鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

「歴史大河バラエティ!」で北野たけしもホリエモンも顔色なさしめた明石家さんま

2010-03-31 | Weblog
 30日夜、日本テレビが午後7時から「歴史大河バラエティ!」と題して明石家さんまと所ジョージをメインにこの3年間日本で起きたことを面白おかしく切って捨てる4時間強の番組を流していたので、チラホラと見ていた。テーマによってゲストを招いていたが、さんまのかつての師匠ともいえる北野たけしも出たりして、いまの日本のお笑い界を代表する3人の掛け合いが絶妙で面白かった。ただ、北野たけしはさんまと所ジョージのテンポの早いトークについていけず、たまに口を開けばひと昔前のドタバタ調のギャグめいたジョークで、やや時代遅れの感が否めなかった。
 途中で、北野たけしがフランスのコマンドール勲章を受章したことに話が及ぶや、さんまはかつて花王名人大賞を桂三枝がもらい、感激して同じ新人賞をもらったさんまに泣いて抱きついてきた時に、横にいたたけしが後から尻の手を突っ込んで散々に笑っていたのに、今度自分がフランスで勲章をもらった時には泣いていたのはみみっとない、と切り捨てていた。これにはたけしは返す言葉もなく、手にしていた玩具の槌でさんまの頭を叩くばかりだった。ワンテンポ置いてから、「こんなことを言いながら、紫綬褒章でももらうようなことになれば、頭を下げるのだろう」と言うと、さんまは「勲章の類は一切もらう積もりはありません。辞退する」とキッパリ言っていた。
 また、品格を話題にしたコーナーで、ゲストに登場したホリエモンがしきりに「『カネで買えないものはない』とか、『カネで女は買える』とは言ってない」と弁解しているのに、さんまは「こういうタイプは若い頃、女性にもてなかった。だから、こうした言動をするのだ」とバッサリ核心を突いた発言をした。これにはさすがのホリエモンも手をさんまの肩にかけるような仕草をして、どうしてそんなことがわかるのか、と言った顔をして認めざるを得なかった。出てきた言葉は「そんなことはいいじゃないですか」と話をそらすようなことしか吐けなかった。一瞬にして相手の素性、生い立ち、心の蠢きを読み取ってしまうさんまの真骨頂が表われた瞬間だった。
 ホリエモンをテレビ画面に出すことは憚られ、一部で問題視するような声すらあり、そんな空気もあることを知って、どことなく遠慮しがちな姿勢でゲスト出演しているホリエモンの足元を見事にすくった瞬間だった。鈍想愚感子もホリエモンには好印象を持っておらず、どちらかといえばテレビには出てもらいたくないと思っているが、そんな思いもさんまの話術が吹き飛ばしてくれた。
 このほかにもいろいろなゲストを前に機関銃のように出てくるトークで視聴者を笑わせてくれたさんまはいまやお笑い界の最高峰に位置するタレントである。次から次へと相手の思うところを先回りして、ウイークポイントを突いてお笑いのネタにしてしまうのはまさに天才である。本人も意識しない話術で、北野たけしはもちろんタモリも、所ジョージもついていけないテンポであろう。現在54歳で、知力的にはまだまだ盛んな時期で、お笑いの世界では当分王者であり続けることだろう。この「歴史大河バラエティ!」は改めてそのことを見せつけてくれた。
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隔靴掻痒の感が抜けない中国冷凍ギョーザ事件

