鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

斎藤元彦兵庫県知事が県議会の不信任決議のあとにみせた冷静な表情に隠されたものはなにか。

2024-09-20 | Weblog

 兵庫県議会は19日、斎藤元彦知事に対する不信任決議案を提出し、全会一致で可決したが、斎藤知事は29日までに議会を解散するか、自身が辞職・失職するかを明言せず、淡々と「熟慮する」と語った。それも何ら感情を表すことなく、まるで他人事のように冷静に語っていたことに大きな疑念が湧いた。これまで全国の都道府県議会で知事への不信任決議が行われた例は岐阜、長野県などで4例ある。うち2県では知事が辞職を選択し、残り2県が失職を選んで出直し選挙に臨み、1県だけが再選されている。斎藤知事のように対応を濁した例はなく、様々な憶測が飛んでいる。

 ひとつ奇妙なのは当の斎藤知事がひどく冷静で物事に対応していたことで、普通こうした事態に追い込まれた場合、こんなに冷静でいられる筈はない。斎藤知事の生い立ちとか、これまで歩んできた道はよく知らないが、東大を卒業した後に総務省に入省した中央官僚OBで、3年前に自民党にかつがれ、地元の維新の会からも推薦されて兵庫県知事に初当選した過程で、多くの人から支持されていまの知事と言う立場に立っている。そうしたなかで、困った時に相談するような人がいて、いまのような難局にぶつかった際に相談したことがなかったのだろうか、という点が気になる。普通はそうした相談できる人を周りに少なくとも1人や2人いるはずの人が多いと思われる。でも斎藤知事にはそうした人はいないようである。

 最近の週刊誌報道によると、斎藤知事の親戚のなかには一切、関係を絶っているような親戚が1,2ある、と言われている。そして、最も身近な奥さんからは県議会、お役所の官僚には断固とした態度をとるように言われている、ともいう。そうしたことから、兵庫県庁内ではいくら強く責められてもいつものような曖昧な受け答えを続け、結局いまのような県議会から総スカンを食うような羽目に陥っている、といえるのかも知れない。

 もうひとついまのような対応を繰り返していくと、結局、いまの知事という職を終わった後は最終的に斎藤知事の味方は一人もいなくなってしまうのは目に見えている。そして未来永劫にわたって、なんの意味もない人生が待ち受けている、ということを覚悟しなくてはならなくなることだろう。そんな人生を送ることに一体、何の意味があるのだろうか、ということまで果たして考えているのだろうか、ということまでに思い至った。

 と、そこまで考えてきて、19日の兵庫県議会の全員一致の不信任決議の後の斎藤知事の冷静な記者会見ぶりを見ていて、「彼はもう地獄を見た気分になっているのではないか」という気がした。と考えて、ひょっとしてもう斎藤知事は地獄へ落ちる気になっているのではないか、と思った。でないと、あの冷静な表情はできないのではないか、とも思った次第である。つまり、常識では図れないことを考えてもいる、ということではなかろうか。

 過去、鈍想愚感子の周りにはこのような形で去った人はいないので、あくまでも推測に過ぎないが、この問題の最終的な決着の着き方が悲劇でつけられるのではないか、としか思えなくなってきたのである。いずれにしろ、斎藤知事は政治の教科書からは消え去っていく人物であるのは間違いないようだ。

追記(9月26日)斎藤知事は記者会見し、辞任し、知事選に出馬する、と発表した。全然、知事といしての所業を反省することなく、白々と知事選に出馬することを決めたわけで、世間の受け止め方と全く異なる手を打つことにしたわけであるが、選挙民たる兵庫県民が今回の所業をいかに判断しているかを全く理解することなく、恥の上に恥を塗る所業に出ることとなったという次第である。全く、がっかりしたとの一語に尽きる。どうあっても当選する見通しがないのいにあえて破れかぶれの知事選に臨むということは政治家として悪路を選んだ、というしかない。必ずや落選して、今度こそ地獄へ落ちるしかないことだろう。身近に相談する人が一人もいなかった、ということだ。

 

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「ブルックナー交響曲8番ハ短調」93分を一気に演奏し切ったN響演奏者に乾杯!

