鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

面白かった現代の成功物語「スラムドッグ$ミリオネア」

2009-04-30 | Weblog
 29日は東京・渋谷で米アカデミー作品賞、監督賞など8部門で受賞した映画「スラムドッグ$ミリオネア」を見た。上映2時間前にチケットを買いに行ったが、最前列しか空いてなくて、米アカデミー賞の威力をまざまざと見せつけられた。インドの極貧地区に育った青年が億万長者となる現代成功物語で、ぐいぐいとひきつけられてしまい、本当かいな、と思わせる場面もないではないが、面白い映画だった。
 「スラムドッグ$ミリオネア」はいきなり主人公のジャマール・マリクが警察で拷問に遭っている場面から始まる。どうやら、クイズ番組「ミリオネア」で賞金1000万ルピーを獲得した裏にはなにか不正が行われたに違いない、との嫌疑を受けたようだ。コールセンターのアシスタントを務めるジャマールがそんな知識を持ち合わせているはずがない、との思い込みだった。取り調べにあたった警部はテレビでクイズ番組「ミリオネア」のジャマールの回答シーンのビデオを回しながら、ジャマールに生い立ちを聞いていくことで、物語は進んでいく。
 ジャマールはインド・ボンベイ(現ムンバイ)に生まれ、兄サリームと物乞いのような生活の中で育つが、ある日ヒンズー教徒とイスラム教徒の抗争に巻き込まれ、母を亡くし、孤児となってしまう。貨車の中で生活するうちに少女、ラティカと知り合い、3人でルンペン生活をともにする。そんな状況で子供を食い物にする手配師の囲われるが、その手配師がとんでもない悪であることを知り、3人で逃げ出すが、ラティカとははぐれてしまう。兄と寺院の案内や物売りなどをしながら生活の糧を得るが、常に頭には残してきたラティカのことで、絶えずラティカを探して歩く。
 で、ある日、かつての仲間と街で出会い、ラティカが娼窟のようなところにいることを聞き出し、兄と助けに出かける。ところが、仇敵の手配師が現れ、兄サリームが持っていた銃で手配師を殺してしまう。人を殺したことで気が大きくなった兄はジャマールを追い出し、ジャマールは兄、ラティカと別れ別れとなってしまう。
 そして、コールセンターのアシスタントとなったジャマールはある日、電話交換手に代わって電話を操作するうちに兄の居所を突き止め、10年ぶりに兄と再会を果たす。やくざの使い走りとなっていた兄に付いて歩くうちに街の顔役の情婦兼小間使いとなっていたラティカとも再会を果たす。一緒に逃げ出すことを提案するが、最初は渋っていたラティカは思い切って駅で待つジャマールのもとに駆け付けるが手下に見つかって連れ戻される。
 落胆したジャマールはラティカがテレビのクイズ番組「ミリオネア」を熱心に見ていたのを思い出し、「ミリオネア」に出演すればラティカが見てくれると思い、応募する。で、出演すると、出てくる問題がかつての生い立ちとオーバーラップしたものばかりで、問題ごとに生い立ちの回想場面が思い出されてくることで物語は進んでいく。たとえば、途中で「米国の100ドル紙幣に載っている顔は誰か」という問題はかつての仲間の盲人に遭った時にジャマールは米100ドル紙幣を渡し、仲間と100ドル紙幣に印刷されているのはフランクリン・ルーズベルトである、と教えられる、といった具合いである。
 注目の1000万ルピーの問題では日本のみのもんたを思わせる司会者が休憩時間にトイレで休むジャマールに偽りの答えを教えて去っていくが、50:50(フィフティ フィフティ)で残った2つの答えのうち、おかしいな、と思ったジャマールが司会者が教えた答えでない方を選択して、史上2人目の1000万ルピー獲得者となる。実は司会者は最初の1000万ルピーを獲得した記録保持者で、かつ番組の取り仕切りを任されていたことが判明する。
 そこで、冒頭の拷問シーンにたどりつく。が、疑い晴れて翌日、ジャマールは最後の2000万ルピーの挑戦のためスタジオに赴く。番組は生中継なので、インド国中が熱狂に包まれ、ラティカが囚われている娼窟でもみんながテレビ中継にかじりついている。そこで、兄サリームはラティカをこっそりと逃がすことにして、ラティカはスタジオに駆けつける。
 最後の問題はなんと兄とラティカと名乗っていた三銃士の3人目の騎士の名前で、ジャマールは知っていたが、一応テレフォンで兄を呼び出すことにする。ところが、兄はその携帯電話をラティカに渡していて、それを知ったラティカは急いで車に戻り、携帯電話で身の安全を伝え、回答については「知らない」と答える。観客はがっかりするが、ジャマールは自信を持って正解を選択し、見事に2000万ルピーを獲得する。そして、駅でラティカと落ち合い、喜んで踊りまくるところで幕となる。
 クイズで生い立ちに沿った問題ばかりが出題されて、そんなにうまく事が運ぶのかと疑問がないわけではないが、苦労した者が報われるという神の摂理が体現された現代成功物語として読み取るべきなのだろう。いかにも米国の映画関係者が喜びそうな物語なのだろう。もうひとつ家に帰って調べたら1ルピーは日本円で2.1円で、2000万ルピーは4200万円に相当するが、もう少し高い5000万ルピーくらいでもよかったのでは、という気がした。
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俳句の世界の舞台裏から見えてくること