2010-03-30 | Weblog
 中国政府がこのほふぉ2年前に起きた冷凍ギョーザ事件の犯人を逮捕した、と日本政府に伝えてきた。待遇に不満を持つ臨時従業員が会社側を困らせようと行った犯行と事件の真相を伝えてきたわけだが、いまひとつ詳細がはっきりしない。さらには中国政府は当初、日本国内での犯行と突っぱねていたのが、中国国内での犯行だったことに対する釈明らしきものがひとつもないのも気になる。上海万博の開催を1カ月後に控えた中国が日本との関係改善をねらって一芝居打ったとの見方も出ているほど謎の多い結末である。
 中国公安省の刑事偵察局長が日本メディアとの会見で明らかにしたところによると、天洋食品の臨時従業員だった犯人の36歳の男性は正規従業員との給料格差が大きいことに不満を持ち、工場の環境衛生班から有機リン系殺虫剤メタホドミスを盗み、工場診療所で廃棄された注射器を使って製品に混入させた、という。当初、段ボールの上から注入したと発表されたが、梱包されている製品のなかにうまく入るものなのか、さらには摘発された注射器の直径が0.25ミリ以上あり、製品の混入にはそれより細い0.2ミリ以下の特殊なものでないと行えない、という。
 この他にも日本で回収された天洋食品の製品から有機リン系殺虫剤ジクロボスやトルエンが検出されているが、この点についての言及はない。犯人は殺虫剤を3回混入したが、「日本にまで輸出されているとは思わなかった」と釈明しているが、会社側から自社の製品がどう流通しているか説明がなかったとは考えられない。
 発表された当初犯人の故郷の南障城鎮の寒村に住む父親はテレビにインタビューに「うちの息子がそんなことをするはずはない」と否定していたが、翌日になると、「死んでお詫びをしたい」と涙ながらに語っていたのは何を物語っているのだろうか、気になるところだ。
 中国の場合、言論統制が行われているのか、日本のように一斉の記者発表のようなことは行われない。関係するマスコミの一部だけを集めて記者会見をするようなこともあり、どうしても秘密っぽい色彩が残る。発表している当人も上からの指示で、全貌は知らされていないので、聞かれても答えられないようなこともあるのだろう。だから、情報は限定的、もしくは小出しにしか伝えられず、しばしばあとになって了解できるようなことが多いのだろう。
 いまになって事件の真相を明らかにしたのは5月1日から始まる上海万博に鳩山首相を招きたいのと温家宝首相の訪日を果たしたいとの思いから、日中関係を改善したい、との思惑がある、とも伝えられている。グーグルの中国撤退で、中国政府のIT政策に疑問の声が起きているので、中国に対する印象を改善したい、との思いがあるのかも知れない。
 ともあれ、今回の冷凍ギョーザ事件も犯人逮捕の発表はされたものの隔靴掻痒の感があり、これで全面解決といった感じがしないのは鈍想愚感子だけではないだろう。
 
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1カ月も経って橋本聖子団長を敗軍の将扱いはひどい

2010-03-29 | Weblog
 日経ビジネス3月29日号の「敗軍の将、兵を語る」欄にバンクーバー五輪日本選手団団長だった橋本聖子参院議員が取り上げられている。オリンピックが終わって約1カ月も経ってから、反省の弁を取り上げること自体、週刊誌としてはどうかな、と思われるのに敗軍の将として扱うのは疑問が残る。増してバンクーバー五輪は前回のトリノ五輪の金メダル1個に比べれば金メダルこそ取れなかったが、銀3個、銅2個(誌面では銀2、銅3としているのはご愛敬か)と内容的には上回る結果だったというのが大方の見方である。
 橋本聖子団長は「キム・ヨナの背中は遠く」と題し、メダル10個獲得を目標にしていたのに対し、半分しか達成できなかったことを悔いている。特に韓国は日本人選手の半分以下の46人の選手で金メダル6個を含む14個のメダルを獲得したし、中国も金メダル5個を獲得するなどアジア勢のなかで日本の競技力低下が目立っている、としている。日本選手団の選手94人に対し、役員が111人も行ったのは問題だが、これについては特に言及していない。
 不振だった大きな理由が国のスポーツ振興に対する支援の弱さで、2009年度の日本オリンピック委員会へ拠出した補助金は27億1300万円で、100億円を超える中国や韓国にはるかに及ばない。しかもリーマン・ショックをきっかけとする不況で、企業のスポーツに投じるおカネは極端に絞られてきており、スポーツ振興の中核となってきた企業に所属するスポーツチームが相次いで閉鎖されつつある。
 橋本聖子団長が帰国後の成田空港での会見でも話していた内容が綴られている。国会議員を務める立場から国としてスポーツ支援を訴えていて、それなりの正論であるが、これが「敗軍の将」としての弁として取り扱われるのにはいささか疑問が残る。
 日経ビジネスの「敗軍の将、兵を語る」は40年の歴史を持つ同誌の看板コラムであり、これまでも幾多の企業経営者が無念の決断を迫られた経緯をドラマチックに語っていて、注目率が高いことで知られている。ただ、今回は何も敗軍の将でなく、一般の記事として扱われて当然なのに、無理矢理「敗軍の将」に押し込められた感じで、これでは橋本団長がいかにも戦犯みたいで可哀想である。日経ビジネスとしては橋本聖子議員のプライドよりも雑誌としてのメンツを優先したわけで、今後に禍根を残すことにもなりかねない。
 しかもこのコラムには関係者のコラムが囲み記事として掲載されることになっているが、今回は同じオリンピック関連として田上富久長崎市長が「幻の広島・長崎五輪」とのカットで談話を載せている。バンクーバー五輪とはまるで関係のない五輪誘致の失敗談で、編集部内でどちらをメインにするか最後まで迷って、どうせ取材したのだから一方を囲み記事としたという安易な舞台裏が見えてくる。世論をリードすべき雑誌としてはお粗末なことである。
 こんなドタバタをよそにイアタリア・トリノで行われたフィギュアスケートの世界選手権
で、浅田真央が197.58点をマークして韓国のキム・ヨナ選手を抑え、金メダルを獲得し、バンクーバー五輪での悔しい敗北にきっちりと雪辱を果たしたのはうれしいことであった。日本国民が感じたカナダでの残念な思いの一端を晴らしてくれた。念願の金メダルを獲得し、頂点に立ったキム・ヨナと雪辱に燃える浅田真央との意気込みの差だったのだろうが、浅田真央にとって敗軍の将うんぬんはおよそ関係ないことだろう。 
 
