鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

国家の罪悪をもっとはっきりと主張したらいいのにとの感想を持った映画「スノーデン」

2017-01-28 | Weblog
 27日は東京・新宿のTOHOシネマズ新宿で同日から公開されたオリバー・ストーン監督の映画「スノーデン」を観賞した。米国の国家安全保障局(NSA)、およびCIA(中央情報局)で情報収集活動に携わっていた職員であったエドワード・スノーデン氏がなぜ辞職してまで自ら関わっていた米国の国家機密を告発するに至ったかを回想風に追ったドキュメントで、NSAに勤務中に日本にも3年間いたことがあるとされていたので、日本を舞台にどのように描かれているか興味があった。スノーデン氏が自らの業務に疑問を持つに至った過程がそれほど克明に描かれていないの不満が残った。

 「スノーデン」は2013年6月3日、密かに香港にあるホテルをスノーデンが訪れ、英ガーディアン誌の記者らと会い、米国のNSAによる極秘の通信監視プログラム、PRISMの存在を打ち明ける場面から始まる。映画はPRISMを開発するに至るまでの経緯を語る形で、スノーデン自身の成り立ちを回想していく。スノーデンは最初は米国軍に志願し、訓練を受けるが体力的についていけず脱落し、情報収集員としてNSAに雇われることになる。最初に通常なら5時間かかるプログラム作成の課題をわずか37分で片づけてしまい、教官を驚かす。スノーデンがなぜそうした能力を持ち合わせていたかは触れておらず天分としかいいようがないのは不満の残るところではある。

 その後スノーデンには次から次へと重要な課題が課せられ、次第に米軍の枢要な攻撃プログラムの開発を任せせられるようになる。ある日、イラク戦争の際にはイラク市内を走るトラックの上に上空から落とした爆弾が命中するようなソフトウエアの開発にも手を貸していたことを知り、愕然とする。そしてセキュリティの確保をねらいとして敵対国だけでなく、同盟国や米国内にまでのあらゆる個人から企業に対する情報を入手していく。また、テロ防止をねらい、世界中の携帯電話の通話内容を追いかけるようなプログラムの開発までする。

 2009年から3年間、日本の横田基地に務め、情報収集活動に専念する場面もあったが、わずかにドローンで上空から撮影するシーンが描かれただけで、とりわけ日本での活動の詳細が紹介されたわけではなく、がっかりさせられた。恋人のリンゼイと「富士山に登ろう」という言葉をやりとりしているシーンがあっただけで、本当に日本でロケしているかはわからなかった。

 ともあれ、違法な情報収集活動に嫌気がさしたスノーデンがプログラムソフトを持ち出し、世界のマスコミに向けて告発するに至るが、そのあたりの心理描写は特に優れているわけだなく、ありきたりの正義感でしかないのも不満の残るところだった。また、スノーデンが告発したとされている日本、ブラジル、フランス、ドイツの政治家35人の電話盗聴なるものがいかなるののであったか、もそれほど克明に描かれていない。

 オリバー・ストーン監督はこれまで「プラトーン」や「7月4日に生まれて」など数々の不戦を訴える映画を作成してきており、今回は制作にあたってスノーデンに9回もインタビューを重ねたとしていた。しかもこ映画の公開にあたって日本のテレビのインタビューで「日本には主権がない」と厳しく言明していたので、この映画でもはっきりと国家の罪悪を主張するようなシーンがあるかと期待したのにという感想である。話題の映画のはずなのに公開しる映画館が少なかった理由がここにありそうだ。
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最後までキリスト教の信徒であることを象徴していたシーンが印象的だった映画「沈黙」