2009-04-29 | Weblog
 数年前のベスト・エッセイ集を読んでいたら、評論家の塩田丸男氏が面白いことを書いていた。塩田氏が12人から成る某新聞社の俳句の選者を務めていた時に、事務局があらかじめ選んだ800句のうちから、大賞1句、秀句3句、佳句20句を選ぶことになり、選者が天地人の3句プラス30句の33句を選び、天には5点、地には3点、人には2点、その他の30句には1点をつけ、集計して大賞等を決める仕組みとなっていた。
 で、塩田氏が投票して、結果を知らされたところ、「天」句に選んだ句が大賞はもちろん、佳句の20点にも選ばれていなかったので、愕然とした、という。塩田氏自身俳句の専門家ではないと自認していたものの、他の11人の選者とあまりにも違うということに驚き、俳句を「見る目」を改めて学びたいということで事務局に大賞の句に天の5点を与えた選者を教えてほしいと申し入れたら、「大賞の句に天をつけた選者の方は1人もいらっしゃいません」と意外な言葉が返ってきた、という。
 選者が「天」をつけた句はバラバラで、秀句のうち上位2句にも「天」をつけた選者はいない、という。800句もあればバラけるのは当然で、事務局が紹介してくれた別の選者が説明してくれたところによると、「天」をつくような句は人間で言えばユニークで、強烈な個性を持った人物のようなもの、その人間に取りつかれた人は絶対的に支持し、信奉してしまうが、そうでない人は好きになるどころか、嫌い、憎み、反発してしまう。だから、「天」がつくような句はポツンと「天」がつくが、あとは全然点が入らない。逆に八方美人的な句は「天」には選ばれないが、「地」以下の点を稼いで総合点では上にいってしまう、という。
 そういえば、NHK衛星テレビで句会を放送しているが、時にバラバラの点がつくことがよくあり、困った司会が進行役の俳句家に助けを求めるシーンによくお目にかかるが、最後は権威のある俳句家が選ぶしかないのだろう。巷にある句会をいかに切り盛りしていくかは中心の俳句家にだれを持ってくるかにかかっている、とはよく聞く話である。
 松尾芭蕉の名句とされる「古池や 蛙飛び込む 水の音」にしても作られた江戸時代当時に最初にそれを聞いた人は決していいと思わなかったことだろう。何回も聞いているうちに「いい句だな」と思えてくるのが大方の俳句に対する感覚だろう。俗に俳句人口1000万人といわれるが、その舞台裏というのはこんなものなのかもしれない。
 しかし、考えてみれば俳句に限らず、絵画、書、音楽の世界も似たところがあるのだろう。あまりにも独創的、個性的なものは万人に受け入れられなくて、その時にいいとされるのはどこかで見たとか、聞いたような親しみやすい作品が平均点を高くとって評価されるも。天才的なものはよほど突出した能力のある人が認めて主張してくれない限り、世に出ることすら難しいことになる。
 ことは芸術のことに限らず、人間の評価もそんなことがありはしないか、という気がしてくる。平均点の高い生徒が筆記試験に通るといういまの大学入試制度も「天」の要素を持った学生が浮かばれない制度である。
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「鼻毛カッター」に注意あれ

