鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

韓流映画に負けず劣らずの純愛映画「恋空」

2008-12-31 | Weblog
 先日、TBSテレビで放映された「恋空」を見た。いま流行りのケータイ小説を映画化したもので、旬な女優、新垣結衣が主演していたのと新聞の予告で「過酷な試練に直面する高校生カップル」と出ていたので、それにつられてどうなることか、と期待しながらみた。数年前に流行った韓流映画の向こうを張るもので、日本でも十分に純愛映画が作れることを証明した。
 「恋空」は作者の分身である美嘉の携帯にある日、見知らぬ男子高校生からメールが届くところから始まる。お互いの興味と好意らしきものが交わされるうちに美嘉の誕生日に学校のプールサイドに来るようにとのメールが来る。期待と不安のなか、行ってみると髪を染めたいかにも不良っぽい高校生がいる。そのまま、通り過ぎようとすると、名前を呼ばれ、振り返ると「誕生日おめでとう」と言って花束を差し出された。第一印象がよくなかったこともあって、「花がかわいそう」と言って、そいのままプールを後にした。
 その日の帰り道、花壇の横を通ると、先ほどの高校生が花束をせっせと植えていた。意外と優しいところがあるんだ、と思って話をするうちに不良高校生ヒロを見直すようになり、2人は急速に親しくなっていく。授業中に突如、メールで「図書館に来い」と入り、学校を抜け出し、公園に行ったりするようになる。ヒロの家にも行き、親しい関係にもなる。
 ところが、ある日、美嘉は見知らぬ高校生数人に連れ去られ、襲われる。事の次第を知ったヒロは犯人を探し出し、実はヒロの元の恋人、サキの依頼によるものだ、と判明する。ヒロはサキを捕まえ、美嘉のもとに連れてきて、謝罪させる。そんなこともあって、2人のい仲は親密の度合いを深めていく。
 そして、そのうちに美嘉に赤ちゃんができたことがわかり、2人は生むことを決意し、お互いの両親に打ち明け、卒業後は結婚することも話す。ところが、美嘉がある日、サキの呼び出しを受け、お腹に負担のあっかるような暴行をされる。
 その時はなんともなかったのだが、数日経ったクリスマスイブに突如、お腹は痛み、結局切迫流産で、赤ちゃんを失くしてしまう。意気消沈した2人はそろって、思い出の花壇に赤たやんのお墓を作り、買い揃えていた手袋などを埋める。
 ショックからなんとか立ち直った美嘉はヒロに会おうとするが、なぜかヒロは美嘉を遠ざけるようになる。何度メールしても返事はないし、訪れても出てこない。ある日偶然に図書館で会ったヒロは「もう会わない方がいい」という。それでも釈然としない美嘉は理由を聞こう、とするが、ヒロは応えてくれない。廊下ですれ違っても知らんぷりしていく。
 1年経ったクリスマスイブに赤ちゃんのお墓に参った帰りに美嘉は新しいボーイフレンドと出会い、仲良くなっていき、指輪を交換するにまでなる。そして、さらに1年後のクリスマスイブに赤ちゃんのお墓に参るとヒロの友達に会い、ヒロがガンに侵され、余命いくばくもない、ことを告げられる。いままでの事情がわかった美嘉は新しいボーイフレンドの制止を振り切って、ヒロももとに駆けつける。
 ヒロとの仲が戻った美香は大学を休学してヒロの看病に努め、幸せな時を送る。が、ある日、検査に病室を出て行ったヒロはそのまま帰らぬ人となってしまう。生前のヒロの日記ももらった美嘉はヒロとの思い出の河原へ来て、空を見上げたところでジ・エンドとなる。
 韓流映画では死ぬのはヒロインだったが。「恋空」では逆に彼が不治の病で死ぬ。純愛映画の結末は片一方の恋人が死ぬことになっていて、わかっていても涙を流さないではいられない、悲しい映画であった。
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麻生政権に究極のダメを押す「ペット税」構想

2008-12-30 | Weblog