2017-01-25 | Weblog
 25日は渋谷へ出たついでに映画「沈黙」を観賞した。遠藤周作の江戸時代の隠れキリシタンを扱った小説を、マーティン・スコセッシが監督したもので、この日が封切の日であった。映画公開日なので、なんらかのセレモニーでもあるか、少し期待したが、なんのイベントもなかった。早朝にネットで予約した段階では3分程度の入りだったが、時間前に席に着くときにはほぼ満員だった。映画は九州の長崎県にやってきた宣教師が数々の取り締まり、迫害に耐えかねて最後は転向してしまい、神は沈黙したままだ、と嘆くが、そのまま幕府の手先を務め、生涯を終えるところまで描き、信仰とは何かを問いかける力作で、十分に見ごたえがあった。

 「沈黙」は教えの師であるフェレイラ神父が日本で布教活動をしているうちに行方不明になってしまったのを聞き、日本に探しに行くことを決めたセバスチャン・ロドリゴ神父とフランシス・ガルベ神父がマカオまでやってきて、日本を知る漁師キチジローを紹介され、その手引きで長崎へやってくる場面から始まる。フェレイラが長崎に居ると聞いたからでもあるが、上陸した土地で大勢の隠れキリシタンに厚く迎えられ、キチジローの郷里でもある五島列島にも赴き、布教活動を行う。

 しかし、その動静は奉行所に知られるところとなり、信者は厳しい取り締まりに遭い、やがて村長ら3人は波打ち際に吊るされ、4日間波に洗われ、あえなく死んでしまう。そこでロドリゴ神父はガルベ神父と別れ、独自に布教活動に入ることととするが、ほどなく奉行所に見つかり、信者ともども牢に閉じ込められる。そこで、目の前で信者に役人が踏み絵を迫り、従わない者を切り殺す場面や、海岸で別に捕まえられたガルベ神父が信者を助けようとして海に沈められ殺されてしまう場面を見せられ、「神はいないのか」と自問するに至る。

 さらに長崎の寺へ連れていかれ、そこで探し求めていたフェレイラ神父と再会を果たすものの、フェレイラ神父はいまや沢野忠庵と名乗る幕府の手先となって、キリスト教の教えの間違っていることを記した「顕僞録」を著していることや医学、天文学を教えていることを知らされ、愕然とする。ロドリゴ神父はフェレイラ神父からキリシタン信者が逆さ吊りにされ殺されているのを目の前にしてキリスト教を捨て、転向した経緯を聞いて、なじるが、フェレイラ神父はいささかも動じず、「日本にはキリスト教は根着かない」といってのけ、日本には大日といって太陽をあがめる信仰があり、キリスト教となんら変わらない、とうそぶく。

 しかし、頼みのフェレイラ神父が転向したことを知ったロドリゴはフェレイラ神父と同じように目の前でキリシタンの村民が逆さ吊りにされ殺されかけているのを見て、あっさりと踏み絵に足をかける。以後、ロドリゴ神父はフェレイラ神父とともの幕府のキリシタン取り締まりの手先のようなキリスト教品々のチャックをしたり、新たに岡田三右衛門の名前を賜り、一切キリスト教から縁を切った生活に入る。キチジロウから教えを乞われても受け付けず、度々の踏み絵にも淡々と応じ、1682年かに死んだときも仏教徒として火葬に付される。が、棺桶のなかのロドリゴの和服の下にキリスト教をしのばせる品が収められていたとkろで幕となる。キリスト教の教えを最後まで捨てなかったことを物語るシーンでもあり、信仰の深さ、意味深長なことをうかがわせてくれた。

 マーティン・スコセッシ監督はこれまで「タクシー・ドライバー」や「インファナルフェア」など主にアメリカのギャング映画を撮ってきたが、今回は17世紀の日本を舞台とした宗教を扱った映画を撮った。奉行役を務めた尾形イッセイと通辞役の浅野忠信が流暢な英語を話すのは本当かなと思わせるが、演技としてはよくやっていると思われた。マーティン・スコセッシ監督は当時の日本の状況をよく理解して制作したものだと感心し、その勇敢な試みに拍手を送りたい。ここで言いたかったのは異境で宗教を布教することの難しさなのだろうか、それとも誠の信心なのだろうか、2週間くらい前にテレビインタビューではそこまで話していたのか、記憶にないが、もう一度どこかで聞いてみたいものだ、と思った。
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10年前の強姦致傷事件の犯人が精液のDNA鑑定と掌紋の照合で逮捕され、日本の警察は甘くないことを立証した