2009-04-28 | Weblog
 きっかけはどうやら鼻毛カッターにあったようである。三菱UFJカードのポイントが貯まっていて、それが3月末に期限切れを迎えることがわかり、急遽手持ちポイントで交換できる商品を選択したところ、日立製の「鼻毛カッター」なるものがあることがわかり、交換することにした。いつも小型の先の丸くなったハサミで鼻毛をカットしていたが、どこか鼻の穴の中を傷つけたり、思うように切れないので苦労しているのを思い出したからだ。今月中旬に届いて、使い始めたところ、結構切れ味がいいし、つるつるに剃れてなかなかいいな、と思っていた。
 で、先週木曜日に元の会社の新本社屋完成披露パーティなるものが開かれ赴いたところ、春にしては朝から多少寒そうな気候で、治りかけの花粉症が心配だったので、マスクをしてでかけた。会社のOBが招かれていて、同期の仲間から一杯飲もう、との連絡が入り、昼と夜の2件も飲む約束となってしまい、まず昼のパーティを抜け出して、丸の内あたりで軽く一杯ということになった。5人で探し回って、結局、丸の内オアゾの7階にある丸の内ホテルのバーラウンジがみつかり、ビールを飲み始めた。
 あとで考えると、そこはシガーバーで、周りで葉巻をプカプカやっていて、アルコールに煙草の煙と花粉症にとって最悪のコンディションのなかでの宴会となった。おまけにラウンジなので、食事らしきものはサンドイッチくらいで、すきっ腹にアルコールが流し込まれる次第となり、段々と悪酔いしていった。
 しかも、それで終わればいいのに、今度は午後5時から別の約束で上野のカウンターバーで一杯ということになった。すでに頭にアルコールがのぼっているのに、ビールと魚中心の料理で、飲んでいる最中から花粉症の鼻汁の出る症状がひっきりなしに出ていた。それでも2時間ばかり談笑して、お店を出たころにはさすがに頭は朦朧としてきて、地下鉄に乗り込んでも座り込んで鼻をしゅんしゅんとやっていた。溝の口駅について歩きだしたら、なにやら寒気がしてきて、風邪かな、と思わせた。
 それから3日間、微熱とだるさの軽い風邪の症状が続き、寝てばかりの状態が続き散々の週末と相成った。もともと強くないお酒を飲んだのと折りからの花粉症が嵩じた、と思われた。ここ1年くらい風邪を引かなかったのに、季節の変わり目で体調に異変が生じたのだろう。春なのに風邪とは、と思って、「鼻毛カッター」のことに思い当たった。鼻毛カッターで見事に鼻毛が剃れるのに喜んで、そうしたところ、いつも鼻毛で外気の侵入を防いでいたのに、外気がすっと鼻の穴から侵入してきて、風邪を引くに至ったのだ。長年、鼻毛で覆われていた鼻の穴がすっきりして鼻も驚いてハクションということになったのだろう。
 昔、野球の日本シリーズで、西鉄と対戦した中日ドラゴンズのスラッガー、西沢道夫選手が勝った日に試合後に散髪に行って、髪を切ったところ、風邪を引いて翌日の試合に打てなくなって負けてしまい、最終的には西鉄に敗退したことがあった。鼻毛と髪の毛では大きな違いだが、毛というのは毛皮のコートからもわかるように防寒の役目を果たしているわけで、単に剃ったり、抜けばいい、というものでもないようだ。
 日立製作所も便利なものを作ってくれたのはいいが、何事も慎重に進めなさい、ということか。
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NHKらしからぬ「サラリーマンNEO」は面白い

