鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

京都清水寺の見た世相

2005-12-31 | Weblog
年末恒例の京都へ来て,清水寺で今年を1語で象徴する「愛」の字を携帯電話で写真にとろうとしたら,どこにも見あたらない。昨年は「災」だったと携帯の写真を示して,売店の女性に尋ねると「正月の準備で奥にしまった」とのこと。例年,清水寺が言葉を一語選び,貫主が毛筆で書くのが年末の恒例行事となっている。ただ、今年の「愛」についてはいささか評判がよくない。愛は愛でも福原愛か,宮里藍ならわかるが,少なくともLOVEの愛ではないだろう。ここへきて、建築設計デ―タ偽造事件,JR脱線事故など相次ぐ悲惨な事件に愛はいかにもそぐわない。そんな字をぬけぬけと飾っておくわけにはいかない。清水寺の誰かがそう考えたに違いない。
 今年の年末の京都はいつになく陽気がいい。いつもの底冷えがない。清水寺の愛はこんなところへ作用したのかもしれない。
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Oさんのこと

2005-12-30 | Weblog
 某広告代理店に務めていたOさん,年末になって消息が途絶えた。事の他,寒い今年の冬,Oさん,今頃一体どこで何をしているのだろうか,心配だ。Oさんとはある仕事を通じて知りあった。年令が近いこともあって意気投合し,たまには一緒に飲みに行くほどになった。後で聞いたのだが、気のいいOさん,実は大酒飲みで時に酔いつぶれて,酒場で朝まですごすこともしばしばだった。酒の匂いをプンプンさせたまま出社し,顰蹙を買ったこともあった,という。
 数年前,会議中に携帯電話にOさんから立て続けに電話が入った。会議が終わって受信歴にある発信先に電話を入れると,相手は片仮名の社名を名乗る。どうしたのかな、と思っていると、再びOさんから電話が入り、借金の申し込み,一体いくらか、と聞くと200万円,という。急にそんあことを言われても用たてはできない、とやんわり断り、職場の上司に退職金の前借り等で対応することを勧めた。で、職場の上司に電話を入れると、同じような電話がかかってきて、断ったとのことだった。
 それっきり、連絡はなくなり、数カ月経って、Oさんがひょっこり会社にやってきた。げっそり痩せて、別人かと思えるほどだった。聞けば、あの時は東京・新橋の駅前ビルの中のベニヤ張りのコーナーに押し込められ、持っていた住所録のすべてにマニュアル通りの借金の申し込みを片っ端からさせられた、という。相手はサラ金の取り立て屋のプロで、方々から借金をして首が回らなくなったOさんのような人をこうしてなんとか借りまくらせるのが仕事という。お腹が空いてくると、一緒に行って、食事をし、少し酒も飲むが、この代金はもちろんOさん持ちと、まるで小説の一節でも読むような感じで貴重な体験をOさんは話してくれた。丸3日くらいそういうことをして、もう借りられない、と悟ると、今度はサラ金の元締めのようなところへ連れていって、全部の借金をまとめて完済するような借金の申し込みをさせられて、やっと釈放された、という。この間、会社はもちろん無断欠勤、もう戻れないような感じとなり、そのまま退社してしまった。
 肝心の借金はサラ金専門の弁護士が見つかり、相談したところ、ある程度の金額を返済することで話がつき、とりあえず追い立てられるようなことはなくなった。しかし、このことで愛想がつきたのか、永年連れ添った奥さんは去り、娘さんとの二人での生活となった。当面は日雇い的なアルバイトでもしながら、暮らしていくしかない、と淋しそうに語っていたのが印象的だった。
 その時は当面の生活費ということで、小額のお金を貸したが、アルバイト収入のメドも立ち、程なくして返済してくれた。そうしたことを数回繰り返して、Oさんは叙じょに立ち直りかけていた。職場で同じようにサラ金で首が回らなくなり、最後は失踪してしまった人を数人見ているので、そのなかでOさんはよくぞ立ち直ったものだ、と半ば感心していた。
 ところが今回はどうも様子が違う。そういえば、先日、Oさんが珍しく会社へ訪ねてきた。30分くらい、近況を話して帰っていったが、後で考えれば、どことなく淋しそうで、何かいままでのお礼と別れを暗に告げに来た、のではなかろうか、と思えてきた。Oさんは娘さんももうOさんのもとを離れ、一人暮らしをしている、とも語った。なんとか、ここまで頑張ってきたが、もう限界です、とでも言いたかった、のかもしれない。だとすれば、もう少しやさしい言葉でもかけてやればよかった、と悔やまれる。
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歌姫中島みゆきの照れ

