鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

伊豆方面への旅行にはJR直でんばく、小田原まで小田急線で行くべし、と思い知った

2013-05-31 | Weblog
 30日はかわさき市民アカデミーの「みどりと環境」講座のフィールドワークとして真鶴探索に参加した。午前9痔45分にJR真鶴駅集合なので、2時間前に溝の口駅を出発し、9時半頃に真鶴駅に着き、参加登録をしてバスに乗り込んだ。バスをチャーターしたわけでなく、通常の運行バスに大挙50人もの人が乗り込んだため、立錐の余地ない状態で、20分くらい揺られて、お林展望公園に着いた。総勢61人になったところで、地元の観光ガイドさんの案内に従って真鶴の海岸部に至る潮騒遊歩道へ入っていった。
 バス通りの道から潮騒遊歩道に入る入口があるが、どのくらいの距離がるのかの表示もなく、湿った落ち葉が一杯で暗そうな道は入りづらい感じで、ガイドさんも「なかなか足を踏み入れてくれないんです」と言っていた。真鶴は噴火で流れ出た溶岩でつくられた岬で、江戸時代からスダジイ、楠、松の植林が行われてきたとされており、6人もの人が手をつないで抱えられるほどのクロ松もあった、という。生い茂る林のなかですくすくと育つのか、下生えの青木やホウチャク草、ホソバカナワラビなど沢山の草が生えていて、なかなか楽しい散策となった。番場浦遊歩道へ下り、三ツ石の夫婦岩を見てケープ真鶴へ至るコースは快適だった。
 真鶴町にはガイドさんが10人くらいいるが、若い人はなってくれない、という。それも現在の真鶴町の人口は8000人くらいで、ピーク時の半分になっているからだ、と嘆いていたのが印象に残った。
 ランチを摂った後は中川一政画伯の作品100点あまりが展示されている中川一政美術館を訪れた。中川一政が真鶴町にアトリエを構え、絵筆をとっていた関係で、生前に600点を超える絵画の寄贈を受け、町営美術館として平成元年3月に開館した、という。中川一政の美術館としては北陸にもあるが、規模の面でもこちらが勝っている、ともいう。そのうち100点あまりを選んで展示している。処女作の「酒倉」から晩年の「ひまわり」に至るまで経年的な変遷も見られ、充実した内容となっていて見ていて、その迫力に圧倒される。真鶴にはかつて保養に来たことがあるが、その時にはこの美術館はなかったので、それが30年前だったことに思い至った。
 午後3時にはフィールドワークも無事終了し、帰途に着いた。真鶴駅からJR東海道線に乗ったところ、小田原駅にて多くの人が下車していったので、どうしてかな、と思った。家に帰ってからネットで検索してみたら、真鶴から溝の口までJRだと1450円かかるが、小田原で一旦下車して、小田急線に乗り換え、登戸で降りて、JR南武線に乗り換えて溝の口まで来ると、あんんと370円安い1080円で済むことが判明した。これまでかみささんと何十回とJRを使って伊東まで出かけているが、いつもJRのみを使い、小田急線を使うことなど考えもしなかった。今回も一応、JR藤沢駅で降りて、小田急江の島線と東急田園都市線を乗り継いで若干節約はしたものの、小田原で乗り換えることまで思いつかなかった。時間に余裕のある年金生活者なら、もっとシビアにお金の使い方を考えなくては、と改めて思った次第。
コメント