2009-04-27 | Weblog
 26日、NHKテレビが毎週日曜日、午後11時から放送している「サラリーマンNEO」を見た。NHKらしからぬやや斜めからサラリーマンの生態を描いたコメディタッチの内容で、まるでどこかの民放のチャンネルか、と見紛うほどの面白さだった。時間帯が深夜前で、規則正しい生活をしている主婦連のおばちゃんは寝ていると見て、羽目をはずしているのかもしれない。NHKにも話のわかる制作者がいるということがわかった。
 25日の「サラリーマンNEO」はまずサラリーマン通勤と題して駅近くの一杯飯屋で昼食を摂る2人連れのサラリーマンが持ち家についてあれこれ話し合っているショットから始まった。結局、持ち家は夢か、と諦める結論になったところで、後ろの客が帰りかけ、立ち上がって定期入れえお落していったのを拾って、中を見ると、下関から東京・高田馬場へ通勤している定期券見て、目を丸くする。そして、「あいつ、すげえ!」と叫び、急に持ち家について野心満々になる。
 続いて、会社のなかで打ち合わせしている男女4人が終わって、取引先に向かおうとすると、課長が部屋へ飛び込んできて、「野球に行こう」と言い出す。どうやら先週から野球に行くことを約束していて、今日がその日に当たっていたようだ。ところが、急に取引先に行くことになり、課長は「藤川が投げるところを見たくないのか」とジェスチャーを交えて一緒に行くことを促す。が、4人は応じようとしない。結局、後で追いかけることになるが、最後に課長が「どこまで行くのか」と聞くと「九十九里まで」と言い、間に合うわけないことが判明する。
 そして「きょうの経理」と題して、腕に黒いカバーをしたいかにも経理マンといった男性が登場し、「いつでもピン札」をテーマにしわしわの1万円札をアイロンをかけてピン札にするのをさも特技のように披露する。隣の宮崎美子扮する司会がピン札のピンはポルトガル語のピンタからきている、と話すのにも無関心で、相槌を打とうともしない。最後に「きょうの料理」風に霧吹き、アイロン、ハンカチなどを重々しく紹介するのがオチとなっていた。
 さらには派遣の女子社員3人が悪徳サラリーマンを懲らしめる「派遣エンジェル」で、会社の機密を搭載したUSBメモリーを盗み出したサラリーマンから取り返す物語や、「はたらくおじさん」として実際の健康機器メーカーでマッサージチェアーの機能を実験台となって試験しているサラリーマンをケーススタディとして取り上げ、最後には「お先が真っ暗ですね。いずれ晴れますやろ」との女性が大写しでモノローグを披露し、会社のトイレで、男性2人がないやら前の日の飲み会のその後を話していて、先に帰った上司が部下にお金を置いていったことを改めてみんなに報告してくれ、と捨て台詞を言って去っていくところで終わる。
 サラリーマン、OLの会社での実態を細切れにコメディタッチで抉り取った秀作で、それぞれの話がよく出来ている。出演者も生瀬勝久や中越典子、田口浩正などそこそこの芸達者がそろっていることもあって、いかにもNHKならではの感もある。
 わずかに「はたらくおじさん」だけは四角四面、何事も清く正しくの従来のNHKの路線であるが、そのほかの部分はNHKからはみ出していて面白かった。NHKもいずれ、CMを流す時代が来るのに備えて、民放に対抗してお笑いのわかる人がいることを訴えたいのかもしれない。
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宣なるかな 安野光雅の「100年に一度の不況」説への異論

2009-04-26 | Weblog
 先日、NHKテレビ朝の生活ホットモーニングの「この人にトキメキ」を見ていたら、画家の安野光雅氏が近況を語っていて、途中ではアナウンサーに促されるように答えていたのに、最後に「最近おかしいと思っていることはありますか」と振られて、きっと目を向いて「そんなんですよ。だれが言い出したのか知らないが、いま100年に一度の不況というのがわからない。日本の戦争直後の悲惨さを知る人にとって比じゃない」と言い切った。確かに、第2次世界大戦直後の昭和20年代を知る人にとっていまとは比較にならない状況だったのは間違いない。
 番組中で話していたが、安野光雅氏は戦争に兵士として召集され、末期の数か月間、食べるものもない悲惨な軍隊生活を強いられた経験があり、終戦直後もさらに困難な生活を耐え忍んできた、と話していた。そうした話のあとの「100年に一度の不況」否定論だけに説得力があった。いまや終戦後の苦境を知る人は70歳以上の人に限られるので、記憶が薄れているうえに大半の人が比較しようにもそうした事実を知らずにあえて反対もしないことから、すんなり通ってしまったようだ。
 昨年秋にリーマン・ブラザーズの倒産をきっかけに世界金融危機が起きた当座は米国発の不況であることと、1930年代のブラックマンデーが想起されて、ブラック・マンデー以来の世界不況と浮かび、麻生首相が「100年に一度の不況」と言い出したことから、この表現が定着してしまったようだ。
 世界的な同時不況としては1930年代のブラック・マンデーに次ぐ大不況であるのは否定できないが、こと日本にとっては終戦直後の食べるものすらない極貧の状況とは比べものにならないことも確かである。終戦直後は経済に限らず、日本のあらゆるものが崩壊しかかっていて、国家そのものの存立すら危ぶまれる声すら出ていた。不況どころか、国自体のあらゆる機能が麻痺していて、経済だけでなく諸体制、組織の整備から着手しないと間に合わなかった。
 それに比べれば、いまは経済成長がマイナスになり、主要企業の売り上げが低下している程度で、国民の生活が立ちいかなくなっているわけではない。2、3年もすれば以前ほどにはいかなくてもある程度は戻ることだろう。
 その意味では「100年に一度の不況」ではなく、「100年に一度の世界同時不況」と言うべきだろう。終戦直後の不況は欧米諸国の市場へ進出することで克服できたが、いまは世界同時不況なので、捌け口がなく、それだけに打開策が見つからない困難な不況ともいえなくもない。
 
