鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

喪中のお知らせの末尾に「例年通りに年賀状をお送り下さい」とあった。今後、風習が変わるのかもしれない

2021-12-12 | Weblog

 コロナ禍への懸念が去らないこの年末も 年賀状を書く季節となってきた。そんな折り、かみさんの姪っ子から主人の母親が亡くなった喪中につき、年頭の挨拶を遠慮する、とのはがきが届いた。ことしは例年に比べ喪中のお知らせが随分と少ないと思えるが、同年の両親がもうあらかた亡くなって、いまは同年代が次から次へと亡くなるようになってきているのかな、と思われる。ただ、姪っ子からの喪中のハガキの末尾に「皆さまからの年賀状は励みになるので、どうぞ例年通りにお送り下さい」と書いてあるのに注目した。喪中のお知らせで、そんな申し出は初めてで、いかにも姪っ子らしい現代っ子らしいチャッカリした申し出かと思えるものの、しかめつらしく年明けの寒中に寒中見舞いを出すのが通例のようだが、そんな風習も変わっていくのかもしれない、と思った。

 ことしは年末にちょっとした国内旅行を計画しているので、早めに年賀状を書きだした。いつもは永年愛用しているアアフランス製ウォーターマンの万年筆で表面の宛名を書いてきたが、丁度カートリッジのインクが切れていたので、ペリカンの万年筆で書くことにした。インクは20年近く前に購入してあったペリカンのブルーブラックのインクを使用することにした。で、書きだしたところ、最初はノリがよくなくて、書き跡も擦り切れたような文字で見た感じもよくなかったが、書き進むうちにスムーズのペンの運びが進むようになってきた。で、苗字のア行の分を書き終わったところで、調子がようさそうなので、カ行まで一気に書き終えてしまった。

 例年はア行だけで手が疲れて、とてもカ行まで書くことができないのに、倍以上のペンの運びで、いつもなら1週間くらいかかかるのになんと3日間で180枚すべてを書き終えてしまった。ペリカンの万年筆は手にほとんど負担がかからなくて、いくらでも書けそうな感じである。ウォーターマンの万年筆はなぜか世界最高級の万年筆だと思い込んでいて、米国へ出張した際にニューヨークのメルシー百貨店で買い求めたもので、異常な愛着を感じていた。だから、年賀状の宛名書きはウォーターマンの万年筆で書くのだ、と決めていた。

 一方のペリカン万年筆は購入の経緯の記憶はあまり定かでなく、いつのまにか手元にあった感じで、いままでほとんど使うこともなかった。ただ、いつかは使うだろうと思ってか、インクだけは玉川高島屋の伊東屋で買い求めたことは覚えている。それでも肝心な時にペリカンの万年筆で文書を書いたことは、まずなかった。それが、こんなに書き味のいい万年筆だとは全く思いもしなかった。

 ペリカンの万年筆で年賀状の宛名を書いているのを見たかみさんが、「きれいな文字じゃないの」と褒めてくれるおまけまでついた。こんなことなら、もっと早くにペリカンの万年筆で書けばよかった、と思ったし、万年筆によって、こんなに書く負担が違ってくるなんて思いもしなかった。

 ウォーターマンは米国、ペリカンはフランスなので、欧州と米国では工業製品の製造技術では差があるのかもしれない。そんなことも知らずに勝手にウォーターマンが世界一だと思い込んでいたのがそもそもの間違いだったのかもしれない。万年筆の良さを理解するのに20年以上も要したことになるが、勝手に思い込むことだけで判断することがいかに愚かなことか、身をもって知った。

 

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