2017-01-18 | Weblog
 18日は東京・霞が関の東京地裁へ裁判の傍聴に出かけた。午前10時から528法廷で開廷された強姦致傷罪を問われた裁判員裁判を傍聴した。まず最初に検事が告訴事実を読み上げた際「に平成18年9月に犯行が行われた‥…」と言ったのに思わず聞き間違いではないか、と耳を疑った。ところが、続いて行われた証拠調べを聞いていくと、事件は10年前に起きたことがはっきりと告げられた。控訴事実について認めているのに、弁護人席に座る被告の両側にはいつもなら刑務官がいないことが不思議だった。

 被告人尋問が始まり、事件の詳細があきらかとなった。それによると、10年前の9月1日の未明に妻と別居中で、仕事もうまくいかずにストレスを感じていた被告は自宅近辺を散歩しているうちに妻に似た女性がとあるマンションに入っていくのを認め、あとをつけそのまま女性が入ったすきにインターロックの玄関を通り抜け、女性のあとからエレベーターに乗り込み、因縁をつけるような形で、女性と口論となり、殴りつけるような形で脅し、エレベーターを操作して、最上階の11階に連れていき、いやがる女性を外部階段の踊り場で強姦に及んだ。

 被害を女性はその日のうちに警察に届け、医者の診断も受けたところ、腕や膝に一週間の加療をようする傷を受けたことが判明した。その恐怖からマンションにいられなくなり、引っ越したし、なによりも精神的な打撃が大きく、犯人は死んでもらいたい、とずっと思っていた、という。

 以来、事件はずっと犯人がつかまらないままだったが、犯行時に犯人が写っている防犯カメラの映像と掌紋が残っていて、10年経った昨年になって被告が捜査線上に浮かび、被害者から採取された精液が被告のDNAと掌紋が被告のものと一致し、逮捕となった。被告は逮捕当初「全く身に覚えがない」と否定していたが、証拠をつきつけられて、犯行を認めるに至った。被告は犯行当時別居中だった妻とは別れ、2年前に再婚し、昨年には子供も生まれていた。

 被告は犯行後「3、4年は警察に捕まるのではないか、と恐れていたが、その後はずっと忘れていた」と言っていたが、こんなことをして忘れられるものなのか、やや疑問に思った。被告人尋問を聞いていて、犯行時の行動や4その時の心境などの尋問に対して、常に答えるまで長い時間を要していたことから、どう答えたら罪が軽くなるのか、と思案したり、こななことを言うとまずいなどと思ったりしているような印象を受けた。それと被告人尋問のやりとりを聞いていて、こうした犯罪を犯す人はまず1回だけではない、まずほかにも同じような犯罪を犯しているのではないか、との疑問も浮かんできた。初めていくマンションで、最上階の外部階段を犯行現場に選ぶというのは累犯のケースでないと思いつかないことではないだろうか。

 その一方で、証人尋問に立ったいまの奥さんが「死んでしまうのではないかと心配した」と語り、もうひとりの職場の証人が「罪は一人でかぶればいいの思っているのではないか」と語っているところを見ると、被告も気弱い面を見せているようなふしもみられ、罪人の二面性が垣間見られるようなところもあった。被害者は「ずっと刑務所に入っていてほしい」といまの心境を明らかにしているのに、被告との間ではすでに賠償金300万円を受け取って、示談が成立しているのも不思議なことだった。