嫌な人に会った際に「失顔症なので失礼」といってやるのも面白い、と思った

2013-05-29 | Weblog
 先日テレビを見ていたら、米国の女優、乳がんで手術することを告白したアンジェリナ・ジョリーの伯母さんが乳ガンで亡くなったと報道し、続いて、夫のブラッド・ピットが失顔症であり、近く医者の罹る、と報道されていた。夫婦そろって名声を博しながら、若くして難病に罹るとはなんたる天の配采かと思った。それにしても失顔症とは初めて聞く病気で、なんでも会った人の顔を覚えられず、ブラッド・ピットはこれまでに何度も失礼なことして喧嘩になったことも度々だった、という。
 失顔症というよりは失語症に近いのかもしれない。人は過去に会った人の顔なり、性格、出身地、係累などを聞き出すことで記憶にとどめ、再び会った時にその記憶をすぐさま呼び戻し、近況を尋ねながら、会話をして、親交を深めていくのが通例である。それが、ブラッド・ピットの場合、再び会ってもだれだたか、思い出せず、つい「だれでしたか」と言って、「横柄な奴だ」と言われてしむのだろう。記憶が呼び戻せないのでなく、失われてしまうのだろう。老人の場合はボケとか、痴呆症とも、認知症とも言われるが、脳の記憶が一部分失われてしまうのだろう。
 よくコンピューターと人間の脳が比較されることがあるが、コンピューターは演算能力は高いが、ものを識別することに関しては必ずしもそうではない。特に会う人の名前が「○×さん」であり、その人がどういう性格で、どんな職業に就いていて、住所はどこで、家族構成はなどということになるとあらかじめひとつひとつデータを入力しないと識別してくれない。○×さんのデータを記憶することはできるが、その○×さんを目の前にして、その人が○×さんでどんなことをしていようとしているか、を予測することなどまずできない。
 まして、○×さんと会話をしながら、人となりを理解していくことなんかはいくら高性能なコンピューターでもできない相談である。コンピューターは命じられたことをするだけで、白黒はっきりとしたデジタル的なことをするのはお手のものだが、判断を要するようなことはやはり人間がしなければならないことである。
 人間の脳は140億ビットの容量があるとされており、一生に1回しか発しない言葉を含め数々の単語なり、データが詰め込まれている、という。ただ、年とってくると、会った人の名前が出てこなかったり、言葉自体が出てこないことがよくある。人の記憶もせいぜい500人くらいが限度で、いい年になってくると、1人覚えると500人覚えていたうちの1人が忘れられていくのではないか、という気も4してくる。
 だからブラッド・ピットが失顔症というのも程度問題で、多かれ少なかれ、みな同じような症状を呈しているのかもしれない。失顔症といっても脳の記憶する部分の一部がなんらかの衝撃を受けたことにより、破損、もしくは欠落していて正常に働かない状態になっているのではないか、と推測される。
 嫌な人に会った場合、「失顔症なので、失礼。どなたさんでしたっけ」と言ってやるのも面白い、と思った。

追記 29日夜のNHKのクローズアップ現代で丁度、顔認証のことをやっていた。サッカー場などに大勢いるところを映像に撮って、そのなかからテロリストを見つけ出すようなことができるようになった、と報じていたが、これは予め問題となりそうなテロリストの写真なり映像なりがコンピューターに入力されていての話で、それとテロリストの経歴などが照合できる、というだけの話である。あくまでも人の手によるサポートがないと、こうしたことはできない相談なのである。コンピューターは確かに計算能力は非常に高いものがあるが、イメージとか、アナログ的な要素が入ってくると、まだまだ人間の脳には及ばないところがあるようだ。
コメント

