鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

嫌な国家、北朝鮮

2006-06-30 | Weblog
 韓国の拉致被害者であるはずの金英男さんが昨29日、記者会見した。日本の記者は入れずに韓国の報道機関だけを対象として、予め用意した文書を読み上げる一方的な内容で、明らかに対日本向けのものであった。後で考えれば、言いたい相手はもう日本しかなく、肝心の横田めぐみさんは19994年に死亡した、と従来からの主張を繰り返したに過ぎず、拉致問題解決へ向けて前進を期待した向きに冷や水を浴びせかけた。
 記者会見というより、北朝鮮の宣伝といった感じで、自らの拉致についても船で遭難している時に北朝鮮船に助けられた、とあたかも自ら希望して北朝鮮に来た、とおよそ話にならぬ内容で、隣に座っていた母親も唖然として金英男氏を見ていたし、韓国の拉致被害者家族も怒りを露にしていた。母親にしてみれば、折角28年ぶりの喜びの再会を果たしたのに愛する息子の頭は金正日の洗脳され、ロボットと化しているのを如実に見せ付けられた思いで、愛情どころか、異星人を見る思いであったことだろう。
 横田めぐみさんについては結婚はしたけれど、子供を生んでから精神に異常を来たし、病院に入り、最後は自殺した、と語り、3年前にか、日本の代表団に公にしないとの約束で遺骨を家族に渡すよう託したのにその約束を破り、あまつさえ遺骨は偽物である、とするのは北朝鮮を陥れようとしている、に違いない、と日本敵視の姿勢を示した。偽の遺骨を渡したことは棚上げしての非難で、どこに真実があるのか全く定かでない。
 恐らく、周りにいる北朝鮮政府の関係者が監視していて、台本にないことを少しでも言うことがあれば、即刻止めさせることにしていたのであろう。その意味では何か、めぐみさんに関する新事実が出てくることを期待する方が無理なのだろう。
 28年ぶりの再会を果たした韓国に対してはもういい、あとは日本に対するメッセージの発信だけであることを考えれば、今回の記者会見のねらいは日本であることは明らかだった。そこで、横田めぐみさんの死亡を改めて表明するならいは一体何だろうか。
 北朝鮮ウオッチャーは「日本から援助を引き出すこと」と言う。一旦、死んだと言った人が生きている、と言うわけがない。国家に威信をかけても言わないだろう。仮に今後追求の手を深めると、本当に横田めぐみさんを殺してしまいかねない。援助することで、裏交渉で横田めぐみさんの生存情報を引き出し、日本へ連れてくるしかないのだろう。
 肝心の小泉首相は暢気に米国で国賓級の待遇を受けて、ブッシュ大統領とどうでもいいことをしゃべりあっている。もう、安倍官房長官が総理大臣のようである。なら、小泉は放っておいて、安倍次期首相の出番である。いまや拉致問題の解決なくして日本の外交はありえませんよ。
 
