鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

実際にはありえないけど、そうであってほしいと思って見られたドラマ「半沢直樹」

2013-09-25 | Weblog
 TBSテレビのドラマ「半沢直樹」の最終回の視聴率が42.2%と2年前に40%を記録した「家政婦のミタ」を抜いて歴代2位の記録を打ち立てた。銀行員が行内で上役からいじめられ、逆襲するという物語で、実際のサラリーマン生活ではありえないストーリー展開で、人気を呼んだ。主演の堺雅人は一躍トップスターの仲間入りとなったようで、劇中使われた「やられたらやり返す、倍返しだ」、「百倍返しだ」は今年の流行語大賞となるのは間違いないところだろう。
 「半沢直樹」は東京中央銀行の大阪の支店の融資課長で、支店長から命令された鉄鋼会社への融資、5億円を実行するが、すぐにその会社が倒産し、5億円が焦げ付くこととなる。金融庁の立ち入り検査にも引っかかり、5億円を取り戻さないと大変なことになる窮地に立たされる。そこで、半沢は鉄鋼会社の取引先の社長らの協力を得て、偽装倒産であることを暴き、見事、5億円を取り戻すことに成功する。
 そして、本店の融資部に栄転となった半沢は今度は大和田常務とホテル会社の再建をめぐって対立し、再度絶対絶命のピンチに立たされる。大和田常務はかつて半沢の父親の経営するネジ工場を倒産に追い込んだ張本人で、父親はそれが原因で自殺した永年の宿敵でもある。今回も金融庁の立ち入り検査があり、ホテル会社が再建できなければ半沢は出向を命じられる寸前のところまで追いつめられる。半沢は上司の大和田常務を前に「ホテルの再建が成った暁には土下座して謝ってもらいます」と啖呵を切るなど通常のサラリーマン生活では決してありえないシーンがあって、日頃同じように社内でいじめにあっているサラリーマンの共感を呼んだようだ。
 最終回の東京中央銀行の取締役会で、大和田常務の所業を暴き立てたあとで、半沢は大和田常務に対し、「ここでお約束通り土下座してもらいましょう」と迫り、宿敵の大和田常務に万座の場で土下座させる。頭取は「やり過ぎだ」と言うが、半沢は聞かない。こんなことはドラマの上でのことで、実際には起こりえないことである。
 その後、大和田常務は頭取から常務取締役から取締役に降格となり、半沢は周囲の2階級特進との噂をよそに子会社の東京セントラル証券に出向を命じられる。喧嘩両成敗で、上の者が優遇される、という実際の社会の尺度に合わせたもので、作者の池井戸潤も「原作通り」としているあたり、ドラマもバランスをとったようだ。
 「半沢直樹」は放送の初回こそ視聴率は19.4%だったが、その後回を重ねるごとに視聴率はアップし、記録を達成ることとなった。放送中、三菱東京UFJ銀行に行くことがあり、女性行員が「原作者の池井戸潤はうちにいたことがあるんです。みんな見ています」と言っていた。モデルになっている人もいそうで、銀行員からも支持を得ているところにもヒットの理由がある、とも思った。実際にはありえないとは思いながら、そうであってほしい、とでも思って見られていたのだろう。
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懐かしい名古屋タイムズ紙が廃刊していた、と知ってさびしい気持ちとなった