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6時間余ものオペラ「神々の黄昏」の熱演の主役はオーケストラ

2010-03-28 | Weblog
 27日は東京・初台の新国立劇場へオペラ「神々の黄昏」を観賞に行った。ワーグナーのオペラ「ニーベルングの指環」四部作の最終作にあたるもので、期待に胸をふくらまして会場へ赴いた。ひとつ気懸りっだったのが前日に知人から「会いたい」との連絡が入り、6時頃には終わるだろう、と思って渋谷で午後6時に会うことにしていたころで、会場へ行ったら終演時刻が8時15分となっていた。途中で抜け出すわけにはいかない、として午後8時45分に待ち合わせということに変更した。事前に終演時刻問い合わせておけばこんなことをしなくても良かったのにまたしてもポカを重ねてしまった。
 休憩を入れて6時間15分ものオペラ公演とは見る前から力が入る。幕開けから宇宙船のような建造物が舞台中央に浮かび上がり、天井の方へ消えていく幻想的な雰囲気が漂う。そして3人の女神が現れ、大きな赤い如意輪棒を操り、剣のようなものを取り出してはこの世の終末が近いことを予言する。
 一方、天空に近い岩山の小屋でジークフリートとブリュンヒルデは永遠の愛を誓い合っている。ジークフリートは大蛇を退治して、得た指輪をブリュンヒルデに愛の証しとして与える。ブリュンヒルデ役を務めるイレーネ・テオリンが妖艶な見目で、座った姿勢やら、横たわったままの姿勢から会場いっぱいの美声を聴かせるのが素晴らしいが、一方でジークフリート役を務めるクリスティアン・フランツの姿が大きめのTシャツにブレザー、作業ズボンといったまるで勇者という感じがしないアンバランスが気になる。
 その後、旅立ったジークフリートはビーヒヒ家に立ち寄り、薬を飲まされ、グートルーネに一目惚れし、天下の美女のブリュンヒルデに憧れるグンターに恋の手助けを申し出る。すべてはグンターの朋友であるハーゲンの策略で、ブリュンヒルデの棲む岩山へ出かけたグンターとジークフリートはまんまと思いを遂げ、指輪も手に入れる。
 ところが、騙されたと知ったブリュンヒルデは真相を打ち明けに来て、グンターとの愛のみならず、ジークフリートとグートルーネの結婚話も破棄させてしまう。面目をつぶされたグンターと指輪を取り戻したいハーゲン、それにブリュンヒルデはジークフリートを殺害することでは意見の一致を見る。
 で、狩りの場でハーゲンがジークフリートを刺し殺してしまう。ところが、いざ夫を殺されたブリュンヒルデがジークフリートへの愛に目覚め、真の勇者はジークフリートであった、と永遠の愛を告げて、火葬の火の中へ飛び込み、世界は終末を迎えるとことで、幕となる。
 6時間余にもわたる間、デン・エッティンガーの指揮の下、演奏し続けた東京フィルハーモニー楽団の団員のエネルギーには驚嘆の一言に尽きる賛辞を送りたい。オーケストラボックスの舞台寄りのところに4台ものハープが据えられ、いつもよりぎっしり満員のオーケストラこそが今日の主役だったのではないか、と思われた。
 いつもながらの壮大な舞台装置には感心させられたが、ひとつジークフリートが乗る馬が手の平に載るような小さな模型であったのが、興ざめだった。亡くなったジークフリートを讃えるブリュンヒルデが最後に愛馬も讃えるが、それが手の平の上の模型の馬であるのはなんとも滑稽で、折角の壮大な調べと舞台装置で重々しく引っ張ってきたドラマが台無しになるような感じを受けた。
 6時間余もの大作を演じ続けたクリスティアン・フランツはじめオペラ歌手の出演者には頭が下がるが、なかでも主演のクリスティアン・フランツが事前のパンフレットのなかで「人間の身体は七年ごとに大きく変わる。歯も身体自体も全く変わるので、当然声も違ってくるので、公演ごとに自分にオープンにその都度そのときの状況を見極め、歌っていかなければならない」と興味深い発言をしているのが面白かった。日々新たにす、ということで、その通りで、だからこそ生の舞台は楽しいのだ、と思った。
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入れ歯を装着したまま留め具を取り付けてしまった技術に再度感嘆した

