が目の前に広がり、驚嘆の声が湧きあがった。華やかな衣装をまとった紳士、淑女が舞台に現れたなかで、アラベッラ役のミヒャエラ・カウネがブルーの豪華なドレスを纏って現れると会場から「ホーッ」というため息ともつかぬ歓声があがったほどだった。カウネの会場に響き渡る素晴らしい美声も加わって、まさにオペラを満喫する、といった雰囲気が満ちた。クロアチアに広大な農園を所有するマンドリカが両親から送られたアラベッラの写真に一目ぼれして、求婚する。かねて王子さまが現れることを望んでいたアラベッラはこれぞ神のお告げ、と思って即座にOKし、それまでアラベッラに求婚していた男性陣に最後の別れを告げていく。
 ところが、それでもアラベッラに想いを寄せるマッテオにズデンカが「アラベッラからだ」と言ってホテルの部屋のカギを渡して、夜に忍んでくるように言う、しかし、そのカギは実はズデンカの部屋のもので、それを陰で盗み聞きしていたマンドリカは怒り、心頭に達し、舞踏会の途中にいなくなったアラベッラの行方を捜そうとする。
 休憩となり、改めてパンフレットを読み返して、パンフレットの冒頭に文化庁長官の挨拶が載っているのを見て、先ほどの銀髪の男性その人であるのを知り、この「アラベッラ」が2010年のオペラシーズンの開幕の演し物であり、この日は初日であることがわかった。それで仰々しく、会場あげて祝っているのだ、ということでようやく状況が呑み込めてきた。
 第3幕は再び、ホテルの入口で、アラベッラとの密会に満足したマッテオが煙草をくゆらしている。そこへ帰ってきたアラベッラの姿を見かけて、不審に思うが、声をかけても以前と同じくそっけない。おかしいな、と思っているところへマンドリカが帰ってきて、2人の姿をみかけ、カッとしてなじるが、2人は何のことかわからない。アラベッラの父親も怒ってマッテオに決闘を申し込む。
 そこへネグリジェ姿で駆け込んできたズデンカがことの真相を打ち明ける。驚いた両親にアラベッラは妹の思いを理解して、マッテオとの仲を許すように頼む。事が治まって、アラベッラは冷静にあんるべく、マンドリカに一杯の水を所望して、部屋に引き取る。一切の事情の原因は自らにあると悟ったマンドリカは打ちしおれて、ホテルを出よう、とするが、アラベッラに対する思いを断ち切れず、再びロビーに戻り、ソファに座り込む。
 しばらく間があき、部屋から出てきたアラベッラはソファにうずくまるマンドリカの姿を見つけ、声をかける。お互い、勘違いで誤解していただけに再び思いを確かめあった2人は手をとりあって階段を登ったところで幕となり、最後はめでたしめでたしとなった。
 オペラシーズンの幕開けを飾るにふさわしい豪華で、楽しいオペラであった。今回、衣装を担当した森英恵が最後のカーテンコールで呼ばれて、舞台上から挨拶して観客の拍手を浴びていたのも珍しいことだった。シーズン幕開けだからこそ体験できたセレモニーであった。
 
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練習こそが成果を生むことを実証してみせてくれた落合中日ドラゴンズ