 29日テレビのニュースを見ていたら、政府は来年度からペット税なるものを導入する考えである、と報じていて、驚いた。どうせ鳩山邦夫総務大臣あたりが不況で税収が落ち込むのをなんとかカバーしよう、と考えだしたものだろうが、ペット税を課すことにしたら、いまでさえ定額給付金の実務で大混乱している全国の市町村の窓口が余計にパニックに陥ることは目に見えている。税収入を増やそうとのねらいから新規に課税対象を考えるのは無理からぬところがあるが、実務を考えるととても実現は難しいことがわかる。そんな簡単なことがふっと外部に出てしまう麻生政権はもう瓦解寸前である。
 テレビ報道によると、「ペット税」は当面犬猫を対象に考えているという。現在、犬猫のペットを飼っている世帯は相当数にのぼり、少子化の時代で児童の数よりペット数のが多い、という。仮に1000万匹として、1頭に年5000円でも課税すれば、一挙に2000億円の税金が新たに生まれることになる。
 ただ、問題はペットを飼っている世帯をどうのように把握し、どういう時点で、どう徴収するか、となると簡単にはいかないことがすぐわかる。仮に市町村にペットを登録するとなると、人の出生・死亡届のような戸籍で管理しなければならない。一辺に何頭も生まれてくるペットの赤ちゃんをどうしたかも一々届けなければならない。受け付ける方もデータベース管理しなければならず手間もかかる。
 登録でなく、保健所で狂犬病注射でもする際に登録証を発行することも考えられるが、猫の場合はそうしたものが見当たらない。鑑札のようなものを発行し、それがないと無許可の飼育として取り締まられる、ということにしても飼うごとに届け、受け付けるのが手間である。
 いっそペットフードに課税する手もあるが、ペットフードを食べないペットが課税漏れとなる惧れがある。
 ペットに関係する業者で、税金の徴収を義務つけられるようなしっかりとした業者がいるような業界ではない。
 さらには課税を逃れた飼い主に罰金を課するような規則を作らなければならないが、効力を発するとは思えない。
 麻生首相が打ち出した定額給付金が1兆2000億円を交付するのに2000億円もの経費がかることが判明し、いまや宙に浮いた格好となっており、麻生内閣の低支持率の大きな要因となっているが。ペット税構想はさらに支持率の低下をもたらすものであるのは間違いない。
 徳川5代将軍、綱吉が犬を奉った御触れを出し、行政を大混乱に陥れたが、ペット税も行政を混乱に陥れる以外のなにものでもないことは確かである。
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史上最強を証明した女傑も世界金融危機の前には敗退か

2008-12-29 | Weblog
 28日は年末最後の中央競馬を飾る有馬記念競走があった。荒れた年の有馬記念は大荒れする、との言の通り、2着に最低人気馬が入り、馬連で2万9490円と3万円近くの大穴馬券となった。37年ぶりに牝馬のダイワスカーレットがスタートからゴールまで独走して栄冠を手にしたが、北京オリンピックでの女性の活躍に見られるように女性が社会に進出していることを象徴していることを改めて認識させてくれた。
 レースはスタート直後から1番人気のダイワスカーレットが13番枠という不利をものともせずに果敢にハナを切り、後続を従えて、4コーナー過ぎまで集団をリードしていった。スタートしてから1000メートルは59秒ちょっとでペースとしてはやや早かった。通常こんなに早いペースだと逃げ馬はつぶれてしまうが、ダイワスカーレットは4コーナーを回って、後続が追いついたと見るやピッチを上げて引き離し、そのまま1馬身4分の3差で逃げ切ってしまった。競走馬は最初は逃げて走ることしか知らず、騎手が差しとか、追い込みのレーススタイルを教え込むことにより勝利の味を覚えていく習性にある。だから、逃げ切る馬は本当に強い馬である。
 過去、同じ年齢の馬同士でダービーを逃げ切ったカブラヤオーという馬がいたが、年間通じて勝ち上がった馬が終結する有馬記念で逃げ切った馬は見たことがない。しかもダイワスカーレットは単勝2.6倍という圧倒的な1番人気に押されて勝ったのだから、完璧な勝利である。普通、逃げ馬は人気薄でノーマークで逃げ切ってしまうケースが多く、クラシックレースで1番人気で逃げ切ることはよほど強くないとできない芸当である。ライバルと目された一昨年のダービー馬、メイショウサムソンに騎乗した武豊騎手が先月の落馬で本調子になかったことも幸いしたが、馬の能力に差があったということだろう。