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最後までノー天気な小泉首相

2006-06-29 | Weblog
 カナダ訪問中の小泉純一郎首相が靖国神社参拝について「何回行こうが問題にならない。個人の自由だ」と語り、9月の退陣前に参拝する可能性を否定しなかった。どういう質問でこう答えたのか、よくわからないが、これでいつまで経っても反省しない猿であることがはっきりした。個人といっても日本国を代表する個人であることを忘れている。本当に困った御仁である。普通は退陣前には跡を継ぐ人がやり易いように路線をならしておくのが礼儀だというのに、わざわざ嵐の中の船出にしよう、としている。飛ぶ鳥跡を濁す、である。
 小泉首相は「参拝すれば首脳会談に応じないというのがいいのかどうか。中国の言い分に従いなさい、というのがいいのかどうか」と中国の姿勢を批判している。また、「参拝とA級戦犯問題とは別。戦没者に哀悼の意を表するのがいけないのか。憲法の定める思想・良心の自由は侵してはならない。総理大臣にその自由はないのか」と従来の持論を展開した。いつまで経っても子供の言うような論理を振りかざして、大局を見ようとしない。頑固を通り越して馬鹿である。
 靖国参拝がどれだけ外交の手足を縛っているのか、気がつこうともしない。こんな輩が一国の総理大臣を務めているのは恥ずかしい限りである。
 同じ28日は北朝鮮で、横田めぐみさんの夫とされる金英男さんが母親と28年ぶりの対面を果たした。その重大な局面に靖国問題がひっかかって、日本はなんら有効な手を打てないで、拱手傍観せざるを得ない。カナダなんて訪問している暇があるのなら、平壌に飛んで、金正日第一書記と会って、拉致問題を解決しなさい、と言いたい。
 本当にノー天気な首相である。
 9月の総裁公選でほぼ後継者視されている安倍晋三官房長官は「靖国参拝は首相がお決めになること」とさらりとかわして、火の粉をかぶらないようにしている。賢い対応である。いまは首相に就任したら靖国神社に参拝するだろう、と見られているが、恐らく手の平を返したように参拝はしないことだろう。日中、日韓の外交が八方ふさがりとなってしまっている現状から、まずは前任の小泉の責任ということにして、見切りをつけることだろう。
 それにしても、テレビで5年前に総理大臣として始めて靖国神社に参拝した小泉首相の姿が放映されているのを見ると、髪の毛は黒いのに、いまや真っ白で、5年間ですっかり変わってしまっている。白髪になる、のは苦労しているから、とよく言われるが、小泉首相に限って苦労とは程遠い感じがある。小泉首相なりに苦労している、といsても同情する気にはなれない。日本をここまで悪くした張本人であるからだ。
 9月を待たずに一刻も早く、退陣しなさい、と言いたい。
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傲慢なジーコ監督

2006-06-28 | Weblog
 日本のサッカーワールドカップはすでに終わり、早くも4年後のワールドカップへ向けての体制づくりが始まった。その中で、ジーコ監督が退任の記者会見を開いた。負けて辞めるのだから、敗軍の将、兵を語らず、といきたいところだったが、ジーコ監督は敗因は「体格の違い」と自らの采配のミスを少しも認めようとしない態度で、聞いていて本当に腹が立った。体格の違いなんて最初からわかっていたことで、それを技術なりチームワークでカバーするのが日本のサッカーのあり方ななのに、判りきったことを4年も監督をして白々しく言うなんて、こんな輩に監督を頼んだ川渕三郎日本サッカー協会会長も退任すべきだろう。
 ジーコはまずワールドカップ3試合について「反省することは全くない」と宣った。なんたる傲慢、明らかに監督のミスなのに、何の反省しないのは信じられない。で、敗因は体格を含めたフィジカル面の貧弱さを強調した。キャプテンの宮本選手が「ふくらはぎなどにいつもと全く違う疲れがある、と言っていた」と明かし、「体格のいい選手がロングボールを放りこんでくると、90分間はなかなか持ちこたえられない」と語った。
 大体、ジーコ自体、ワールドカップの監督をするのは始めてのことだし、肉体もさることながら、精神面でもいつもにない緊張感が出てくるものだろう。気温もそうだが、選手の置かれた状況を見極めて、采配を振るうのが監督の役割なのに、終わって負けて、体格が劣っていたから負けた、はないだろう。
 そんなことを言うのなら、最初に監督になった時から体格、肉体面の強化に取り組んできたのか、と言いたい。どこかで、某選手が言っていたが、ジーコは自分のステータスが上がることしか考えていなかった、という。今後、欧州で監督か、コーチに就きたいようだが、どこも雇ってくれないだろう。前にも書いたが、4年監督をして、最後まで日本語を覚えなかったのもひどい。トルシエ前監督もそうだったが、選手とコミュニケーションをとるうえで、大丈夫だったのか、と聞きたい。
 こんな不良外人を監督に据えた川淵会長の責任も免れない。帰国した成田での会見で、意図的に次期監督の名前をポロッと出して、会長の責任問題をすりかえた策士との汚名をかぶせられている。そんな姑息な手段で責任の追及が止むわけがない。日銀の福井会長ほでではないが、マスコミは川淵会長退任要求をもっと声高に叫ぶべきだろう。
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桁もヴィジョンも違う米ファンド

