鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

「いのちを守る」高邁なヴィジョンを掲げた施政方針演説は特筆もの

2010-01-31 | Weblog
 鳩山由紀夫首相の施政方針演説が「いのちを守る」理念を強調したものとして話題となっている。聞いた当初はオバマ米国大統領の年頭教書にも匹敵する新鮮なものとして記憶にとどまった。政治家の間では民主党では鳩山首相の友愛を体現したものとして高く評価され、野党では具体性がない、として酷評されたのは当然として、専門家の間でも必ずしも評価されてはいない。しかし、いままでの首相の施政方針演説でこのように高邁なヴィジョンを掲げたものはなく、自らの手で演説内容を練り上げた点は高く買える。
 鳩山首相は「いのちを守りたい」として、まず働くいのちを守りたいとして雇用の確保をあげ、1人暮らしのお年よりが誰にも見とられず孤独な死を迎える、そんな事件をなくしていかなければならない、と説く。次いで世界のいのちを守りたいとして、世界中の子どもたちが飢餓や感染症、紛争や地雷によっていのちを奪われることのない世界をつくろう、と呼びかける。そして宇宙が生成して137億年、誕生して40億年の地球を守るために核のない世界を築き、人間と調和した環境をつくることの重要性を訴えた。こうした思いから22年度予算を「いのちを守る予算」と名付け、日本の新しいあり方への第1歩を踏み出したい、と訴えた。
 文案作成にあたっては松井孝治官房副長官と劇作家の平田オリザ内閣官房参与が中心となって、鳩山首相の指示で昨年末のインド訪問や17日の神戸市で聞いた息子を亡くした父親の思いなどのエピソードなどが織り込まれた。マハトマ・ガンジー師が80年前に記した「理念なき政治」、「労働なき富」など「7つの社会的大罪」が織り込まれたのは格調高いものと印象を与えてくれた。
 いままでの自民党の総理大臣が官僚に作成させ無味乾燥な施政方針演説と違って、高い理念のもとに日本の将来ヴィジョンが織り込まれたのはいままでにないもので、政治主導を掲げる民主党の面目躍如たるものがあった。いまのところ、毀誉褒貶半ばしているものの、後世の歴史家にとって今回の鳩山首相の施政方針演説は歴史を変える画期的なものとして記録にとどめられるものとなるのは間違いないことだろう。
 具体的な政策が示されていないとの批判があるが、首相の施政方針演説ではこうしたヴィジョンこそ掲げるべきで、具体的な予算の執行に関わるものは閣僚以下で示すべきで、それこそ国会審議や予算委員会の場などで討議されるべきことだろう。いままで官僚の描いたシナリオのもとに国会で動いてきた自民党の政治家にとってこうしたヴィジョンを示されたのは初めてのことで、勝手が違うということから反発されたのだろう。
 鳩山内閣は自身と小沢幹事長の政治のカネの問題で守勢一方に立たされ、70%強あった内閣支持率も40%台に下降し、いまや不支持率と競う水準にまで来ているが、この高邁な施政方針演説をきっかけに国民の鳩山内閣への見方が再評価されることとなるのは間違いないことだろう。
 来月4日に小沢幹事長の秘書だった石川知裕議員が起訴されて、小沢幹事長の進退がはっきりすることだろうから、再度民主党の体制が巻き直しということで、内閣支持率も再浮上することを期待したい。
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不況で人々は怒ることを忘れてしまっているのでは、と思った