2024-09-16 | Weblog

 15日は東京・渋谷のNHKホールでのN響演奏会に出かけ、ファビオ・ルイージ指揮によるアントン・ブルックナーの「交響曲第8番ハ短調」を聴いた。N響の演奏会には3ヶ月に1回、大体ファビオ・ルイージ指揮の演奏会を選んでおり、今回たまたまブルックナーの交響曲だった、と記憶しているが、入口で本日の曲目を記したパンフレットをもらい、初めてブルックナーの交響曲第8番が演奏時間が93分もかかり、いかに大きな作品であるかを知って、胸がワクワクしてきた。

 ブルックナーはオーストリア生まれで、ベートーヴェンとウエーバーの音楽に影響を受けた作曲家で、最後に完成させたのがこの交響曲第8番である。ブルックナーが今月4日に生誕200年を迎えたのを指揮者のルイージが2024ー25年シリーズの幕開けに選んだ、という。今回はブルックナーが純粋に音楽的志向を追及して完成させた「初稿」と呼ばれる形態で取り上げることとした、という。N響がこうした形態で演奏するのは今回が初めて、という。

 午後2時過ぎに開演されたところ、冒頭から壮絶な演奏が繰り広げられ、楽団員みんなが必死になって、弦を弾き、息を吹き込み、バチで叩いて、曲を奏でているのを必死に見つめていた。ステージから一番遠くの5階の最後方に座って眺めていると、ステージ中央の最左翼にハープが2台設置されており、その後ろに演奏者が2人控えていたが、一向に演奏する気配がなかったが、第3楽章の途中でようやくハープの音色が伝わってきた。

 第3楽章になって、ワーグナーの「ニーベルングの指環」を想起させるような壮大な楽曲の展開があり、第4楽章に移ることになって、ベートーヴェンの合唱を思わせるような場面が現出されたような感じがした。ブルックナーがベートーヴェンとワーグナーの音楽に影響を受けて作曲にあたった、というのがよく理解できた。

 演奏時間の93分はベートーヴェンの交響曲9番「合唱」を上回るもので、ほとんど休みなしで、演奏しきった楽団員のみなさんに盛大な拍手が沸き起こり、指揮者のファビオ・ルイージのカーテンコールは5回にも及んだ。ファビオ・ルイージだからこそ演奏できたのだ、というのが観客のみなさんの思いだったことだろう。そんな貴重な機会を与えくれたて演奏者に乾杯!というのが正直なところだろう。

 

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生涯忘れられぬ思い出となった台風10号に遭遇して最後に巡り合い、得たものに感謝してやまない

2024-09-01 | Weblog

 台風10号が日本列島を恐怖に突き落とした最中の29日に熱海の伊豆山へ出かけることになっていたので、若干の不安を抱きながら足を運んだところ、見事に罠にはまってしまった。当日は温泉に浸かり、翌朝もいつのように朝風呂に浸かったうえ、予定通り駅までのシャトルバスに乗って着いたところ、帰りの新幹線はじめねらいの小田原方面行きの東海道在来線は全線ストップ状態で、周りを見渡すとタクシー乗り場は延々と列を作って長蛇の行列が出来、駅頭は行き場を失った一杯の人で溢れ返っていた。そうしたところへ何度も豪雨が襲ってきて、さながら災害被害者ここにあり、といった状態を呈していた。

 まず腰を落ち着ける場所を求めてハンバーガーのフードチェーン店を訪ねたが、満員で、やむなく商店街の中央の備え付けのベンチを見付けた。かみさんと二人で腰掛けて、まず泊まっているホテルに電話を掛けてもう一晩泊めてもらうようお願いした。あたりを見ると同じようにホテルを引き払ったものの帰る交通手段のない人たちが次から次へやってきて、熱海駅前はいままで見たこともないような混雑ぶりを呈していた。結局2時間ばかり、ホテルまでのシャトルバスの発車まで過ごしたうえで、もう一度ホテルまで戻った。

 ホテルに戻って、テレビで流される台風10号の日本全国全般にわたる猛威状況をつぶさに見るにつけ、いままでこんな広範囲に災害をもたらす台風があったことはないので、一体いかなる状況でこんな台風が生まれることとなったのか、その理由が知りたいと思ってテレビ画面を必死に見つめていたが、そうした解説にはとんとお目にかからないまま、九州から北海道にわたるまで、全国一円に幅広く強烈な雨風が吹き荒れていて、日本国民全体がななにかのお仕置きに遭っているような状況がもたらせていた。