偶然にも武蔵小杉の駅の目と鼻の先で自ら天国へ旅立ったT君よ、安らかに昇天あれ

2013-05-28 | Weblog
 27日夕刻に会社の後輩から電話があり、共通の後輩であるT君が亡くなった、と知らせてきた。一緒に仕事をした仲間が死ぬなんて悲しいことだ、と思ったら、単なる死亡でなく、自殺した、というから驚いた。T君とは会社を退いてから、というよりここ10年くらい会ってなくて、たまに消息を聞くくらいで、すっかり疎遠となっていた。もれ伝え聞くところによると、休職状態になっているようで、最近どうしているのかな、と気にはなっていた。伝えてきた後輩によると、休職の期間が切れて、退職を勧告され、それを悲観しての自殺である、というからなおのこと悲しかった。
 さらに聞いているうちに、自殺したのは先週の木曜日で、住んでいた武蔵小杉の駅で飛び込んだ、というではないか。ということはかわさき市民アカデミーの講座を聞きに行き、図書館で新聞などを読んでいざ帰ろうと武蔵小杉の駅に向かった丁度その時刻にT君は武蔵小杉駅構内で線路に飛び込んだことになる。改札に向かっていると、サイレンが鳴り響き、外を見ると消防自動車が2台停まっており、署員2人が担架を抱えて階段を登り、慌ただしく改札を抜けてホームに降りて行った姿を目撃した。改札の上のディスプレイには「人身事故でしばらく南武線の運転は中止されます」と表示していた。
 その事故を起こした張本人がまさかT君だったとは思いもしなかった。T君とは20年前の1992年春にマルチメディア部なる部署の長を命じられて以来、8年間ずっと一緒に仕事をしてきた。会社としては前人未踏の新奇事業としてイベントの主催を手がけることとなり、見よう見まねでイベントを次から次へと仕掛けてまがりなりにひとつの事業として成長させてきた。T君は主にプロモーションを担当し、得意の英語を駆使するとともに手際いい仕事の進め方に大いに助けられた。最後の方ではT君さえいればイベントを引き受けられるような思いにもなっていた。プライベートの面では我がマンションにも2回くらい来てもらって、みんなでパーティみたいなことをしたこともあった。
 その後、T君は替わった上司との折り合いがよくなくて、精彩を欠くようになり、イベント事業のあとに引き受けた子会社に来てもらったこともあったが、かつての輝きを取り戻すまでには至らなかった。数年前に2度目の結婚をし、近くの武蔵小杉に新居を構えました、との挨拶状が来たので、ちょっとしたお祝いを贈ったこともあった。近くなので、夫婦を招いて会食してもいいかな、と思いながら果たせなかった。住所録を改めたところ、昨年末の喪中につき年賀状を失礼しますとの挨拶状も出していることが判明した。
 そんな仲だったT君がわずか数メートルの距離の先で、線路への飛び込み自殺した、ということは何か言いたいことでもあったのだろうか。神のなせる業だったのか、その偶然性に思いをいたすとともになぜ一声でもかけてあげられなかったのか、との悔いも残った。自宅マンションのあるすぐ近くの駅のホームに飛び込むなんてことは普通しない。よほど精神的に追い込まれていて、そこまで考える余裕もなかったのだろう。それを思うとなおさら悲しい。53歳で自ら死を選んで逝ってしまったT君のご家族の心中を思うとやりきれない思いになってくる。と同時にT君をそこまで追い詰めた会社の仕打ちにもやりきれぬ思いがこみあげてきて、思わず涙となった。
 道半ばで自ら旅立ったT君よ、安らかに昇天しておくれ、と祈りたい。
コメント

いい馬にさえ出会えれば、騎手というのは力を発揮することができるものなのだ

2013-05-27 | Weblog
 26日は第80回日本ダービーで、朝からスポーツニッポンを片手に馬券の検討に入っていた。昨年は世界一周の船の上で全く参加できなかったうえ、久しぶりに日本ダービーだけに集中できることとなったので、余計に力が入った。前日には衛星放送11チャンネルの日本ダービー予想を見るばどいつになく戦前の情報収集に努めた。皐月賞を勝ったロゴタイプが2番人気となっていて、急遽クラシック戦線に参加したキズナが1番人気となっている異常ぶりで、2日前の前売りでは単勝1.9倍とロゴタイプの4.2倍をはるかに上回るっていた。
 父親があのディープインパクトであること、それにダービー4勝の武豊が騎乗すること、さらには前走の京都記念での勝ち方が素晴らしかったことが前人気をあおったようだった。ただ、後方待機で追い込み型のキズナにとって、最内の1番枠に入ったこととクラシック戦線に乗っていなかたことがマイナス評価され、最終的には1番人気でも2番人気のロゴタイプとそれほど差のないほどに縮まった。
 この道40年を誇る鈍想愚感子としては武豊騎手の最近の騎乗ぶりにかつてのようなさえが見られないことと、日本ダービーでは皐月賞組が上位に来ている過去の傾向、それにキズナが最内枠を引いたこと、さらには前走の圧勝ぶりは対戦相手が格下であったことを考えて、馬券対象からはずし、ロゴタイプと皐月賞2着のエピファネイア、同3着のコディーノ、そして青葉賞1着のヒラボクディープの4頭のボックスで買うことに決めた。そのほかにもNHK杯1着のマイネルホウオウなど気になる馬はいたが、目をつぶることにした。
 で、午後3時からのテレビ中継に見入ったところ、発走直前の国歌斉唱に俳優の西田敏行が現われ、君が代を斉唱したのには驚いた。歌手といえば紅白歌合戦にも登場しているのでそれなりの歌唱力はあるのだろうが、この広い東京競馬場でアカペラで歌うのには適していないのではないか、と思ったが、意外と聞かせてくれた。
 午後3時40分にゲ-トが開き、予想通り3番のアポロソニックが逃げ、キズナは後方に下げ、追い込みの態勢に入った。向こう正面で5番のメイケイペガスターが先頭に躍り出て、レースを引っ張ったが、あとは予想通りの展開で、4コーナーを回って、先頭集団につけていたロゴタイプ、エピファネイアが来たところ、ゴール前100メートルでなんと最後方にいたキズナが突っ込んできて、前にいた10頭ほどを瞬く間に追い抜いて先頭に立ち、そのままゴール板を突きぬけてしまった。
 走破タイムは2分24秒3と立派なもので、1番人気でこれほどの走りを見せるとは武豊騎手に脱帽さざるを得なかった。14万近い東京競馬場の観衆は盛大な拍手を武騎手に送った。キズナは今年3歳を迎える日本中央競馬会所属の7197頭の馬の頂点に立ったわけで、見事というしかなかった。馬券としては完敗であるが、ここまで完膚なきまで叩きのめされてはグーの音も出ない。武豊騎手の騎乗勘が完全に元に戻ったかどうかはもう少し見てみないとなんともいえないが、騎手というものはいい馬に乗ればそれなりの結果は出せる、ということを証明したことだけは事実だろう。
 第80回日本ダービーの売り上げは237億1771万4300円で、前年比4.3%増となり、2年続けて前年を上回った。ひところの低迷期を脱した、といってもいいだろう。アベノミクスで景気回復といわれているが、日本経済も落ちるところまで落ちて底を脱した、というのが正直なところで、たまたまアベノミクスなるものにタイミングが合っただけのことではなかろうか、とも思った。
コメント