2010-03-27 | Weblog
 先週の日曜日のことである。夕食を摂った後、テレビを見ながら、新聞の番組欄を見ようとちょっと下を向いたら、歯に違和感が走った。アレッと思ったら、上の入れ歯の留め具のところが砕けたような感覚があり、ポロッと取れてしまった。ちょうど前に歯の上のところに掛けてある留め具で、夕食の際に取れていたら、食べ物と一緒に呑み込んでしまうところだった。いつもその留め具に引っ掛けて入れ歯をはずしているので、負荷がかかって金属疲労を起こしたのだろう。
 幸い、その入れ歯の中間の留め具なので、日常の生活には支障はないが、そのままにしておくわけにはいかない。丁度、その翌日はかみさんがかかりつけの歯医者、M先生の病院へ行くことになっていたので、紙に状況を書いて持たせ、来週行った時にでも相談することにした。ところが、M先生は「見なければわからない」とのことで、1日置いた翌々日に予約を取ってくれ、診察と相成った。
 当初は頭を抱えていたが、そのうちに金具を再度装着することになり、その日は上の歯型を取っただけで、残った入れ歯もそのまま装着したまま、新しい金具が出来上がるまで待つことになった。
 で、26日にM先生の病院に出かけたところ、新しい金具が出来上がってきていた。どうして装着するのかな、と思っていたら、入れ歯を入れたまま、その上から金具の具合いを調整しながら、2、3回入れ歯を外したり、入れたりした後に、アロンアルファみたいな接着剤で金具を取り付けてしまった。それで、数分噛んだ状態で待ってから、入れ歯を取り外し、工具で削りなどの作業をして完成させてしまった。
 従来は留め具がつながっていたのが、今度の留め具は中側と外側のが独立しており、今回取り付けた外側の留め具は単独でプラスチックの中に埋め込まれている。プラスチックの素材はよくわからないが、埋め込まれているだけ頑丈になっており、装着した感じも今回の方がフィット感がある。M先生は「最初からそうすれば良かったのですが、保険ではそうなっていたので」と弁解していた。
 確か、1、2年前にも下の入れ歯の最奥歯の増設の際にも装着したまま、天才的な技を見せてくれたのがこのM先生だった。もちろん、金属の留め具は技工士にお世話になって作ってもらっているが、プラスチック部分の造成からはじまって装着に至るまでの技術は素晴らしいものがある。
 このM先生は親戚の親戚筋にあたる人で、かみさん、子供も含め数十年来お世話になっている。歯医者になる前から知っており、付き合いは古い。カナダに留学したこともある実力派の医者で、大学でも枢要な地位を占めている、と聞いている。また、大学ではインターンはじめ学生に教えている、というが、ぜひともこうした高度な技術は伝授してもらいたいものだ。
 サラリーマンたるもの、床屋とテイラーと歯医者は決まったところを持つのが理想だが、こと歯医者に関しては悩むところがない。M先生のお世話で入れ歯を入れるようになってから数年経つが、なんとか健康を保っていられるのもこの先生のおかげといってもいいくらいだ。生きている限り、今後もお世話になることだろうが、当分足を向けて寝られないだろう。
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魑魅魍魎が跋扈する金融の世界の一端をみた投資信託取り引きの実態

