13日は東京・初台の新国立劇場でチェーホフの演劇「かもめ」を観賞した。開演直前に読んだ演出の鈴木裕美のインタビュー記事を読んで、出演者13人全員がオーディションで選ばれたと知って俄然興味が沸いてきた。我が国演劇界で出演者全員をオーディションで選んだのは初めてのこおとだそうで、今回は3396人もの応募があり、うち860人を6週間かけて面接し、選考した、という。だからか、幕開け早々から役者の力が入っているようで、客席にもその迫力がビンビンと伝わってきて、幕が下りるまでその迫力は続いていた。最初は一体だれが主役かわからず、どこにポイントを置いて見ればいいのかもわからないような感じであった。約3時間の熱演に圧倒されたこともあって、見終わって演劇とはこんなにも面白いものか、と実感させられた。
「かもめ」は大女優アルカージナが愛人の小説家トリゴージンを連れてモスクワ郊外の保養地にある湖脇にある兄ソーリンの家にやってきて、アルカージナの息子の劇作家の卵のコンスタンティンが近くに住むニーナを主演させる劇をみんなに見せようとする場面から始まる。幕が開き、ニーナが長いセリフを語りだすが途中で詰まってしまったこともあり、コンスタンティンは劇を中断してしまう。それでもアルカージナはニーナには女優の素質があるほめたたえ、コンスタンティンがニーナに惚れていることを知ってか知らずか、こともあろうに小説家のトリゴージン紹介してしまう。それから2、3日滞在するうちにニーナはトリゴージンと小説の話をするうちにすっかりトリゴージンに魅惑され、2人は恋仲となってしまう。
それを知ったコンスタンティンはトリゴージンを嫉妬し、遂には決闘を申し込み、トリゴージンに傷つけられてしまう。それを知ったアルカージナは田舎暮らしに嫌気がさしたこともあって、早々にモスクワへ帰ることを決め、荷造りを命じる。トリゴージンはニーナに別れを告げるが、女優の道をめざすべきだと唆す。一方、アルカージイはトリゴージンとの仲や息子のコンスタンティンとの愛も醒めかけるがそのことを持ち出してなんとか元通りの鞘に収まったところで、兄の家を後にする。
それから数年後、再びアルカージイの家兄ソーリンの家で、いつもの医者のドールンらを迎えて談論していると、いまやここにねぐらを構えて作家として売り出し中のコンスタンティンも加わって話に花が咲く。一息ついたところで、ド^ルンがコンスタンティンにニーナの近況を尋ねる。すると、コンスタンティンは「ニーナはトリゴージンを追ってモスクワに行き、女優稼業を続けていたが、そのうちにトリゴージンと結婚することになった。そして、家庭を持ち、子供を産んだが、ほどなくして子供が死んでしまい、トリゴージンとも別れてしまった。それでも女優稼業を続けていて、地方巡業に出かけている、という。そうした地方公演のチケットを手に入れ、何回か見に行ったこともある。ただ、楽屋に顔を出す気にはなれなかった。家には出入り禁止のようなことになっていると聞いているが、最近は帰ってきている、ということも聞いている」とみんなが驚くようなことを打ち明けた。
その日は風雨が強くてとても外にでられるような状況ではなかった。みんなが食堂に食事に行ったのを腹が空いてないとの理由で、居間にコンスタンティンが一人残ったところへ外から扉を叩く音がした。「誰か」と声をかけても反応がないので、コンスタンティンが庭へ出てみると、なんとニーナがびしょ濡れになっていた。早速、抱きかかえて居間に入れた。最初はきまり悪そうにしていたニーナは苦しい心情を話し出し、コンスタンティンもニーナがいなくなってからの寂しい心のうちを打ち明け、2人はよりを戻しそうな気配が漂ったが、最後にニーナは「まだトリゴージンを愛している」といいながら立ち去ってしまう。残されたコンスタンティンは書きかけてあった原稿を破り捨て、何やら決意を見せて、外へ飛び出して行った。それからしばらくして、アルカージナらが居間に戻ったところ、一発の銃声が轟きわたった。医者のドールンが確かめに行って、戻って「瓶が爆発した」とのたまったが、脇の従者に小声で「アルカージナをどこかに連れて行って、コンスタンティンが自殺した」と伝えたところで、幕となった。
喜劇が最後は悲劇となった「かもめ」は最後の最後までアルカージナ役の朝海ひかるはじめ出演者13人全員が力を振り絞っての熱演で、見るものを感動させてくれた。久しぶりに楽しくて、面白い演劇であった。セリフのほとんでない役者まで含めて全員をオーディションで決める、というかつてない試みをした芸術監督の小川絵梨子はじめ関係者の努力に喝采である。