インフルエンザ菌はじめウイルスに対しても安全な国をめざしてほしい

2013-05-26 | Weblog
 先日、風邪を引いて治りかけの時に東京・御茶ノ水の歯医者へ行った際に、歯を治療してもらっている時に咳でも出たら大変だ、と思って、インフルエンザの話をした。内科の医者に罹った際に「インフルエンザの薬は感染してから48時間経つと効かなくなるといわれた」と話すと、「そうなんです」と急に乗り気になり、ICDなる感染制御ドクターなる制度があることを滔々と述べ、ICDになるためのセミナーを積極的に受講していると話した。
 なぜ、そこまでするのかと問うと、「医者にはいろいろな人が出入りするので、インフルエンザの感染を入口で止めないといけない」と答えられ、なるほどと思った。歯医者に限らず、不特定の人が出入りする公共的な施設にはインフルエンザの感染を止めるための予防的措置が欠かせない。とりわけ、その最前線にいると思われる医療機関には徹底した措置が求められるべきだ、と思い至った。
 ICDとはインフェクション・コントロール・ドクターの略で、専門家のICDを育成・認定し、そのレベルを保証するためICD制度協議会なる組織を医学関係の22学会でつくり、毎月、講習会を開き、ICDの育成、認定活動を行っている。病院はインフルエンザに感染しやすい人が多数出入りし、しかもそうした人が集団的に生活する特殊な環境にあるため、病院感染を起こしやすい状況にある。適切な病院感染の制御が行われなければ、患者だけでなく、医療職員をも感染被害から守ることができず、病院の機能すら果たせなくなる。そういえば、内科の医者に罹った際に「最近、海外旅行に行きましたか」と聞かれたが、患者の行動についてもきちんと把握していることも求められるのだろう。
 幸い、歯医者でに治療中は咳が出るようなことはなく、懸念した状況にはならなかったものの、病院側がICD制度で防御体制を構築している一方で、完全に治りきっていない状態で街に出てくることのリスクについても考えさせられた。いまの日本の国内はインフルエンザ感染者が自由に歩き回れるようになっているのは問題なことだ、と思った。成田空港では帰国して、成田の税関へ通関手続きする帰国者の体温をサーモグラフィで感知して、異常に高い体温を持つ旅行者を別室に連れていって、精密な検査をするような体制を組んでいる、ともいう。
 街中でそうした設備を構築することは叶わないが、病院や公共的な施設の出入り口にはそうしたサーモグラフィを備えて、出入りする人の体温を検知して、インフルエンザ感染者をすぐに隔離できるような体制を構築することは必要なことではないか、と思い至った。ICD制度協議会を医者の世界だけにとどまらず、公共的な施設、そして企業のなかにも置いて、国全体でインフルエンザ撲滅に立ち上がる時が来ているように思った。昨年、世界一周して日本は世界一安全な国であることを再認識したが、インフルエンザ菌はじめウイルスに対しても安全な国であることを一刻も早く確立してほしいものだ。
コメント (1)

