23日は東京・初台の新国立劇場でノルウェーの劇作家ヘンリック・イプセンの演劇「海の夫人」を観賞した。イプセンの劇は以前に同じ新国立劇場で「ヘッダ・ガーブレル」を観賞して以来で、自由奔放な生き方をする強い女性を描いた演劇で今回もそうかな、と思ってみていたら、意外と結末は平凡なものに落ち着き、ホッとした感は否めなかった。宝塚出身の麻実れいが主演したせいか、会場は女性が目立っていたようだった。あと会場は中央を真っ二つに割った舞台装置で両側に観客を背負った形での演技という形の造りだったのが斬新な感じを与えていた。
「海の夫人」の舞台はノルウェーのフィヨルドを望む町の海を一望にする医者ヴァンゲルの家の庭で娘たちとなにかのお祝いの飾り付けを手伝う絵描きのシーンから始まる。そこへやってきた若者とヴァンゲル家の噂話に興じる。それによると、ヴァンゲル家の主人は3年前に灯台守の娘のエリーダと再婚したのだが、それで授かった赤ちゃんを失くしてしまい、以来エリーダは精神不安定で、毎日のように海に浸かっていて、周囲では「海の夫人」と言われている。それを気遣ってか、ヴァンゲルがエリーダの旧知の友人、アンホルムを自宅に招くことにした。
ところが、やってきたアンホルムは夫人と打ち解けるよりもかつての教え子のポレッタと仲良くなってしまい、ヴァンゲルの思惑とは外れることとなってしまう。そして、もうひとりの娘ヒルデは若者と仲良くなってしまう。ところが、その若者はある日、かつて乗船した船の船長が殺された現場に遭遇した話を始め、その時に行方不明となった男がいたことを打ち明ける。それを聞いていたエリーダはその行方不明だった男がかつて愛を誓った男だったことを知り、異様に気持ちを掻き立てられる。それを不審に思ったヴァンゲルはエリーダにその理由を攻め立て、遂に愛していないことを告白されるに至る。
そうした折り、英国船が港に入った日の夜にエリーダのもとにフリーマンなる男が現われ、かつての約束を果たしに来た、と言い、一緒に船に乗って行こう、という。そのフリーマンこそエリーダが3年前に愛を誓った男で、以来ずっと姿を消していた男だった。その約束を果たしに来たと言い、明日の同じ時刻に再びここへ来るから、それまでに気持ちを固めておけ、と言い置いて立ち去る。エリーダは直ちに部屋に立ち籠り、思案にふけることとなる。で、この3年間が全くの無駄な時間であったことを悟り、家を出ていくことを決意するに至る。
イプセンの「人形の家」で主人公のノラは自由を求めて家出するので、エリーダもフリーマンに付いていくのかな、と思ってみていたら、翌日にやってきたフリーマンの前で、ヴァンゲルがエリーダに対して「離婚を認める。自由にしていい」と言うのを聞いたエリーダは突如、フリーマンに対し、「付いていかない」と言って突き放し、」フリーマンは1人で船に戻っていき、ヴァンゲルとエリーダは歩み寄って抱き合うシーンで幕となった。意外と穏当な結末となったわけでイプセンも実は保守的な側面を持っていたことが明らかとなった。もっともエリーダは完全な自由を与えられて、その自由に戸惑ったともとれなくもなく、ある意味で人間の弱さを見せつけたといえなくもなさそうだ。