 このことは2着に入ったアドマイヤモナークが3コーナーではどん尻に控えていて、ゴールでは2着に突っ込んできたことでもわかる。通常、こうしたレース展開では逃げ馬は馬群に沈んでしまうのだが、ダイワスカーレット1頭がいかに図抜けていたか、ということである。
 この有馬記念は中山競馬場への入場人員こそ前年より6730人増えて11万7093人を記録したものの、肝心な売上高は428億6770万5100円で前年比5.1%減となり、中央競馬の08年1年の馬券売上高も2兆7502億99万400円で同0.3%減と11年連続の減少となった。08年の中央競馬の開催日は前年より1週間増えているので、前年より2%売上高が増えてもいいのに逆に微減となったのは実質的にはかなりう減少していることになる。不況に強いといわれた競馬もジンクス通りにはいかず、いかに史上最強の女傑、ダイワスカーレットといえども世界金融危機の影響を食い止めることはできなかったことになる。
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池波ワールドに魅せられた半年だった「真田太平記」

2008-12-28 | Weblog
 池波正太郎の「真田太平記」を読んだ。数年前に池波正太郎の「剣客商売」と「鬼平犯科帳」を読んで、「真田太平記」も読もうと思って、2巻の途中まで読んだところで、どういうわけか中断していた。それが今年5月にセントラルフィットネスの平日会員になって溝の口フィットネスクラブに行き、休憩所に書庫があって、「真田太平記」の4巻から12巻まで並んでいたので、ちゃっかり拝借して、抜けていた3巻を書店で買って、新潮文庫12巻を揃えて、半年かけて読了した。読み出したら止まらない面白さで、池波ワールドの世界に引き込まれた。
 「真田太平記」は武田信玄お抱えの忍びの者、お江が伊那の高遠城が落ちた時に向井佐平次なる武士を救出するところから始まる。向井佐平次は縁あって真田家の若様、源三郎(後の真田幸村)に仕えることになり、若殿と一緒に馬に乗った際に「いずれ生死をともにするような気がする」といわれる。時は戦国時代で、天下の覇権をめぐって武田信玄が織田信長、徳川家康の連合軍と戦うことになるが、武田信玄は道半ばで病に倒れてしまう。
 武田の一武将だった真田昌幸は織田信長が亡くなった後の天下の行方を見定めて、次男の幸村と豊臣方につくが、沼田城に城を構える長男の信之は妻を徳川家康の服心、本多平八郎の娘を迎えたことから徳川方につく。関ヶ原の戦いでも上田城にこもった真田昌幸・幸村は徳川秀忠軍を迎えて一歩もひけをとらず、持ちこたえ、結果として秀忠の東軍への参陣を遅らせることとなり、大きな禍根を残す。
 関ヶ原戦後、このことを恨んで、秀忠は真田昌幸・幸村親子から上田城を召し上げ、紀州の九度山に閉じ込める。それでも意気軒昂な真田親子は東軍打倒を図り、草の者を使って、徳川家康をいま一歩で仕留めるところまでいく。お江がたった一人で家康の駕籠かきの列に加わり、家康の甲賀の忍者の防戦ですんでのところで家康刺殺になるところは全巻のなかでも圧巻だった。
 真田幸村は大阪冬の陣では九度山から大阪城へ入り、大阪城に真田の出城を築き、押し寄せる東軍をけちらかし、真田幸村の名を天下にとどろかせた。しかし、それでも東軍有利の大勢は変わらず、向井佐平次と佐平次の息子、佐助とともに大阪城の側で討ち死にしてしまう。
 一方、東軍に参加した真田信之は上田城への入場を認められるが、家康亡き後は秀忠から関ヶ原戦後に弟の幸村と京都で密会したことを厳しく追及され、危うくお取りつぶしになるところを、実は家康の指示で行ったことであることを証拠だてる書を差し出すことによって免れる。この背景には幕府のスパイとして真田家に入り込んでいた馬場彦四郎なる侍の正体を突き止めたお江の進言があってかねて準備していたことだった。