2005-12-29 | Weblog
 NHKのヒット番組「プロジェクトX」が6年で終了し、昨28日夜、その総集篇ともいうべき特別番組が1時間半にわたって放送された。延べ200人ものヒーローが登場し、日本にも凄い人がいるものだ、と感動と涙を呼んだのは確か。ビデオのVHSの生みの親、日本ビクターの高野鎮雄さんの葬送の車のシーンは忘れられないし、青函トンネル工事で亡くなった人たちへの想い、初代南極越冬隊の隊員が40年経ってスタジオで初めて明かす秘話で号泣したのはまさに感動ものだった。しかし、昨日の番組に限っては最初から最後までテーマ曲の地上の星を作詞作曲した中島みゆきに頼り切った、まさに中島みゆき頼みの構成であったのはいくらNHKでも策がなさ過ぎる、と思った。
 番組の冒頭こそ語り手の田口トモロオをもってはきたが、すぐに「地上の星」の中島みゆきの紅白歌合戦に黒部ダムで収録したシーンをもってきて、その時の苦労話を中島みゆきがFM東京で毎週語っていたのを編集して、いかにも取材したように見せていた。間に200人のなかから選んだヒーローを数人登場させていたが、最後は再び中島みゆきの登場。司会の国井、膳場アナウンサーがいりいろ話しかけるのを「ありがとうございます」と頭を下げて一蹴し、しなやかにマイクの前に足を運び、エンドテーマの「ヘッドライトテールライト」を約7分にわたって歌いきった。一瞬、この番組は中嶋みゆきが主人公?と思わせるほどの歌いっぷりだった。
 思えば、この「プロジェクトX」、視聴者の評判が高くて、多くの単行本になったり、子供とともに見たい番組のナンバー1としてとりあげられたりした一方で、確かNHKエンタープライズが「プロジェクトX」をテーマに展示会を企画して、出展企業から3000万円の協賛金を募り、プロデューサーが不当な利益を得たとして問題にされ、NHK幹部の経費の水増しや無駄遣い、賄賂など経費乱脈が指弾され、視聴量料不払いの拡大をもたらし、最終的には会長辞任につながった。その負のイメージを最後に中島みゆきを持ってくることで払拭したい、との意図があったのではないか、と勘ぐりたくなってきた。
 鈍想愚感子は中島みゆきのファンなのでテレビに中島みゆきが出演するのは大歓迎なのでビデオに収録させてもらったくらいだが、よからぬ意図がみえると興味も半減しかねない。そのせいか、最後の場面で歌い終わった中島みゆきがカメラに向かって笑みとも、戸惑いとも、照れともつかぬ微妙な表情をしたのが気になった。大体がテレビ出演をあまりしたことがないので、どこまでカメラが回って、放送されているのかがわからなかったのか、最初の打ち合わせより歌が早く済んで、お互い間が持てなくなってしまったのか。劇場公演の馬場合は「どうもありがとうございました」とでも言って手でも振れば、様になるのだろうが、テレビの場合、カメラに向かってそうする」わけにはいかないだろう。テレビ出演に慣れない人にとってはその場、その場を当意即妙のアドリブでこなす明石家さんまのようなわけにはいかない。
 中島みゆきはいままで頑なまでにテレビ出演を拒んできた。ひょっとしたら、「ああ、義理で頼まれ、テレビ出演して歌ってしまった」と方針変更したことを半ば照れていたのかもしれない。
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悪しき小泉 政治かな