2006-06-27 | Weblog
 米投資会社バークシャー・ハザウエイを率いるウオーレン・バフェット氏は25日、保有する同社株370億ドル(4兆3000億円)相当をマイクロソフト会長のビル・ゲイツ氏の財団などに譲渡する、と発表した。慈善事業としての個人の寄付額としては過去最大規模になる、という。ウオーレン・バフェット氏は世界第二位の資産家で、株式はじめ商品への投資活動をめぐってはいろいろ話題になり、その投資パターンはバフェット理論としてもてはやされたこともある人である。バフェット氏の投資の一挙手一投足は注目を集め、相場の神様と崇め奉られることもあった。投資の規模といい、この最終着地のパフォーマンスといい、あの村上ファンドとは天と地ほどの差があることを痛切に感じた。村上世彰は昨日、5億円の小切手を払って保釈となったが、バフェット氏の爪のアカでも煎じて飲むことをまずすべきだろう。
 バフェット氏の資産のほとんどがバークシャー株で、今回の寄付は保有株全体の85%にあたる、という。うち300億ドルをゲイツ氏の財団に、残り70億ドルをバフェット氏の家族らが運営する4つの財団に譲渡する。バークシャーは繊維会社だったのをバフェット氏が経営権を握り、保険やレストランなどを傘下に持つ米国屈指の投資会社となった。コカコーラやアメリカン・エキスプレスの大株主としても知られる。バフェット氏はこれで引退するものとみられている。
 これまでのバフェット氏の派手で大掛かりな投資活動には成果はさることながら、いろいろな波紋なり、ある時は犠牲すら生んできたかもしれない。しかし、すべて終わってみれば370億ドルもの莫大な資産を残し、しかもそのほとんどを慈善事業に寄付してしまう、という終幕を果たしてだれが予想したであろうか。個人にしてみれば、大変な決断である。米国の場合、寄付というものが社会人にとって当たり前の行動となっている側面はあるにしろ、およそ日本では考えられないことである。
一方、寄付を受けるのが世界一の富豪、ビル・ゲイツ氏率いる財団というのがややひっかかるが、ゲイツ氏も2008年には引退を表明したばかりで、夫人と主に教育に関する慈善事業に専念する計画だ。バフェット氏とゲイツ氏が組めば、世界に敵なしだ、と思えるのにあっさりと引退して慈善事業に力を入れる、というのも米国らしく面白い。
 福井日銀総裁の辞任騒動から、陰の指南役として宮内義彦氏がうんぬんされている村上ファンドもバフェット氏ようなヴィジョンがあれば、また違った展開をしていたことだろう。4000億円の資金規模となったものの所詮は金儲け主義であれば、いずれ世の中で相手にされなくなる。まずお金だけではない、という考えがなかった。少しでも産業界、世のためにお金を投じ、かつそうしたヴィジョンを掲げていれば、今のような事態を招くことはなかったのだろう。
 日本の企業も産業もまだまだ米国には及ばないところがいっぱいある。会社は株主のもの、とは確かに米国からの受け入れによるものだが、企業、起業の目的もいま一度、米国に習って見つめ直したらいいだろう。村上さん。
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日中友好コンサート