松本清張賞を受賞した社員食堂のおばちゃんがグラスを傾け、「ああ、うめえ」と叫んだ

2013-05-25 | Weblog
 24日朝、テレビ朝日の「モーニングバード」を見ていたら、注目する人としてことしの第20回松本清張賞を受賞した54歳の女性、山口恵以子さんを取り上げていた。画面には有楽町のガード下の社員食堂を切り盛りするどこにでもいる割烹着姿の女性が登場し、この女性が松本清張賞を受賞したというのだから、驚かされる。食堂で食事している社員も驚きの表情をしていたが、とてもミステリーを執筆するようには見えない。テレビは自宅で夜、ドレスに着飾ってグラスを傾け、至福の表情で「ああ、うめえ」とつぶやくその女性を映し出し、昼間の割烹着姿とのギャップがなんともいえずドラマティックだった。
 文芸春秋社が選考する松本清張賞には595扁の応募があり、山口さんの「月下上海」がめでたく受賞した、という。山口さんは早大を卒業し、若いころは漫画家を目ざしていたが、30歳ころから脚本家に切り替え、これまでにいくつかの作品を書いてきている。受賞した「月下上海」は昭和7年ころの中国・上海を舞台とするロマンスをからめたミステリーで、来月には文芸春秋社から出版されることとなっている、という。10年前から勤めている丸の内新聞事業組合の食堂には朝6時から11時までで、あとは執筆のための調査や執筆に充てている、という。お母さんと猫2匹と暮らしており、「小説を書くのが生きがいだ」という。
 趣味は執筆後にお酒を飲みことで、日本酒、ワイン、シャンパンなどなんでもござれ、というからすごい酒豪でもある。来月の渡される賞金500万円も世界中のうまいお酒を呑むことに使ってしまう考え、という。昼間とは違った表情で、シャンパンを飲みながら、モットーは「細かいことは気にしないこと」というから面白い。
 前に小さな会社の社長をしていたころに、付いていた秘書の女性が司法試験を受けるといって、辞めてしまい、それから3、4年してから突然電話をしてきて、やってきて、いきなり風呂敷に包んだ本を取り出し、「今度、横溝正史ミステリー大賞を受賞しました」と言ったので、のけぞったことがあった。その女性には2年ばかり仕えてもらったが、ついぞ文学に関する話をしたことがなく、そんな小説を書いているとはとんと知らなかった。それだけに大いに驚いた。そのことを知っている人に話した際に、多くの場合、そうした女性はいかにも書いています、という風情を見せないものだ、と聞いてなるほどと思ったことがあった。心のうちに秘めた思いを持って、一心に事を成そうとする芯の強さがあるのだろう。テレビで見ていた山口さんにもそうしたものを感じさせるものがあった。
 鈍想愚感子もいつか小説でも書いてみたい、と思っていて、かつて雑誌に載った松本清張賞の応募要領を切り取って、手元に置いておいたことがあったが、とうとう書き出すまでには至らなかった。松本清張賞への応募が600近くもあることも初めて知ったし、松本清張賞を受賞した人と聞くだけで、心底、尊敬してしまう。山口さんのような人を見ていると、とても敵わないと思ってしまう。放映を横で聞いていたコメンテーターの崔洋一監督が「山口さんが吉永みち子さんと飲んでいる姿を離れてみていたい」といったが、そんな心境にさせられた。
 
コメント (1)

