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鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

野村証券のサイトで保有していた株式を勝手に売却され、見も知らない会社の株式に入れ替えられてしまった犯罪の目的は一体なんだろう。セキュリティ対策は万全に!

2025-04-22 | Weblog

  先週16日のことである。メールに野村證券からいきなり8通の取引があったとのお知らせが届いた。所有している東急不動産ホールディングスの株式1000株を売却し、代わりに聞いたこともない名の会社の株式を購入したとの内容で、全く覚えがないので、いたずらだろうと思って無視していた。そしたら、翌日になって野村証券から取引通知書が届き、前日のメール通りの取引が実行されてしまっていたので、驚いた。東急不動産株は大学のゼミの仲間が勤めていた企業で、応援する気もあって、数ケ月前に購入したものだった。その株を本人も知らないうちに勝手にネットに忍び込んで売り買いすることができるなんて全く思いもしなかった。そうした詐欺が横行しているとは聞いてはいたが、その被害に遭うなんて全く思いもしなかった。

 早速、野村証券に電話したところ、そうしたことが行われたことは事実のようで、担当者が「まずはセキュリティ対策として、いまのネットでの株式売買についてはストップをかけ、新たに新しいログインパスワードと取引パスワードを発行するので、その通知が届いたら、早速新しいログインパスワードと取引パスワードを使ってログインし、さらにそれを別のものに更新してほしい」と伝えてきた。さらにセキュリティ対策として、本人確認のため、本人確認のためのセキュリティのダブルチェック方式を採っているので、それも活用してほしいと伝えてきたが、スマホがないとできないので、それはできなかった。

 さらに「野村証券としてはこうした事例は数多く発生しているので、なるべく早く所轄の警察に被害届を提出してほしい」ということだったので、20日に近くの高津警察署に出向き、ネット詐欺に遭った被害の状況を受け取ったメールのコピーを持参し、届け出た。警察に赴き、犯罪に遭ったことを報告したのは初めてのことで、狭い部屋で警察官と向かい合って話をするのも初めてのことで、やや緊張した。やり取りのなかで、話しているうちに2ヶ月くらい前にパソコンの操作をしていた時のことを思い出した。

 というのはパソコンの操作中いきなりに画面が固まり、大きな音がしてきて、ディスプレイに「サポートするので、ここへ電話して下さい」と電話番号が表示され、そこへ電話すると、外人の男性の声で、パソコンの操作をすることを指示してきてた。そうこうするうちにパソコンの画面が変わり、いつも取引している銀行の画面が現れたので、怪しいと思って、即座に画面をクロ―ズした。あとで、考えても気持ち悪かったので、取引しているその銀行に電話して状況を報告したら、相手に女性は即座に「それはサポート詐欺です」と教えてくれた。そして所有していたキャッシュ/クレジットカードを更新することを勧められ、数日後に更新した。

 今回の詐欺もこの件が影響しているのは事実のようで、相手のパソコンを乗っ取り、日頃アクセスしている画面を追跡し、詐欺に必要なログインパスワードなどの情報を盗み取り、それを使って勝手に被害者の利用サイトに侵入して好き勝手なことをやってもける手口といっていいだろう。そんな輩の犯罪を防ぐには適度にパスワードを変更するなどセキュリティ対策を万全にすることしかないだろう。

 今回のような犯罪は全く許せないことではあるが、勝手に株式を売却して、見知らぬ会社の株式に変えてしまうのは一体どういった意図のもとに行われたのか、想像がつかない。売却した株式の代金を手にするわけでもなく、代わりに購入した新たな会社株式は被害者のもとあるのだから、いたずらしているとしか思えない。考えられるのは新たな株式の会社の関係者で、株価操作をねらったものと考えるしかないのだが、それは警察の手に任せるしかないのかもしれない。ともあれ、こうした犯罪が横行していることだけは確かなことで、こうした被害に遭わないようにみなさんに広く知っておいてもらいたい、切に訴えたい。

 

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4月19日は俳優座サヨナラ公演で、「俳優座さよなら」とその別れを惜しむ声が一層高まった公演であった