 徳川幕府の治世となっても草の者を使って、お家の安泰を図ったもので、真田家はその後、上田から松代藩へ所替えを命じられるが、それもなんなく乗り切って、
以後幕末まで真田藩は存続する。
 「真田太平記」は真田家の中心に戦国時代を綴った戦国史ともいえるが、真田家の昌幸、信之、幸村親子の傑出した人物にお江を中心にいくたの忍者がからんで彩りを添えている絵巻で、面白いに尽きる。世に言われる真田十勇士がふんだんに出てくるのかと思われたが、せいぜい猿飛佐助と霧隠才蔵らしき人物が現れるくらいで、お江という女忍者が最後まで活躍するのが意外な展開であった。
 現代社会でも情報をいかに入手して、その情報を使って戦略を張り巡らして、敵を抹殺する、という忍者もどきのことは頻繁に行われていることで、読んでいて、大いに参考になった。最終巻で徳川のスパイ、馬場彦四郎をおびき寄せて殺すためにもっとも親しかった小川冶郎右衛門親子に郊外での蟄居を命じ、3年にわたってひたすら碁盤を作って、目指す敵がわなに落ちるのを待って、見事仕留めたのは素晴らしい。
 池波ワールドに魅せられ続けた半年であった。
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この厄介なるもの、汝の名は「年賀状」なり

2008-12-27 | Weblog
 年賀状をようやく書き終わって、26日、郵便ポストに投函した。毎年4、5週間かかっていたので、今年は退任したのだから、書く枚数を減らそう、と思ったが、なかなか減らせず、結構時間がかかってしまった。パソコンでの印刷が苦手なので、ずっと万年筆で宛名を書き、全部宛名を書き終わってから、1枚1枚裏に簡単なコメントを書くことにしている。年賀状をもらって裏に何も書いていないことほど味気ないことはないので、一言でもいいからコメントを書くことにしているのだが、これが意外と手がかかる。
 以前は1枚ずつ宛名を書き、裏返してコメントを書いていたのだが、なかなかコメントの中身が思い浮かばず、時間がかかるので、10数年前からまず宛名だけを書いていく方式に改めた。それが、何を書いていいのか、さっぱりとわからない人が幾人か、いる。何十年も会ったこともなく、年賀状だけをやりとりしている人に多い。年賀状を前にずっと考え込んで、ウーンとうなっている。こんなことをしているから、時間がかかるのだ、と思う。そんな人には出すのを止めにしたら、と思うのだが、なかなかそうはいかない。一度、出すのを止めたら、果たしてその相手から新年に年賀状が来たので、何のコメントもなく、返事の年賀状を書いたことがある。で、結局、引き続きやりとりしていることになる。
 それでも本当に年賀状だけのやりとりでかれこれ40年も会っていない人がいる。年賀状だけが唯一のコミュニケーションで、年賀状でお互い生きていることを確認し合うような感じであるが、それなりの効用はあるのだろう。
 これまで仕事の持ち場が変わる度に新しい人と知り合い、年賀状の数が増えてきて、このところ、毎年会社で出すのも含め400枚くらい書いていた。忙しい時には追い付かないので、11月のうちから年賀状を書き出すと、12月になって喪中の欠礼のハガキが舞い込み、折角書いた年賀状が無駄になるケースも結構あった。
 今年3月に退任したので、思い切って減らそうと思ったが、意外と減らないもので、せいぜい元の会社のそれほど親しくない後輩への年賀状を減らしたのと、仕事上の付き合い先は大幅にカットした。それでも300枚を切ることはできなかった。
 そういえば、若いころ好意を持つ女性に年賀状を出し、新年に返事がくるのを心待ちにしていたことがあった。年とるにつれ、仕事なり、プライベート上でお世話になった人への年賀状が多くなっていき、専ら義務的なものばかりになってきた。もちろん、学生時代からの友人とのやりとりもあるが、大半は義務的なものだ。退任したのだから、勝手気儘に好きなところだけに出すようにしたらいいと思うのだが、まだまだサラリーマン根性が抜けきっていないようだ。