2005-12-28 | Weblog
 今日は仕事納め、一年を振り返るとあっという間に経ってしまった、というのが正直な感想だ。今年は年末になって幼女虐殺事件、耐震データ偽造事件、株式の誤発注問題、大雪突風によるJR羽越線脱線事故と暗いいやなことばかり続いた。せっかく景気が上向きかけたのに世の中は少しも明るくならない。こうした事件、現象が起きる度に思うのは21世紀になって、ますます人間は無責任に、かつ残虐になりつうある、ということだ。
 年末にかけていままでに考えられない事件、事故のテレビでの報道を見て、いつも「小泉が悪い」と声を発し、家族の笑いを誘う。政治家、特に小泉首相が幼児語のような一言を発し、あとは閣僚か、官僚か、さてまたわけのわからないなんとか諮問委員会に丸投げして、事成れり、とする無責任な姿勢、態度が国民にいい加減な気持ち、方法で物事を処理してもいい、というムードにさせてしまう、人間としてすべきこと、いうべきことをきちんと考えて、発言し、行動する、という本来の姿を見失ってしまう。一国の総理たるものが無責任な言動を繰り返すと国民はそれでいい、と思ってしまう。一億総白痴化ならぬ一億総無責任化となりかねない。こんなことだから、中国、韓国からも相手にされなくなるのだ。いまは小泉首相だけが国際社会で除け者になっているが、こんな人を総理にしていると日本国民が国際社会から馬鹿にされることになりかねない。
 それでも、日本経済新聞社が行った世論調査でなんと小泉内閣の支持率は59%と03年9月以来の高い数字となった。全国の成人男女を対象に乱数番号法式(SDD)による電話調査で、有権者のいる1507世帯から904件の回答を得た、というが、誘導したか、もしくは操作でもして得た結果としか思えない。
 俳句の世界に「根岸の里の侘びずまい」という言葉がある。上の句にこの「根岸の里の侘びずまい」をもってくると、しっくりくるというものだ。今回はこれを「悪しき小泉 政治かな」に置き換えたい。
 「年の暮れ 悪しき小泉 政治かな」
 「大雪で 悪しき小泉 政治かな」
 「少女死に 悪しき小泉 政治かな」
 「偽データ 悪しき小泉 政治かな」
 「誤発注 悪しき小泉 政治かな」
 「風邪で死に 悪しき小泉 政治かな」
 「ゆく年や 悪しき小泉 政治かな」
となかなかである。これで、鈍想愚感子の多少の”憂さ”も晴れるのかも  
 
 
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狂ったか鈴木敏文

2005-12-27 | Weblog
 イトーヨーカ堂グループとそごう、西武百貨店を傘下にもつミレニアムリテイリングが経営統合する、という。売上高4兆5千億円で世界5位の巨大流通企業が誕生することになるが、果たしてそううまくいくのか、小売業の神様とまで言われた鈴木敏文氏に一体何が起きたのか、釈然としない。経済合理性を重んじてきた鈴木敏文氏の思考に狂いが出た、としか思えないのだ。年の瀬になって、来年のことを言うと鬼が笑うとはいえないが、こんな茶番劇がすんなりと実現するとはとても思えない。
 そもそもミレニアムリテイリングなるそごう、西武百貨店がうまくいっているなんてだれも思っていない。しかも西武百貨店の西武グループには世界一の小売業、ウオルマートと提携している西友ストアーがいる。それにセブンイレブン、イトーヨーカ堂のセブン&アイ・ホールディングスが加わるのだからまさに流通企業のごった煮といった趣きだ。流通企業それぞれに生まれ育ってきた土壌からくるカルチャーなるものがある。それを一本にして、鈴木敏文氏がかねて唱える消費者のための小売業としてやっていくことができるものなのだろうか。
 今回の経営統合の話は1カ月くらい前に鈴木敏文セブン&アイ会長と和田繁明ミレニアムリテイリング社長が会談し、意気投合したことから始まった、という。以前から鈴木会長は和田社長の経営手腕を高く評価し、いつか一緒に仕事をしたい、と思ってもいた、ともいう。本当のところはミレニアムリテイリング側から経営がうまくいっていない、のをなんとかして欲しい、と泣きついたのだはなかろうか。セブン&アイ側もイトーヨーカ堂の衣料品の不振をなんとかしたい、と思っていたのと百貨店の経営ノウハウを得たいとの希望がかなうと経営統合のねらいを語っているが、衣料品部門を強化したいのなら、もっと他に組むべき相手はいるし、イトーヨーカ堂グループにはロビンソンという百貨店がある。とてもこんな高価な買い物をする理由にならない。
 おまけに鈴木会長はウオルマートが日本に進出した時も「ウオルマートなんか怖くない」といっていたし、大きいことがいいことではない、として、これまでも数多く持ち込まれた提携話をことごとく断ってきたはずだ。業革など独自の小売業哲学を持ち、他の流通業者の追随を許さない名実ともにトップ小売業の名経営者と言われてきた。ダイエー創業者の中内功氏亡き後の流通業界を代表する経営者とまで言われている。
 それが、今回、こともあろうにそごう、西武百貨店と一緒になるなんて、およそ考えられない組合せである。鈴木会長が断れない筋からの依頼があったとしか思えない。恐らく、ミレニアムリテイリングの大株主(65%の株式保有)である野村プリンシパル・ファイナンスが持ちかけたのではなかろうか。その証拠に野村プリンシパル・ファイナンスはこれがうまくいけば800億円もの売買利益を得る、といわれている。それとも故中内氏の跡を継いで経団連の副会長にでもなるためにはここで大博打でも打ちたい、との名誉欲でも出たのであろうか。
 人間、早く後継者を育てて、老後は悠々自適で過ごしたいものだ。
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ディープインパクト