2006-06-26 | Weblog
 かみさんの友人の推薦で、近くの高津市民館で開かれた中国人母娘によるソプラノコンサートに行ってみた。金恵けん、張金輝という略歴を見ると、日中のそれなりの音楽学校を出て、音楽のプロの指導を得、音楽活動もしている準プロである。川崎市の地元の高校の中国語教師をしていることもあってか、受付には多くの女子高校生が立っていた。入場料2000円のところ、セミ招待で1000円を払って中へ入ると、会場600人の半分くらい埋まっている。ただ、子供連れが結構いて、ざわざわして通常の音楽界の緊張感がない。演奏が始まっても椅子のバタンとする音や、傘が倒れる音や、子供の騒ぐ声がするなど、やはり2000円の音楽会だ、と思わせる会場風景そのものであった。
 最初は友情出演とかで、中国人女性による琵琶の演奏、赤とんぼ、涙そうそうが演奏されまずまずの出来を思わせた。で、メインの中国人母娘の登場で、蘇州夜曲、浜辺の歌を歌った後、デュエットで花を歌った。母娘とも冒頭の歌で高音のところで、声が出なかった場面があった。その後、伴奏のピアノ演奏者も中国のチャイナドレスに着替えて、中国の歌を歌った。
 ここまで約1時間、第2部は恐らく再び洋装にしてオペラなどクラシックを歌うであろうことが想定されたが、まあ水準がわかったので、会場を後にし、夕食を摂ることにした。
 読響やNHK交響楽団の演奏をよく聴いているうえ、佐藤しのぶやキリテ・カナワなど世界の一流どころの歌声を聞いているので、どうしてもそれと比べてしまう。それでもだれしも一挙に一流となるわけではないので、上へ上がっていく過程で市民コンサートのようなものにも出る場合があるだろう。そうした成長途上の芸術家を見出すのも楽しいことだ。それに地元で活躍するミュージシャンを応援してやろう、との気持ちも若干あった。
 サントリーホールや新国立劇場コンサートホールでソプラノコンサートをソロ公演するような歌手はほんの一握り、そんな宝石にぶちあたるようなことはそんなにあるわけがない。終わった後、かみさんが「プロとアマの差はほんのちょっとしたことなんでしょう」とうちのかみさんにしてはいいことを言っていたが、本当、プロのプロたる所以は当たり前のことを当たり前にやる、ほんの紙一重の差あんおかもしれない。その紙一重がアマにはわからないのだろう。どの世界でも多くの人がプロをめざすが、紙一重の壁を破れずに去っていく。この母娘もきっとまだ壁が破れていないのだろう。
 まあ、昨夜は日中友好の音楽交流をしたと思えばいいことだ。
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宝塚、ああ宝塚

2006-06-25 | Weblog
 宝塚の公演を見よう、と昨24日、朝早く起きて、午前9時過ぎに東京・日比谷の東京宝塚劇場へ行ってみた。午前9時半から当日券を売り出し、キャンセル券の配布も行うというので、どんなものかを知ることもいい、と思ってかみさんと出かけた。2カ月くらい前に地下鉄の配布する広報誌で案内が出ているので、見に行く気になって、チケットを売り出した日に、ぴあのお店へ行ったら、即日完売、それで劇場へキャンセル券の扱いなどを聞いたら、すべてぴあ任せ、といった風なので、ホームページで調べたら、毎日9時半から42枚だけ当日券を売り出す、というので、”ズカ”人気も肌で判るだろう、とも思っていた。最近、出版された評判の「女信長」は織田信長が実は女性であった、その鋭く、感情の起伏の激しい性格はどうみても男でなく女である、とすると理解しやすい、としてストーリーが作られている。作者の佐藤賢一は「このアイデアは宝塚の公演を観て、思いついた」と語っていたのを読んで、前から一度見てみたい、と思っていた気持ちがさらに強まった。
 行ってみて、驚いた。すでに42人どころではない、優に100人は超える人が列を成している。先頭に居る人に聞いてみたら、朝一番に来て並んでいる、という。今回の公演は「Never Say Goodbyeーーある愛の軌跡」で、5月26日から7月2日まで演っている。主演の和央ようかと花總まりはこの公演を最後に引退するサヨナラ公演で余計に人気が高いのだ、という。
 仕方ないから、隣の帝国ホテルでコーヒーうを飲み、売り出しまで時間をつぶして、戻ってみると先ほどよりは人の列はすっきりとして減っているものの、すでに受付は始まっていて、順番にチケットが発売されていた。しばらく見ていて、劇場をあとにしたが、改めて宝塚人気のすざまじさを見せ付けられた。ファンはやはり女性が多いが、年齢層はまちまちで、幅広い。
 歌舞伎の場合も希望の日のチケットを入手するのにやや難儀をするが、インターネットで問い合わせなどできるし、なんとか思いは適う。この宝塚のケースはやや異常なくらいだ。この異常なくらいの人気に対して、宝塚側はもっと自らの手でチケットを売るような努力をするべきだし、チケットを入手できなかったファンに対してももっと対応の仕方があるだろうに、と思う。チケットを得られなかったから、言うわけではない。宝塚は興行主として当然行うべきことをしているようには見えない。人気に安住して、流れのままに任せているような感がしてならない。いつか、人気が下り坂にでもなった時には取り返しのつかない事態に陥るようなことになるだろう。さもないと、ファンの心が次第次第に離れていってしまうことだろう。
 たまたま、21日にWOWOWの「宝塚への招待」で夜、同じ和央ようかと花總まり主演による2004年の公演「BOXMANーー俺に破れない金庫などない」を放送していたのをみたが、やはりいつか機会をとらえて、一度は本物を見てみたい。
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200万人超えた外国人登録者数