2025-04-19 | Weblog

 19日は東京・六本木の俳優座劇場のサヨナラ公演である「嵐」を観賞した。英ウイリアム・シェイクスピア原作のもので、弟アントーニオの陰謀によりミラノ侯爵の地位と領地を簒奪されたプロスペローはひとり娘のミランダとともに妖精や妖怪、精霊たちの住む絶海の孤島に流され、12年の年月を経て秘術を究め、ある日自らを陥れたナポリ王アロンゾーへの復讐のため、大嵐を起こし、彼らとナポリ王の王子ファーディナンドが乗る船を難破させ、孤島へ漂着させる。そこでミランダとファーディナンドが恋に落ちたのを利用し、妖精たちを操ってさらなる復讐を企てる。

 舞台でそうした船の難破を見せるわけにはいかないので、難破した後のプロスペローとナポリ王や、妖精とのやり取りを見せながら、ミランダとファーディナンドとの恋の展開をとらまえていく。舞台の上だけでなく、会場内を出演者が縦横無尽にかけまわることで、広がりをみせつけるなどしていたのが注目された。後で考えると舞台のうえの装置は腰掛けらしき木箱とちょっとした台があるきりで、舞台装置といえるものはほとんどなかった。登場人物がめまぐるしく舞台のうえを走り回るので、筋立てを追うのが精一杯という感じであった。

 そして、最後にはミラノ公国とナポリ公国の王子と姫が恋に陥ることで、お互いのしてきたことを振り返り、和解して握手することで、めでたしめでたしという結果となり、幕が下りることとなる。この公演は19日が最終日ということで、最終場面でプロスペロー役の演者が最後の挨拶をする段になると、さよなら公演の最終日ということで、会場内の観客のほとんど全員が立って拍手するいわゆるスタンディングオベーションという状態となり、それも拍手が鳴りやまず5分近く拍手の音が成り響いた。この俳優座そのものもこれで最後となるような噂もあり、重ねて名残り惜しい感じも加わって拍手がいつまでも鳴りやまなかった。

 会場のアナウンスで、会場内での写真撮影も許されて多くの人が携帯での写真撮影に乗り出したこともあって、一層にサヨナラ公演のムードが高まり、劇場内は一大歓声に包まれた。1951年の劇場公開以来、実に74年の長きにわたり、日本演劇界をリードしてきた俳優座に別れを惜しむ感情も高まってきて、一層サヨナラを感じる思いが強まっていった。演劇の会場と演目が最終日とんるのには初めてお目にかかったが、こんなに観衆が盛り上がるものなのか、とある意味で日本の演劇を支える層の厚さに感激もした。]

 実は10数年以上も前に埼玉県下で平幹二朗主演で同じタイトルの「テンペスト」を観劇したことがあったが、筋立てはすっかり忘れてしまっていて、今回の観劇の参考とはならなかった。だから、比較もできないが、大遭難の中で、主役の平幹二朗が大声をあげて熱演しうていたことだけを覚えていた。それよりも主宰者の劇団俳優座のサヨナラ公演だということしか頭に浮かんでこなかった。だから、サヨナラ俳優座、今後もこの魂をどこかにつないでいってほしいものである、と強く思った次第。

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レストランのガストに入って、ロボットが配膳する場面を初めて目にした。今後のレストラン経営のなかで、味が一番の決め手になる、と改めて思った

2025-04-05 | Weblog

 5日は珍しく晴れた感じだったので、かねて都心あたりで、花見をしたい、と思っていたので、久しぶりにかみさんとともに東京・千代田区の千鳥ヶ淵公園へ出かけることとした。多分10年ぶりくらいの訪問となるが、いつも千鳥ヶ淵公園へ行くときは靖国神社も訪れているので、メトロの九段下で下車して、まず靖国神社へ足を向けた。で、驚いたのは入ったすぐの参道が石畳といった感じに変わり、周りもすっかり様変わりしていたことだった。参拝者が休憩できるような施設も出来ていたし、今回初めて足を踏み入れた本殿裏の散策路をめぐって、池に大きな金色の鯉がいたことにも驚いた。もちろん、気象庁が発表する桜の開花宣言が行われた桜の木も拝見してきた。やはり台東区の上野公園と並んで東京の二大鑑賞地であるのはだれしもが認めるところであろう。