 刑務官がいないことについては後半で被告は逮捕後数カ月にして保釈となったことがわかったが、これほど悪質な被告の保釈を裁判所が認めてしまったのか、いささか疑問が残った。あと傍聴席には記者席が4席つばかり設けられていたが、ずっと空席のままだった。司法記者のなかに興味を示した者がいたから設けられたのだろうが、公判の最初から聞くまでもない、とでも思ったのかもしれない。しかし、興味を持ったのだろうから、いずれどこかで記事になるのはありうることだろう。

 被告はこのまま事件は闇に葬られる、と思っていたのは間違いない。しかし、日本の警察はそんなに甘くないということだろう。10年前の精液のDNA鑑定が決め手となるなどとは思ってもみなかったことだろう。その意味では特異な裁判である。いずれにしろ、判決はあさってにも下される見通しだが、こんな悪質な事件が野放しにされていいわけがない、という観点から最低でも5、ないし6年の実刑となってほしいものだ。 

 
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京都御所などと同じような施設なのに迎賓館だけが1人1000円の入場料を徴収する理由がよくわからない

2017-01-14 | Weblog
 13日は東京・赤坂の赤坂離宮迎賓館を見学に行った。昨年末に沖縄から横須賀へ引っ越してきた知人が迎賓館へ行ってきたと写真付きのメールをもらって、長く東京に住んでいて迎賓館には行ったことがなかったので、ネットで申し込んだ。地下鉄の赤坂見附から歩いて、迎賓館に行くと、正面に立っていたガードマンが「西口にお回り下さい」と案内する午後2時からの見学で20分ばかり早くいくと、そのまま荷物検査され、券売機でチケットを購入し、スムーズに館内に行くことができた。

 迎賓館はもともと紀州徳川家の江戸中屋敷をあった約3万5千平方メートルの敷地に明治末期に当時の建築家、片山東熊らが赤坂離宮として建てたもので、我が国におけるネオバロック様式の西洋風宮殿建築である。当初は昭和天皇の住まいや東京オリンピック組織委員会など国や行政の機関として使用されてきた。、その後、外国からの要人を接待する施設がないということで、赤坂離宮を改築して迎賓館とすることが決まり、昭和49年に完成した。いまでは本館、正門、主庭噴水池などが国宝に指定されている。

 見学は2階の彩鸞の間から始まって花鳥の間、羽衣の間、2階大ホール、朝日の間をざっと見て回った。見学に要する時間は1時間程度とされていたが、館外に出たら30分もかからないほどだった。迎賓館といってもフランスのベルサイユ宮殿と比べれば取り立てて豪華な感じもしないし、特に感激することもなかった。事前には当然然るべき案内があるかと思ったが、いずれの部屋でも内容を紹介する音声が流れているだけで、あとは展示されているパネルを見て回るだけのあっさりしたもの。係員は要所に立ってはいるが、なにか質問があれば答えるだけで何も話してくれなかった。1日に時間を区切って1回何百人かの見学予約をとっているのに何か物足りない感じがした。

 外に出てみると。観光バスを仕立ててグループでやってくる人が多いように見受けられた。東京近郊に住んでいる人はいつでも行けると思っているから、わざわざで出かけてくるようなことはしないのだろう。むしろ地方の人は東京スカイツリーなどと組み合わせてバスを仕立てて観光にやってくるのだろう、と思われた。

 ひとつ納得がいかなかったのは入場料として大人1人1000円(子供は500円)を徴収することである。これまで国の同じような施設である京都御所や桂離宮、それに皇居などを申し込んで見学しているが、入場料を払った記憶がない。迎賓館と京都御所がどう違うのかわからない。民間の施設ならなら入場料の徴収もありうるが、こうした公共の施設で1人1000円を徴収する理由がわからない。確かに入場整備や警護、それに維持のためのコストのために多くの人が配置されていてお金がかかっていることは分かったが、だからといってそのために1人1000円もの入場料を徴収するのは理解できない。