2006-06-24 | Weblog
2005年末の我が国の外国人登録者数が200万人を超え、201万1555人となった。全人口の100人のうち1.57人が外国人ということになる。諸外国と比べて決して高くない比率であるものの、とかく国際性がないといわれる日本人にとっては由々しき事態であるのは間違いない。国家百年の計からいって、果たして好ましいことなのか。気がついたら、たまたまそうなってしまっていたのか、何もしない小泉首相に聞いても仕方がないことではある。今後、少子化時代を迎えるにあたって、国としての国内の国際化にどう取り組んでいくのか、きちんと方針を立ててもらいたいものだ。
外国人登録は国内に90日以上滞在する人が対象で、年々増え続けており、10年前に比べ約1.5倍になっている。国籍別では韓国・朝鮮が約59万8000人ともっとも多く、次いで中国(全体の26%)、ブラジル(同15%)。また、正規の資格で国内に滞在する在留外国人は約156万人にものぼる。
問題はこれら増え続ける外国人に対し、きちんとした受け入れ体制がとられているかどうかだ。例えば、勤めている会社のなかに外国人がいるかどうか、いた場合、その外国人の給料などの待遇面はどうなっているのか、点検してみるといい。おそらく。あくまでも特殊な業務に従事することで雇っているケースが多いことだろう。
その意味では真の国際化とはとてもいえない。第一に外国人を受け入れる企業、家庭、そして社会にその体制ができていない。これでは優秀な外国人がやってくるわけがない。だから、数カ月前に滋賀県で起きたような中国人妻による幼稚園児殺人事件が起きたりするのだ。周囲の無理解や、誤解が事件を招いた、といえる。
まして、今後、日本は確実に子供が少なくなる少子化社会に突入する。労働力ないくばくかを外国人に頼らざるを得なくなる。なのにそうした状況を踏まえたヴィジョンを聞いたことがない。
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醒めたワールドカップ熱