2010-01-30 | Weblog
 29日知人と会食して夕刻家に帰ると、テレビで新幹線が止まっている、と報じていた。地震でもあったのか、と思っていたら、どうやら横浜あたりで線路脇で火災が発生し、停電で新幹線が止まったようで、上空から停車している新幹線車両の画像を流していた。午後7時のNHKニュースでもトップニュースで新幹線事故を取り上げ、午後5時過ぎに運行を再開したと報じていたが、画面を見ている限り、乗客も報じているNHKも冷静で怒り狂う風が全く見られないことが意外だった。
 30日の朝刊によると、事故は午後1時50分ごろ、横浜市神奈川区羽沢町の新幹線上り線の架線が切れ、品川ー小田原間の送電が出来なくなり、運行がストップした。3時間20分後に運転を再開したが、両駅間で5本が立ち往生し、約3100人が車内に閉じ込められたほか、合計で56本の新幹線が運休し、190本が最大4時間20分遅れるなど終日ダイヤが乱れ、約15万人に影響が出た、という。
 事故の原因は上りの架線を支える吊架線がなんらかの事情で地面に垂れ下がり、線路に接触して、火花を発し、それが沿線の芝に燃え移り、火災となったようで、20年前にも同じような事故が起きたことがあるが、詳細な原因はまだ判明できて」いない、ともいう。1964年10月1日に開業して以来、45年強にわたって運行してきた新幹線も方々に金属疲労のようなものが出ており、これもその一種とも考えられる。
 午後7時のNHKニュースではたまたま11時37分大阪発の新幹線のぞみに乗り込んだNHKの職員が登場し、事故で車内に閉じ込められた状況を生々しく、かつ冷静にレポートしていたが、テレビ画面に登場する一般乗客も困った表情を浮かべるものの、JR東海に怒りをぶつけるような様子もなく、淡々と対応していたのが「あれっ」と思わせた。
 新幹線に限らず、鉄道の事故や故障による運行の遅れはいまや日常茶飯事に起こっており、人々が慣れっこになっていることがひとつ考えられる。このところ、大規模な地震や災害が世界各地に起きており、ちょっとしたことでは驚かなくなっているのかもしれない。日本のJRは世界でも珍しい時刻表通りに運行することで有名ではるが、それも最近は必ずしも100%約束を果たしているわけでもない。運行開始以来、45年経って、当初は考えられもしなかった事情により、予想外の事態が発生するようなことも出てきて、看板倒れになるようなことにもなっている。
 以前は新幹線の事故でも起きようなら、改札口に乗客が殺到して駅員に「状況を説明しろ」と怒鳴りこむようなシーンも見られたが、最近は慣れっこになって、そうしたシーンも見られなくなった。報道するNHKはじめマスコミも「またか」といった感じで、内心「死傷者が出ていないだけましか」くらいの気持ちでいるのかもしれない。
 テレビを見ていて、感じたのは相次ぐ不況で、人々の気持ちも沈んでいて、怒りを表現する術を失っているのではないか、とも思った。新幹線の遅れで影響を被るような緊急な仕事をしているような人も減っているのではなかろうか、とも思った。その意味では不況は必ずしもマイナスの作用を果たすばかりでもないのかもしれない、とも思えてきた。
 
追記 事故発生から3日後の1日になってJR東海から「先の事故は人為的なミスであった」との発表があり、唖然とした。JR東海によると、こだま659号(300系、16両編成)の12号車のパンタグラフのうちトロリ線に接触する「舟体」と呼ばれる部品を車体に固定する3センチのボルト4本を締め忘れ、それが浮き上がって吊架線を損傷する事態に発展し、事故につながった、という。当のボルトは固定したら、マーカーで印をつけることになっているが、そのマークもなかったし、その点検を怠ったし、作業が終わってボルトの数を数えることもしなかった2重のミスだ、ともいう。作業チームの気が緩んでいた、としか言いようがない。当該車両は不備な状態で東海道新幹線の上を1000キロ以上も走行していたというが」、仮に駅周辺や人口密集地帯だったら、もっとひどい事故となっていた、ともいう。
 JR東海は作業チームに対する処罰について発表したかどうか定かではないが、15万人にも迷惑をかけたし、少なくとも払い戻した特急料金のいくばくかを減給すべきだろう。
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新日石の株主総会の社長挨拶で突然、会場内に静寂が広がった