 入場料を1000円も取るのなら、予約制にせずに自由にいつでも観覧できるようにすべきだろう。迎賓館として本来の目的のために使う日を避けなければならないので、純粋の観光施設として披露できないのはよくわかるが、それこそネットに公開して周知をはければいいだけのことではなかろうか。
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ここで小池都知事が成した業績と資産をいま一度、冷静に見つめ直すことが必要ではないか

2017-01-11 | Weblog
 小池東京都知事の7月の都議選への向けての新党作りが話題を呼んでいる。新党は昨年7月の都知事選の際に応援し、自民党から除名処分をうけた豊島都議ら7人を中心に発足した「都民ファーストの会」が発展してなるものとみられ、これに8日に行われた小池知事主導の希望の塾の政治家への筆記試験を受験した1600人から選抜された数十人が加わり、自民党都議への刺客となって7月の都議選に打って出る構えとなっている。小池都知事は就任早々、豊洲新市場への移転問題や2020年東京オリンピックの会場問題に矢継ぎ早に世論受けする矢を次々と放ち、いまや時の人だけに多くの関心を集めており、その一挙手一投足はタブロイド夕刊紙はじめテレビのワイドショーがこぞって取り上げている。

 小池知事は10日午前に安倍首相を訪れ、新年の挨拶にかこつけて東京オリンピックの経費負担問題、および都議選へ向けての考え方などについて意見交換した。内容については明らかにしておらず、さりげない表敬訪問としているようだが、夜になってTBSテレビの「NEWS23」のインタビューで「いまでも都知事選出馬の際に自民党籍については進退伺いを提出し、そのままとなっている」といつでも自民党から除名されてもいいような開き直ったような発言をしていた(その後ある機会に、自民党党費も支払っていない旨も明言していた)。このあたりの呼吸をどう読むかだが、キャスターの星浩は「自民党にゲタを預けている」としていたが、明らかな宣戦布告である。

 7月の都議選で小池新党は40人くらいの刺客を立てる、と言われている。8日の筆記試験には現都議の音喜多駿氏も受験していて、玉石混交の感が深かった。音喜多都議は現在3人で構成するかがやけtokyo会派に属しているが、なにも小池新党に参加しなくてもかがやけtokyo会派として合同すれば済むことであるのにわざわざ資格試験を受ける、意味がわからない。

 というのは小池新党が仮にある程度の人数がそろって都議会の一派を締める勢力となっても、所詮はあくまでも都議会のなかだけの話である。小池都知事がいつまで都知事をするのかわからないが、都知事でなくなった場合には雲散霧消することは十分に考えられる。小池都知事の年齢はいま64歳で、7月には65歳となるが、せいぜい都知事は2期8年がマックスだろう。

 一説には小池都知事は総理大臣になることをねらっている、ともいわれている。実際に自民党総裁選に出馬したこともあり、安倍首相の後継者で有力な議員が見当たらないなか、都知事として実績をあげればその目がなきにしもあらず、と見る向きもあり、本人もまんざらでもないことだろう。それに小池知事の頭の中には橋下徹氏が大阪市長から立ち上げた政党、大阪維新の会が理念型のようにあることだろう。まさに一寸先は闇といわれる政治の世界には様々なシナリオを描くことができる。

 とはいえ、小池都知事がこれまで行ってきた豊洲新市場への移転にしろ、東京オリンピックの会場・経費問題にしろ、果たして小池知事がもたらしたものが都民のためになっているのか、というとはっきりとそうだは言えないところもある。単に小池都知事の口車に乗せられ、それをマスコミが面白おかしく取り上げているだけのことかもしれない。さらに10日に公開された小池知事の昨年7月31日現在の保有資産は本人名義の不動産と金銭信託を合わせて総額1762万円だ、という。いかにも嘘くさい数字である。週刊誌がききまくっているお金にまつわる疑惑らしきものもある。ここは冷静に小池都知事の実際の資産状況や業績を見据える必要があるのではなかろうか。
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韓国大使・総領事の一時帰国で済む問題ではない、日韓両国は改めて話し合うべきだ