2005-12-26 | Weblog
 中央競馬最後のG1レース、有馬記念で無敗の三冠馬、ディープインパクトが2着に破れた。無敗とあって、先行発売された入場券がネットオークションで5倍の値段がつくなど戦前の人気は最高潮に盛り上がった、昨日は開場前に徹夜組を含め1480人が並び、入場者も約16万人と50回を迎える有馬記念で最高となった。ところが、第四コーナーでいつものように武豊騎手が鞭を入れても脚が伸びず、4歳馬ハーツクライ2分の1馬身差届かなかった。その瞬間、場内は大きなため息で、静寂に包まれた。単勝人気1.3倍と圧倒的な支持を集め、ほとんどの人が勝利を疑わなかっただえkに唖然としたのだろう。
 ディープインパクトの事前の調整が積雪の影響でうまくいかなかったというが、それは関西馬共通のこと。馬体重が前走より6キログラム減って438キログラムで、過去440キリグラム以下の馬体重で有馬記念を勝った馬はいない、馬場入りした時にいつものように気合いがなかった、とか言われているが、厩舎等のプロとして調整のミスは認められないことである。
 ディープインパクトの馬主は金子真人氏で、確か図研とかいう会社の社長さんで、以前にも持ち馬が日本ダービーを制したことがあり、「ダービー馬のオーナーになるのは一国の総理大臣になるより難しい」といわれているのに2回もダービーを制する幸運の持ち主である。神様がその幸運に嫉妬したのかもしれない。
 ディープインパクトは確かに3歳馬として、皐月賞、日本ダービー、菊花賞の三冠を制し、圧倒的な強さを誇ってきたが、4歳馬以上の古馬と手合わせしたことがなく、競走馬全体としてみれば、ディープインパクトでなかっただけのことだ。3歳馬は人間で言えば20歳そこそこなので、競技種目がなんであれ、それがオリンピックを制するのは大変なことだ。幻想というか、過大な期待が先走りしただけのことだろう。武豊騎手があとで「今日はいつものように跳ばなかった。なぜだかわからない。馬は怖い」と述懐したというが、馬を一番よく知っているはずの競馬関係者でもわからないことがあるのだ。
 でも今回のことが一番ディープインパクトだったのが、日本中央競馬会だろう。人気凋落気味の競馬に対する関心を回復させようと、三冠馬ディープインパクトに託して、様々な広報活動を展開してきた。ところが、有馬記念の売上は499億927万6600円で前年比3.2%減、05年の売上総計も過去最高だった96年の875億円(この記録は世界最高でもある)にはるか届かず、2兆8945億8047万9800円で1.3%減となった。売上総計はなんと8年連続の減少である。ディープインパクトが有馬記念を勝って、四冠馬となり、その勢いで06年に一大競馬ブームにもっていこう、との目論見が外れたことになる。中央競馬会さん、もっと本質的なファンサービスを考えなさい、ということなのだろう。
 昭和48年に公営競馬のスターだったハイセイコーが中央の中山競馬場に登場した時には17万人もの入場者がつめかけた。その年の日本ダービーにハイセイコーは無敗で臨んだが、タケホープ、イチフジイサミの後塵を拝して3着に沈んだ。その時にも場内は大きな静寂とどよめきに包まれた。しかし、ハイセイコーはその後もアイドルとして人気を保ち、歌まで作られた。ディープインパクトにはそこまで人気はなさそうで、とりあえずは次なるスーパーホースの登場を待つしかないだろう。