 そのうちに、年賀状廃止宣言でもしたいが、はてそれをいかなる手段でやるのか、と思うといささか考えてしまう。
 いろいろ考えると年賀状は厄介ではあるが、その一方では便利・重宝なものでもある。
 
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飯島愛の変死に異常な騒ぎぶり

2008-12-26 | Weblog
 クリスマスイブの午後、元タレントの飯島愛が自宅で死んでいるのが見つかり、翌25日は芸能界はまるで天地がひっくり返ったかのような大騒ぎとなった。自宅で1週間も放置されていたミステリーな要素も手伝って、スポーツ新聞は1面トップで報道するし、テレビのワイドショーは1日中報道していた。飯島愛を知らない人にとっては異常なくらいの扱いぶりで、芸能界はつくづく変わった世界であることを再認識させられた。
 飯島愛は92年に女優としてデビューしたタレントで、テレビのトークショーやバラエティで歯に衣着せない率直な物言いで人気を博した。いま流行りのおバカタレントの走りといっていいかもしれない。2000年には自伝的小説「プラトニック・セックス」が150万部を超す売れ行きを示すなどマルチタレントとしてももてはやされた。
 ただ、基本的には男好きのする顔立ちのルックスでテレビに出しておけば格好がつく便利な存在で、何が売りなのかよくわからないテレビの世界が生んだ使い捨てのタレントだった。そんな状況がわかってか、昨年3月に突如、芸能界を引退すると宣言して、テレビの画面からは姿を消していた。
 引退の際の理由もいまひとつはっきりせずになにかデビュー前からか、ブラックな過去を引きずっていて、それが明るみに出るのを恐れているようなふしがないでもなかった。すでにネットの世界では20年前の東京・足立区綾瀬の女子高生コンクリート詰め殺人事件の主犯が飯島愛の元彼で、近く出所するようなことが取り沙汰されている、という。引退したのもこのことが露見するのを恐れてのことだ、ともいう。事実のほどは定かではないが、ブラック情報の飛び交う芸能界にはいかにもありそうな話ではある。
 そのうえに、この年の瀬にだれに知られることもなくたった1人で、1週間も放置されていたことの悲惨な生活ぶりに同情が集まり、芸能人の末路を暗示しているのか、余計に大騒ぎしているようなふしもある。まだ、死因が特定されていないようだが、仮に他殺ということになるとさらに増幅されることになることだろう。
 いずれにしろ、飯島愛も飯島直子の区別もつかない一般人から見ると、いかにも異常な騒ぎぶりである。たまたま、他にびっくりするような事件なり、出来事がなかったからとはいえ、まるで世紀の大女優が亡くなったような感じであり、改めて芸能界というのは別世界であることがわかった。
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メールが消えてしまった、まるで「スパイ大作戦」を見るように

2008-12-25 | Weblog
 24日のことである。朝から重要な会議に出席していると、マナーモードにしてある携帯電話が振動しだした。ブーブーと4回くらい振動して終わったので、いつものジャンクメールだろうと思っていて、休憩になったので、トイレに行く途中に携帯を開けてみたら、なんと思わぬ人からのメールで驚いた。今年3月の退任前にある案件が未解決となっていて、それが心残りだったので、同僚のO氏に解決したら、メールして下さい、と頼んでいた件だった。しかも、元の会社の先輩と先日、忘年会をした時にO氏を知る先輩から「O氏がそんなことするわけがない」と聞いた矢先だっだので、そのやりとりが聞こえたのかしら、と思った。
 その案件とは元の会社がある個人と不当な契約を交わしていることで、当時の社長に2年前に確認した時には親会社から代わりに契約しろ、と言われて不承不承結んだ契約で、1年限りとの約束だ、と聞いていて、今年初めにそのことを再度確認したら、「実は1年でなく2年の約束だった」と聞かされ、唖然としたことがあった。その後、退任してしまったので、その通りのものなのか、確認のしようがなく、残ったO氏に1年後に確認してもらい、もし契約が継続しているようなことがあったら、メールしてくれるように依頼した。もし、社長の言明通り、2年で終了していたら、何も連絡しなくていい、そうなったものと思う、としていたように記憶している。