2010-01-29 | Weblog
 過日、東京・内幸町の帝国ホテルで開かれた新日本石油の臨時株主総会に出席した。2FUの宴会場フロアーの孔雀の間に600人くらいはつめかけた中で、4月1日に新日鉱ホールディングスと共同株式移転により、新たに「JXホールディングス」設立の了承を得よう、というものだった。新日石の西尾進路社長が新会社の定款まで詳しく説明し、了解を求めた。肝心の新会社の経営計画は現在作成中ということで、ちょっとがっかりしたが、今後グローバルに石油などエネルギー資源を確保していくうえで、経営基盤の強化は必要との説明は説得力十分だった。
 質疑応答に入り、株主の関心はもっぱら配当にあり、半期10円だった配当を8円に引き下げることに対する疑問に質問は集中し、それに対応した役員報酬のカットはあるのか、と激しくつめよった。配当の減少分は28億円で、役員報酬はいくらで、カット分はいくらなのだ、との質問には会場から拍手が出るほどだった。あとは社名の理由とか、ガソリンスタンドに対する価格政策や、石油精製設備廃棄、エネルギー需要の見通しなどについての質問が出た。
 最後に議長としての精彩がないことを指摘する質問が出て、西尾社長が「貴重なご意見として承っておきます」と引き取り、約2時間で質問が出尽くした。会社側から仕掛けたのではなく、自然と質問が出尽くした形で質疑応答が終わったのは好感が持てた。
 続いて西尾社長が株主にお礼の言葉を述べているなかで、「日本石油というブランドが明治3年以来122年続いてきた……」と言ったあと、会場内に突然、静寂が広がった。マイクでも故障したのかな、と思って壇上を見入ると、西尾社長は手元のディスプレイを眺めたまま、うつもうて沈黙している。30秒くらい沈黙が続いてから、やおらハンカチを取り出し、メガネを取って、涙をぬぐい始めた。それまで株主の厳しい質問にも冷静沈着な応答ぶりを見せていた人とは思えないウエットで、感傷的な側面を垣間見せてくれた。
 おそらく感きわまって、思わず涙が出てしまったのだろう。122年続いた日本石油のブランドが消えてなくなってしまうことに対する悔しさと責任の入り混じった思いが噴出したのかもしれない。今回の新日鉱との合併が難産で、ここまで持ってくるのに人知れぬ苦労があったことも与かっているのかもしれない。また、日本石油OBのなかにブランドげ消えてしまうことに直接残念な気持ちをぶつけてくる向きもあったかもしれない。
 永年にわたって愛着を持って親しんできたブランドがこれで消えてしまう万感の思いが頭をよぎっての涙だったのだろう。そうした思いを察してか、会場からは期せずして激励するための拍手が起きた。
 それに気を取り直してか、まだ涙声が残るなか、用意された原稿を読み進んで、株主総会は無事に終了した。
 ビジネス一本やりではない日本の企業経営の一端が見えた株主総会であった。米国人にしてみれば、感傷的になっていては経営などできない、と一笑にふされたことだろう。
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演奏会で指揮者なり、だれかの解説があってもいいのでは、と思った

2010-01-28 | Weblog
 27日は東京・赤坂のサントリーホールでの読響日響名曲シリーズ演奏会へ出かけた。プログラムを見ると、指揮者は読響初出演のマリン・オルソップとこうした演奏会では初めての女性指揮者で、ヴァイオリニストと一緒に登場したのを見る限り、人の良さそうな表情の持ち主だった。女性の指揮ぶりはどうかな、と思って見ていたが、男性指揮者と変わるようなところは見られず、強いていえば団員に対する姿勢がソフトに行われている点にそれらしさがうかがえた。
 前半はヴァイオリニストのライナー・ホーネックとのモーツアルトの「ヴァイオリンと管弦楽のためのロンド変ロ長調K.269」の小品で、澄んだ音色をホールに響きわたせていた。続いて、ホーネックとヴィオラ奏者の鈴木康浩の2人が現れ、モツアルトの「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲変ホ長調k.364」が演奏された。似たような楽器のソロ演奏を聴くのは初めてのことで、微妙な調べをヴァイオリンからヴィオラへ、ヴィオラからヴァイオリンへと引き継ぐ演奏の連続で、あたかも音色の違う楽器を1人で操っているような演奏を見せてくれた。演奏が終わると、すかさず会場から「ブラボー」と絶賛の声が飛んでいた。ホーネックも鈴木康浩もそれぞれの分野でソロ奏者としては一流の人のようで、それが共演したのだから「ブラボー」との声が飛ぶのは無理もない。4回くらいのカーテンコールで拍手が鳴りやまなかった。
 休憩のときに出入口を見ていたら、前半だけで引き上げる人がやたら多かったよいうな気がした。通にとってはヴァイオリンとヴィオラの共演だけが今日の見どころと思ってのことだったのだろうか、と思った。
 後半はブラームスの「交響曲第2番ニ長調作品73」で、どこかで聴いたことのあるような曲だった。N響なり、読売日響なり、この手の演奏会には結構来ているが、いつも会場入口で冊子をもらい、演奏プログラムに掲載されている解説を読んで、いきなり演奏を聴くこととなっている。で、思うのだが、指揮者なり、事務局の用意したコメンテーターが事前に曲目のねらいなり、成り立ちなりを話すような場があってもいいのかな、と思った。「題名のない音楽会」では司会の佐渡裕が懇切丁寧に解説してくれるので、音楽に疎い人にとって大変参考になるし、なるほどと思うことも多い。N響はプライドが高いのでそんなことはしないだろうが、読響くらいはそうしてもいいのではなかろうか。今回は女性指揮者なので、声を聞いてみたい、という気もあって聴きながらそんなことを思った。
 ブラームスの交響曲第2番は第3楽章では軽やかなメロディが、第4楽章では力強く勇壮な調べが響き渡り、眠気を覚ましてくれた。演奏が終わって、数回のカーテンコールを続いて、指揮者のオルソップがコンサートマスターの顔色を窺うような仕草をしてから、指揮台の前で頭を下げて引っ込み、幕となったあたりに女性指揮者らしい雰囲気が漂っていた。
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経団連会長の選任は外部から見えるような形で選任すべきだ