東横線の特急があの田園調布駅に停まらなくなったのは、時代の移り変わりの象徴だ

2013-05-24 | Weblog
 23日はかわさき市民アカデミーの「持続可能な社会の創出」講座を受講した。1時間早く家を出て、教室に行く直前に気がついて、ドトールでコーヒーを飲んで時間をつぶして行ったら、「当番」となっていて早く家を出た理由があったのだ、と思い当った。講義では森林の定義なるものを聞いたが、そのうちに地球発生以来46億年の話となり、どうも森林というとヒノキ、杉を想像してしまうので、森林というより、「みどり」という言葉のがいいと思って、その旨質問したら、「森林とはみどりの意で、だれもヒノキや杉を想像しない」と一蹴されてしまった。講師の先生は東大の名誉教授で、恐れ多くてだれも質問しないので、質問が出たのに驚いていたようだった。
 で、図書館で新聞、雑誌を見て、武蔵小杉駅から帰ろうとすると、駅の近くで消防自動車が止まって、なにやら大騒ぎしている。見ていると、JR武蔵小杉駅構内で人身事故があったようで、担架を担いで消防署員が急いで、構内に入っていき、おかげでJRは1時間くらい運転停止、という。仕方なく、図書館にでも戻ろうか、思って、エスカレーターを登ると、東急東横線の改札があったので、ディスプレイを見ると、「振り替え運転中」と出ている。係り員にJRの武蔵小杉から溝の口までの回数券を見せて、「これで自由ケ丘経由で、溝の口へ行けますか」と尋ねると、いいというので、早速東横線のホームへ降り立った。
 運よく、数分で渋谷行きの特急がやってきた。どうせ特急といっても、田園調布、自由ケ丘と停まるのだろう、と思っていたら、いきなり自由ケ丘駅に着いてしまった。自由ケ丘駅で確かめてみると、特急と通勤快速は田園調布駅には停まらず、自由ケ丘駅の次は武蔵小杉駅となっている。おそらく、この3月に西武新宿線から乗り入れている地下鉄の副都心線が東横線と直通運転するようになり、特急や通勤快速が自由ケ丘駅の次に田園調布駅にも停まるのでは折角西武池袋沿線と横浜中華街が直結したのにメリットがない、と判断されたのだろう。
 田園調布といえば、東京を代表する高級住宅地で、駅前から放射線状に伸びた道路の両側には見るからに大企業の社長宅といった感じの、2階建て、もしくは3階建てのベランダ付きの欧風の豪邸と広い庭が見られ、垣根越しにピアノの音が響き渡ってくる雰囲気の街であり、道路には外車のお迎えの車が並んでいる。一昔前の東宝のサラリーマン映画には必ず出てくるシーンであった。
 前のマンションに住んでいる頃、三男の整体の医者が田園調布駅の近くになり、かみさんが三男を連れて行った際に、三男がお寿司を食べたがり、駅前だかのお寿司屋に入り、2人で1万円近く取られた、とぼやいていたことがあった。10年位前に田園調布駅前が改装され、かみさんと出かけていって、ペット連れのレストランに入って、ペットを連れた若い夫婦が多くいて、田園調布も代替わりしたのか、と思ったことがあった。会社の若い社員が田園調布にアパートを借りている、と聞いて、「田園調布に住んでいるのか」と驚いたこともあった。
 それでも、田園調布駅は東横線のシンボル的なイマージがあり、特急に限らず必ず停車するものとずっと思い込んでいた。それが地下鉄の乗り入れとともに他の普通の駅並みの扱いに格下げされるとはまさに時代の移り変わりを象徴する出来事といえよう。もちろん、特急が停まらなくなっても田園調布が東京随一の高級住宅地であるとの事実はすぐには変わらないことだろう。しかし、最寄りの鉄道駅に特急が停車しなくなったということは住宅地としての価値を下げることとなり、ボディブローのように田園調布の土地の価値を棄損する方向にジワジワと効いてくることだけは間違いない。
コメント