 それでもO氏は先輩の悪口が聞こえたか、のように律儀に連絡してきたのだ。思わず、「ええっ」と叫んだ。そしてこのメールを悪口を言った先輩に送ろうか、とも思いながら、ボタン操作していたら、どういうわけか、メールが消えてなくなってしまった。あとで、いろいろ携帯電話を操作したが、どう考えてもメールの消去操作をしたようなことは考えられなかった。受信したメールを消去するには少なくとも2、3回はボタン操作をしなければならないが、そんなことをした記憶は全くない。
 O氏はエンジニアでパソコンなど機器の扱いには慣れている人なので、一瞬送信したメールが読了後、消えてしまうようなことをしたのか、とまるで「スパイ大作戦」の冒頭で主人公に殺人依頼をした後でテープが自然と消えるようなことを考えた。しかし、どう考えても現実にそんな技術なり、ノウハウがあるわけがない。
 事は企業機密の関することなので、慎重なO氏のことを考えて天の意思で消去されてしまったと考えるしかない。仕方ないので、とりあえず、O氏のメールアドレスを思い出して、早速お礼のメールを送信したが、不思議な思いはずっと残った。

追記 その後、丸1日経って電車に乗って、携帯電話を操作するうちにauの携帯同士ではCメールできることを思い出し、Cメールの受信画面にアクセスすると、果たしてO氏からのメールが残っているのが確認できた。この携帯にしてから2年半になるが、Cメールで受信したのは1回だけで、マンションの下の階に住むかみさんの友人が神さんの件で送ってきたのだった。以来、ずっとCメールにはお目にかかったことがなかった。O氏の携帯がauだったのもすっかり忘れてしまっていた。だから、一旦受信したCメールを取り出すのに一生懸命、Eメールだけを見ていたのだから、消えてしまった、と思い込んだのだ。わかってみれば、単純なことで、笑うに笑えない、我ながら機械オンチだ、と認めざるを得ないし、恥ずかしい限りである。
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トヨタ自動車赤字の背後に隠されたものとそれに水かけた朝日新聞

2008-12-24 | Weblog
 23日の新聞各紙は前日の午後3時半からトヨタ自動車が名古屋で緊急に記者会見した内容を大きく取り上げていた。日本経済新聞は一面トップで「トヨタ、生産見直し」と報道、今期の営業赤字が1500億円になる、とまさに未曽有の不況に突入した象徴的な出来事といわんばかりの扱いだった。トヨタ自動車イコール日本経済といった感じで、あわせて「自動車クライシス」と題して連載カコミ記事の掲載も開始した。ところが、フィットネスクラブで同日付けの朝日新聞を見たら、4月1日付けで豊田一族の豊田章男副社長がトヨタ自動車社長に昇格する、と大きく報道していた。
 朝日新聞によると、トヨタ自動車の渡辺捷昭社長は副会長になるとしており、いかにも23日の会見は両者が並んで写っている写真も掲載され、社長交代の記者会見の雰囲気もあった。紙面から受ける印象は業績不振の責任をとって引責辞任のような趣さえ出ていた。世界金融危機による世界不況の影響を直撃されたもので、なにもトップの責任でないのだが、交代のタイミングとしては必ずしもよくはない。
 トヨタ自動車のトップ人事は各社とも注目しているので、他のマスコミはどう扱うか見ていたら、NHKは夜のニュースに至るまで一切報道していなかった。23日はたまたま祝日なので、夕刊はなく紙面からは真偽のほどはうかがえなかった。
翌24日の朝刊でもトップ交代に関する記事は見当たらず、無視された。
 トヨタ自動車が営業赤字になるとしたら1941年3月期以来初めてのことになるという。世界金融危機の起きる前の当初は1兆6000億円の営業利益を予想していたが、11月はじめの上期の決算発表時点に6000億円に下方修正し、今回さらに1500億円の赤字とした。昨年は2兆2703億円と史上最高の営業利益だったので、天国から地獄に落ちたような激変ぶりである。