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米マイクロソフトがIT業界の主役の座を降りて、次なる主役は?

2009-04-25 | Weblog
 米マイクロソフトが23日発表した2009年1-3月期決算は、売上高が前年同期比6%減の136億4800万ドルで、1986年の上場以来初めての減収となった。IT業界の雄としてリーダー役を務めてきた米ヤフーやグーグルも成長期を過ぎた感があり、巨人マイクロソフトも世界金融危機の前に主役の座から落ちることになるわけで、今後世界をリードしていく企業が当分見当たらず、この大不況も長引きそうな気配となってきた。
 米マイクロソフトの09年1-3月期決算による純利益は1月に最大5000人の人員削減に伴う費用2億9000万ドルを計上したこともあって、前年同期比32%減の29億7700万ドルと2・4半期続けての減益となった。特にパソコン用OS部門は売上高は前年同期比16%減の34億4000万ドル、営業利益は同19%減の25億1400万ドルと不振が目立った。世界のパソコン出荷が1割近く減り、高性能なOSを必要としない低価格パソコンの比重が高まったのが響いた。また、不況でネット部門の広告収入が大幅に減少し、営業損益は5億7500ドルの赤字と倍以上に膨らみ、期待のゲーム機や携帯電話用OSなどの部門も前年同期比2%の減収で、3100万ドルの赤字に転落した。高性能コンピューター「サーバー」用ソフト部門は好調だったが、次代の中核部門となるには程遠い、という。
 マイクロソフトはシェア9割を誇るパソコン用OSを武器に業界を主導し、20年以上にわたり成長を続けてきたが、ネットサービスの台頭などで競争が厳しくなってきたのに世界金融危機による不況が重なって、設立以来の重大な岐路に立つことになった。
 ビル・ゲイツ前会長はこうなることを見越して、ネット広告市場の雄であるグーグルに対抗すべく昨年米ヤフーの買収に乗り出したが、ヤフーの抵抗にあって実現に至らなかった。そのグーグルもかつてほどの絶好調ではなく、人員削減をして軌道修正を図るような事態にもなっている。
 米マイクロソフト、グーグルとIT、ネット時代をリードしてきた両巨頭が往時の輝きをなくしているわけで、それだけ世界金融危機をきっかけとする世界不況は深刻ということになる。歴史上、経済危機は時として、あとから考えると大きな転換期となっていることがよくある。今回の大不況で、かつての世界経済の花形であった自動車産業が一挙に没落しつつあるのと同様に、長くIT業界のリード役を務めてきた主役も交代することになるのかもしれない。マイクロソフト、ヤフー、グーグルに代わってどんな企業が主役の座に躍り出てくるのか、はたまた不況が長引いてしばらく主役不在のまま過ぎていくのか、しばらくは世界経済の動向から目が離せない。
 