2013-09-24 | Weblog
 23日の毎日新聞で、茨城のナンバー2の新聞、常陽新聞が65年の歴史に幕を閉じ、廃刊した、との報道があり、このところ地方のローカル新聞のなかでもナンバー2の新聞が次から次へと廃刊しているとも報じていた。そのなかで最近の地方の新聞の廃刊紙が一覧表となって掲載されていて、08年10月に名古屋の夕刊紙、名古屋タイムズ紙が廃刊された、と出ていて驚いた。名古屋タイムズは日本新聞協会加盟社のなかで唯一の夕刊紙だったし、小さい時から愛読していただけにさびしい気持ちがぬぐえない。
 名古屋タイムズは新聞用紙が配給制となっていた1946年5月に創刊された夕刊専門紙で、いまの夕刊フジや日刊ゲンダイの先を行くローカルなお茶の間の娯楽新聞だった。名古屋は鉄道網が東京、大阪ほど発達していないのに60年有余も持ちこたえたのは特筆すべきことかもしれない。鈍想愚感子の実家は喫茶店を営んでいて、名古屋タイムズが主催する名古屋の喫茶店人気ランキングのベストテンに入って、親父が大喜びしていたのを覚えている。新聞に投票用紙が印刷されていて、大量に名古屋タイムズ紙を買い込んで投票していたのが実ったのだが、当時はコピー機などなくて新聞を買うしか手がなかった。
 記事のほとんどが地域に密着した人くさいもので埋め尽くされていて、子どもが読んでも面白い内容だった。全国的なニュースでも名古屋に関係した政治家、有名人の活躍ぶりやゴシップが取り上げられていて、親しみを持たせるような報道に徹していた。記者クラブに加盟してはいたが、特ダネ競争で名古屋タイミズが意識されるようなことはなく、独自な路線で紙面をい作っている、との印象は免れなかった。だからか、広告媒体としては魅力がなかったのかもしれない。そのことは廃刊したのがリーマン・ショックの直後だったことからもうかがえる。それと、インタ-ネットやツィッターの普及で、記事そのものの価値も失せていったのも大きかったのだろう、と推察される。
 名古屋にはもうひとつ日本で唯一のローカル経済紙といえる中部経済新聞があり、気になって、近況を調べたところ、部数は10万部弱と一応健在のようであった。ただ、資本構成にトヨタ自動車はじめ中部電力、松坂屋、など地元の企業が名を連ねていて、これでは公正な報道ができなくなり、地元財界の代弁的な役割りしか果たせなくなるのでは、と懸念される。
 以前はそんな企業が出資しているとの話を聞いたことがなかっただけに、どこかで経営状態が思わしくなくなり、地元企業からの出資を仰ぐことになったのかもしれない。大手の毎日新聞もかつて経営危機に陥り、財界からの支援を受けて新会社を発足させたことがあり、新聞社が外部からの支援を受ける例がないわけではないが、一般紙の場合はともかく、経済紙の場合、いかがなものか、という気がする。名古屋タイムズが廃刊となったいま、名古屋で唯一のローカル専門紙となっただけに中部経済新聞はぜひとも生き残ってほしいものだ。
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東日本大震災を東野圭吾ワールドに組み入れたミステリーで、一気に読ませた

2013-09-20 | Weblog
 東野圭吾書き下ろしの最新ミステリー「祈りの幕が下りる時」を読んだ。東日本大震災の被災地である仙台を舞台にとり、原発作業員に物語の重要な役割りをさせるなど3.11後の日本の姿を織り込みながら、いつもの東野圭吾流のテンポの良さで、犯人を追い詰めていくのはさすがである。放射能被害で原発作業員の命が縮むのを人間の命と引き換えに原子力発電が進んでいると表記するなど時代への風刺も込められた下りもあって面白かった。
 「祈りの幕が下りる時」は仙台のバーに曰くありげな女性が温泉旅館の女将を通じて雇ってほしい、といってきたことから始まる。主人と子供を残して家出してきたその女性は以来20年余りにわたって働き、その間、懇意にしていた男性と仲良くなった程度で、10数年けなげに勤めたあげく体調を壊してその女性は亡くなってしまった。身寄りもなく、雇い主のママはどこへ連絡していいかわからなくて困っていたところ、懇意にしていた男性から息子の連絡先を聞いて、電話をかけると息子は東野圭吾おなじみの警視庁捜査一課の加賀恭一郎という設定だった。
 話は変わって、都内小菅のアパートの一室で、40歳くらいの女性の他殺死体が発見され、彦根の介護施設対象にハウスクリーニングをしている会社の営業ウーマンだった。休みを取るといって2、3日休暇を取ったっまま消息不明となっていたのが見知らぬ男性のアパートで他殺死体となっていた。聞き込みの結果、中学生時代の友人が劇作家となっているのを知って上京し、その作家と会っていることが判明した。その劇作家は加賀刑事と以前に子供に剣道を教えるイベントで顔を合わせたことがわかって、加賀刑事と関わり合いが深くなっていく。
 殺された女性と劇作家の中学生時代の教師も行方不明になっていることがわかり、死んだはずの劇作家の父親が登場し、加賀の母親と懇意になったのがその父親であることが明らかとなってくる。
 しかも劇作家と父親は以前に死のうと思って北陸へ旅行した際にあるきっかけで原発作業員と知り合い、はずみでその作業員を殺してしまい、自殺を装い、父親が原発作業員に入れ替わり、世を忍んで娘に会うようになる。その過程で、加賀刑事の母親とも知り合い、亡くなった後も加賀の連絡先を娘を通じて調べ、バーのママに教えたことがわかってくる。
 劇作家は明治座で自ら制作した演劇「異聞・曽根崎心中」を公演中で、その公演を観に来た同級生が死んだはずの劇作家の父親とバッタリ顔を合わせたことが死への旅路となったようで、すべては父親が仕組んだ犯罪で、劇作家もそれに加担していたことが判明し、千秋楽の日に逮捕となる。
 加賀刑事が詳しかった日本橋の12の橋を毎月巡って、会うことにしていたことが大きなパズルとなっていて、謎を深めたあたり、読ませてくれた。
 一気に最後まで読み進むあたり、さすが東野圭吾と思わせるが、今回は正直あまりにも複雑に混みいっていて、いかにも出来過ぎた感がしないでもない。
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台風18号のなか出発した伊勢神宮の式年遷宮バスツアーは思い出深いツアーとなった