2010-03-26 | Weblog
 先日、野村証券の渋谷支店の窓口へ行って、野村ホームトレードの操作方法について問い合わせた。少し前に野村証券の営業マンから勧められてJPモルガンの「世界鉄道関連投信」なる投資信託に投資したものの、なかなか時価が上がらず後悔していたが、ようやく元本まで戻してきたので、売り払おうかな、と思ってホームトレードを調べたら、売却の際の指定する項目が「全額」か、「金額指定」のいずれか、となっており、株式のような指値とか、売却期限といった項目がない。電話で問い合わせるのももどかしいので、店頭へ行ってみた。
 「世界鉄道関連投信」はこの1月末に売りだされた投資信託で、最初営業マンから勧められた時は「いまさら鉄道なんて斜陽産業なのに」と思ったが、営業マンの巧みなセールストークを聞くうちになんとなくそうかな、と思わせるような雰囲気となってきて、そういえば発展途上国を中心に新幹線建設のプロジェクトが新聞紙面をにぎわせている、と思ったら、買うことに話は決まってしまった。鈍想愚感子は投資信託には手を出さない、というのをモットーとしてきたのにまんまと営業マンのペースに乗せられてしまった。以来、時々、その「世界鉄道関連投信」の時価を追っていたが、ずっと水面下でイライラしていた。
 ところが、ごく最近になってようやく元本に戻してきたので、損をしないうちに売却しよう、と思ってホームトレードを開いて注文を出そう、としたら、操作方法がわからなくなってしまったのだ。「金額指定」といっても投資信託には取得単価、時価単価があり、売却口数も指定しないと金額が出てこないのにそうした項目もない。しかも売却日時の指定もない。これでは売却のしようがない。件の営業マンに相談すれば、教えてはくれるだろうが、またその後にいろいろ投資案件を勧められて却って煩わしいことになる。
 そう思って、ビジネスライクに用件のみ聞くことができる支店まで足を運んだ。出てきた窓口のうら若き営業ウーマンは早速、パソコン画面を叩きながら、「金額指定はお持ちの投資信託のうちにいくら売却するかを指定するのもです」という。「というと口数、単価はまるで関係ないのですか」と聞くと、「そうだ」という。しかも売却の注文を入れても決済は翌日になるので、前日の単価は保証されない、という。売価の注文をすれば、売却できないということはないが、もちろん、売却価格は保証されない、その取引も1日1回しか行われない、という。JPモルガン発行のものなので、当然米国での取引になるからなのか、よくわからないが株式と違ってまるで透明性がない。
 時価が高くなったから、売ろうと思ってもその時価通りに売却できるかどうかはわからないわけだ。どう考えても圧倒的に売り手が不利な取り引きである。投資信託証券なるものがどういう場で価格が成立しているのか、実態はよくわからない。少なくとも株式市場のような場があって、リアルタイムで株価が変動する仕組みにはなっていない。
 鈍想愚感子が投資信託が嫌いなのは20年くらい前に日本で株式ブームが起きた際に同じ野村証券で「クリスマスファンド」なる投資信託を購入したことがあったが、株式は高騰していたのに、肝心の投資信託は元本割れとなって償還された。不思議に思って、店頭まで出向き、その最終報告書なるものをもらったが、一応どの株式、債券に投資して、最終損益はかくなったと記載されていたが、決算したあとではなんとでも書ける、と思ったことがあったからだ。以来、投資信託なるものには手を出さない、と決めていたのについ、手が緩んでしまった。前回はここまで投資信託が売り手不利なのものとは知らなかったが、今回改めてその実態を知るに及んで、2度と投資信託に手を出すまい、と心に誓った。
 さらに営業ウーマンは「現金化されるのは決済後4日です」と付け加えた。投資信託証券のものによっては現金化がさらに遅れるものもある、というから。ここでも売り手は不利な状況に置かれている。
 魑魅魍魎が跋扈する金融の世界で投資信託などまだまだかわいいものに類するのかもしれないが、庶民は足を踏み入れない方がいいものであることだけは確かだろう。
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アンジェイ・ワイダ監督の「灰とダイヤモンド」を見て北野たけしとの共通性を感じた