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草剛は地デジ移行の遅れの責任とって引退へ

2009-04-24 | Weblog
 23日未明、人気タレント、SMAPの草剛が泥酔して全裸で騒いでいたとして、公然わいせつ容疑で逮捕された事件はさも大事件のように日本中をかけめぐった。さ来年7月からの地デジへの完全移行のメインキャラクターとして務めていただけに、鳩山邦夫総務相が「けしからん」と一喝したこともあって、批判の輪は急速に広がった。草容疑者は韓国でもタレント活動していたこともあって、韓国内でも反響を呼んだようで、ちょっとした国際ニュースともなった。
 草剛容疑者は23日午前3時頃、友人と飲んだ帰りに東京・六本木の公園内で1人全裸となって、騒ぎ、周辺住民が警察に通報し、かけつけた警察官に「全裸で何が悪い」と啖呵を切った、という。誰も見ていないところでの全裸がなぜ公然わいせつ罪となるのか、疑問がなきにしもあらずだが、周囲のマンションの窓から見えたということなのか、いずれにしろ本人が「覚えていない」としているだけに始末が悪い。単なる酔っ払いの酔狂ということだけでなく、関係者にかくも大きな影響をもたらしたことにまだ思いが至っていない、ということなのだろう。
 20歳にも満たない未成年がすることならともかく、30過ぎた大人がすることではなく、どう弁解しても弁解の余地はない。所属事務所のジャニーズ事務所は早速、「当面、芸能活動を自粛させる」とのコメントを発表したが、SMAPを従来の5人から4人に減らして再結成するか、それとも思い切って解散してしまうか、の検討を進めていることだろう。
 幸い、麻薬など毒物は検出されなかったので、最終的には起訴にならずに説諭で釈放されることになるだろうが、本人がどこまで反省して、周りに今後こうしたことを再発しないだけの確証を与えることができるか、にかかっている。仮に脳に障害があるようなことでも見つかれば、芸能界を引退ということも十分に考えられる。
 一番の蹉跌は総務省が進める地上デジタルのメインキャラクターを務めていることの意味を本人が十分に認識していなかったことだ。毎日のようにテレビCMで「2011年7月から地デジへ完全移行」と流され、国を挙げてデジタルテレビ放送へ拍車をかけよう、としているのにデジタルテレビの普及率は50%そこそこで思うように計画が進んでいない。別に草剛の責任ではないが、タイミングよく不祥事を起こして格好の生贄として祭り上げられてしまったようで、ことは政府からもなので、今後のタレント生命にも関わってくることになることも予想される。
 草剛がこのまま消え去って引退すれば、歴史に名を残すタレントということになるだろう。

追記1 草剛が事件から1日余で釈放され、24日午後9時に弁護士を伴って、謝罪会見をしたことから、草薙剛批判は急速にしぼんだ。鳩山邦夫総務相が「最低の人間」と言ったのを「最低の行為」と修正したこともあって、むしろ世論の批判の矢は薬物の疑いから尿検査、家宅捜査を行った警察に向けられた。ワイドショーでももっぱら警察の捜査の行き過ぎに議論は集中した。ただ、アングラ情報では薬物クロのうわさは消れておらず、真相は闇の中といったところである。このままいけば、半年謹慎した後に、芸能界復帰ということで落ち着きそうで、謝罪会見をNHKがニュース番組の冒頭に異例の生中継したことを含めマスコミの騒ぎすぎということとなりそうである。
 
追記2 5月1日に検察は草剛を不起訴処分とすることに決めた。本人が反省していることと、社会的制裁を受けていることがその理由のようであるが、2日付けのスポーツ新聞によると18日にも復帰する話がある、という。半年くらいは謹慎と思っていたが、他人に迷惑をかけたわけでもなく、世論が同情的であるとの判断から早期に復帰してもいい、とジャニーズ事務所が判断しているようだ。本当にシロならともかく、どうやらそうでもなさそうな感じでは、早過ぎるのではなかろうか。そんなに早く復帰すると、再び同じようなことを起こす気がしてならない。
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世襲議員はなくすべきで、党のあり方として正しい