2013-09-19 | Weblog
 この16日から18日は式年遷宮で沸く伊勢の伊勢神宮のバスツアーに出かけた。近くの久本神社には数年前から平成25年の伊勢神宮の式年遷宮の幟が立っており、知らず知らずのうちに関心を持たされていて、今年はじめに東京・六本木のミッドランドで三重県の物産展が開かれていて、式年遷宮のこともPRしていた。考えてみれば、名古屋の生まれて伊勢神宮には高校生の時にサイクリングの日帰り旅行で伊勢神宮に行ったきりで、正式にお詣りしたことがなかった。ここはぜひとも行かなくてはと思い、7月にツアーでいくことにしていたのが、他の予定でつぶれ、ようやく念願が叶った。
 とはいえ、16日は台風18号の直撃で、家を出る2時間くらい前に台風が愛知県豊橋市に上陸し、外は暴風雨で、本当に行けるのかしら、という気になった。東海道新幹線は止まっている、という。それでも中止の連絡は来ないので、雨合羽を着て、傘をさして出かけた途端に強風にあおられ、とても傘をさしている状態ではなくなってしまった。雨合羽だけで、全身ずぶ濡れのようなまま、溝の口駅に着くと、なんとか電車は動いている。乗り込んで東京駅まで来て待っていると、バスは時間通りにやってきた。添乗員さんによると、定員いっぱいの42人、一人もキャンセルなく集合した、とのいことだった。
 雨の中、ほとんど通行のない東名高速道を行き、御殿場から東名第2高速道に入り、浜松あたりで空は晴れてきて、見通しは立ってきた。休憩を含み6時間かけて伊勢神宮の外宮のたどり着いた時には台風一過の快晴となっていた。早速、せんぐう館を覗いて、外宮を一回りして、伊勢神宮の厳かな雰囲気のなかお詣りし、この日は合歓の郷リゾートに宿泊した。
 2日目は伊勢神宮の内宮にお詣りを含め、おはらい町、およびおかげ横丁をたっぷり5時間かけて散策した。伊勢神宮の式年遷宮は西暦690年以来、戦国時代を除き1300年にわたって、20年ごとに行われてきている由緒ある行事で、今年で62回目という。原則として内宮(皇大神宮)、外宮(豊受大神宮)の2つの正殿、14の別宮のすべてを造り替えて神座を遷す。このとき、宝殿外幣殿、鳥居、御垣、御餞殿まで計65の殿舎のほか、装束、神宝、宇治橋なども造り替えられる、という。総費用は327億円と20年前の50億円から大幅に増えている。
 20年ごとに遷宮が行われることも初めて知ったが、20年前の1993年にこのように騒がれていたかというととんと記憶がない。お詣りが終わって、おはらい町、おかげ横丁に散策に及んだが、まるで銀座のような大変な賑わいぶりで、伊勢神宮の根強い人気を思い知らされた。まだ造営中とかで、正殿らしくないところで、お詣りしたが、それでも2000年の時を超えての厳かなたたずまいは伝わってきた。外宮ではお守りを購入しただけだったが、内宮ではお札を納める木造の飾り棚を購入して、家にお札を祀ることにした。
 3日目の18日は伊勢志摩スカイラインで弘法大師ゆかりの金剛証寺などをお詣りして、帰途につき、予定の午後7時より1時間以上早く東京駅に着いた。これで、ツアー料金は1人1万9800円と破格な値段で、どう計算してもこんな料金でいけるわけがない、お値打ちなツアーであった。季節を外してリゾ-トに泊まるということから設定できたのだろう。申し込んだ時には催行するのかどうかわからない、といわれた。バス旅行であることも忘れていて、結果的にはバス旅行であることが幸いして台風のなか出発し、あとの2日半は好天にも恵まれ、思い出深い旅行となった。あとになって16日に同じくJTBが主催した東京発で新幹線を利用した式年遷宮ツアーは新横浜から引き返して、キャンセルとなった、と聞いて、改めて幸運な伊勢神宮詣りのツアーだった、と実感した。
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「OPUS」(作品)というタイトルを冠した意味は音楽の虚構性(?)だったのか