 
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トイレで歯を磨く奴

2005-12-25 | Weblog
 最近、会社のトイレで歯を磨く奴を見かけることが多くなった。昔はそんな奴はいなかったのに、戦後やたら幼少期から歯を磨く習慣づけが叫ばれた結果なのだろうか、衛生的になったのだろうか、それとも男子が格好や匂いを気にするようになったせいだろうか、よくわからない。女性トイレに入ったことがないので、女性にもこうした傾向が見られるのか、わからないので、奴というが、昼間っからトイレでのんびり歯を磨いているような神経がまず理解できない。会社は戦場でまずプライベートなことは持ち込まない、「男たるもの、そんな時間があったら、一生懸命仕事に精を出しなさい」とでもいいたくなる、のは当方が年をとっている証拠なんだろうか。
 一人は同じ仕事をしている奴で、午後そっと席をはずして何をしているのか、と思うとトイレでせっせと歯を磨いている。トイレで行き交い、洗面場の鏡で目が会うとこちらが困るくらいだ。むしろ、向こうの方が堂々としているのに妙な感じがする。奴は机の前では居眠りばかりしていて、ほとんど仕事らしい仕事をしない、昼間から歯を磨くほど自らの健康に気を遣っているのなら、仕事にも同じような気を遣ったらどうだ、と言いたくなる。
 もう一人はやたら権威を振りかざす輩で、とにかく形式を重んじる奴である。最初、トイレで姿を見た時は驚いたが、とにかく女たらしであることを考えたら、納得がいった。いつもプライベートなことを平気でしゃべりまくり、仕事は部下に言いつけるだけで自らやろうとはしないタイプである。
 さらなるもう一人は米国式の思考を持つ、徹底した合理主義者なので、トイレで歯を磨く行動はすんなり理解できる。女性に対してもやたら積極的で、時にトラブルも起こす。見知らぬ路上喫煙者に注意し、暴力沙汰になったこともある。言いつけられたことはこなすが、部下を従え、責任を持たせられるとマネージャー拒否症候群となる。最近は肉親にも暴力を振るい、性格破綻になりかけている。
 これ以外にも超真面目な人でトイレで歯を磨く奴が数人いる。概して、真面目であるが本質的には仕事をしないのに多い。それと、女たらしが第三の共通項といえそうだ。一般にトイレで歯を磨いているのを見られるのはなにか恥部を見られているような気がして、とてもできない、と思うのが普通ではなかろうか。そうした心理にならない、というのは自らを客観視できない、一種の異常性格者ではなかろうか。