2010-01-27 | Weblog
 日本経団連の新しい会長に米倉弘昌住友化学会長の就任が決まった。経団連の評議会議長を務め、経団連のナンバー2とのことだが、正直言って中央財界では無名に近い存在のようで、財界の地盤沈下に拍車を駆ける象徴の人事としか思えない。現会長の御手洗富士夫キャノン会長の指名によるのだろうが、財界の総意で決めた人事とは思えない。リーマン・ショック以降の景気低迷に加え、政界の混迷もあって、どこの企業も台所に火がついている状態で誰も引き受けようとの雰囲気のないなかでのバトンタッチで、今後の会長人事のあり方を検討する必要がありそうだ。
 今回の経団連会長人事については民主党に政権交代したこともあって、民主党に人脈を持つパナソニックか、トヨタ自動車からの選出が噂されたが、いずれも自社の経営に専念したい、とも意思表示があって、早々と候補から漏れた。そこで、東芝の西田厚聰社長に白羽の矢が立ったが、東芝はもうひとつの財界の代表ともいえる日本商工会議所会頭に東芝出身の岡村正会長が就いていることから、財界の長を2つも東芝出身者が占めるのはまずいとの判断から、もっとも安易なナンバー2の米倉氏に落ち着いたようだ。
 米倉氏は00年から住友化学の社長に就任し、サウジアラビアで世界最大の石油化学コンビナートを建設するなど積極的な経営手腕が評価されているとされているものの、関西企業であるせいか、中央では無名に近い。年齢も現在の御手洗会長より2才若いだけの72歳と後期高齢者寸前である。
 経団連会長には三菱、三井など財閥系企業のトップは就任しないとの不文律があったが、今回それも破られた。財閥系トップを起用するのなら、他に適任者と思われる人材がいたのではなかろうか、との声も聞かれるが、就任が決まったいまとなってはないものねだりにしか聞こえない。
 米倉氏、経団連会長就任の報を聞いて首をかしげた向きが多かったのは想像に難くない。米倉氏には難局の舵取りにご苦労さんとしか言うことはないが、これで経団連の存在意義が薄れていくのは避けられないことだろう。いまの御手洗富士夫会長もしばしば財界の総意を代表して務めてきたとは言い難いような言動もみられた。
 いまのように政治の行方が定まらない時には経済界を代表して、政府に物申すようなことがあってもいいのに、経団連を代表して適切な提言なり、注文がつけられてこなかった。これだけ景気が低迷して、企業のみならず世間が困窮しているのにそれを打開するきっかけとなるような発言を経団連のような場を生かして行ってきてほしかったのに、過去4年間、そうした局面にお目にかかった記憶がない。真会長の米倉氏にはぜひ、そうした役割を担ってもらいたいところだ。
 で、思うのだが、経団連のような半ば公的な組織の代表者を決めるような時には外部から選考の経過が見えるような選挙を行う、つまりガラス張りで決まるような仕組みにしてもらいたい。でないと、日本の経済はますます世界から取り残されていくような気がしてならない。
 
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中国四川省で災害復興支援ボランティアに取り組んでいる日本人がいるのを知って驚いた