2013-09-15 | Weblog
 14日は東京・初台の新国立劇場小劇場で、演劇「OPUS」を観賞した。米国の劇作家、マイケル・ホリンガーの作を小川絵梨子が演出したもので、米国の弦楽四重奏団ラザーラ・カルテットがホワイトハウスでの演奏会を前にメンバーの入れ替えがあったり、楽団員お互いの嫉妬や裏切りをコミカルに描いたもので、十二分に楽しめた。舞台が360度どこからも見られる設定でありながら、場面展開もスピーディで、あっという間に2時間が経ってしまった感じだった。
 いつものように開演前に携帯電話とアラーム時計の音消しの案内があったあとすぐに、席を求めて客が現われたかのように舞台に上がったのがカール演じる近藤芳正だった。チェロを持って舞台に上がり、楽器を取り出して、他のメンバーの段田安則演じるリーダーのエリオットらの登場を待っている。メンバーがそろったところで、いつものように練習に取り組む。4人がチェロ、ビオラ、ヴァイオリンをいかにも演奏しているように操り、バックミュージックに合わせる。一通り、練習が終わった段階で、リーダーからメンバーの入れ替えについて相談があり、女性のヴァイオリニストがやってきて、入団したい、という。そこで、弾かせたところ、上々の腕前で惚れこんだところ、実はオーケストラの楽団員への入団もあってどちらへ入ろうか、悩んでいる、という。 あまりにも身勝手な行動にあきれたメンバーは唖然とする。
 その数日後、心当たりの奏者に声をかけようとしたところ、先日の女性が「もう一度お願いします」と言ってきて、補充騒動はケリとなり、新たなメンバーでの練習に取り組むこととなった。それでも、いなくなったメンバーの消息がわからないことや、実はリーダーとやめたメンバーがホモだったことが判明したりする。また、カールの病状が進んでいることなど様々なことが起きたりする。
 それでもホワイトハウスでの演奏会めざして練習に取り組み、なんとか当日を迎え、大成功のうちに演奏を終える。そして、終わった途端にやめたドリアンが現われ、メンバーからリーダーのエリオットに代えてドリアンにしたい、と提案があり、カールはその理由としてエリオットの演奏レベルが低いことをぶちまける。失意のうちに楽器のヴァイオリンだけは持って帰りたい、というエリオットに対し、カールは怒って、そのヴァイオリンを叩き壊してしまい、幕となる。
 出演の役者のうち男優人はいずれも演技派をそろえたようで見ごたえがあった。た、だドリアン役を演じた加藤虎ノ助はNHKの朝ドラ「とりとてちん」で個性豊かな落語家を演じて一躍名を馳せたが、今回はホモの演奏家でやや持ち味が出なかったのが惜しまれる。
 最後にヴァイオリンを本当に叩き壊してしまうのには驚いたが、それよりも音楽には素人のはずの役者たちがバックミュージックに合わせていかにも演奏しているかのように演じていたのにも驚かされた。よくみれば実際には演奏していないことはよくわかるが、距離が離れていたりしたら、わからない場合もあることだろう、と思った。コンサート会場ではそんなことはできないだろうが、テレビのスタジオだったら、簡単に偽装できることだろう、と思った。その意味で「OPUS」(作品)というタイトルは意味深である、とも思えた。芸達者な5人の役者が演じた演劇は音楽の虚構性を示唆したのかもしれない。
 
 
 