 翌31日になっても交通状況は前の日と一向に変わらない状態で、家に帰ることが出来ない、と判断して、ホテルのフロントに出向き、もう一晩延泊することを申し出た。こんな状態で、泊まりのキャンセルばかりで、新たに泊まりに来るような申し出はほとんどないような事情なので、あっさりと受け入れてくれた。そこで、もう一度熱海駅の状況を見るべく熱海駅に出掛けてみると、なんと新幹線の熱海から東京行きはこだま号が全線自由席で1時間に2本くらい走っていることが判明した。どのくらいの混雑ぶりかはわからないが、ホテルサイドでは摑んでいない情報であった。わかっていれば、荷物を持って出てきていたのにと悔やまれた。また、この日は前日ほどタクシーを待つ行列は出来ていなくて、タクシー乗り場には空車が待機していた。

 そうしてホテルに戻ってきたが、ホテルに戻っても温泉に何回も浸かっていると皮膚がふやけてくるような気がしてくる。持ってきた本もほぼ読んでしまったし,iPADでのゲームにも飽きてきて、これといってすることがなくなってくると、難民のような気分に陥ってくる。これまでこうした状況に追い込まれたこともないので、何をしていいのか、も見えてこなくなる。明日はもう一度熱海駅へ行って、どうすべきかを探ってみよう、と深く心に決めた。

 で、9月1日の関東大震災記念日となり、朝一番にホテルをチェックアウトし、シャトルバスで、熱海駅に向かった。着いたところ、半ば期待した新幹線は動いてなくて、ホテルのフロントの女性が言っていた通り、再開の見通しも立たない、という。で、ふとタクシー乗り場に目をやると、客待ちの空車が4台ばかり見えた。そこで、意を決し、乗り込んで「横浜までお願いしたい」と言ったところ、運転手さんは小田原以降の東海道線は動いているようなので、小田原まででもいいですよ」と言ってくれた。車中では熱海のタクシー業界事情やら、世間話をいろいろ話してくれもしてくれた。

 走り出した途端に豪雨に見舞われたが、すぐに雨はおさまり、約1時間くらいで、小田原駅に到着した。料金はほぼ9000円で収まり、延泊1日分の半額程度で済んだ。そんな手があるのだ、とは考えもつかなかった。ここ数日ホテルのフロントには「熱海のタクシーは出払っています」と掲示されていた上、2日前には大勢の人が何重にも列を作ってタクシー待ちをしていたのを目にしていたので、タクシーを使って帰ることなどは思念の外にあったのだろう。生まれて初めて”難民”生活をしたことで、通常の感覚がなくなってしまっていたのだろう、とも思われた。

 小田原駅では湘南ラインの急行にすぐに乗れて、結局ホテルのシャトルバスに乗ってから2時間強で、溝の口駅に帰ることができた。いつもは溝の口駅からホテルまで2時間33分要していたのに新記録となった。台風10号はいままでにない足跡を残してくれ、気象観測史上最も大きな被害をもたらし、その科学的解明が待たれるが、鈍想愚感子にとっては最後は思いもかけぬ結果を残してくれたものとして、生涯忘れられぬ思い出となった。

 

 

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落合博満氏が「高校野球のテレビ中継は見ない」と聞いて、そんなことがあるのか、と耳を疑った

2024-08-19 | Weblog

 18日にほぼ毎週見ているTBSのサンデーモーニングを見ていて、スポーツコーナーの解説者に落合博満と中畑清の落中コンビが出てきて、いつも通りのプロ野球の結果報告から始まって、今週のスポーツ界のあれこれについて、結果紹介、コメントを紹介していった。そのなかで10日ほど前から始まった夏の高校野球甲子園大会に触れ、司会の膳場貴子が両氏にコメントを求めたところ、中畑氏が「全部テレビで観戦している」と答えたのに対し、落合氏が「私は高校野球は見ません」と答えたのに一瞬、耳を疑った。野球に興味を持つ人なら夏の高校野球甲子園大会を一切見ないなんてあり得るのか、と思ったからだ。プロ野球に携わる以上、高校野球からプロ球団に入る選手は毎年数多くいるし、高校野球界の要人と顔なじみであることがプロ野球人に欠かせない条件であると思っていたのにそれを半ば否定するような感じを与えたからでもある。