2017-01-10 | Weblog
 韓国の慰安婦問題を象徴する「少女像」が釜山の日本領事館前に設置されたことで、9日長嶺安政駐韓大使と森本康政釜山総領事が一時帰国した。像設置への対抗措置で、2015年末の慰安婦問題の決着をうたった日韓合意の精神にはんするものとしている。駐韓大使が一時帰国するのは2012年8月に李明博大統領が竹島に上陸したのに抗議して行ったのに次ぐ措置であるが、大使・領事の帰国が韓国に対してどういう効果をもたらすものか、いまひとつわからない。

 韓国の従軍慰安婦に対する日本への反発は朴槿恵大統領が弾劾裁判にかかえられていて、事実上大統領の職務がなおざりとなっているのに加えて、韓国国内世論が反朴槿恵となっていて朴政権が行った日韓合意に基づく慰安婦の「若井・癒やし財団」設立、およびそれに続く日本からの10億円の基金拠出についても日本へ10億円を返そうとの声が起きていて、空位の政府と世論の乖離が目立っている。

 なのに日本側はこうした韓国国内の動向を理解することもなく、一方的に大使・領事の一時帰国に踏み切った。安倍首相としてはプーチンロシア大統領との日露領土交渉がうまくいかなかったのに加え、トランプ米大統領との日米同盟も先行き不透明で、安倍政権の売りであったグローバル外交に陰りが出始めていることから、韓国に対して強硬な姿勢を見せることで、自らの存在を内外に見せつけようと思ったのであろう。

 ただ、冷静に考えればここは韓国国内の動向をもう少し見守るべきであろう。死に体の韓国政府が日本の大使・領事引き揚げに対し、「少女像」を撤去させるような手を打ってくるとはまず思えない。韓国国内世論の声がそんなことを許すはずはないからだ。韓国ではいまの朴槿恵大統領が退任して、新たな大統領が就任するまで対外的な政策が打ち出されることはないだろう。

 となると、次の一手は日本がどう出るか、ということになる。早期に大使・総領事を戻すこともできないし、当然さらに強い追加措置を取らざるを得なくなってくる。大使・総領事が韓国にいないことで、韓国民にとっていかなる不都合が生じるものなのか、いまひとつ理解できない。韓国民が経済的に影響を蒙るような経済的な禁輸措置まで踏み込むことにまで進むしかないだろう。となると、韓国世論はさらに反発し、日韓関係はさらに悪化していくこととなるだろう。安倍首相がそこまで考えて今回の措置に踏み切ったかははなはだ疑問である。

 もっとも韓国が設置している慰安婦の「少女像」はいまや韓国内だけでなく米国、カナダ、オーストラリア、中国にも設置されており、世界各国に50体ある、とされている。いずれも韓国がかつての日本軍の蛮行を訴えるねらいで設置したもので、単に韓国の日本大使館、および釜山領事館前の「少女像」だけの問題ではなくなってきている。日本は2015年末の日韓合意の精神に反するとして「少女像」の撤去を求めているが、こうした「少女像」を設置する裏の心情にまで踏み込んで改めて日韓の話し合いが必要だろう。
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初春大歌舞伎で奥さんともども大活躍の片岡愛之助の早変わりには目を瞠らかせられた

2017-01-08 | Weblog
 8日は東京・銀座の歌舞伎座へ行き、2年ぶりに「初春大歌舞伎」を観賞した。前回の初春大歌舞伎では1日3回興行であったのが。昼の部と夜の部の1日2回興行となっていて、幕開けの1867年の大政奉還から150年と銘打っての「将軍江戸を去る」と「大津絵道成寺」、伊賀越道中双六 沼津」のいずれも1、ないし2時間の大作で、見ごたえがあった。とりわけ、最初の出し物で山岡鉄太郎を演じた片岡愛之助が続く「大津絵道成寺」では藤娘から鬼まで早変わりの五変化を見せる大活躍ぶりで、一挙に歌舞伎界の花形に躍り出た印象を受けた。