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世界の巨匠となった、スタジオジブリの宮崎駿監督 引退の真相

2013-09-07 | Weblog
 スタジオジブリの宮崎駿監督が6日、東京・三鷹のホテルで引退会見を行った。ロシアのサンクトペテルブルグでG20首脳会議が、アルゼンチンのブエノスアイレスでIOC委員会が開かれている世界中から700人近くもの記者が集まったのに驚いた。長年にわたって数々の素晴らしいアニメ映画を制作してきた宮崎駿監督の人気がかくも高いものだと改めて実感させられた。引退の弁はこれまで5回も語られたことがるそうで、今度ばかりは本気だ、と力説していたのが面白かった。
 ところが、よく聞くと、長編アニメの制作から引退するということで、そのほかの三鷹の森美術館の運営などについては関わっていく、とのことで、全くの引退というわけでもなさそうで、曖昧模糊とした会見に終わった。宮崎駿監督によると、今回の作品の「風立ちぬ」の制作には前作の「崖の上のポニョ」から5年もかかっていて、体力の限界を感じたのがその理由だそうで、今後長編にとりかかったら、5~7年もかかることになり、とても自信がない、とも語っていた。ただ、宮崎駿監督自身は「中身は言えないが、まだやりたいことがある」と言って意欲を見せていたあたり、長編アニメの制作以外のことでは引退する気はなさそうである。
 今回の「風立ちぬ」ではいままでの作品と違って、主人公が堀越二郎という零戦を開発したエンジニアで、それに堀辰雄のロマンスを結びつけたようないってみればありふれたストーリーだった。子供に夢を与えるという路線から大きくはみ出していて、見ていて、違和感を感じた。宮崎監督の意図したものがどこまで貫かれたのか、疑問さえ感じた。アニメの制作の中身はよく知らないが、最後は体力勝負のようなことになり、スケジュールの関係で作品を仕上げざるを得なかった。土壇場で、宮崎監督の体力の限界を超えるようなものがあり、結果として監督の思ったものと違うようなものになってしまった、としか考えられなかった。宮崎監督が体力の限界と言ったのもそんなことだったのではなかろうか、と推察される。
 スタジオジブリは1993年にアニメ「ルパン3世」を公開以来、これまでに11本の長編アニメを世に送り出してきている。初めてスタジオジブリの作品を見たのは「風の谷のナウシカ」で、すっかりファンとなって、ほとんどの作品を見てきた。その「風の谷のナウシカ」は動員観客数は91万人で、興業収入は7億4000万円だった、というから、それから「千と千尋の神隠し」の観客動員2340万人、興業収入304億円と世界にはばたくビッグなプロダクションになったものだ、と改めて認識させられる。
 そんな大きなプロダクションになって、”子供に夢を与える”という当初の理念がどこかへ行ってしまったのではなかろうか。そんな原点に立ち返りたい、というのが引退を表明した真相ではなかろうか。
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いまこそ2024年オリンピックを沖縄で開催することを提案したい