 ということで、すぐ隣の靖国神社のすぐそばには皇居端の千鳥ヶ淵公園にも足を向けた。こちらも予想通りの人の往来が激しく、堀端の道は行く人の数が多くて、車が通るいわゆる内堀通りは行って帰ってくる人の行列が延々と続いていた。千鳥ヶ淵寄りの道は桜を愛ずる人が列を成しており、なかには堀の上に咲く桜を背景にスナップ写真を撮る人もいたりして、いやがうえにも混雑の度合いを激しくする。すぐそこには菜の花や椿の花も咲いていて、春の訪れを告げてくれる。そんな道をのんびりと歩を進めるのも季節感が増してくる趣きがある。なかにはボートを借りて堀の中をめぐるひともいて、そんな姿を展望台から見て、写真に収める人もいて、桜の開花を楽しんでいる形は様々あることを物語ってもいる。

 こうした桜見物にこれこれ2時間ばかり費やしたので、どこかでランチでも食べようか、皇居堀近くのレストランを探したが、生憎土曜日だったせいか、適当なところが見つからず、30分以上歩いて、赤坂見附あたりまでやってきたが、目当ての赤坂東急ホテルが改装中なのか、営業しておらず、やむなくメトロの赤坂見附駅前のレストラン、すかいらーくチェーンのガストに腰を落ちつけた。入ってみて、驚いたのは注文をiPADで打ち込んで送信すると、15分くらいで、ロボットの配給卓が料理を運んできたことだ。つい数日前のテレビでレストラン経営の話をやっていて、司会者が「最近のレストランは配膳をロボットに任せていて、おかげで従業員の手間がすっかりかからなくなった」と話していたのを聞いていたことを思い出した。実際にロボットが配膳をしていて、経営改善に大いに役立っているのを目にしたのは初めてのことだった。

 このガストではお客は注文した食事を配膳ロボットが持ってきたのを受け取ると、伝票をもらい、食べた後には出口の横にある自動精算機に伝票を読み取らせたうえで、現金、もしくはカードで精算する仕組みとなっている。テーブルには番号がふってあるので、ロボットはその番号をしったうえで、配膳するので間違いなく届けられる。従業員はただ、お客が出た後で、食器などを片づけるくらいで、ほとんどお客と接することがなく、ストレスを感じることもまずなさそうで、働きやすさも感じることだろう。

 ランチの価格も1人1000円程度で収まり、味も良かったので、合格点がつけられるものだった。日本のレストランがこうして機械化が進んでくると、いよいよ味が勝負を決める要素となるわけで、レストラン経営で一番重要なところが問われる時代に入る、ということとなろう、改めて思った次第。

 

 

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東京ガスを名乗って「ガス器具の点検を行う業者」に注意あれ、その筋のお先棒をかついでいる輩である。

2025-04-01 | Weblog

 昨31日、東京ガスを名乗って「ガス器具の点検に行きます」という電話がかかってきて、男性の石川と名乗る人が「明日10時から11時の間に伺います」と言った。で、エープリルフールの今日になり、来るのを待っていたが、時刻を過ぎても一向に訪れてこないので、念の為、東京ガスに電話をしたら、「そんな予定はないし、ガス器具の点検は4年に1回しかやらない」というではないか。控えの点検報告書を見ると、確かに昨年12月17日に確かに訪れてチェックをしていることがわかった。どんな点検をしたのか、はっきりとは覚えていないが、4年に1回という点検をまだ半年も経たないのに訪れる、というのはいかにも解せない。

 そうこうするうちに石川と名乗る人物がやってきて、インターフォンを押して、「ガス器具の点検です」と言ってきたので、「東京ガスの方ですか」と問うたら、なにやら横文字の会社名を名乗ったが、よく聞こえなかった。東京ガスではない会社がどうしてこんなことをするのか怪しい、と思ったので、「東京ガスとはどんな関係ですか」と聞いたら、ムニャムニャとなにか言ったが、そのうちにインターフォンを切って、立ち去ってしまった。服装も白っぽいもので、大企業の社員らしくない感じだった。

 たまたま、今住んでいるマンションでガス漏れ検知器について、ある住人から「ガス検知器がうまく動かないので、取り換えてほしい」との声が寄せられ、調べたらガス検知器の耐用年数が過ぎてしまっているので、この際、マンション全体でガス検知器を取り換えようか、との話が出ていた時期だったので、そんなことでも聞いてみようか、とも思っていたので、ガス器具の点検に来るのなら、合わせて聞いてみようか、とも考えていたのが、おじゃんとなってしまった。