 もっともその要因を見てみると、販売の落ち込みが大半であるが、為替差損が8900億円も見込まれており、いまの1ドル89円水準が来年3月まで続くことを前提に試算されている。この他にも経費に厳しいトヨタらしからぬ経費増が3703億円も見込まれており、1500億円の赤字はやや誇大に作られた感が強い。
 いまこの時期に赤字を強調することによって、ひとつには社内に緊張感をもたらし、経営体質を強固なものにしようとのねらいがあるのだろう。また、すでに鉄鋼メーカーには鋼材の値下げを要求しているように取引先にたいする牽制効果もねらっていることだろう。設備投資についても来期は今期より3割少ない1兆円を下回ることに決めているようだ。
 さらに米国のGM(ゼネラル・モータース)はじめビッグスリーの経営難が伝えられているのに日本のトヨタは健在とあっては世界から袋叩きに遭いかねない、との判断もあって、ここはトヨタでさえ赤字ということにして目をそらしたい、トヨタらしい読みがあったのではなかろうか。
 仮に営業利益が1500億円の赤字となってもトヨタ自動車はトヨタ銀行といわれるほどの余裕資金を持っていて、資金運用をしているので、営業利益以外の金融収支がプラスとなり、最終の当期利益は500億円になる、という。
 もちろん、トヨタ自動車の最終利益はもっと多い結果となることだろうが、いまこの時期がトップ交代の時期としてはよくないことに変わりない。しかも豊田家への大政奉還にはふさわしくない、とはだれしも思うことだろう。トヨタのねらいに水をかけた朝日新聞の勇み足ということだろう。
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お笑いタレント並みになった米ブッシュ大統領

2008-12-23 | Weblog
 退任前にイラクを訪問した米ブッシュ大統領に思わぬクリスマスプレゼントがあった。14日、イラクのマリキ大統領と共同記者会見に臨んだところ、突如、記者席からブッシュ大統領めがけて靴が投げられたことで、公式の場で公人に向かって靴が投げつけられるシーンは初めて見た。もちろん、テレビ中継が入っていて、その一部始終がすぐに全世界に流された。イラクで靴を投げることは最大の侮辱だそうで、イラク人の国民感情を代表しての行為だった、としてイラク国内ではその行為を支持する声が強い、という。
 靴を投げたのはイラク衛星テレビのムンダゼル・ザイデイ記者(28歳)で、「イヌ」と罵って行為に及んだ。テレビでの画面を見ると、投げられた靴は真っ直ぐにブッシュ大統領をめがけて進み、寸前でブッシュ大統領が顔を右に傾け、命中するのを避けている。驚くのは続いてもう片方の靴も投げていることで、これも直前でかわされている。ブッシュ大統領は高校時代に野球をしていたそうで、運動神経がいいことが証明された。
 ブッシュ大統領は内心怒り心頭だったはずなのに即座に「靴の大きさは10インチ(28センチ)だった」と言って、ジョークで答えたのは何事にも動じない姿勢を見せつけたが、一瞬、イラクを訪問したことは失敗だったか、との思いが頭をよぎったのは間違いない。
 ザイデイ記者は逮捕され、懲役10年の罪に問われるとの観測も出ているが、イラク国内では「素晴らしい出来事」と支持する声が圧倒的で、ザイデイ記者を英雄視する向きも多い、という。このことをきっかけに駐留米軍に対する反発が出て、米軍はイラクから出ていけ、と主張するデモも起きており、ブッシュ大統領のイラク訪問は反米感情に火をつけた感が強い。
 海外の反響で面白いのは早速、この出来事をゲームにして売り出した玩具メーカーが現れたことで、ブッシュ大統領めがけて投げられた靴をいかによけるか、で点数が変わる内容で、ブッシュ大統領の肖像が標的になっているのが笑える。また、投げられた靴にオークション市場で9億円もの値段がつけられている、というから欧米人の何事もユーモアにしてしまう精神には感心させられる。