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佐藤しのぶの微笑

2005-12-24 | Weblog
 年末好例のベートーベン第九交響曲「合唱」の演奏会に昨23日出かけた。読売交響楽団、指揮スタニスラ・スクロヴァチェフスキ、ソプラノ佐藤しのぶ、メゾ・ソプラノ坂本朱、テノール中鉢聡、バリトン三原剛、会場は東京・池袋の東京芸術劇場という本格的なもの。読響の年間会員になったのもこれが聞きたいがためだった。毎月の例会とは違って雰囲気は心なしゴージャス、ほとんど満席で、会場前にあダフ屋が出るか、と思ったが、見かけなかった。
 年末に名のある交響楽団の合唱の演奏会を聞くのは初めて。例会でいつも見る楽団員の気合いも入っているようで、ヴァイオリンの弦を引く手にも力が入っていて、音も高らかに感じた。やはり、生で聞く第九は迫力がある。たまたま、隣に座った老人が5-10秒に1回、鼻を鳴らすのが耳障りだったのが興を削いだが、全体としては大いに満喫できた。
 さわりの第四楽章で佐藤しのぶらが綺麗に着飾った衣装でそっとか舞台に登場し、中央に座ると、雰囲気がぐっと盛り上がる。佐藤しのぶは金髪に胸元に大きなダイヤモンドをあしらった首飾りに黒のロングドレス姿で艶やかなムードを振りまき、余裕たっぷりに微笑むのはさすが。背後の武蔵野音楽大学のざっと200人の合唱隊を従え、喜びの歌を熱唱した。佐藤しのぶの声は会場によく響き渡り、隣の坂本朱より声は通ってはいたが、全盛期に比べるとやや声量が落ちたかな、とも思わせた。
 オペラ歌手にとって年末の合唱コンサートに出演するということは何よりの勲章といえる。だかrこそ、出番の時間はほんの15分足らずなのに、演奏終了後は指揮者以上に喝采を浴びる。オペラ歌手がもっとも輝いて見える瞬間なのだろう。今回の東京芸術劇場は舞台が狭いので、合唱隊も200人、独唱の4人の席も目立たない楽団の後ろであり、ちょっと可哀想な気がした。それでも終了後は絶大な喝采を浴びていた。
 佐藤しのぶは昨年、新国立劇場で公演された「ホフマン物語」で、練習不足からか、本番でとちり、不評を買ったことがあり、年齢からくる衰え説も出て、一部のファンが離れた。今回の合唱で改めてオペラ歌手ナンバーワンの地位を見せつけたことになるが、入場の際、配られたパンフレットを見ると、来年の12月25日の読響の合唱コンサートのソプラノ歌手は佐藤しのぶから林正子に変更になっている。残りの独唱3人はそのままなのに。とここまできて、佐藤しのぶが着席した時に見せた笑みがいつもの佐藤しのぶらしからぬもので違和感を抱いた理由が判った。余裕と思えた笑みが実は「これで最後だ」と自らに言い聞かせた悔しさの混じった自嘲の笑みだったのだ。佐藤しのぶの読響の合唱コンサートのソプラノ歌手の座が何年続いたのか知らないが、その座を降りるのはやはり本人にとって屈辱以外の何物でもないのだろう。佐藤しのぶの退潮が始まっている、ということか。
 