 でもよくよく考えてみたら、ガス器具の点検といっても一応、住居内に入ってくるわけで、どういう具合いに部屋の配置がなっているかを見ることができるわけで、どう考えてもその筋の暴力団につながる関係者であるのではないか、と思えてきた。こちらの電話番号と名前を知っているわけで、あとは部屋の配置なり、状況がわかれば次にすることは強盗なり、窃盗の襲来となることなどは容易に想像できる。いまはそうした具合にみすみすその筋の対象となることも十分に考えられる。

 冷静に考えると、今回は明らかに知らないうちに見えざるその筋の敵の対象にあがってしまっていたこちらの油断がった、と考えるしかないだろう。我が家の電話番号と名前がいつの間にかその筋の輩の目の元に留まってしまった、ということなのだろう。どこでそんなことになってしまったのか、はわからないが、敵はそうした無防備の人の電話番号を含む個人情報を手にして、仕掛けてきたのに違いない。そうした網にひっかかってしまった、こちらのミスと言わざるを得ない。大いに反省し、こうした手に引っかからないように気をつけるしかない、と固く自らを戒めた。

 あわせて、今回のガス器具点検はそのための準備作業とみれば、十分に理解できる。容易にガス器具の点検だからといって見知らぬ人を家の中に迎えないことである。そうした申し入れがあった際にはきちんと身元を確かめたうえで、点検を受け入れるに越したことはない、と強く思った次第である。

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”街角ピアノ”撤去の報道に接して考えたこと、平成AIの活用でなんとか生き残る道があるのではなかろうか

2025-03-27 | Weblog

 27日朝テレビを見ていたら、どこかの街のストリートピアノがあまりにも下手は演奏が相次いでいることから、撤去されたと報道されていた。街角に置かれたピアノをだれにでも弾いてもらい、みんなが楽しめるものとして世界的に歓迎されているものだ、と思っていたのが、とんでもないことになり始めたようである。これから一体どうなっていくのか、予断を許さない状況であるが、世の人が楽しめる折角の試みが無となりかねないことで、なんとか、生き残っていってもらいたいと思っている。

 いわゆる”街角ピアノ”はここ数年急速に普及し、いまではいろいろな人が自由にピアノを弾いて、周りの人に楽しんでもらえる格好のオアシスとなっている。日本だけでなく、世界の街角に登場しているようで、ロンドン、パリ、ニューヨークでも日本と同じように街角ピアノが見られ、NHKの衛星放送で度々、登場し、なかにはハラミちゃんなるピアニストがパリ、ロンドンの街角ピアノを演奏してまわる番組すら登場していて、新たな旋風を巻き起こすようなことや、同じような米国のピアニストが世界を旅する番組すら生まれていた。5,6年前にコロナウイルスが世界的に急拡大し、世に潤いがなくなってきているなか、世に格好の潤いをもたらすものとして急速に普及していったのは街角ピアノである、と思うこともあった。

 ところがここへきて、こうした街角ピアノが聞くに耐えない雑音であるとして、苦音の街角ピアノを追放しよう、との声が起きてきて、遂に街角ピアノを撤去する事態が起きてきた。街角ピアノを弾く人がすべてピアノの達人というわけにはいかないので、「聴くに耐えない」との声が出てくるのは避けられない、ということとなるのは言ってみれば仕方のないことかもしれない。ピアノを習って弾けるようになるのはそれなりの修練を経ないといけないのは当たり前で、どの程度弾けるのかは弾いてみないとわからない。

 そこで考えたのはいま流行りの平成AIで、ピアニストに数秒弾いてもらって、この人の演奏能力は周囲の人が聴いていて、聴くに耐えるものであるとの評価を下してもらい、合格なら青ランプが点き、不合格なら赤ランプが点き、青となった人演奏するするようにでもすれば、「苦音」といわれるようなことはないのではなかろうか、ということだ。平成AIにとってははそんなことは朝飯前にできることだ、と思われるが、専門家にっとっては容易なことだ、と思われる。

 街角ピアノを街角に置いてみよう、というのはピアノの処分に困った挙げ句に考え出されたものだろうから、設置にあたってそんなことにコストをかけるのはとてもできない相談なのかもしれない。ただ、折角生まれた街の憩いの場をこのまま消滅させてしまうのは残念なことと思われるので、なんとか生き残って人々の心の癒しのツールとしていってもらいたい、と思って考えた次第。