2009-04-23 | Weblog
 自民党の中で世襲議員に対する反発が広がっていることから、にわかに来る総選挙のマニュフェストに世襲候補の制限を盛り込もうとの動きが出ている。民主党がマニュフェストに世襲候補の制限を織り込む見通しから、自民党の菅義偉選対副委員長が言い出しているもので、小沢民主党代表が政治献金問題で支持を失い、自公有利の芽が出てきたのをさらに総選挙での勝利を確定的なものにしよう、とのねらいもあって打ち出されたようである。ただ、自民党のベテラン議員の間には慎重に進めるべきだとの声が強くて、実現には至らない、と見る向きが多い。
 衆院議員のうち2世議員は1970年には61人で12%を占めるに過ぎなかったのが、2006年には134人と倍以上に増え、28%にもなった。このうち、自民党が43.6%を占めているのは当然として、小泉純一郎首相以降、安倍晋三、福田康夫といずれも2世議員で、いまの麻生首相も故吉田茂元首相の孫、麻生太賀吉衆院議員の子息で間は空いたとはいえ、世襲議員であるのは間違いない。いまの自民党の置かれた状況をもたらしたのは小泉元首相以来の総選挙の洗礼を受けていない世襲議員の総理によるものといってもいい。特に安倍、福田と2代続けて政権の座を放り出した「体たらく」は自民党の良識派にとって重大な反省を迫ることとなった。
 世襲議員のいずれもが政治家として無能で、国民に害をなすわけではないが、政治家が利権の上に胡坐を掻いているような印象をあたえ、開かれた党として国民にアピールするうえでマイナスである、との判断はかねてからある。特にいまは100年に一度の大不況で、国民のだれもが辛酸を舐めているのに、ひとり国会議員だけがノウノウとしていて、いいわけがない。
 ただ、一般論としては世襲議員はよくない、との意識があるものの、現実に我が身のこととなると、後援会や周囲の声もあって、世襲制を敷かざるを得ない、といった事情もあり、マニュフェストに世襲候補の制限を盛り込むのには抵抗がある、というのが正直なところだろう。
 もうひとつ、小泉元総理がすでに引退して、子息に地盤を譲ることを表明しており、これにあからさまに異を唱えるわけにはいかないが、いま世襲候補の制限に賛成することは小泉元首相の行動に反対することを意味する。河村建夫官房長官が「立候補の自由、選挙の自由があり、これを規制するといろいろ問題がある」と慎重な姿勢を見せており、町村信孝議員などベテラン議員に慎重な声が多いのもこのあたりを意識してのことである。
 菅義偉選対副委員長はこのあたりを知ってか知らずか、「反発があればあるほど闘志を燃やすタイプだ」と意欲を見せており、5月にも党内に議員連盟を発足させ、議論を進めていく構えをとっている。
 菅副委員長の真意は自民党のなかにも正義派がいることを見せたい、との政治的なポーズともみられるが、この世襲候補の制限は総選挙で自公が勝てるかどうか、をいかに考えているか、にかかっている、といってもいいだろう。
 冷静に考えて、世襲候補は制限どころか、無くす方向にいくべきだろう。少しでも国民から疑いを持たれるような行動は議員としてすべきではない。議員たるもの公明正大でなければならない、のは当然の摂理で、その意味でも将来に向かって世襲議員はなくすべきである。自民党が世襲議員の根絶に動き出すことは国民から信頼される党として歩みだしたことになり、菅副委員長の努力はよしとされるべきだろう。
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歴史ミステリー、桶狭間の戦いを解明した「空白の桶狭間」

2009-04-22 | Weblog
 加藤廣著「空白の桶狭間」を読んだ。織田信長が今川義元を打ち破り、一躍、時の人となり、天下人として走り出した桶狭間の戦いはいまだに謎であり、どのようなからくりがあったのか、歴史家の興味がつきないテーマである。それを「信長の棺」で文壇にデビューした著者が見事にに解き明かした。お得意の太田牛一著「信長公記」から読み取った著者独特の歴史観が生み出したもので、多少のフィクションがあるとはいえ、近来にない面白さであった。
 「空白の桶狭間」は織田信長による尾張統一が成った永禄2年(1559年)5月から始まっている。統一はしたものの、東の駿河には強豪の今川義元が、さらにその東の甲斐にはさらに強力な武田信玄が控えており、織田家はいまや風前の灯といった感じであった。そこへ現れたのが策士の足軽頭の木下藤吉郎、後の豊臣秀吉である。密かに蜂須賀小六に農民を組織した軍団を組織することを命じ、自らは駿河から近畿諸国をめぐり、今川義元軍を打ち破る方策を探りに出かける。
 そして、今川義元が肥満のため馬に乗れないことを探ったり、戦いの場を桶狭間にして馬の軍団で襲うことなどの策を講じて、織田信長に進言する。織田軍はせいぜい3000人で、今川軍の10分の1しかなく、兵力で鼻から勝ち目がなく、考えあぐねていた信長は表向きは清州城に籠城する、と見せかけて秀吉の策に乗ることにした。
 さらに徳川家康を通じて今川義元に降伏する、とに手紙を託す策を弄し、今川勢の精力を削ぐことにまんまと成功する。織田信長が降伏する、と信じ込んだ今川義元は桶狭間にて信長と秘密の和平会談をすることにして、少数の手勢のみを連れ、密かに桶狭間に向かう。そこへわずか20人の部隊で乗り込んだ織田信長は秀吉が潜り込ませていた犬を義元の本陣になだれ込ませ、あっという間に家臣もろとも噛み殺してしまう。今川軍が気付かないうちに義元の首を打ち取った織田信長は颯爽と引き揚げていき、残された配下の軍勢は混乱のうちに駿河へ引き揚げてしまう。これも秀吉が策した武田・北条勢が駿河に攻め入った、とのデマを信じた今川氏真の作戦負けであった。
 その後の戦国時代の展開は織田信長のあとを秀吉が受け継ぎ、徳川の世のなっていく、ということだが、小国の尾張が大国の駿河を負かしたとは驚天動地の出来事だったことだろう。織田信長の名が天下に鳴り響いたのも桶狭間での勝利であったのは間違いない。しかもその立て役者が実は豊臣秀吉であったということはその後、秀吉が天下を取ったことから十分に頷けるところである。
 いままでは織田信長が風雨を衝いて、今川軍に切り込んだのが桶狭間の戦い、とされていたが、わずか20人、しかも実際に切り込んだのは犬の軍団であったとはまさに歴史ミステリーで、抜群に面白かった。