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内田有紀

2005-12-23 | Weblog
 理想的カップルとみられていた吉岡秀隆と内田有紀が離婚した。家を空け勝ちだった吉岡秀隆が帰宅したら、置き手紙だけでもう居なかった、という。置き手紙に何と書いてあったのか詳細はわからないが、きっと孤独な専業主婦の生活に耐えられなかったのだろう。吉岡秀隆は事実上の仲人の倉本聡に即座に連絡し、相談したという。2人にとて縁結びの神様でもある倉本聡は重い存在どもあったことだろうし、事ここに至っては少なくとも内田有紀にとって煙たい存在でもあろう。その倉本聡に話が行ってしまったということは、もう元には戻らない、ということだ。「北の国から」を地でいった恋愛ドラマは酷寒の時期に3年でピリオドを打った、とおいうことだ。事実は小説や、テレビドラマのようにはいかない見本でもある。
 聞けば、内田有紀は良家の一人娘で、どういうわけかスカウトの目にとまり、一躍トップアイドルの地位にまで登りつめた。ところが、トップアイドルであればあるはど、後進の追い上げ急で、落ちるのも早い。次の路線をどうするか、悩んでいるうちにたまたま、評判のテレビドラマ「北の国から」の主演女優に抜擢」され、極寒の北海道で6カ月間、ロケし、共演の吉岡秀隆と触れ合ううちにドラマのなかのまま、恋愛関係になり、結婚してしまったその勢い。で、タレント廃業宣言までしてしまった。旅先で知り合い、仲良くなって、帰ってきて再び会うとお互いどうも印象が違う、ということがよくある。旅先の解放感が異常な雰囲気をもたらすのか、神様がいたずらするのか、よくわからないが、旅先には日常とかけ離れたものがある。
 内田有紀と吉岡秀隆の場合もそうだったのだろう。ロケの主役になり切って、現実と虚構の中間の世界に浸りきってしまったのだろう。口幅ったいことはいえないが、結婚なんて100%の状態でするものではなく、せいぜい50%くらいからして、除序に高めていく方がうまくいくのではなかろうか。
 まして、内田有紀はトップアイドルの地位を捨て去って、跳び込んだだけに孤独に追い込まれれば追い込まれるほど、昔のいい思い出が蘇ってくることだろう。トップアイドルの地位から結婚して芸能界を引退して、そのまま家庭の主婦に納まったのは山口百恵くらいのものだ。山口百恵はあまりいい環境に育ってなくてそれを思えば専業主婦は幸せだ、と思えるから一切芸能界復帰なんて考えないのだ、と思う。内田有紀の場合、かなりいい家庭に育っていそうなので、辛抱というか、忍耐がついていけなかったのだろう。
 必ずや、内田有紀は芸能界に復帰する、と思うが、内田有紀が演技派女優として成功を収められるかは本人の努力と運次第としか、言えない。鈍創愚感子は以前かr内田有紀には並みのアイドルには見られないなにか光るものを感じていたので、実は吉岡秀隆と結婚する、と聞いた時は少々がっかりした記憶がある。だから、今回の離婚はちょっぴり嬉しい気がしている。光るものももちろん、内田有紀には運もありそうな気がする。ぜひ、頑張っていい演技を見せてほしいものだ。
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松下電器産業

2005-12-22 | Weblog
 松下電器産業が1985年から1992年までに生産・販売したナショナルFF式石油暖房機の回収・点検修理に躍起となっている。テレビでその旨のCMを大量に流したり、一昨日(20日)は主要全国紙に全面広告で回収を呼びかけたり、なおかつ新聞折込チラシも全戸に配布した。放置すれば人命に関わる事故になりかねない、というわけだが、松下電器産業だからこういうことができるのであって、他企業ではとてもこうはいかないだろう。黙って聞けば美談に聞こえてくる話ではあるものの、いかにも大阪の企業らしい算盤も垣間見えてくるのは僻目だろうか。
 問題のFF式石油暖房機を未点検のまま使用すると、一酸化炭素を含む排気ガスが室内に溢れ出し、場合によっては死亡事故に至る恐れがある、とされ、現に死亡事故が2,3発生した。当局追求、および世論の指弾を浴びる前に事態を重視した松下電器産業は即座に大規模な製品の回収・点検修理に乗り出したわけだ。引き取りには1台5万円、点検修理はもちろん無料という破格な条件も打ち出した。
 対象の製品はざっと11万台と言われており、いまのところ、半分くらいの回収・修理点検が済んだ、という。松下提供のテレビ番組「水戸黄門」の途中のCMにいつもとは違う製品回収のお願いが流されているのを見るとやや奇異な印象を受けた。CMというより、通告・公告といった感じで、民放よりNHKっぽい。でも一般の企業では即座にこんなことはとてもできないだろう。普段、提供番組を数多く持ち、CM枠もいっぱいもっている松下電器だからできるのだろう。松下電器がこれらに投じたお金はざっと88億円にものぼる、というからびっくりだ。年間数百億円も公告費を投ずる松下電器産業にとってどうってことのない金額だが、他企業ではそうはいかないだろう。
 この結果、世に松下けしからん、といった声が出る余地はなさそうで、逆にこれで松下の安全に対するイメージもぐんと向上したことだろう。人命に関することなのでうかつに断定はできないが、今回の件は一種のセキュリティについてのキャンペーンだ、と考えれば大成功、と松下電器内部で計算する人がいたことだろう。
 転んでもただでは起きない、禍転じて福とする、松下幸之助の丁稚奉公精神はしっかり生きている、というのは言い過ぎだろうか。
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