2010-10-02 | Weblog
 1日、プロ野球で中日ドラゴンズが念願のセリーグ優勝を成し遂げた。残り1試合となって、まだ9試合の残している阪神タイガースの結果待ちとなって、阪神にマジック8が点灯してから、最下位の横浜ベイスターズに9回逆転負けして、逆に中日にマジック1が点いた1日、前日のリリーフエースの藤川を投じての敗戦が尾を引いて、広島に完封負けとなり、中日が戦わずして優勝となった。セリーグ制覇は4年ぶり7回目であるが、3年前にリーグ2位でクライマックスシリーズを勝ち上がり、日本一となっているが、この時にはルール改正でリーグ制覇はあくまでも巨人ということになっていて、日本一にはなったものの、セリーグ制覇はならなかった。その悔しい思いを今回晴らしたわけで、これで落合ドラゴンズは指揮を採った7年間で、リーグ制覇3回と日本一1回という輝かしい記録を達成したことになる。
 2日付けのスポーツニッポンの一面はパリーグを制したロッテで飾られていたので、ジョギングがてら梶ヶ谷駅の売店に行った。さすがに5部くらいしか置いてなかった東京中日スポーツ紙を買い求め、ほとんどの紙面が中日優勝の記事で埋められていて、中日ファンとして楽しく読ませてもらった。
 落合監督は1日のNHKテレビでも「7年間鍛えてやってきたので、その成果が出た。鍛え方が違うので、後半になれば他チームがへばってくるだろうから、と思っていたらその通りとなった」と語っていたがシーズン当初の戦い方を見ていて、とても優勝するなどとは思えなかった。確か、対巨人戦で、中継ぎで登板した高橋投手が相手打者の気迫に呑まれて絶好球を投じ、見事に打たれて負けてしまい、「こりゃだめだ」と思ったことを覚えている。その高橋投手が浅尾、岩瀬と並ぶストッパーの役割りを果たし、勝利の方程式を確立したのだから、選手というのは試合を通じて成長していくものだ、と実感した。
 ことしはシーズンはじめから3連覇の巨人を独走し、ぶっちぎりで首位を突っ走ったので、今年も巨人かな、と思っていたら、シーズン半ばに阪神が持ち前の強力打線でのしてきて、一時は首位に躍り出た。ここの頃から投手力で5試合連続完封のプロ野球新記録を達成した7月中旬あたりから中日が走り出し、特に分の悪かった対巨人戦に連勝しだして、9月初旬には首位になり、そのまま逃げ切ってしまった。競馬でいえば、鮮やかな先行抜け出しである。
 攻撃陣では昨年のホームラン、打点王のブランコは年間通じて好調ではなかったものの、森野、和田が終始高打率で得点源となり、故障した井端に代わって若手の堂上直倫らがカバーし、キャッチャーの谷繁もフル出場できなかった穴を小田らが埋め、まさしく全員野球で乗り切った。
 落合監督は3冠王を3度とるなど選手として傑出した成績を残しているが、その割りには練習きらいで通っていた。しかし、それは表面だけのことで、実はこっそりと練習していたことがあとになって判明した。監督になってからも1にも2にも練習が持論で、中日は12球団1の練習量を誇り、落合監督自身も自らバットを持ってノックする姿がしばしば見かけられている。
 谷繁選手が言ったことを人を通じて聞いたことがあるが、落合監督の頭の中のストライクゾーンは選手時代からテレビでよく見る縦横3つの9ゾーンでなく、餅を焼く網の目のように細かく仕切られている、という。それぞれの目にくるボールを左右に打ち分ける、という。それが縦から来たり、左右から来たり、下から浮き上がってきたりするうえ、球種はカーブあり、フォークありだから、それこそ千差万別である。3回も3冠王となるだけのバッティング技術を持っており、こと打撃に関してはどんな選手も教わるしかないことだろう。
 そこから出てくる勝負勘だけに余人にはないものがあるのだろう。7年指揮を採って4回も頂点を究めることなど並大抵のことではない。おカネに任せて選手をかき集めてくる巨人のようなチームではなく、群小の中日ドラゴンズを率いてのことだからなおさら価値がある。
 よく名選手必ずしも名監督ならず、と言われるが、こと落合監督に限ってはその限りではないことだろう。まだ、クライマックスシリーズ、日本シリーズと闘いは続くが、その採配のさえをみせてもらいたいものだ。
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企業の独立役員の意義を強調する東証の姿勢に違和感を覚えた

2010-10-01 | Weblog
 30日は東京・有楽町の東京国際フォーラムで開かれた東京証券取引所が主催した「独立役員セミナー」に出席した。東証が昨年12月に全上場企業に確保を義務付けた独立役員なるものの意義を訴えるいわばPRセミナーで、1500人入るCホールはほぼ超満員。それもほとんどが黒っぽいスーツの男性ばかりで、数年前に横浜で開かれた監査役協会のセミナーでも東急のみなとみらい駅のエスカレーターから会場までぎっしりと黒ずくめのスーツの一団が連なっていったのを思い出し、日本の企業はつくづく男社会だな、と思ったことだった。
 セミナーではまず主催者の意向を受けて神田秀樹東大教授が独立役員なるものが設置された経緯とその意義を強調することから始まった。続いて、資生堂の前田新造社長が自社の10年ヴィジョンを紹介しながら、独立役員の果たす役割とガバナンスについて講演し、最後にいま売り出し中の橘フクシマ咲江氏などを講師とするパネル。ディスカッションが行われた。そのなかで独立役員は社外役員より高位の概念だとするいささか疑義ある見解が表明されるなどの点はあったが、全体としては「不祥事の防止と企業の発展をもたらすうえでの使命は重い」とか、「企業の幅広いステークホルダーの代役として、企業の持続的発展を促すのが独立役員の役割り」などと独立役員の責務について認識を新たにしてくれて、それなりに意義あるセミナーではあった。
 ただ、終わってみて、東証が独立役員の確保を義務付けた背景に「内外から一般株主の利益を確保してほしいとの要望を受け入れてのこと」との事情があったとの説明があり、この日の講師に財務金融の関係者が多かったこともあって、やたらと一般株主の利益云々との言及があったのが妙に引っかかった。
 企業が発展するのは何も一般株主だけに必要なことではない。第一義的には従業員であり、第二義的には取り引き先や産業・社会のためであり、株主はそのあとのことである。株主が求めるものは配当であり、「タッチ アンド ゴー」の株主は特にその傾向が強い。利益が出たからといって、そのまま配当に回るわけだはなく、その前に考慮しなければならないことがある。企業にとって、そんな株主への利益より優先させなければならないことがある。
 東証が上場企業に対して独立役員の確保を求めるのは一般株主の利益への配慮からでなく、企業としてまずするべきことを行うとの観点から推進すべきことだろう。上場企業を預かっている以上、株主への配慮をする立場はわかるが、企業のあり方からアプローチすべきことだろう。
 どうも東証が独立役員の確保を求めたのは金融庁の意向を受けてのことだろうが、本来法務省あたりが音頭をとって、上場の如何を問わず日本の企業のあり方として、独立役員の設置をすべきだ、と会社法の改正から入るのが筋だった、と思う。
 証券市場優先で物事を決めると得てして、本来の大義が失われることがあるが、独立役員の設置はさしずめその典型だろう、と思った。
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