2010-03-25 | Weblog
 随分前にWOWOWで録画したアンジェイ・ワイダ監督の代表作「灰とダイヤモンド」を観賞した。これまで名作と思える映画を片っぱしからビデオテープに録画してきているが、あまり観賞したことがない。先日、ふとそのリストを眺めていて、「灰とダイヤモンド」が2回も録画されていることを発見して、再録画禁止の爪のところにテープを張って、別の映画を録画することにして、時間があったのでどんな映画か、見てみることにしたのだ。
 「灰とダイヤモンド」は第2次世界大戦末期のポーランドの自主独立をめざす戦線のグループはもう一方の労働組合の幹部をねらって暗殺を図ろう、とし、野原で待ち伏せするシーンから始まる。ところが、情報のミスでやってきた別人を撃ち殺してしまう。暗殺のヒットマンとして雇われた青年は仲間と再度、目標の労組幹部がいるというホテルに出かける。
 その日は敵国ドイツが無条件降伏をした日で、ホテルでは市長がポーランド軍の幹部らを招いて、解放の記念式典を開くことで、準備にかかっていた。そのパーティにねらう相手が来ると聞いて、そこで仕留めようと待機していた。ホテルのなかは宿敵ドイツが降伏した、とあって、華やかな祝賀ムードが漂っており、新聞記者やら、軍人やら、市役所の役人らでごったがえしていた。
 ヒットマンの青年はそんななか、バーで働くうら若き女性に一目惚れして、ちょっかいを出そう、としてあの手この手で迫っていた。しかし、その女性は全然、見向きもせずに相手すらしてもらえなかった。青年は最後にはホテルの部屋番号を告げて、どうせ来はしないだろう、と諦めて去った。
 部屋に帰って、暗殺用の銃の手入れをしていると部屋のドアをノックする音がする。何かと思うと、さっきの女性がやってきて驚く。最初こそぎこちない会話をしていたが、そのうちに打ち解けて、いい仲となってしまう。そんな幸せな気分に浸ったせいか、青年は暗殺などしたくなくなり、仲間にその旨を告げるが、仲間は頑として受け付けず、暗殺することを強要する。
 やむなく青年は労組幹部をつけねらい、外出したところを追いかけ、暗殺に成功するが、逃亡の際に警官に見つかり、追いかけられて、最後に射殺されてしまう。そうとは知らず、青年と逃亡を約束した恋人はホテルに残され、そのホテルでは市民がポーランド解放の喜びのダンスに興じているところで、幕となる。
 ポーランドの悲劇の影を描いた映画であるが、どこがいいのか、よくわからない。白黒映画のせいもあるが、全般に暗くて、人間存在の底にある不条理みたいなものを言いたいのだろうか。ヨーロッパ映画共通のふわっとした人間の業のようなものを扱っている感じがする。アメリカの映画は戦争にしろ、西部劇にしろ、人間がはっきりと描かれていて、わかりやすいが、ヨーロッパの映画は明確には描かず、オブラートに包んだ形でしか人間を描かない。
 北野たけしがつくる映画がヨーロッパのカンヌやベニスなどの映画祭で高く評価され、つい最近もフランスでフランス芸術文化勲章の最高章であるコマンドールを受賞したのもこのことと共通するところがあるのだ、と思った。北野たけし監督の映画には登場人物の背後から冷徹にこの世の中を見通している目が感じられる。その目が人間の不条理、やる瀬なさといったものにつながるのだろう。
 鈍想愚感子はかつて欧米のコンピュータメーカーを取材するようなことがあり、欧州のメーカーに米国のメーカーと同じような質問をしよう、として関係者に押し留められたことがある。その人は「欧州の人はそんな率直な質問には答えようとはしない。もっとオブラートに包んだような形でぶつけないといい答えは帰って来ない」と言ったことをいまでも覚えている。
 逆に北野たけしが米国では評価されないのもふわっとした形でしか人間を表現しないからだろう。日本はどちらかといえば、米国流のストレートに人間を描く方式に慣れた人が多いのもまた事実だろう。
 