神社仏閣の境内に見られる百年一日の厄年の年表は世の中が平和であることの象徴か

2013-05-23 | Weblog
 先日、江の島へ行った際に江ノ電沿線の常立寺、満福寺などを参拝したが、その時に境内に一様に男女の厄年の一覧表が貼り出されているのを見て、これだけ寿命が伸びているのに、男性は数えで61歳、女性は37歳で厄年が終わりになってしまうなんて、時代の乗り遅れていること甚だしい、と思った。人口の3分の1が65歳以上となっているのに、少なくなる一方の年表を百年一日のように守っている時代感覚は救い難いものがある。
厄年なるものの定義から改めた方がいいのではないか、と思われる。
 厄年なるものは古く平安時代からずっと言われてきているもので、女性の本厄は数えで19歳、33歳、37歳で、男性は同じく25歳、42歳、61歳となっており、それぞれ前厄、後厄があり、該当の人は神社仏閣に願いをして、難を逃れることとなっている。中国から伝わっている陰陽道に起源を持つとされているが、生きている限り、病気をしたり、身内に不幸があったりは日常茶飯のことで、厄年と言われれば、そうかな、と思い、お詣りをして、できれば難を避けよう、とするのが通例となっている。
 ところが、そんな年を過ぎてみると、厄年なるものは一体、何だったのか、と思い返してみると、なにやら不思議なものに思えてくる。男で61歳を過ぎたら、「難」なんるものがなくなるのか、と思うととんでもない、と思えてくる。年とれば病気にはなるわ、親族に煩わされることは多くなるわ、でちっとも平穏に暮らすことはできない。毎年、厄年ではないか、とも思えてくる人がほとんどではなかろうか。にも拘わらず、厄年からは解放されている、と言ったって、実感が伴わない。
 もともと、信心深い人はお正月や最寄りの神社仏閣の祭礼の時にはお詣りを欠かさないことだろう。厄年云々に関係なくお詣りする人がほとんどで、厄年なるものはほんの気休めに過ぎない、と思っている人がほとんどだろう。
 翻って、神社仏閣の当事者になって考えてみると、およそ時代の移り変わりや、檀家や信者の思いに対して鈍感なスタンスであることに思い至る。はるか1000年前からの年表を何の疑念も抱かずにひたすら繰り返してきて、訴えているのは伝統を重んじるを通り越して守旧ともいえる緯業でもある。いまさら、古来の言い伝えを変えるわけにはいかないだろうし、さりとて新たに厄年の定義をし直すわけにもいかないのだろう。
 もう少し、世の中が錯綜して人々の心のなかに宗教に助けを求めるような気運が出てくるようなことでもあれば、新たな教義なり、教えが湧き起こり、そのなかで厄年の定義についても見直すような動きも出てくることがあるかもしれない。それまで、百年一日のような古臭い厄年なる年表が相変わらずお寺の境内に貼り出されていることこだろう。
 いってみれば、厄年の年表は世の中が平和であることの象徴ともいえるのかもしれない。 
コメント

肝心な時に座を外してしまったセールスマンの態度にがっくりさせられた

2013-05-22 | Weblog
 20、21日の2日間、ユニットバスの入れ替え工事で、ほとんど自宅マンションに缶詰めとなった。もともと、TOTOの代理店の工事業者が飛び込みで、バスユニットのモデルチェンジの売り込みに来て、話を聞いているうちに相手のペースにはまり、工事を依頼することになってしまったもので、前からかみさんがお風呂のタイルが剥がれてなんとかしたい、と言っていたのがあって、やってみようということにしたのだった。ユニットバスの入れ替えといっても、マンションとしてはちょっとした大工事で、業者が出入りする以上は付き合って家にいないと、まずいだろう、と丸2日間付き合うことにしたのだった。
 どんな具合いに工事をするのか、との興味もあったが、玄関から廊下を通って、洗面所までブルーシートを張って、家の中とはいえ、スリッパで行き来することになる。途中にトイレがあるので、トイレに行くにもスリッパを履いて、用をたし、帰ってくるという感じで、トイレひとつ使うにしても気兼ねしなければならない。たまにバスの壁を切り刻む大きな音が鳴り響き、隣近所に迷惑をかけるのではないか、との気になり、気が休まらない。業者が手を休めた時に現場を覗くと、マンションの部屋の裏側の配線やら、組み立てが見られて、高級マンションとの触れ込みなのにこんなに安普請の造りになっているのだ、との思わぬ発見もあった。
 2日間の工事なので、当然、初日はお風呂には入れない。自分の家にいながら、余所の家にいるような気がして暮らしたせいか、かなり疲れた状態で寝に就いた。翌日になって、再び、工事が再開されたが、前日にいた年取った職人はいなくなって、2日目は若い人ばかりで、軽く雑談を交わしながらわき合い合いと和やかな雰囲気で仕事が進んでいる。聞けば、前日の年取った職人は配線工事の専門家で、一見おっかなそうな職人気質の人で、相棒の若い人も気兼ねして、緊張していたようだった。その緊張ぶりが伝わったのか、待機しているこちらにも伝染して、前日は異常に疲れたのかもしれない、と思った。
 それでも、工事は予定通り、2日目の夕方までかかった。出来上がっても4時間は水を流さないで、ということだったので、今日もお風呂に入るのは難しいとみて、夕刻に10年ぶりに歩いて15分くらい先にある銭湯に行った。2日目はある程度、ペースもつかめたので、かみさんと交代で家の番をして、図書館にも行ったりした。
 風呂から帰って来ると、工事業者のセールスマンが顔を出して、もうすぐ終わることを告げてきた。が、肝心の工事終了直前になると、「呼ばれたので、お先に失礼します」と帰ってしまった。で、工事完了後の機器取扱い説明などは下請け業者の人が行った。出来上がりについてかみさんは「高級ホテルみたい」と満足した様子だったが、お風呂の浴槽の形が想定より違ったことや、捕まり棒の位置が異なっていたこと、それにお湯の量を調整することができないなど不満な点もあったが下請け業者の人に言っても始まらない、と思ってやめた。セールスマンに言ってもなんのかんのといいのがられてしまうかみしれないが、言うべきことは言ってしまおうにも、当のセールスマンがいないのでは話にならない。となると、出来上がったユニットバスで満足せざるを得ないこととなる。
 折角、一生懸命仕事をしても、肝心のところで、誠意を欠くのはどうか、と思われる。セールスの基本ができていないところに発注したこちらのミスといえばミスなのかもしれない、とも思った。
コメント