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いまの米国経済を象徴しているような映画「アノーラ」を見て思ったこと、トランプ政権のやっていることをなぞっただけのことなのか。

2025-03-23 | Weblog

 22日は川崎市駅前の109シネマズでこの春に米国アカデミー賞の作品賞はじめ、監督賞、主演女優賞など5部門で受賞した映画「アノーラ」を観賞した。ほぼ毎年この時期は米国アカデミー賞を受賞した映画を観賞することにしているのにならったものだが、のっけから登場人物がいきなり、過激なセックスシーンを繰り広げる予想もしていなかった展開で、一体この映画にどんな評価が下されたのか、と驚いた。幸い、周囲には小さな子供こそいなかったが、周囲はあっけにとられたような感じで、画面に惹きずり込まれたような感じであった。

 映画はおそらく米ニューヨークでのストリップバーを訪れたロシアの財閥の御曹司のイヴァンが接待するホステスのアノーラと過激なシーンから始まり、意気投合した2人はそのままイヴァンの住むマンションに行き、そこでも思いのたけを繰り広げる。そして、そのまま自堕落な生活を続け、イヴァンはアノーラと7日間で1万5000ドル支払うと約束し、贅沢なしたい放題の生活を繰り広げ、その最後としてラスベガスに赴き、教会で結婚式をあげる。

 ところが、その後になっって、突然イヴァンの両親がニューヨークへ尋ねてくることになり、その先駆けとして弁護士が用心棒2人を連れてイヴァンの住んでいる住まいに乗り込んでくることとなった。しかもその数時間後にはイヴァンの両親もニューヨークに来ることがわかり、イヴァンは一人で自宅から逃げ出してしまう。イヴァンのいなくなった自宅に弁護士らはアノーラを閉じ込めてしまうが、肝心のイヴァンを探さないと両親に合わす顔がなくなる、とアノーラを連れて、ニューヨークのあちこちを探しまくるが一向に見つからない。そのうちにアノーラはかつて勤めていた「ヘッドクォーター」なるストリップバーにいるに違ないない、と言い出し、そこでイヴァンを見つける。

 そして、弁護士は2人を連れてニューヨークの法律事務所に赴き、離婚の手続きをしよう、とするが、「ラスベガスに行かないと手続きができない」と言われ、再びラスベガスに行くこととなる。そして離婚の手続きを終えたところへイヴァンの両親がやってきてアノーラに別れることを告げ、やむなくアノーラは弁護士の用心棒の送る自動車に乗って然るべきところへ移送される。そして、その用心棒を別れ際になぜか、運転席でその用心棒といい仲になったところで、幕となる。自らの幸せを自ら勝ち取ろうと全力で奮闘する主人公の行く末は一体、どうなるのか、わからないまま映画は終わってしまった。

 一体、この映画のどこが米国アカデミー賞の最高の栄誉に輝いたのか、全くわからないまま終了してしまった感じであった。米国はトランプ大統領の再登板で米国のみならず世界を不況の真っただ中に陥れようとしているが、そうした事態を象徴しているのがこの映画なのではないか、思わずにはいられなかった。この「アノーラ」は当初、いつも行っている二子玉川の109シネマズで見ようとしたが、異例の短期間で上映がうち切られてしまって、川崎市駅前まで来てしまったのもこうした評価が災いしているのではないか、とも思った。世の中がおかしくなっているのだから、映画もこんな作品が高い評価を受ける、としか思えないような気もしてきた。

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洗足学園大学の近くに住んでいて、改めて音楽大学の偉大さを実感した。学生自身の作曲した曲を同じ大學の学生が演奏してくれることは大いなる喜びであろう、とも思った

2025-03-09 | Weblog

 7日は近くにある洗足学園の前田ホールで開催された學園生による作曲を同じ学園生のオーケストラが演奏する「ミュージック・デザイン・シンフォニック・オーケストラ2024」なる演奏会を観賞に赴いた。歩いて数分のところにある洗足学園には溝の口に住んで以来、度々足を運んでおり、年に数回は音楽を聴きに訪れていて、つい先日ネットで観賞を呼びかけるメールが到着し、観賞料無料というのに惹き付けられて足を運ぶこととなった。ただ、演奏の中身については全く分からなくて、入り口で係員に「プログラムをダウンロードしますか」と聞かれたても、ネットでコピーした資料があるからいいと断り、指定された席に着いた。