2006-06-23 | Weblog
 ワールドカップで日本の最終戦とあんった対ブラジル戦が実力通り、1対4のスコアで敗退し、予想通り日本の1次リーグ敗退が決まった。初戦の対オーストラリア戦で1対3で破れたことが最後まで響いた。2戦目の対クロアチア戦を引き分け、まずブラジル戦を2点以上の差をつけて勝たない限り1次リーグを突破できないことになり、ここ数日、テレビで”僅かな望みをつないだ”という接頭句がついてワールドカップが放送されるようになっていた。優勝候補のブラジルに2点以上差をつけて勝つことなんてありうる筈がないのだが、すでに1次リーグ突破を決めているブラジルが控え選手を使ってくるとか、ジーコ監督がブラジル出身だから頼み込めばなんとかなるのでは、という後で考えればありそうもないことが巷間言われるとひょっとしたら、という気になってくる。
 しかし、蓋を開けてみればやっぱりだった。最初から全力でいった日本が前半1点をとったところでは、わずかに期待を抱かせたが、前半終了間際に同点とされたところで、もう勝負あった、という感じだった。先取点を取った玉田圭司選手が終了後のインタビューで、「あれでブラジルの選手を本気にさせてしまった。顔付きが違ってきた」と語っていた。
 後半、ブラジルに立て続けに2点を取られると、もうブラジルの余裕のペース。自陣でも相手陣地でもボール回しをして、日本選手にボールを触らせない。あげくの果てに、後半36分にロナウド選手が決定的な4点目のシュートを決めて、ジ・エンド。
 日本の敗退が決まった。終了後、中田英寿選手が観客席に向かってか、参りましたと言わんばかりに大きく頭を下げていたのが印象的だった。その後10分以上、ピッチの上に仰向けに横たわり、タオルを顔の上に乗せたままの状態でいたのもいままでにない映像であった。恐らく、中田選手はこの大会が最後のワールドカップで、もう4年後のワールドカップに出場することはないであろう、最後に有終の美を飾れなかったのが悔しいのだろう。そんな思いを自らかみ締めていたのだろう。この間、テレビはジーコ監督と玉田、中村選手の敗戦の弁を聞くインタビューを流していた。中村俊輔選手は最初、質問されても20秒くらい、じっと黙って感情を押し殺していたのも悔しさがにじみ出ていた。
 王者、ブラジルとの実力の差をこんなにも見せつけられると、日本のサッカーって一体何だったんだろうか、という気にもなってくる。ジーコ監督は4年間、日本のサッカーをどう指導してきたのだろうか。一説にはジーコ監督には4年間で20億円の報酬を払った、と言われている。こんな悲惨な結果にあんるのなら、その半分でも返せ、と言いたくなる。
 ワールドカップ狂想曲で、世界中がサッカーに明け暮れる。小泉首相がジーコ監督に日本が決勝に出るようなら、応援に行く、と言った。小泉首相なんかに応援に行ってもらいたくないが、諸外国でも国家元首自ら応援に行くのが当たり前になっている。平和な世の中をサッカーで楽しみたいのか、いやつらい世のうさをサッカーで忘れたいのか、よくわからないが、サッカーファンでない人から見ると異状な盛り上がりようだ。
 米国にはワールドカップに反対するグループがある、という。日本にはそこまでアンチ ワールドカップの動きはないようだが、今回の余りにも実力差の出た敗退ぶりには改めて、異常なワールドカップ熱を醒ますこととなるのは避けられないことだろう。
 
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見ごたえある現代美術展

2006-06-22 | Weblog
東京・木場の東京都現代美術館で開催されている「カルティエ現代美術コレクション展」を覗いてみた。なにかであまり褒めていなかったので、そんなに期待していなかったのだが、意外や意外、現代美術の神髄に触れた感があり、じっくりと観賞してきた。特にロン・ミュエクなる人の作品「イン・ベッド」は身長6メートルの女性がベッドに横たわるだけなのだが、妙に見る人を惹き付けるものがあり、会場で多くの人がじっと佇んでいるのが印象的だった。
「イン・ベッド」は巨人の女性がシーツを被り、ベッドに仰向けに寝ている。大きな目を見開き、腕を露にしている姿は本物かと見間違えるかと思えるほどの迫真性がある。思わず腕に触ってみたくなるほどだ。目の表情もすごい迫力だ。近くにいた係りの人に「作者は男性ですか、女性ですか」と聞いたほどだ。作者のミュエクは「実物大の人間には毎日会っているので興味がなく、作りません。大きさを変えることで、普段は気づかないことに気づくことができるだろう」と語っている。
次いで面白かったのはデニス・オッペンハイムの「テーブル・ピース」。やたら長いテーブルの端に2人の男性が向かい会って何やら議論しているが、遠すぎて何を言っているのか、わけがわからない。言いっぱなしで、国連の会議でも皮肉っているのか、やたらおかしい。
 もう一つは部屋一杯に大きな目玉がいくつもあるトニー・アウスラーの「ミラー・メイズ(死んだ目が生きている)」。極彩色の大きな目がいくつも不気味に点滅するのを見ていると、どこか不思議な世界に迷い込んだような気がしてくる。作者はアマゾンの森に住むヤノマミ族の文化を知ったのをきっかけにこの作品を作った、という。
これらのほか20点くらいの作品が広い会場にゆったりと展示してあり、いずれも傑作ばかり。もちろん、森山大道や、川内倫子、松井えり菜3人の日本人の手になる作品も含まれている。
全体に大きな作品が多く、余裕の会場を選択したのは正解である。作品の持つ味と会場の雰囲気がマッチしている。
カルティエ現代美術財団は現代美術作品を1000点くらい収集している、という。カルティエなんて宝石くらいしか知らないが、現代美術の発展・興隆に力をいれているのはとてもいいことだ。現代美術でも今後末長く愛され、親しまれる作品が必ずやあるはずである。歴史に残る作品がどんなものであるのか、素人にはなかなか見分けがつかないが、選択の確かな目で選別して、こういう形で世の中に示してくれる、ということは極めて大事なことである。日本でそうしたことを一体、だれが、どこで行っているのか、寡聞にしてしらないが、ぜひどこかで行っていてほしいものだ。
 その意味で、改めてカルティエなる企業を見直した。宝石の一つでも買ってみようかな、という気にさせる。
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みっともない福井日銀総裁