 鈍想愚感子は子どもが野球をやっていて、神奈川県の東海大相模高校に入学し、夏の甲子園大会には出場できなかったものの、いつも半ば母校の動静には目を光らせていて、ことしは宿年のライバルの横浜高校を決勝戦で破っての甲子園出場とあって、2回戦からずっとテレビを見ながら応援してきた。ところが、残念ながら19日の準々決勝の第1戦で、関東第一高校に2対1で敗れてしまった。中盤まで両軍の投手の好投で0対0の接戦となり、東海大相模が6回裏の攻撃で初めて得点圏に走者を送ったが、攻守に阻まれ、得点には至らなかった。その直後、相手の関東第一高の先頭バッターに投げた初球をレフトスタンドにホームランを打たれてしまい、結局2対1で敗れてしまった。

 東海大相模高校野球部の監督は数年前から原俊介・元巨人軍選手に代わっており、夏の甲子園大会ス出場は初めてのことだった、思う。原俊介監督は監督が正面に立って野球をしている感じがあり、しばらく低迷するだろう、と思っていたら、その通りだった。それが、20日くらい前の神奈川県大会決勝戦後の監督インタビューでは角張ったところがとれて、柔らかい印象だったので、甲子園大会では期待できるのかな、と思っていたが、まだそこまでいっていないことが裏付けられたような感じもした。

 子どもの野球の応援に行っていた時から、この世界はやたら小姑が多くて、人間関係が大変だというのは随所に感じてきたことだった。いまでもそんな世界の頂点に立つ落合博満氏が「高校野球を一切見ない」と公言するのはそうした周りの声に耐えかねてのことだろう、と思われる。何か一言、落合氏が発言すれば、それが回り回って、どんな波紋をもたらすか、予想のつかないことが起きかねない、と懸念してのことだろう。実際には家で見ているのかもしれないが、対外的には「見ていない」ことで通して、実際にはその世界に詳しい人からこっそり動静を聞いて、必要な情報はチャッカリ入手しているのかもしれない、とも思った。

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みなさんのお宅で使用している家電製品のほとんどで端子ジャックの接触不良が起きていると思われる。そんな場合の対策がこれです。

2024-08-08 | Weblog

 ことしの父の日に息子からミライスピーカーミニをプレゼントされ、接続してみたが、一向に音が出なくてどうしたものか、と思い悩みながらしばらくほっといたが、そうもいかないので、取扱説明書をよく見ると、問い合わせ先が書いたあった。それに電話すると、女性の担当者が出てきた。まずテレビの背面にあるイヤホンの穴にスピーカーに接続した端子のジャックを差し込むところを、我が家のテレにはイヤホンなるものがなくヘッドホンと書いてあるので、「それでいいか」と聞くと、「いい」ということだった。

 それで「全く音がしない」と尋ねると、「お宅のパソコンを外してテレビの代わりにつないで下さい」ということだったので、その通りにやってみたら、なんとミライスピーカーから音が出てきた。その旨を伝えると、「テレビの背面のヘッドホンの差込口に埃などが溜まっていて、接触が悪いと思われる。アマゾンネットなどで端子クリーナーなるものを販売しているので、それを購入して、テレビのヘッドフォンの差込口を清掃してみて下さい。それでも駄目なら、もう一度お電話下さい」ということだった。

 我が家のテレビは購入してもう14年経つもので、これまでヘッドフォンの差込口にジャックなど差し込んだことは1回もないので、この間相当に埃が溜まっているのは間違いないところだ。端子クリーナーと称するものを購入してもいいが、要はその中を掃除すればいい、ということだ、と思い当たり、裁縫箱の中にある太目の針を取り出し、先端に細い糸を巻き付け、ヘッドフォンの差込口に入れ、数回こねくり回す作業を繰り返した。糸を巻き付けたのは差込口に残ってしまっては元も子もなくなってしまいかねないからで、なにかにひっ掛かっても糸が取り出せるようにと思ってのことだった。