 ところが、演奏が始まって、指揮していた司会者が演壇を降りて、ステージに学園生の江間遼太郎を招き独自に作曲した演目のねらいなどをインタビューし、その後でその楽曲「Time Travel」を演奏したのを聴いて驚いた。今回のコンサートのテーマが時(Time)であることを告げ、続いて順次学園生6人招き、同じように作曲のねらいを聞いたうえで、当該曲を演奏した。作曲した学生は席に着いて、演奏を聴いた後で、演奏が終わるとステージに向かって感激のお礼を拍手で伝えていた。そうしたやり取りを会場の上部に取り付けられた照明でクローズアップして観客に見せるような形を取っており、重ねて拍手が送られていたのも印象的だった。

 続いて、の3曲は作曲者がオーケストラの演奏をバックに歌うという趣向で、会場全体に歌が響き渡るということもあったほか、これも学園生の3人の女性が映像にアニメに合わせて吹き替えのような美声を聞かせてくれるような場面もあって、観客を楽しませてくれた。その後は映像に合わせて作曲した曲を演奏する場面があったり、して、最後は最初と同じようにテーマに応じた曲を演奏して、楽しませてくれた。合計19人の学生が作曲した曲を順次演奏さてくれた。

 洗足学園にはここ30年近く溝の口に住んで以来、ずっと土日にはなにか音楽コンサートはないか、と洗足学園のページを開いてスケジュールを確認し、在校生によるジャズコンサートとか、卒業したOB,OGによる演奏会を見つけては顔を出し、音楽を聴いていた。しかし、最近は有料の公演が多くなってきていたので、足がやや遠のくこととなっていた。それでも卒業時期には結構興味を惹くイベントもあって、常連のように校庭内を歩き回ったりしていた。でも今回のようなコンサートを聴いたのは初めてのことで、それだけに大いに感激した。

 このイベントは毎年開かれているようで、今回のイベントをろくに知らないままコンサート会場に来て、音楽大学だからこそ実現できるのだ、と改めて感心した。考えてみれば、洗足学園の学生が作曲した曲を同じ洗足学園の生徒である団員が演奏するわけで、司会者によると、会場の照明から全体の構成についても学生が行っており、指揮した先生が「我々が在籍した昔はとてもこんなことはできなかった」と述懐していた。総合音楽大学だから実現できるわけで、そうした音楽大学の近くに住んでいるからこそ、より身近に感じることができ、だからこそこんなことが実現できるのだ、と実感した。そうした思いを持って、また機会があれば、洗足学園大の演奏会に足を運びたいものだ、と深く思った次第である。

 

 

 

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神奈川県川崎市の日本民家園で日本全国に残されている文化遺産をなんとか後世に残そうとする強い意思を感じさせてくれた

2025-02-28 | Weblog

 26日は溝の口から小田急線の向ヶ丘遊園駅南口行きのバスに乗り、終点に着いたところで、徒歩10数分の日本民家園に赴いた。三男が野球をやっていたころ、毎週土曜日に練習場の武蔵野の野球場へ行くのにここまで車で送ってきていたので、なんとなく土地勘はあったが、当時とはすでに30年以上経っているので、ぼんやりとしか憶えていない。当時とはすっかり街の趣きも変わってしまっているので、うる憶えの感覚でめざす日本民家園へ行ってみた。

 川崎市日本民家園は1967年に消滅しつつある日本各地にある古民家を永く将来に残すねらいで、設立されたもので、神奈川県川崎市の原家はじめ福島県福島市松川町の鈴木家、奈良県奈良市の高畑町の井岡家、愛知県名古屋市東区の佐地家、長野県伊那市西町の三澤家、鹿児島県大島郡和泊町の沖永良部の高倉、岩手県紫波郡紫波町の工藤家など全国各地の古民家合わせて23戸の古民家がいずれも造られた当時のまま復元されており、それぞれ水車小屋、船頭小屋、高倉、農村歌舞伎舞台のまま復元されており、見ごたえ十分な形で展示されていた。