2010-01-26 | Weblog
 先日NHKテレビの「クローズアップ現代」を見ていたら、阪神淡路大震災で活躍したNPO法人のボランティアが世界各国で支援活動にあたっていることを放送していた。阪神淡路大震災以後、インド洋沖や中国四川省などで大規模な地震が起きており、こうした災害のあった地域へNPO法人のボランティアが日本から派遣され、活躍していることをエピソード風に綴り、実際に四川省でいまも復興にあたっている姿を報じていた。そんな日本人がいることに驚くとともになぜ国などでなくNPO法人なのか疑問に思った。
 死者6434人を出し、今年で15年を迎えた阪神淡路大震災の1月17日には午前5時46分52秒を期して慰霊祭が行われ、一人暮らしの老人世帯での被害者が毎年30人くらい出るなどいまだに後遺症は残っている。その阪神淡路大震災が残したものは災害支援のボランティア活動で、同じように世界各国で起きている大地震の復興支援に取り組んでいる、という。阪神淡路大震災の時に足湯に浸かる支援活動をしたことが被災者に喜ばれ、虐げられた被災者の胸襟を開くのに役立ったなどのノウハウを海外での支援活動に生かすことで、実際にボランティアを派遣している、という。
 番組ではい08年5月12日に起きた中国四川省大地震の復興支援にあたっている30代の日本人男性の活動ぶりを追い、食べるものの確保さえ覚束ない現地の罹災者の家を回って、何か支援できることはないか、と活動している姿を追った。そして、打ちしがれている人々の気持ちを引き立てるために村祭りを行うことを企画し、子供たちを集めて民族舞踊の練習に取り組み、最初はそんなことができるのか、と冷やかに見ていた村民も賛同して楽しい村祭りを実現してしまった。
 件の男性は阪神淡路大震災の時に九州からボランティアにかけつけたことがきっかけとなって、ボランティア活動に身を投じるようになった、という。もちろん、中国語もマスターしたうえで、誰も知り合いのいない見知らぬ土地でたった一人で復興支援活動に取り組んでいる姿に感動した。13億人もの人口があり、いまや世界第2の経済大国になろう、という中国政府はじめ公共の自治体などは一体何をしているのか、と思うプロジェクトでもある。
 番組ではたぶん神戸にあるであろうこのNPO法人の事務所内を映し、数百円単位で募金が集まってくる、と解説していたが、実際にこのNPO法人の運営がどうなっているのか、には触れずじまいだった。1年半以上も中国にボランティアを派遣する費用だけでも半端な金額ではないし、会報誌を発行するだけでは組織の運営も成り立たないであろうことは容易に想像できた。
 放映されたのは丁度、阪神淡路大震災記念日の直前で、たまたまハイチで大地震が起きて支援をどう進めるのか注目されていた時だったので、急遽放送を決めたような感じで、こうした復興支援の際に公的なものと民間の支援がどう組み合わされるべきか、という視点が欠けている感じを受けた。
 それにしても世の中にはつくづく頭の下がる人がいるものだ、との思いを深くした。
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首相は誰も経験したことのない緊張と風圧の重職である