 そうした簡易な差込口の掃除を終えて、ミライスピーカーの端子のジャックを挿入し、スイッチをいれたところ、ミライスピーカから音が出てきた。テレビの音より滑らかな音が出て、これなら遠くにいても聞き取りやすい感じがした。ということで、息子のプレゼントに改めて感謝した次第である。

 「端子クリーナー」なるものがある、と聞いたのは初めてのことだが、考えてみれば、家電製品のほとんどはこうしたなんらかのジャックの差込口があり、多くが埃が溜まって接触が悪くなってしまい、十分に機能しなくなっているケースが多いことだろう。アマゾンなどネットで端子クリーナーなるものを検索すると、相当に売れているようだが、すぐに購入する前に鈍想愚感子が試みたように針の糸を巻いてクリーナーとすることも対策のひとつだ、と思われる。ぜひ一度、やってみることをお薦めします。

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夏の納涼歌舞伎を楽しんだ後は「備長ひつまぶし」のウナギの味を堪能した

2024-08-06 | Weblog

 5日は東京・銀座の歌舞伎座へ8月納涼歌舞伎の観劇に出掛けた。いつも事前にネットでチケットを購入するのだが、今回は発売日を失念して気が付いた時にはほぼすべての座席が売り切れとなっていた。以前は1階の一等席に座席を予約していたが、最近はずっと一番後ろの3階B席を予約していくことにしていて、ある時その座席の後方に一回の演目ごとにチケットを販売しているいわゆる立見席のような席があることに気がついて、いつかそんな席から見てみたい、と思っていて、今回そうすることにした。

 開演の50分くらい前に歌舞伎座に着き、いわゆる立見席なる売り場に行き、立ち合いの男性に聞いたところ、やはり演目ごとにチケットを販売しており、11時開演の演目の山本周五郎原作の「ゆうれい貸屋」の観覧料を聞くと1人2500円とほぼ3階B席と同じ料金だった。その料金を払い、1階のみやげ物売り場を覗いてから、開場の10時半に入り口に赴くとエレベーターで3階に上がり、合わせて100席くらいある座席の両端約20席が指定された席のようで、通路から2番目3番目に席を確保した。

 午前11時に「ゆうれい貸屋」が開演し、坂東巳之助演じる桶屋職人弥六が住まいの長屋に朝帰りすると、女房のお兼が里帰りしてしまっていて、そこへ現れた幽霊の染次に一目惚れしてしまい、その染次から恨みを晴らしたい人に幽霊を貸し出す商売をしよう、と持ち掛けられ、乗ってしまい、まんざらでもない稼ぎを手にする。しかし、しばらくして、幽霊たちがなぜかやりがいを失くして、次から次へと去っていってしまう。

 そんな折り、里帰りしていた女房のお兼が戻ってきて、長屋の住人が集まってきて、お経をあげて、幽霊たちを一掃してしまい、弥六とお兼は仲のいい夫婦に戻っていく、という小咄で、結末が一体どうなることか、と心配しながら見ていた観客の胸をなで下ろさせてくれた。座席に外人のカップルが座っていたが、こんな日本の昔の長屋の人情話を理解できたものか、いささか気になった。

 観劇が終わり、すぐ側の銀座三越11階にあるウナギ屋「備長ひつまぶし」に寄り、約30分くらい列に並んだうえ、夏に相応しい鰻ひつまぶしを堪能した。毎年夏に1回、ウナギを食べることにしており、ネットで調べたうえでのお店で、最初はそのまま食べて、2回目はネギとワサビを合わせ、最後は出汁をかけて、3回うなぎ丼の味を楽しむという食べ方をして、うなぎをしっかりと味わわせてくれた。この「備長ひつまぶし」店は愛知県下の名古屋の北にあたる丹羽郡大口町に本店があり、名古屋に4店、大阪、福岡に各1店、東京に5店の計12店を構えており、名古屋出身の鈍想愚感子として初めて知った事実で、今後とも応援していきたい、と思った。

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日本の家電メーカーの技術力の高さを実感させてくれた、日本製エアコンが約30年ぶりに正常に稼働した事実