2006-06-21 | Weblog
 村上ファンドへの出資で世論の指弾を浴びている福井俊彦日銀総裁が20日夕の記者会見で、向こう6カ月間の自らの報酬の30%カットと利益金だけでなく元本も含めて然るべきところに寄付する、と発表した。以前は「利益金は国民の納得する使い途を考える」と言っていたのをさらに踏み込んだものといえるが、やましいと思うのなら、やじゃり一刻も早く辞任すべきだろう。辞任すれば、任命した小泉首相の責任問題に発展することを懸念してのことと思われるが、すでに辞めたも同然の小泉首相をかばう必要などさらさらないのではなかろうか。福井総裁はすでに辞任の意思を固めている、とする向きもあるが、往生際の悪さは見ていて腹が立ってくる。ここはあっさり引いた方がいいのでは‥‥。
 20日の毎日新聞夕刊で牧太郎専門編集委員が自らの名前のついたコラム「大きな声では言えないが‥‥」で、福井総裁のことを「無意識の詐欺師」と断じていた。本人が意図しなくても結果として、村上世彰率いる村上ファンドの広告塔として名前が利用され、法律に違反して利益を得たのでは詐欺師といわれても仕方がないだろう。巷間、かつて都銀が大蔵省、日銀の幹部を新宿のノーパンシャブシャブクラブで過剰接待したことがマスコミに叩かれたことがあったが、そのノーパンシャブシャブの顧客リストに福井総裁の名前が記されてあった、という。顔付きからしてそうだが、本当に”ワキ”の甘い人なのである。
 昨日は村上ファンドへの出資金1000万円の7年間の利益金が1231万円にも達したことが明らかとなった。しかも、「利益金は他の投資に回して受け取っていない」としていたにもかかわらず、242万円をちゃっかり懐にしていたことも判明し、あわせての利益金は1473万円にものぼることがわかった。ゼロ金利で仮に1000万円、定期預金で7年間預けても数万円の利息しかつかないのに日銀総裁はぬくぬくと高利益を得ているなんて許されていいはずがない。寄付する以前の問題である。牧太郎氏が詐欺師と切り捨てるのもそこなのだ。
 ここまできても経済界には西室泰三財政制度等審議会会長のようは「福井総裁の中央銀行総裁としての評価は高い」として辞任を求める声が多いようだが、日本の社会の仕組みは一個人の能力に頼っているほどやわなものではない。辞めたとしても代わりはいくらでもいる。
朝日新聞の社説によると、共同通信社が行った世論調査で49%が福井総裁の辞任を求めている。ちなみに、同調査で辞めなくていい、といsているのはわずか13%だった。政府は世論の動向を見て判断する、と言っているがこの結果をなんと見るのか。もう世論はおし止まらないだろう。
 過去数年、日本の経済運営で国際標準に照らしてとの名目で、さまざまな市場の開放、自由化が行われてきた。福井総裁のしたことは国際社会では決して許されないことである。ここは国際標準で、辞任すべきだ、と思う。さもないと、日本は相変わらず理解されず、国際社会のなかでは異端児視されかねないことだろう。
 日本国民として恥ずかしい限りである。
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