2010-01-25 | Weblog
 24日TBSテレビの「時事放談」を見ていていたら、パネラーの加藤紘一自民党元幹事長と寺島実郎三井物産戦略研究所会長が焦点の小沢一郎民主党幹事長の一連の検察とのやりとりを酷評していた。加藤議員はかつて自らの秘書が逮捕された際に鳩山由紀夫首相(当時党幹事長)から進退を厳しく追及されたことがあるせいか、舌鋒鋭く民主党の自浄能力のなさを指摘していた。寺島会長も政権交代の意義が薄れることを憂える旨の発言をし、改めて民主党の存立基盤が崩壊しつつあることを再認識させられた。
 ここでも鳩山首相の小沢幹事長の3人の秘書が逮捕された際の「戦って下さい」との発言が問題視された。検察をも監督する立場にある首相の発言としてはいかにも不穏当な発言である、というもので、翌日には訂正発言したものの一旦発言した言葉は歴史的な意味を持ってくるので、こうした番組などでは何回も取り上げられることになる。
 あまつさえ、その舌の根の乾かないうちに、今度は記者とのやりとりの中で、当の逮捕された元秘書の石川知裕衆院議員が「起訴されないように望む」と発言してしまった。直ちに同じように首相としての見識を問われる発言として問題視され、翌日撤回したものの、歴史的発言としてテークノートされることとなってしまった。
 思うに一国の首相たるもの、四六時中、新聞テレビなどマスコミの目にさらされ、一旦外に出ればその一挙手一投足が注目される。常に会う相手は諸外国のトップや国内のVIPばかりで、一時たりとも気のい抜けない人ばかりである。しかもその及ぼす影響は米国の大統領がいつも核弾頭の発射装置を手近なところに置いていることに象徴されるように一国の運命を決することは言うまでもない。
 会社の社長も同じような立場にあるともいえるが、首相とは比べ物にならないだろう。発言や行動が万金の重みを持っているのはいうまでもない。もちろん、内閣官房にはそのためのスタッフが複数いて、対応しているが、記者会見の際の質疑応答のようなとっさのやり取りの細部にまでは及ばないことだろう。その場では生まれてから歩んできた素養なり、見識で判断して対応していくしかないが、どこからどんな玉が飛んでくるのかは予測はつかないし、とても想定問答では応じきれないことだろう。
 となると、首相本人がとっさの質問なり、その場の雰囲気から察して答えざるを得なくなってくる。スーパーコンピュータでも処理できないような高度な連立多次元方程式を瞬時に解いて、適切な言葉を選んで発言しなければならないようだ。日本のように高学歴で見識のある人が多い国は世界のどこにもないだろうし、インターネット時代を迎えたせいか、政治の現場と人々との距離がぐっと近くなっているせいか、政治家、なかでも首相の発言の重みが従来にないほどに重くなってきたようだ。
 たぶん、小泉純一郎元首相が毎日ぶら下がり会見を行うようになってきた頃からその距離は狭まったようんば気がする。小泉首相は意図してか、単語発言で煙に巻くような手法でなんとか5年間乗り切ったが、その後の安倍、福田、麻生といずれも首相の重みに耐えかねて1年も持たずに沈没した。だれも経験したことのない緊張と風圧の重職に沈没してしまったわけで、注目の小沢幹事長でも不向きなことは同じだろう。
 鳩山首相が育ちのいい嘘のつけない人柄のいい人であることは伝わってくるのだが、どうやら国家の危機状態の時には対応できる人ではないような感じはわかってきた。ここは党内を見渡して、首相の重職に耐えうる人を選抜して、早い機会にバトンタッチすべき時なのかもしれない。
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弦楽四重奏でベートーヴェンの第9交響曲「合唱」に挑戦した

2010-01-24 | Weblog
 23日は東京・初台のの東京オペラシティでの「題名のない音楽会」の公開収録に出かけた。司会の佐渡裕のスケジュールで今月4回目の集中ぶりで、今回は大谷康子がメインゲストでそれほどの人並みではなかった。ただ、指定された席でなく2階のステージ上の観客席に数人座っていて、関係者かな、と思っていたら、開演前に注意されて後ろの方の席に移動していた。画面に入って、美観を損ねるからはねられたのだろう、それにしても大胆なことを思いつく人がいるものだ、と思った。
 前半は「オトナの音楽~弦楽四重奏の魅力」と題して大谷康子弦楽四重奏団が登場し、宮廷音楽として18世紀に始まった頃のハイドンの「弦楽四重奏曲~皇帝」から演奏した。ドイツの国歌ともなっているもので、弦楽四重奏の歴史と魅力を語りながらハイドンの「ひばり」ベートーヴェンの「ラズモフスキー第3番」を演奏した。ゲストの解説者にピーコを持ってきたのに驚いたが、佐渡裕は「初めて会う」と語っていたので、番組構成者の選択のようで、いかにシャンソン歌手といえどもミスマッチの感は拭えなかった。
 大谷康子は東京交響楽団のコンサートマスターを務めるソロ・ヴァイオリニストで「題名のない音楽会」では常連メンバーともいえるほどの有名人である。自らの名を冠した弦楽四重奏団を率いていることは初めて知ったし、弦楽四重奏楽団が第1、第2ヴァイオリン、ビオラ、チェロの4つの楽器から成り、そのままオーケストラを構成できる、との話になり、ベートーヴェンの第9を演奏することとなった。
 ベートーヴェンの第9「合唱」は交響曲のハイライトともいえるもので、たぶん佐渡裕のアイデアだろう、と思われた。果たして弦楽四重奏で再現できるものか、と興味を持たせ、第4楽章のお馴染みの調べが始まった。確かに喜びの歌の箇所はチェロの低い調子が続く、合唱の部分はどうするのか、とみていたら、第1、第2ヴァイオリンとビオラの3人の奏者が椅子から立ち上がって、歓喜の雰囲気を出して盛り上げた。さすがに25分もの演奏とはならなかったが、合唱らしい調べは十二分に伝わった。「題名のない音楽会」らしい音楽を楽しむ挑戦的な姿勢は素晴らしいと思った。
 後半は「小曽根真Jazz meets Chopin」と題したジャズピアノによるショパン音楽への挑戦といった感じで、ブライアントの「Cubano Chant」、モンティの「チャルダッシュ」、そしてショパンの「子犬のワルツ」、「ノクターン第2番変ホ長調」を優雅に弾いてくれた。チャルダッシュではトロンボーンの中川英二郎が加わって芸術的な技を披露してくれたのが楽しかった。小曽根真は興じると天井を見て鍵盤を見ずに弾いていることがよくあり、驚いたが、考えてみれば盲目のピアニストもいることだし、いちいち鍵盤で音を確めているようではいい演奏など覚束ないことだろう、と納得した。
 「題名のない音楽会」が既成の概念に挑戦してやまない得難い番組であることを再認識されてくれた一夜であった。
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楽しいはずのクラス会がなにか物足らない感の理由は