 「将軍江戸を去る」は徳川15代将軍、慶喜が官軍の攻撃を受けて江戸を退く最後の場面を描いたもので、江戸出発を明日に控え、上野寛永寺で恭順謹慎していた慶喜に対し、幕軍の主戦論者の意見に心が揺らぎ、出発延期を申し出る。それを聞いた山岡鉄太郎が幕軍の部隊が「慶喜様はどなたの面会も受け付けていない」と必死で制止するのを押して、なんとか慶喜に会い、その思いを変えてもらおうとするシーンから始まる。血気にはやった幕軍の兵士は山岡のいかなる言い訳も聞こうともしない。そこへ現れた幕軍の幹部が山岡の味方をし、中へ通してくれ、山岡はなんとか慶喜に面会をすることができ、恭順を翻せば江戸は戦火に巻き込まれ、罪もない人々が血をながすことになる、と力説し、慶喜を説得することに成功する。翌日、慶喜は幕軍が見送るなか江戸を後にする。

 続く「大津絵道成寺」は近江の三井寺で鐘供養が行われ、やってきた藤娘が舞を所望され、舞う。舞っているうちに消え、鷹匠となり、次いで犬と戯れる座頭、さrには船頭が現れ、再び藤娘が現れ、いずれも踊りを舞う。それだけでなく、見ている者を驚かすほどの早変わりを披露してくれる。そして、最後には金のなかから大津絵の鬼が現れ、駆けつけた武士に祈り伏せられる。これらの役を片岡愛之助が演じている。踊りはそれほど素晴らしいとは思えなかったが、早変わり囃子方の座る台の中から突然現れたり、格子窓が上に開いてそこへ飛び込んで消えたりと驚きの連続であった。
 
 「沼津」は中村吉右衛門演じる呉服屋の十兵衛が沼津のはずれで出会った平作に頼まれ、荷物担ぎに雇うが、大した仕事もしないで怪我をしてしまい、持っていた印籠の妙薬で治してやる。そこへ現れた平作の娘のお米に一目惚れし、平作の家に行き、泊まることにする。そこでお米を嫁にしたい、と申し出るが、夫がいる、と断られる。その晩、お米は十兵衛の印籠を盗もうとし、十兵衛に捉えられる。事情を聴いた十兵衛はお米が吉原の元女郎であることを見破り、平作の家族状況を聞いていくうちに実は自身が平作の実の息子であることを悟り、亡くなった母親の供養にと30両と母親から預かっていた書き付けを置いて、早々に立ち去る。ところが、十兵衛を追いかけてきた平作は事実を打ち明けてくれることを迫る。で、十兵衛は平作に死期の迫っていることを知り、最後には事実を打ち明ける。ただ、話の割りには上演に2時間近くかかり、見ていてうんざりするような感もなきにしもあらずであった。

 これまでの歌舞伎観賞ほとんど1Fの1等席で観賞していたのを、今回から料金6000円の3階A席にしたが、思ったより舞台に遠いとの感じはなかった。役者の表情が見えないだろうと小型の双眼鏡を持参したのと、席が立体的になっていて、舞台全体が見渡せたことも与かっていた。今後とも3階席で観賞することにしたい、と思った。あと、今回大活躍した片岡愛之助の奥方である藤原紀香が終演後の出口でオレンジ色の着物姿で観客を見送っていたことを目撃した。梨園の奥方の務めと聞いてはいたが、本当にお見送りをしていた。プログラムを見ると、片岡愛之助は夜の部でも2つの演目に主役に近い役を務めており、奥方はさらに裏方としてと止めなくてはならず、重ねて大変だなと思った。
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