2024-07-30 | Weblog

 今年の夏は異常に暑い。そんな中、先日名古屋から友人が上京して泊まっていくことになったので、北側の洋室に泊まってもらうことにしたものの、ずっと使っていなかったダイキン製のエアコンにスイッチを入れたところ、なんとか稼働したものの、リモコンがうまく作動しなくて、温度調節などが有効に働いてくれなかった。なんとか、その場はしのいだものの、友人には不便をかけてしまった。これまでにも孫たちが遊びに来た折りなど何回も冷房なり、暖房なりを入れようとしたものの、いつも中途な半端な形となってしまっていた。

 それで、かみさんに頼んで当該のエアコンを購入した溝の口駅前のヤマダデンキにリモコンを持っていって、新しいのに交換してもらおう、としたところ、ダイキン製エアコンはいまは扱っていないので、取り合ってくれなかった。ただ、店員の説明では「いまのエアコンのリモコンは家電メーカー共通の仕様になりつつあり、そうしたものに切り替えるのも手だ」と教えてくれた、という。ただ、「ダイキンのエアコンは扱っていないので、使えるかどうかよくわからない」とも言われた、という。

 家電メーカー共通のリモコンがあるなんて聞いたことがなかったので、半信半疑の気持ちで、とにかくネットで検索してみたところ、本当にそうしたものがあることがわかった。我が家にはエアコンが3台あり、いつも使っているのは居間に備えてある東芝製のもので、残り2台はかみさんの部屋にある東芝製のものと一番北側の仏間にあるダイキン製のもので、こちら2台はいずれも入居した30年前に当時一緒に住んでいた息子たちが購入、設置したものだった。2台ともこれまでほとんど使ったことがなかった。だから、これら2台はずっと埃を被っていて、いつ廃棄しょうか、とも思っていたものだった。

 ただ、最近は来客が多くて、仏間のダイキン製エアコンは時々動かそう、と試みることが多くて、こちらのものだけはなんとか、動かしてみよう、という気になり、ネットでマルチリモコンなるものがあることが判明した。そこで、さらに検索していくと、ダイキン製エアコン共用のリモコンがあることがわかり、アマゾンネットで販売していることを突き止め、約2000円弱で購入してみた。

 その翌日、ダイキン製エアコン用のマルチリモコンが届いたので、早速仏間のエアコンに使ってみたところ、なんと、20数年ぶりに正常に稼働して、立派にエアコンとして機能した。当初はリモコンの故障だけでなく、エアコン、さらには室外機のどこかが故障しているのではないか、とも懸念していたが、そうした懸念の一切を振り払ってくれるような見事な立ち直り方で、これまでどうして動いてくれなかったのか、と怨みのひとつでも言いたくなるほどだった。

 ダイキン製のエアコンが20数年ぶりに稼働したので、もうひとつのかみさんの部屋にある東芝製エアコンについても稼働するのか、どうかを確かめたくなって、リモコンと操作マニュアルを記した解説書を引っ張り出し、本体の溜まっていた埃などを除去したうえで、スイッチを入れてみたところ、なんとこちらも正常に稼働したのに驚いた。こちらは本当に約30年ぶりにスイッチを入れたというのが正直なところで、まさか稼働するとは全く考えてもいなかった。

 日本の家電製品はかつては世界をリードして、日本経済の屋台骨を支える一翼を荷ったといっても過言ではないが、ほぼ30年間、ほとんどスイッチをいれたことのない日本製エアコンが正常に稼働したことはその実力のほどを如実に示してもいる、といってもいいことだ、と思う。世界に誇るべき日本の家電メーカーの技術力ここにあり、と心底思った次第である。

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岸田首相が「渋谷サクラステージ」の開所式に出席したことを見て、センスのなさに驚いた

2024-07-26 | Weblog

 25日ちょっと旅行に出て先のホテルで、夕刻テレビを点けていたら、岸田首相が今日、渋谷にオープンした「渋谷サクラステージ」なるショッピング施設の開所式に出席して、挨拶した、と報じていた。鈍想愚感子もこの週初めにその「渋谷サクラステージ」の関係者披露会に参加して一覧してきたが、どこと言って特徴があるような施設でもなくて、単に渋谷の一角にレストランと物販店が軒をそろえたショッピング施設ができた、というだけで、それほど注目を集めるようなものでもなかった感想を持った。