2010-01-23 | Weblog
 23日朝起きて、なんとなくすっきりしない。昨日は1年ぶりの大学のクラスの集まりがあって、楽しかったはずなのに物足りない感は残るのだ。大学の1、2年生の時のドイツ語を選択したクラスで、アイウエオ順にクラス分けをしたのかハ行とマ行の苗字の持ち主ばかりで、50人くらいはいたはずなのにいまは10人前後しか集まらなくなっている。いつの頃からか、幹事が回り持ちとなっていて、幹事をした者が次回幹事を指名することになっており、杜撰な幹事に指名されると3年も間が空くこともある。そうすると、クラスの誰かが亡くなって急遽集まることになるが、また遠のいたりすることを繰り返している会である。
 22日は珍しく幹事の指名で近況を語り合うこととなり、いつもただ集まって酒を飲むだけだったのが少しはお互いに理解し合えた会となった。ただ、終盤になって、次回の幹事を決める段になって、いろんなアイデアが出てきたが、いざ幹事を誰がやるか、となると、だれも名乗り出る人がいなくて、押し付け合い、ちょっとしたいざこざまで出るなど雰囲気が険悪なものになりかけた。最終的には今回の幹事が次回も引き続き引き受けることで決着したが、気まずいムードは後に残った。
 今回は東京・銀座だったので、さすがにカラオケにはならないだろう、と思っていたら、地の利のある幹事の案内で「カラオケの達人」なる看板の出ているビルに行き、いつものカラオケ大会となった。飲み屋でカラオケが流行り出してから、カラオケは最低のサービスと思っていたし、よほどのことがない限りカラオケにはいかないことにしている。ただ、10人も団体が夜のいい時間に適当な料金で騒げるところとなると、カラオケは絶好の場であることは否定できない。
 入った以上は楽しむしかない、と腹を決めて、テーブルの上の分厚い歌集をめくってみると、いままでカラオケの店で見つけることのできなかった植木等の「ハイそれまでよ」が掲載されている。早速、入力して歌ってみた。2時間ばかり順番に歌って、最後に大学の校歌を検索してみたら、ちゃんとあったし、6大学野球やラグビーのリーグ戦に優勝した時だけに歌う「早稲田の栄光」なる歌もあって、みんなで感激して熱唱した。さすがに応援歌までは載っていなかったが、大学時代に馴染んだ2つの歌が歌えるとは思いもしなかった、とみんな喜んでいた。
 しかし、振り返ってみると、1次会の宴席もカラオケででも座る席が一旦決まると、両隣の人くらいとしか話せないし、特定の人とじっくり話すことなどできない。クラス会に行く前にはこの人とこんな話を聞いてみたい、とも思っていたのが、最後まで話せなかった。すっきりしなかった理由はどうもここにあるようだ。
 10人ともなると、時に全体に話しかけるような人も現れるし、絶えず複数の声が行き交いし、落ち着いて話し込むような雰囲気にならない。せいぜい4人くらいで会食するのが一番いいのだろうが、クラス会である以上、そうもいかない。そのうちに気の合う仲間とだけ会うような形になるのかもしれないが、まだ現役、隠退の入り混じった状態ではしばらくこの状態が続くのだろう。
 