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麻生首相のおかげで尻に火がついた日本漢字能力検定協会

2009-04-21 | Weblog
 財団法人、日本漢字能力検定協会のとんでもない実態が明らかとなり、同協会はいまや存亡の危機に立たされている。大久保昇前理事長が社長を務めるオークが漢字検定の関する参考書の出版で年間4億円余もの利益を上げていたり、在任中の理事長に5300万円もの退職金を前払いしているなどの乱脈経営ぶりが明らかとなって、子息の大久保浩・前副理事長ともども背任行為が問題とされているからで、6月に予定されている漢字検定試験も取りやめるべきだ、との声すら出ている。
 日本漢字能力検定協会は75年に設立された特例財団法人で、92年から文部科学省認定の資格となったことから、年ごとに受験者数が増えて、07年には271万6711人が漢字能力検定試験を受験し、いまや英語検定を凌ぐ受験者数を誇っている。おかげで、同協会の事業収入は年間70億円と下手な中小企業を上回る金額にものぼっている。毎年末に京都・清水寺でその年を象徴する漢字一文字を貫主が筆で書く行事がマスコミに大きく取り上げられるが、この選定に与かっているのが同協会である。
 ところが、業容拡大に伴って、子会社4社を使って前理事長の大久保親子が私腹を肥やしていたことが明らかとなってきた。たとえば、情報処理会社の「日本統計事務センター」が同協会から委託された業務のほとんどを他社に再委託するだけで、業務委託費のほぼ半分を受け取っていた。また、参考書などを出版するオークが編集・企画業務のほとんどを同協会で行っているにも拘わらず、年間4億3500万円もの利益を上げていた。さらには02年11月から09年4月まで大久保前理事長の自宅の警備料を全額協会が負担していたなどの事実が順次明らかとされてきている。
 漢字検定なるものがなぜかくも広範に受け入れられたのか、同協会が地道に普及活動に力を入れてきたことによることは間違いないが、この背景に文部科学省公認でいかにも国家試験のようなイメージがあったことは否定できない。特定財団法人とは民法の規定に基づいて設立された公益目的の財団法人で、2013年までに一般社団法人か、公益社団法人に移行することを義務つけられている。いずれにしろ、公益を目的としたもので、漢字能力検定協会のように幹部が私腹を肥やすことは限度を超えた仕儀と言わざるを得ない。
 公益目的である以上、監督官庁である文部科学省の監督下にあり、これまでも文部科学省から検定料が高すぎるとして値下げすることや、オークにビルの賃料を年間1億8000万円を払っていることは不健全であるとの指摘を受けていたが、経営の細部までメスが入って改善が図られたふしはうかがえず、監督不行き届きの側面がなきにしもあらずである。前理事長の大久保昇氏はオークの経営者で、どういう経緯で協会の理事長に就いたのかわからないが、30年の長きにわたってオークの社長も続けていたことにも不透明さが感じられる。
 今回、ふって湧いたように協会の不明朗な経営ぶりが明るみに出てきたが、麻生首相の熟語の読み間違いから、漢字能力検定が脚光を浴びることになり、人知れず儲けていたのが白日のもとに曝されるようになったわけで、日本漢字能力検定協会・大久保前理事長にとってはとんだハプニングで尻に火がついてしまったようだ。
 
 
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