小泉今日子はいつまで経ってもアイドルとの意識が抜けないようだ

2013-05-21 | Weblog
 NHK朝の連続テレビ小説「あまちゃん」をずっと見てきていたが、どうも主人公の天野アキの母親役の小泉今日子が鼻について仕方なくて、21日から見るのを止めてしまった。小泉今日子はアキの母親役なのに、どうかすると主人公のような表情をして、そんな演技をしているように思えて仕方がないのだ。別に小泉今日子が主人公でも差し障りはないのだが、どう考えても設定はあきが主人公で、脇役は主人公を引き立てる演技にとどめなくてはならない決まりがあるのではなかろうか、と思えて仕方がない。
 「あまちゃん」は東京に住んでいた母娘が祖母の危篤を見舞うために田舎の東北・南三陸町へやってきて、ひょんなきっかけから海女さんになることを決意し、街興しのイメージガールに祭りあげられてしまい、同じように街興しのイメージガールとなった同級生の足立ルイとともに戸惑いながら、陽気に生きていく物語で、これに小泉今日子や、宮本信子、蟹江敬三、杉本哲太、尾美としのり、渡辺えり、美保純らの豊富な脇役陣がからんで、ドタバタ劇を繰り広げていく。
 NHK朝の連続テレビドラマはいつも若い女性が主役で、健気に明るく生きていくさまをドラマティックに綴っていくのが通例となっている。主役には時には名の通った若いタレントを起用することがあるが、大体は無名のタレントを起用する。この「あまちゃん」も同様、主人公のアキには無名の能年玲奈を起用しているため、母親役の小泉今日子のが元アイドルタレントとして有名である。
 だからか、見ているとこのドラマの主役は小泉今日子かしら、と思わせるような場面がときどき出てくる。ドラマの設定が20年前に地元のアイドルとして有名だったこととなっており、さすがに20年前の回想場面では違うタレントを起用しているが、その雰囲気を引きずって画面に登場し、駅長役の杉本哲太がいまだに小泉今日子に愁眉を送るシーンが何度も出てくる。それをいいことに小泉今日子は昔のアイドルタレントの仕草をしたり、自ら歌うシーンさえある。
 小泉今日子はすっぴんに近い表情で、さすがに化粧した顔では登場しないが、内心は主役を張っている、といった感じがありありして、見ていて勘違いしているのではないか、と思わせる。そんな表情をさせて、カメラを回している制作陣も問題かもしれない。小泉今日子に「あなたは主役ではなく脇役なのだから、それなりの演技をして下さい」と一言いえないのだろうか。
 そういえば、小泉今日子はテレビコマーシャルはともかく、ドラマで年相応の役をしているのを見たことがない。同じような年の元アイドルではキャンデーズの田中好子や、伊藤蘭あたりは立派に母親役をこなしているというのに、演技力のないタレントには務まらないのだろうか。演技力の問題といえるのかもしれないが、周りの事務所なり、マネージャーの責任でもある。小泉今日子は相変わらず、アイドルタレントのままでいて、年相応の役はオッファーもしにくいのかもしれない。それで、食えるうちは変えよう、とも思わないのだろう。
 タレントも年に応じて演技力を磨いていくということが必要なのだろう。
コメント