 そんなどこにでもある商業施設ができたからと言って、一国の総理大臣がわざわざお出ましして、祝辞を述べるようなものなのか、と疑問が湧いた。どうせ、東急グループのお偉方の一人が知り合いの政治家を通じて、岸田首相のお出ましを画策しそれが通った、ということなのだろう。岸田首相が頭の上がらない筋の自民党の巨頭あたりへの伝手を頼ってのことなのだろう。そんなルートの経過を辿るような知り合いもいないので、あくまでも憶測に過ぎないが、今日26日の各紙の首相消息欄を見ると、確かに岸田首相は25日の9時11分に公邸を出て、渋谷に向かい、渋谷サクラステージ記念式典に出席と掲載されている。

 この程度のイベントに一国の総理大臣がお出ましになるということはお誘いさえあれば、どこにでも総理大臣が出席するということはなんの基準もない、ということなる。いやしくも公費を使ってお出ましになるのだから、出席の基準というものがあって然るべきなのに、ノーズロでは総理大臣の行動基準なるものがまるでない、ということになる。もともと岸田首相にはそうした基準らしきものはまるでない、という印象がある。これでは首相たる威厳があったものではないし、奉るような尊敬の気も起きてこないことだろう。

 しかも岸田首相がいまどういう状況に置かれているかは新聞、テレビがそろって9月の自民党総裁選に向けて必死の出馬情報を集め、自らも参戦する構えでいることは間違いない。そんなさなか、こんなありふれたショッピング施設の歓声披露式にお出ましになるというのはどう考えても合点がいかない。そんなことをしている状況にあるのか、これで岸田首相の周りには事の是非の判断が的確にできる御仁がいないということがはっきりと裏付けられたこととなる。

 岸田首相自身がそうした判断をするのに一番の責を負うのはもちろんであるが、その判断を行うのに適切なアドバイスする人がいない、ということが今後の岸田首相の動向に大きな影を落とすこととなるのは間違いないことだろう。それこそ、先の東京都知事選で小池百合子知事に次いで2位となった石丸伸二元安芸高田市長が広島一区に出馬し、岸田首相を追い落とすことを策略していると伝えられているが、そんなことも十分にありうることだ、と思えてくるのも無理のないところだろう。

 

 

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どう考えても違和感の残る岸田首相と優生保護法被害者との面会は、秋の自民党総裁選を意識したパフォーマンスだ

2024-07-18 | Weblog

 17日にテレビを見ていたら、岸田首相が旧優生保護法(1948年)下で障害がある人たちに不妊手術を強制したのは違憲と断じた最高裁判決の原告たちを招き、「政府を代表して謝罪を申し上げます」と例のよって官僚の書いた原稿を読み上げ、頭を下げた場面が写っていた。日頃の首相をしての行動ではありえない殊勝な表情で写っていたが、どうせ頭の中では「昔の先輩が決めたことだからしょうがない」とでも思っていいるのが見え見えで、どう見ても違和感の残る場面だった。

 確かに戦後まもなくの障害者に対するこうした措置はひどいもので、時に政府関係者こそ責められ、責を問われなければならないのは明らかで、最高裁の判決は正しい方向へ一歩踏み出したものとして褒められるべきものと言える。特に被害者に対して見舞金を支給するのに除斥期間を設け、全員に対して見舞金が支給されるのを妨げていたのを撤廃することにしたのはやっと司法の場で公平に取り扱われることが約束されたものとして高く評価される。

 こうした状況で国の最高責任者たる首相が被害者に対して頭を下げるというのは素晴らしいことではあるが、岸田首相についてはこれまで首相として振る舞うべき場にいて、それなりの言動をしてきたのか、と問われればまず然るべき場には出てくるるのは極めてまれで、常に一歩後ろに下がっていて、配下の閣僚なり、官僚に任せてきたのが通例で、首相としての役割りを全うしてきたとは言い難い首相であった。昨年末以来の政治資金問題で、岸田首相が前面に出て言うべきことを言ったということは正直あまりなかった、といのが大方の見方である。

 それを今回は一躍前面に立って、役人が用意した書面を読んで、4秒づつ2回も頭をも下げたというのは異例といえる。どうせ官僚がまずだめだろうと思って、そうした場面をセットしたのに、今回は岸田首相が即座に乗ってしまい、実現したのだろう。岸田首相の腹づもりはここでなんとか来るべき自民党総裁選へのスタートとして点数を稼いでおきたい、との思惑でもあったのだろうとしか思えない。相変わらず低空飛行している内閣支持率のアップを図りたい、との思いもあったのは否定できない。

 いままで岸田首相のパフォーマンスから見て、どう考えても武見敬三厚生労働大臣の出番だったのではなかろうか。

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米メジャーの大谷翔平選手はTVコマーシャルに出すぎではないだろうか。水原問題の再燃にならなければいいのだが‥‥?