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電子新聞の料金が1カ月の購読料金より高い5000円と聞いて唖然とした

2010-01-22 | Weblog
 日本経済新聞が4月から電子新聞なるものを発行する計画であるが、先日その料金が1カ月5000円となる、と聞いて驚いた。2チャンネルあたりで噂が出ていたが、噂通りの価格となるわけで、実際の紙の1カ月購読料金の4383円より高く設定するというのだから、およそマーケティング戦略がないに等しい。おそらく、新聞販売店の「1カ月購読料金より安くしないでほしい」との声を聞いて、5000円とすることにしたのだろう。インターネットを通じて、既存のパソコンをベースとするのか、新たに専用機を売り出すのか、詳細はわからないが、ネット時代に逆行するような価格付けは世間の物笑いとなるのは間違いないことだろう。
 日経はかねて電子新聞時代になる、と読んで研究を進めてきた。業界に先駆けてANNECSというコンピュータによる新聞編集システムを完成し、新聞社から鉛の活字を追放し、デジタル編集体制を組んで、日経テレコンや日経ネットを展開してきた。本格的なインターネット時代を迎え、電子新聞なる名称で新聞紙面を提供するといってもシステム的にはすでに出来上がっており、あとは提供価格をどうするか、という戦略面の検討だけが残されていた。
 その提供価格が1カ月5000円で、すでに新聞を購読している読者に対しては1カ月1000円とする、との決定がなされたようである。今年1月から駅の即売(1部売り)の値段が朝刊は140円から160円に、夕刊は50円から70円に20円づつ値上げされたのもその布石だ、という。
 すでに電子新聞が発行されている米国ではウオール・ストリート・ジャーナルが1カ月の購読料金を定期購読料金の3分の1にしている、という。日本では昨年から産経新聞が試験的に電子新聞を無料で発行しているが、まだ本格的に発行に踏み切ったところはない。それだけに日経の価格が注目されたが、せいぜい高くて定期購読の半分といわれていたのに、それを上回る5000円ではだれも購読しよう、とは思わないことだろう。新聞を購読している人が電子新聞に切り替えてしまうのを止めよう、という禁止的料金である、としか思えない。
 日本の新聞社は実際の読者リストを持っていない、といわれている。だから定期購読しているかどうかの確認は新聞販売店に頼むことになるのだろうが、そんなことをしているようではネットで販売するメリットが半減することになる。冷静に考えて、定期購読しているのにさらに電子新聞を購読しよう、と思うような人はいないのではなかろうか。ただでさえ、新聞を購読している人が減っているのに新規に電子新聞でもとろうかな、と思っている人に「料金は1カ月の購読料金より高い5000円です」と言ったら、だれも申し込んでくれないことだろう。
 電子新聞には広告は掲載されない、という。印刷もしないし、トラック配送も配達もしない電子新聞をなぜ新聞販売店経由で購読する料金より高く設定しなければならないのか、経済原則に反するし、電子新聞にする意味がない。新聞販売店という抵抗勢力に屈した新聞社経営の姿がここに見てとれる。前世紀の遺物ともいえる新聞販売店に依存した経営を続ける限り、新聞業界の未来はないだろう。

追記 その後、公取委から日経の電子新聞なるものの料金が5000円で売るものを片一方で紙の新聞を購読しているからといって1000円で安売りするのは「不当廉売」にあたる、として異議が出て、しばしプロジェクトが止まっている、との話を聞いた。場合によっては延期されることもありうる、とのことで、すでに総額80億円以上も投じている電子新聞が見送りとなることも考えられる事態となってきた。創刊直前にこんな事態になることもさることながら、事前にサーベイを徹底していなかったのもお粗末な話ではある。電子新聞の創刊取り止めることになれば、ここ数年練り物入りでプロジェクトを進めてきた経営首脳部の威信は吹っ飛ぶどころか、1876年の「中外物価新報」以来133年余続いてきた日経の歴史に大きな汚点をつけることになるだけでなく、存立の危機にすら立たされることとなりかねない。
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