 冷静に考えると、記者会見の中身なり、ブッシュ大統領のイラク訪問よりも靴投げ付け事件の方が大きく取り上げられたことが重大である。いまやレイムダック状態にあるブッシュ大統領のニュース価値はお笑いタレント程度しかない、ということが改めて明らかになった、ということだろう。

追記 投げられた靴を生産しているトルコの靴メーカーベイダン社に世界各地から注文が殺到している、というから面白い。イラクから12万足、英国から9万5000足、米国から1万8000足など計30万足にも達している、という。問題の靴は一般的にオックスフォードタイプと呼ばれる黒革のひも靴で、昨年の販売実績は1万9000足だったという。ベイダン社は早速、社員を増やして増産体制に入ったが、ちゃっかりと靴の名前を「ブッシュの靴」と改めた。
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華麗な王宮での舞踏会の雰囲気を十分に楽しめた「シンデレラ」

2008-12-22 | Weblog
 21日は東京・初台の新国立劇場でバレー「シンデレラ」を観賞した。冬至とは思えない暖か陽気のなか、劇場へ行くと、ロビーは年末のパーティを思わせる雰囲気で、シンデレラのガラスの靴を載せたお盆を持ったバレー団員がうやうやしく徘徊いるのに加え、着飾った少女に対し、ネイルアートの付加サービスが行われ、母親らしき人がたむろしている。1999年以来、毎年この時期に公演されている演目のようで、バレーに携わる人の交流会ともなっているようだ。それにしてもバレーを習っているのであろう少女が多い。
 お馴染みの「シンデレラ」は茶の間でくつろく姉妹の横で召使いのシンデレラが暖炉の傍で家事にいそしんでいるシーンから始まる。姉妹は楽しくじゃれ合っているのに、粗末な服を着たシンデレラはさびしそうにしている。王子さまの舞踏会に招待された姉妹は大喜びで、着飾っていそいそと出かけていく。残されたシンデレラのもとへ森の妖精が現れ、おとぎの世界へと導き、シンデレラを王女さまに生まれ変わらせ、王子の舞踏会へ誘う。
 舞踏会では姉妹が王子のご機嫌をとろう、と必死になるが、颯爽と現れたシンデレラに心を奪われた王子は見向きもしない。妖精と王室の官女らによるバレーの群舞が繰り広げられ、会場から盛んな拍手を浴びていた。予め12時になると魔法が溶けると知らされていたシンデレラは12時になると、急いで舞踏会を後にして消え去る。
 いなくなったシンデレラを探して、王子は残されたガラスんぽ靴が履ける女性を探し歩き、姉妹の家に来てまず姉妹に履かせるが、足が大き過ぎて入らない。そこへ現れたシンデレラに履かせると、ピッタリと入った。王子とシンデレラは手を取り合ってお城へ行くところで幕となった。
 よく知っている筋なので、セリフがなくともわかるが、華やかな王宮のなかで展開される舞踏会をバレーで綴るのはいかにもふさわしい。以前に新国立劇場でバレーを観賞した時はいかにも出演者の教え子らしき観客がいっぱいいて、あらぬところで拍手が出たりして、いささかうんざりしてもう2度とバレーなんか見に来ない、と思ったが、この「シンデレラ」は十分に楽しめた。
 21日の公演の出演者はたまたますべてが日本人だったが、家に帰って、新国立劇場からのメールを見ると、20日からの公演で主役のシンデレラを務めたラリーサ・レジニナ(オランダ国立バレー団プリンシパル)が公演中怪我をして、日本人に代わる、と出ていた。バレーは体力の消耗が激しいため、連続して主役を務めず、日本人とこのオランダのプリンシパルとの日替わりとなっていたが、これで王子役のヨハン・コボー(これも日替わり)を除いていずれも日本人ダンサーによるバレー公演となった。オペラにしても最近は結構日本人歌手が主役を務めるケースが多く、日本人のレベルが上がったということなのだろうか。
 それにしても日本はオペラもバレーもいろいろな国の文化芸術がいながらにして観賞できる世界でも珍しい国ではなかろうか、と公演をみながらふと思った。
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