2024-07-13 | Weblog

  米メジャーの大谷翔平の最近の活躍ぶりから世界一の野球選手としての地歩を固めつつあると見る向きが多くなっているのは間違いない。ただ、そうしたなかで最近気になっているのはテレビで放映されるコマーシャルに大谷選手が出過ぎているのではないか、という点である。ECCジュニアなる子ども向けの英語塾のTVコマーシャルになぜ大谷選手がCMタレントとして起用されたのか詳細はわからないが、いまの大谷選手のパフォーマンス上、なにか違和感が感じられるような気があるのは考えすぎなのだろうか。

 考えてみて、かつての米メジャーに在籍したイチロー、松井選手は多少のTVコマーシャルに出演はしたのだろうが、大谷選手ほど多くないし、それなりに出演するコマーシャルなり、企業を選別していたような感じがある。それにひきかえ、大谷選手はこれまで三菱UFJ銀行はじめ、お茶の伊藤園などのコマーシャルに出演してきた。かつてはビットコインなど投資案件の企業の広告にも出演し、当該企業に被害を蒙ったお客から訴えかねない事態すら起きたことがある。

 こうした経緯を見ていると、一体大谷選手に持ち込まれるコマーシャルへの出演なり、名義使用についての窓口なり、検討はどういった体制で応じているのだろうか、という点に疑問が感じられるようなこととなってくる。大谷選手自身が判断しているとも思えないし、的確な判断をしてどう対応しているのか、がよくわからない。妻の真美子夫人が采配を振るっているようなことはないのだろうが、きちんとした体制を整えているのかどうか、極めて疑わしい感じがする。

 大谷選手はあくまでもメジャーリーグの野球選手だから、野球選手としてこのコマーシャルに登場してもいい、と判断したうえでのものならいいのだが、いまの感じでは単にお金稼ぎのために次から次へと来る出演依頼に応じているだけで、野球選手としてのイメージから判断しているとは思えない。そうであるなら、単に稼げるからというお金だけでの判断しか感じられない。すでに1000億円以上の稼ぎを確定しているのだから、そんなに稼がなければならないという理由は理解しがたい。少なくとも大谷選手のイメージにとって受けるべきかどうかという判断がなされたとは受け取りにくい面がある。それだと単にお金を稼ぎたいから、野球をやっているに等しい。どう考えても日米の少年に対して野球をすることが夢を与えてくれる、というイメージには程遠いものとなってしまうのではないだろうか。

 この春、野球賭博によって大谷選手から多額な金銭を奪った水原一平元通訳が罪に問われ、いまだに決着を見ていないが、この時も実際に大谷選手がどの程度事態を把握していたのか、は解明されてはいない。巷間、大谷選手は通訳、および身の周りのことごとの処理についてきちんとした代理人を立てるべきだ、ということは指摘されていた。大谷選手はすでに危機管理広報としてマシュー・ヒルチック氏、もしくは(株)二刀流のネズ・バレロ氏と契約しているとも伝えられていたが、きちんとした契約がなされているとは思えない状況である。今回のテレビコマーシャルへの出演依頼もこの種の代理人が判断して、大谷選手の意向、同意に沿った形で進めるべきだ、ということである。

 しかし、最近の動きを見ると、少しも改善されたようには見えてもこない。大谷選手はロスアンゼルス郊外に邸宅を構えたようであるが、その豪邸について、日本のフジテレビなどが取材して放映し、問題を起こしているような噂も飛んでいる。こうした点を見ていても、大谷選手の周辺できちんとした代理人がいて、問題解決にあたっているような体制はいまだに築かれていないようにしか見えない。ということは再びこの春に起きた水原通訳の犯罪のようなものが再び起きるような気がしてならない。今度同じようなことが起きたら、大谷選手の活躍はもう望めないこととなるのが懸念される。

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