2013-09-06 | Weblog
 あと数日で2020年オリンピックの開催地が決まるが、なぜあんなに国中、というかマスコミが大騒ぎするのか理解できない。発展途上国であるまいし、いまさら道路、交通機関などインフラ整備のためにオリンピックを誘致するわけでもなく、電通あたりが大稼ぎをねらって世論を湧き立てさせているのだろうか、とも思えてくる。安倍首相から猪瀬東京都知事、それになぜかグローバル的には無名と思われる皇室の高円宮妃久子さままで動員して、大挙して最後のIOC委員会が開かれるアルゼンチンのブエノスアイレスに乗り込むようだが、鈍想愚感子の見るところ、日本は負けてイスタンブールに決まる、と思う。
 その理由として、いまひとつ東京で開催する理由が理解されないことと、ここへきて福島原発の汚染水問題が危険な都市というイメージをもたれてしまったこと、さらには相変わらず国民の開催への支持率が低いことの3つがあげられる。世界からみれば、福島と東京がどれくらい離れているかわかる人はそんなにいないことだろうし、だれもロシアのチェルノブイリの近くでオリンピックを開催しようなどと思わないことだろう。1日300トンも放射能に汚染された水が海の流れていると聞くだけで、そんな国へ行くのはもちろん、近海で獲れた魚を食べようなどと思わないことだろう。決定間際になって、糊塗的な対策を立てたって、それで解決されたなどとだれも思っていない。
 そこで、東京誘致が失敗することを前提に次々回の2024年のオリンピックの開催地として、沖縄で開催することで国をあげて誘致活動に取り組むことを提案したい。沖縄なら福島から断然離れているし、これまで日本は沖縄に普天間基地はじめ米軍の駐留で過大な負担を強いてきた。いまこそ、、積年のツケを沖縄に支払うべき時である。オリンピックを開催することで、日本の他の地域に比べ遅れている道路、交通網のインフラを整備し、近代的な都市として発展することにも貢献できる。これまで沖縄が払ってきた犠牲を国をあげて償い、沖縄の国際都市への発展を促すことになる。
 あわせて沖縄が日本の領土であることを世界にアピールできるし、普天間はじめ米軍基地が都市のど真ん中に位置していることを見てもらい、いかに米軍が日本に過大な負担を強いているかをつぶさに見てもらい、国際世論の後押しのもとに米軍に是正を迫ることにも通じることになる。米国も世界の人に実情をみてもらって、なお沖縄に米軍基地を存続させることはいかにもまずい、という判断に傾くことだろう。
 さらには尖閣諸島の領有権問題についても沖縄が日本の領土をアピールすることで、尖閣諸島が日本固有の領土であるとの意思表示もできることになる。
 いまどき、オリンピックを過密都市の東京で開催する意味というのはもはやないといっていいだろう。東京以外で開催するというのなら、日本で開催する意味があり、そのなかでも沖縄で開催することは日本国民がもろ手をあげて賛成することだろう。これまで2012年に太平洋・島サミットを沖縄で開催したことがあり、これをオリンピックまでつなげていきたい、と思うものである。

追記 と思っていたら、日本時間の8日午前5時20分頃、2020年の東京でのオリンピック開催が決定した。東京は第1回投票で42票と1位を獲得し、マドリードとの2位決定投票で勝ったイスタンブールとの決戦投票で、なんと60票を取って圧勝した。第1回の投票でマドリードに投票された票のほとんどを獲得した、ということで、事前の鈍想愚感子の予想に反して、栄誉を勝ち得た。関係者の努力が実ったようで、ここはお祝いを述べるしかないだろう。日本全体としては勝つことでいいことの方が多いのかもしれない。ただ、政治家が何を置いても取り組むことか、という気がしただけのことで、もっと他に全身をかけて取り組んでもらいたいことがある、借り物の目標でなく、自ら考え、編み出したヴィジョンでもって、国民をリードしてもらいたい、との思いは変わらない。
 そこで、宙に浮いてしまった沖縄に対するツケのお返しはオリンピックに代わるようなものを考えて、ぜひ国をあげてやってもらいたいものだ。 
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非嫡出子の遺産相続が嫡出子と同等に、というのは象徴に過ぎない

2013-09-05 | Weblog
 4日、最高裁大法廷は結婚していない男女間に生まれた子(婚外子)の遺産相続分を、法律上の夫婦の子の半分とする民法の規定が憲法違反である、との判決を下した。この決定に沿って、民法改正などの手続きが行われることになったが、これで婚外子に関する問題はすべて解決されあたことになるか、となるといささかの疑問がないわけではない。今回は単に非嫡出子と認めた親の死亡に伴う遺産相続が改定されただけで、非嫡出子にともなう様々な問題については今後、ケースごとに訴訟になり、順次改められていいくことになるのだろうが、その都度議論されることになり、厄介なこととなりそうである。
 今回は具体的に非嫡出子の遺産相続となり、「法の下の平等を保証した憲法の規定に反する」として、嫡出子と同じ分の遺産を相続する決定がなされたが、「法の下の平等」の規定は非嫡出子のすべてに関わってくるとしたら、遺産相続の場合だけでなく、父親が生存している時に生まれてから成人するまでの養育費や、非嫡出子が病気になって働けなくなった場合にも同じように適用されることになる。その場合、非嫡出子の母親の生活状況が問われることになるが、具体的に収入がどれくらいあって、生計がどうなっているかが問われることとなろう。
 問題は父親が亡くなった時の遺産相続ではなく、亡くなる前の非嫡出子に対するケアが嫡出子と同じように愛情が注がれるか、ということにあるのではないだろうか。死んだ時にもらう遺産相続はあくまでも象徴的なものと受け止めるべきで、生前にも金銭的な保護を受けていたかどうかが問われるべきだろう。「法の下の平等」というのはそういうことなのだろう。
 遺産相続というともらうことばかり考えるが、逆に負の遺産、つまり借金があった場合には非嫡出子といえども嫡出子と同じように返済の義務を負うことも考えなくてはいけないことだろう。もちろん、そんな場合には非嫡出子であることを名乗り出ることなどはまず考えられないだろうが、法律的にはそういうことになる。
 いずれにしろ、黙っていては受け取れるべきものも受け取ることができないので、裁判に訴え出て、法廷で争ってのこととなる。となると、法的にそうふだといって、嫡出子と同じように権利が主張でき、自動的にもらえるものがもらえる、というものではにあ、ということを心すべきだろう。
 それと、出生届に嫡出子かそうでないかを記入する欄があるというが、非嫡出子であるとした場合、だれが父親であるかを、どうやって証明するのだろうか。DNA鑑定をして、父親がだれだれであることをどこかに届け出るか、その証明書を持っていて、なにかの時には示す、ということになるのだろうか。よほどの資産家でない限り、そんな証明書を書いてもらって常時保持していようなんて気にならないことだろうし、通常ではそんなことをするとは考えられない。
 要は子供を成す場合には男女いずれも相当な覚悟をもって臨みなさい、ということなのだろう。
 