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「飛んで火に入る虫」を実証した中年のチョイ悪親父

2010-03-24 | Weblog
 23日は東京・霞が関の東京地裁へ裁判の傍聴に出かけた。殺人事件の裁判員裁判を傍聴しよう、と思って行ったら、満員ではねられたので、東京海上日動火災保険を相手どって保険金請求裁判を起こしている民事裁判の傍聴をすることにした。2時間も時間をとっているのに証拠調べは原告ただ一人だった。傍聴席からは原告は後ろ姿だけで容貌などよくわからなかったが、どうやら原告は一見いい男のようで、2、30代と思われる見た目かわいい女性の書記官が尋問の始まる前に証人席のマイクを原告の方へ向ける際に色目を使うような仕草をしたように見受けられた。よそ目には悪徳企業を相手に立ち上がった正義感のような感じもあって、中年のチョイ悪親父に同情したのかもしれない。殺伐とした雰囲気の裁判所のなかでは浮いた話もなく、若い女性にとってはこんな楽しみしかないのかな、とも思われた。
 ところが、原告代理人の弁護士の尋問が始まると、型通りの陳述書の確認をした後、最初から「職業は何ですか」とまるで被告側の反対尋問のような内容で、あれっと思わせた。事件は川越に住む原告が茨城県潮来市に持つ住宅を火災で消失し、その保険金を請求しているようだった。ただ、その住居がもともと愛人のために購入し、当初は愛人名義だったようで、その愛人とは暴力沙汰事件を起こし、刑事裁判で50万円の見舞金を払うことと、2度と愛人と合わないことを誓わせられていた複雑な事情があった。しかも火災が起きた深夜に現場にかけつけず、翌日になって火災現場に行き、警察と消防署へ届け出を出していた。
 次いで被告側の弁護士による反対尋問に移り、火災保険に入ったのは潮来の知人である住職の勧めということだったが、住職はそんなことは勧めていないことが判明したのに加え、火災発生時に玄関などに備えてあった防犯カメラのことを警察にも消防署にも報告していないことも判明した。さらに火災が起きたのは問題の火災保険の期限の来る直前で、更新についてなんら意思表示もしていなかったことも明らか、となった。
 そのうえ、原告は出身地の青森県弘前市や川越市でこれまで4、5件の傷害事件を起こしていて、裁判沙汰となったことがあり、執行猶予の判決を受けていることも暴露された。これには原告の代理弁護人も驚いたようで、「そんな話は聞いていない」といった表情を浮かべていた。被告側の代理人が裁判資料を読んで疑問のあるところは代理弁護人に伝えていることを確認したのを受けて、原告代理人は原告に対する再尋問で「大体、裁判資料など読んでいないじゃないか。今日も交通渋滞で、約束の時間に1時間も遅れてきて、ろくな打ち合わせもできていない」と逆ギレする始末だった。
 こうした状況を原告のすぐ1メートル前にいる件の女性書記官は先刻の色目を使ったことなどすっかり忘れたかのようにもう原告を見ようともしなかった。「こんな人だったのか」と軽蔑の面持ちすら見せていた。
 最後に裁判長が原告に「あなたの商売は何ですか」とか、「年収は」とまるで刑事裁判の被告のような感じで尋問し出した。「なぜ潮来に月に7~8回も行って、一体何をしているのか」とか、「『火事で燃えちゃった方がよかった』と言っているが、必要のない家だったのか」、「燃えた家の評価が1000万円とはどういうことか」とたたみかけ、原告はしどろもどろになって答えていた。そのさなかに突然、原告のポケットのなかの携帯電話の着信音が鳴り出し、これには裁判長も呆れて、「切って下さい」と注意し、うんざりしていた。一瞬、「我々はこんな人の言い分を聞いて貴重な時間を割いているのか」と白け切った雰囲気が流れたのは間違いない。
 そして、裁判長は原告、被告双方の代理人にそれぞれ別個に相談がある、と言って、傍聴人は外へ出るよう指示された。どうやら放火の疑いも出てきて、こちらの民事裁判は取り下げる方向へいきそうな状況となった。
 原告としては自ら放った矢が自分に帰ってくることになるわけで、「飛んで火に入る虫」を実証したような裁判であった。 
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満員の長谷川等伯展にはうんざりしたが、周囲の併設展とさくら見物で収穫あり

2010-03-23 | Weblog
 22日は東京・上野の東京国立博物館へ「長谷川等伯」展を観に行った。1週間くらい前に道ですれ違った新聞販売店のおじさんが「ようやく手に入りました」といって、渡してくれたもので、会期があと数日しか残っていなかった。丁度、上野公園のさくらも咲き頃かな、との思いもあり出掛けた。主催社でもある毎日新聞の同日の朝刊には鳩山首相が観覧に訪れたと報じられていたこともあり、最終日とあって入場券売り場の前で男性が「只今50分待ち」との立て看板を持っていた。40分ほど並んでようやく入場できたが、最初からガラスケースの陳列の前は人の山で、見えるのは後ろ姿の頭ばかりだった。
 それでも頭ごしに遠くから作品を眺めて通り過ぎていくと、墨で書いた屏風絵が見えるものの、あまり感動らしきものが湧いてこない。わずかに第二展示室の中央あたりにあった天井から垂れさがって、さらに床に折り曲げてあった本法寺所存の「仏涅槃図」の壮大な絨毯絵のような絵画の見事さに驚いたくらいで、あとは屏風や襖に書いた墨絵ばかりで、なぜ長谷川等伯がこれほど注目されるのか、よくわからなかった。絵画展というものの、ほとんどが屏風絵ばかりで、考えたら長谷川等伯が生きた安土桃山時代はお寺の求めに応じて寺院に飾る絵を描くしか表現方法がなかったのだろう。西洋のキャンバスに絵を描くようなことはなかったのだから、お寺を訪問しているような気になのも無理はない。
 今年1月に建仁寺で、長谷川等伯が描いた掛け軸があるのを見た際に初めて長谷川等伯なる画家がいたことを知った。少なくとも同時代の尾形光琳や俵屋宗達ほどは名前は知られていなかったと思うが、これほど大勢の人が来るというのは主催社にNHKが入っていて、テレビなどで宣伝をしまくったからに違いない。それと鈍想愚感子と同じように時期的にさくらの季節と重なって、ついでにさくら見物も、と思った人も多いのだろう。
 国立博物館本館では「農村(田園)へのまなざし~黒田清輝バルビゾン派に寄せる思い」と題して黒田清輝がフランスに留学していた時代の作品を20数点展示していたが、ゆったりと観賞できたこともあって、絵画展としてはこちらの方が面白かった。さらには表慶館では「アジアギャラリー~東洋の美をめぐる旅」と題して中国、韓国、インドなどの美術品が展示されていた。なかで、中国の角型の青磁の壺とエジプトの死者の身代わりとして墓に埋める小像、ウシャブティなる作品が目を惹いた。
 さらに東京国立博物館の庭園では2、3本のさくらが満開となっており、一足早い花見を満喫できた。メインの長谷川等伯展にはあまり感動しなかったが、代わりに周辺での併設展で気に入ったものを見つけることができたうえ、さくら見物もできて満足な一日となった。
出口で改めて長谷川等伯展の混み具合いを確かめると、30分待ちとなっており、どうやらピーク時に入場したようだった。やはり、美術展の最終日には来るものではないことだけは確かだろう。
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蜷川幸雄の一人芝居だった?美空ひばり主演の演劇「カルメン」