 以前に来た時にはこんな大規模なものであるとは思いもせず、すっかり本格的な施設となっていたのに驚いた。なかには現在移築中のものもあり、いまもって日本で最大級の古民家施設であることを印象づけてくれた。国と神奈川県、川崎市の担当者がそうしたものを作るにあたって懸命な努力を重ねてきていることが十二分に伺わせていた。おそらく、古民家について詳しい人がいて、全体の構成を頭に描きながら、日夜全国各地に散らばって存在している古民家の情報を集め、後世に伝えることを必死に考えていることだろう、と思わせた。たまたま、地元の川崎市の小中学生が大勢、観覧に訪れているのに出くわしたが、必死にノートにメモを取っている姿を見て、胸にジーンとくるものがあった。

 日本民家園を出たところに 岡本太郎美術館があり、中は入って展示してある岡本太郎の作品をじっくりと見た後に、館の一角で第」28回岡本太郎現代芸術賞展が開催されており、次代の岡本太郎を目指す新々の美術家が応募した作品が展示されていた。毎年500点を超える応募があり、そのなかの優秀23作品が展示されていた。岡本太郎をしのぐような怪奇なものも見られたが、いずれも斬新な意図のもとに制作されたようなものが多かった印象だった。会場を出たところで、出展作品でいいと思ったものに投票するようなしかけで、投票した人には出口にあるレストランで代金を5%割引する、という形となっており、投票した後に筋書き通り、ランチをそこで摂った。

 

 

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10数年ぶりに川崎大師を訪れ、川崎大師の良さを改めて実感し、もっとお参りにくるべきだ、と思った

2025-02-14 | Weblog

  14日は久しぶりに川崎大師へ行くことにした。川崎に住んで50年近くになるが、これまで川崎大師に行ったのはわずか1回しかなく、それも新年の初詣に行ったので、人混みに混じってのことだったので、あまり周囲を見渡す余裕などなく、人の頭を見ていた記憶しか残っていない。生まれた名古屋には古来の三種の神器の草薙の剣が奉納されていることで有名な熱田神宮があり、当時はこの川崎大師と新年の参拝客数の多寡を競っていたことで名前だけは知っていた。JR川崎駅から京成線に乗って3つ目の駅が川崎大師駅で、駅から歩いて参道に行ったが、全然記憶に残っていなかった。

 それでも参道の両側にあるお店からは名物の薬をかねた棒状の飴を切り落とす包丁を叩きつける音がコンコンと伝わってきて、川崎大師へ来たことを思い出させてくれた。平日だったので、人混みはさほどではなく、スムーズに大本堂まで行くことができた。大本堂へ行き、お参りをして、本堂の中を見ると、丁度法衣を着たお坊さん方が出てきて、お経が始まる時で、多くの人が本堂の座敷に入っていくところだった。見ると、靴を脱いでナイロン袋に入れて上がるようになっていて、周囲のみなさんに倣ってそのまま本堂内の座敷に連なり、案内役のお坊さんに指示に従って、座って、待っていたら、お経がは始まった。

 そのまま座ったまま、お経が唱えられるのを聞きながら、以前に来た時にはこんなことにはならなかったので、有難いことだ、と思ってじっとお経を聞いていた。後で本堂脇の売店らしきところで、配られていた冊子によると、川崎大師は平安時代、第75代崇徳天皇の御代(1124ー1141年),平間兼豊・兼乗という武士の親子が生国尾張を追われ、諸国を放浪した後、川崎に住みつき、1128年に平間寺を建て、今日の川崎大師となった、と言われている。そんなことを想像しながらお経を聞いた後に、案内役から目の前の本堂の仏像を見て回るよに案内され、数々の仏像をつぶさに拝顔し、お参りして回った。こんな機会に恵まれて川崎大師の本堂をくまなく見られてまわって、いい時にきたものだ、と大いに喜んだ。

 ほぼ一周して、本堂正面に戻って、座っていると、お坊さんが「護摩札をお渡しするので、名前を呼ばれた人はお出で下さい」と言って、目の前にあるお札を順番に手渡しし始めた。これも後でわかったのだが、「お護摩札」なるものは厄除け、事業繁栄など様々な祈願をするために焚いて供養するためのもので、予め祈願料として5000円から1万円支払っている人がもらうものだ、ということであった。たまたま、その始まる時間に本堂に居合わせたことから、ちゃっかりそのグループに紛れ込んだものだ、ということも了解した。