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竜巻の科学的解明をするとともに、竜巻対策をきちんと立ててほしい

2013-09-03 | Weblog
 2日夕、埼玉・千葉両県の県境で大規模な竜巻が発生し、65人が重軽傷を負ったほか、547棟の家屋が被害を蒙った。スーパーセルという大規模な積乱雲のなせるわざのようで、昨年5月に茨城県つくば市でも同じような竜巻が発生しており、もはや常態化している感がある。従来、竜巻は大平原のある米国では当たり前のように起きている現象で、日本ではまず起きないとされてきただけに今回都市部のようなところでも発生したのに大きな驚きがある。なぜ竜巻が起きるのか、の科学的に解明し、今後竜巻に対しどんな対策を取ったらいいのかを早急に立てる必要がありそうだ。
 今回、埼玉・千葉両県下で起きた竜巻は規模の大きさもさることながら、全くの住宅街であったことに大きな驚きがあった。それと、同じように建っている住宅のなかでも全壊しているところと、屋根が飛ばされているところと、窓ガラスが割れただけのところと極端に差がついている。倒壊する前の状態が明らかとなっていないので、なんともいえないが、単に竜巻が通ったコースにあたっていただけではないような気がする。
 全壊した住居がどんな構造のもとに建てられていたものなのか、半壊した家はどうだったのか、屋根を飛ばされた家はどうだったのか、などを詳しく調べる必要がある。設計・建築した時の図面までさかのぼって調べ、今回の被害の状況と関連つけることができれば、今後の対策を立てるうえで、大きな参考となることだろう。おそらく、今回来襲したような竜巻に対する備えのもとに設計されていたとは、到底思えない。もともと東京を含む首都圏は台風被害の少ないところで、そうした防災対策はほとんど取られてこなかった地域だろう。
 しかし、2年半前の東日本大震災はじめこのところ、自然災害が各地で目立っており、住居の設計・建築にあたってはこうした災害への備えを考慮に入れて行わざるを得なくなっている。耐震設計はもちろんのこと、暴風雨、大雨などに対する備えも欠かせないことだろう。地方自治体でも住居の建築を許可する場合にはこうした自然災害への備えができているか、をチェックポイントとすることも必要になってくることだろう。
 それと連動して行わなくてならないのは今回のような竜巻の発生するメカニズムの解明である。スーパーセルが発生したら、直ちに竜巻が起きるものなのか、どういった状況になると竜巻なるものが発生するのか、そして、竜巻のコースはいかなる軌道を描いて進むものなのか、を科学的に解明し、事前に警報として出すことにつなげてほしいものだ。竜巻が発生したら、付近の住民はいかなる対策をとればいいものなのか、をあらかじめ知らせておいてほしい。
 そうしたこともなく、単に大変な被害が出ました、だけではテレビのワイドショーのニュースにはなっても今後の参考にはならない。異常気象と騒ぐだけでなく、実のある情報をきちんと伝えてほしい。
 
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