2010-03-22 | Weblog
 図書館で借りてきた「ベスト・エッセイ2005」を読んでいたら、演出家の蜷川幸雄が「幻の演劇」と題して、美空ひばりで演劇「カルメン」をやろう、との話があったとの思い出を書いていた。本人もやる気になっていたのだが、ガンで身体を冒されていた時期で、体力的に叶わなかったプロジェクトであったことが、あとになって判明した、という。実現していれば、蜷川幸雄にとっても、美空ひばりにとっても後世に残る傑作となったのは間違いのないことだったろう、と惜しまれる。
 演劇カルメンは清水邦夫が戯曲を書き、蜷川幸雄演出で、主演のカルメンに美空ひばりを起用することで、本人から承諾をもらっていた。劇場は音楽以外には貸し出さないことにしているサントリーホールを特別に借りることで了解を得、作者のメリメ役には宇野重吉をやり、スペインにまで取材に行き、新しい音楽劇をつくる意欲で取り組んでいた。
 ところが、ある日、美空ひばりが突然、体力に自信がなくなったので出演できなくなってきた、連絡してきた。芸能界の女王でほとんどのことを思いのままにしてきた美空ひばりだけにまたわがままを言い出したのか、それともおじけついたのか、わからなかったが、蜷川幸雄としては納得できない思いで一杯だった。
 それからしばらくして、帝劇の稽古場でブレヒトの演目の稽古をしている時に、突然、なんの前触れもなく、美空ひばりがやってきて、稽古をつけている蜷川幸雄の隣に座り、「ごめんネ」と言った、という。それから小一時間様子を見ていて、「じゃ」と言ってニコニコして帰って行った。何しにきたのだろう、と訝ってはみたが、よくわからなかった。
 あとで聞いたところによると、「私の歩く後姿を見たら、どれくらい身体が悪いのかわかってくれる、と思うわ」と語っていた、という。それから1年して、美空ひばりは帰らぬ人となり、実はドクターストップであることが判明した。
 歌手にしろ、演劇人にしろ、舞台に立てなくなったら、芸能人としての生命は終わりは告げることになる。たとえ、医者から出演を止められても舞台の上で死んでも務めたい、と思うのは本望だろう。だから、自ら出演できない、というのはよほどのことなのだろう。増して、美空ひばりは本格的な演劇なるものにはまず出演したことがなく、歌で培ってきた名声を損なう可能性すらある。息子のマネージャーや周囲が必死になって、止めさせたことは十分に考えられる。美空ひばりの周囲には蜷川幸雄の名前すら知らない人が大勢いたことは想像に難くない。こう考えてくると、仮に健康問題がなくても、美空ひばりが演劇に出演することは最初から無理な話だった、と思えてくる。蜷川幸雄サイドの一人芝居だったのかもしれない。
 随分前のことになるが、美空ひばりが黛敏郎司会の「題名のない音楽会」に出演したことがある。前以て抽選制となり、当然外れて行けなかった。日比谷公会堂に空前絶後の観客が押し寄せたと後から聞いた。いまだからこそ、美空ひばりの演劇「カルメン」があれば行って観たかった、と思うが、当時はゲテモノ演劇としかみなさず、食指は動かなかったことだろう。幻の演劇でよかった、ともいえる。
 
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