 この護摩札祈願は午前、午後3回ずつ行われることとなっており、毎回100人余人が参加するような形となっているようだった。たまたま、開始時間の直前に来合わせたことが幸運にもつながった次第で、我ながらなんと運のいい偶然に恵まれたものか、と大いに感激した。なかなか本堂の中に入って、間近でじっくりとご本尊の尊顔を見られるようなことあるものではない。そんな感激をもとに改めて川崎大師境内の八角五重塔や、大山門、信徒会館、やすらぎの橋などをくまなく探検させてもらい、川崎大師の良さを確かめさせてもらった。そして、いまや名古屋に住んでいた時間より川崎市民として過ごした時間のがはるかに多いのだから、地元民としてもっと川崎大師へ足を運ぶべきだ、との思いを深くした次第。

 

 

 

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本人に成りすまし、パソコンサイトを乗っ取り、詐欺行為を行う”サポート詐欺”にご注意あれ!

2025-02-10 | Weblog

 9日夕、ネットで検索していたら、ある記事が気になって、クリックしたところ、画面が変わって複数の画面となり、警告音も鳴り出して、消そうとしても言うことを聞かなくなってしまった。どうしようか、と画面を閉じようとしても意のままとならない。そのうちに画面の下段に「これを元に戻すには以下のところに電話しなさい」とのメッセージが出てきた。仕方なくそこへ電話すると、「マイクロソフトです」と外人らしき人が答え、「これから言う通りにパソコンを操作して下さい」と言って押すべきキーボードを指定を命じてきた。最初はそれに従って入力し、相手の言うサイトに導かれ、名前を入力してみたら、相手が「銀行の取引をネットで行っていますか」と聞いてきた。その前に取引銀行のサイトが出てきたので、おかしいなと思い、「そんな取引はしていない」と断り、電話も打ち切った。

 その後、やり取りを思い返してみて、どうも釈然としなかったので、念のため、取引銀行のサイトを開き、24時間、ネットバンキングに関する相談窓口があることを見付け、数時間前の出来事を報告した。すると、窓口の女性は即座に「それはサポート詐欺です」と教えてくれた。つまり、相手のサイトにこっそりと侵入し、いいように操作し、まんまと金銭なりを収奪していく、という最新の詐欺手法だ、という。つまり、こちらの使用しているパソコンを乗っ取り、いかにも本人が利用しているように装い、金銭もしくは物品をせしめる詐欺に他ならない。

 そこで、防止策を尋ねたところ、まずはダイレクトページのサイトに入るための最初の契約番号、およびパスワードを変更することを勧めてくれた。ただ、変更には1週間余かかるので、さしあたりはいまの契約番号を変える手続きを行うことを勧めてくれた。それで、その手続きのあらましを聞いて、翌日にも行くこととし、まずはいまの契約番号を無効のものとしてくれ、事件が起きてから数時間経っているので、その間何も起きていないことを確認してくれた。

 で、10日になって、自宅から一番近い取引銀行の支店に行って、インターネットサイトへ入るための契約番号を更新する手続きを行い、とりあえずの対策を講じた。が、相手の手元にこちらのパソコンの情報がある程度入ってしまい、本人に成り代わってこちらのサイトになる数々の取引なり、実態を知ったりしていると、とんでもないこととなりかねない惧れがなきにしもあらずで、ある。それらについても一応、対策を考えておかないといけないことも心しておかないとまずいことも忘れてはならない。

 今回の相手がマイクロソフトを名乗っていたので、日本マイクロソフトにも電話して聞いたところ、「それはサポート詐欺です」と教えてくれ、「2023年に消費者庁が「マイクロソフトを騙って、サポート詐欺なるものを行っていることを関連業界関係者に注意喚起した」事実を教えてくれた。業界には本人に成りすましいいようにパソコンを乗っ取る”サポート詐欺”なるものが横行しているわけで、十二分に気をつけてほしい、と強く訴えたいところである。

追記(2月11日)その後気になって今回の詐欺相手の電話番号を改めて調べたら、010から始まる14ケタの見慣れない番号だった。冒頭の010から始まって全部で14ケタあり、いかにも不審な電話番号である。冒頭の010は海外から日本へ電話をかける際の番号で、以下の11ケタもけったいなものであった。そんな番号に電話をすること自体が、チェックミスであった、と言わざるを得ない。日頃見かけない電話番号であることを認識していれば、こんな目に遭わなくて済んだことだった、と深く反省している次第である。

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