鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

2016年五輪またぞろ東京で

2006-08-31 | Weblog
 日本オリンピック委員会(JOC)が29日、2016年の開催候補地を東京に決めた。55人から成る選考委員の投票の結果、33票を集めた東京都が22票の福岡市に勝ったからだが、当然といえば当然だが、09年の国際オリンピkック委員会での総会へ向けて、果たしてこれで良かったのか、という疑問が残る。1964年(IOC)に東京で開催しており、海外へアピールするには新味に欠けるのではなkろうか。東京ばかりにあらゆる機能が集中するのは地方の時代に逆行するのではなかろうか。
 東京都と福岡市が2016年オリンピック開催都市として、名乗りを挙げていたのは聞いていたが、選定するのはあくまでもIOCで、相当先になりのだろうな、と思って、そんなに関心も持っていなかった。そしたら、昨日の朝、フジテレビでJOCの選定委員は55人で、そのうち25人がJOCの理事で、残り30人が各競技団体の関係者で、JOCは東京都支持、各競技団体は福岡市支持の傾向、と話していた。
 東京都は石原慎太郎知事が先頭に立って誘致合戦に乗り出しているのに対し、福岡市は中央では無名の山崎広太郎市長がアピールしたが、やはりその差は大きかったようだ。福岡県でなくなぜ福岡市なのか、という疑問が残るが、直前に起きた福岡市の職員による飲酒運転事故で親子5人が車ごと川に投げ出され、幼い子供3人が死亡する事故があり、山崎市長がお詫び会見している姿がテレビに映されていたのも影響しなかった、とはいえないだろう。財政基盤、組織力、保有施設の」いずれをとっても東京都の優位は動かないだろう。勝敗の行方は最初から見えていた、と言っていいだろう。
 ただ、09年10月にコペンハーゲンで開かれるIOCの総会ではマドリード、ローマ、リオデジャネイロ、ケープタウン、それに米国、ロシアの諸都市が誘致に名乗りを挙げている、という。そのなかで、日本として本当に開催権を得ようと思うのなら、東京でいくのがいいのか、新しい福岡でいくのがいいのか、といった検討がどこまでなされたのか、やや疑問が残る。
 現時点での優劣はなんといっても東京に軍配があがるのは明らかであるが、10年後の東京でいまより魅力ある街づくりが進んでいるのか。石原都知事は早くも3選出馬を決めたようであるが、ひょっとしていま74歳で、10年後の84歳になる2016年まで知事を務める気でいるのではなかろうか、そう勘ぐりたくなるほどの思い入れぶりである。
31日付けの朝日新聞が社説で「問われる首都の将来蔵」との見出しで東京都の将来ビジョンを問うていたが、実際そうだ。オリンピック誘致にうつつを抜かしているより、都財政改革はじめ治安、教育、都市整備などやらねばならない課題は山積している。石原知事がよく首長がやるように内政の課題をそらすために目を外に向けさせるためにオリンピック誘致を打ち出したのでなければいいが……。某新聞が2016年誘致に失敗したら、2020年も誘致する、と石原知事が言っているように報じていた。09年10月の決定を受けて再挑戦ということなのだろうが、オリンピック一色で都政を引っ張っていこう、としているのだ、といsたら、問題だ。
 石原知事はレイムダックの小泉首相に会って、2016年オリンピッ東京誘致へ向けて、国の協力への言質をとる意向である。まあ、財政面でも最終的には国の支援が欠かせないだろうが、今回の東京決定についても国の意向はなんら反映されてはいないのは当然だろうが、今後IOC総会へ向けては国にバックアップがどのくらいか、が大きなカギを握ることだろう。それにしても小泉、安倍の路線でいく日本は心配だ。
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面白い直木賞受賞作

2006-08-30 | Weblog
 オール読物9月号で第135回直木賞を受賞した三浦しをんの「まほろ駅前多田便利軒」と森絵都の「風に舞いあがるビニールシート」(いずれも抜粋)を読んだ。両作品とも文句なしに面白かった。いずれの単行本とも文芸春秋社の刊行で、文芸春秋社の謀略でダブル受賞となったのだろう、と思って当初は買って読む気がしなかったのだが、日曜日にBS衛星テレビの読書の番組にゲストで受賞者の森絵都が出演していて、「風に舞い上がるビニールシート」を書くきっかけになったのは出版社の編集者に国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のことを知りたいから、誰か紹介して欲しい、と頼んだことと話していたのを聞いて、そんなことで小説になっていくのかな、と思って読む気になった。
 で、「風に舞いあがるビニールシート」はUNHCRに勤める女性事務員が国際的に活躍する上司の外人男性に惹かれ、お決まりの結婚に至るが、すぐに相手は難民救済活動に赴き、ろくに結婚生活を楽しめないうちに離婚するが、その直後に元彼はアフガニスタンで兵士に襲われそうになった少女を助けようとして、あえなく犠牲になる。傷心の女性事務員はミスを連発するが、上司は外地に転出することを薦め、元彼の意思を継いでアフガンに赴くことを決意する。外部からなかなか伺いしれないUNHCRの組織を興味があるから、と言って話を聞いて、ここまで仕立ててしまう能力は大したものである。主人公と彼とのベッドシーンの描き方も結構どぎつい場面もあり、とても少女小説のライター上がりとは思えない。受賞後の随筆も掲載されているが、専門学校を出たあとに早稲田大学に入学した早稲田文学部によくある遅れて入学した苦労人である点も好感が持てる。
 一方の三浦しをんの「まほろ駅前多田便利軒」は便利屋を営む主人公に学生時代の同級生がなぜか同居しながら、便利屋を展開していく愉快小説。選評で選考委員の阿刀田高が「作者は男性だと思っていた。男性ならこれくらい書くだろう」と語っていたようによくも女性で男性2人の生態がここまで書けるものだ、と思う。阿刀田氏の発言は女性蔑視でやや問題なところがなきにしもあらずだが、それにしても三浦しをんの筆致はまさに男っぽい。受賞後の随筆で「生きるとは本を読むこと」と言っているのは全くの同感であるが、受賞者と角田光代との鼎談で「男2人を見ているのが大好きで、男性2人はすごく可能性のある関係」と言っていて、性格がかなり男っぽいのだろう、と思わせる。よく外国人が日本に来て、レストランなどで女性2人のシーンをよく見て、日本は変わっている、と思うのだそうだ、という話を聞いたことがある。女性の目から見るんのと男性の目から見るのと物が違って見える、ということなのかもしれない。
 最近は芥川賞より直木賞のが面白い。芥川賞は純文学、直木賞は大衆文学という大雑把な分け方があるが、毎回芥川賞はどこが純文学なのかな、と思うような作品ばかりである。その点、直木賞の方は前回の東野圭吾の「容疑者Xの献身」を見ても判るように単純に面白さ、という点で直木賞に軍配があがる。それにしても女性作家の活躍が目立つ。これも男性、女性を意識してはいけないのかもしれない。
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センスも感度もゼロの小泉首相

2006-08-29 | Weblog
 28日朝、小泉首相は首相官邸前で記者団の質問に答えた形で「暴力で言論を封ずるのは決して許されることではない。こういう点については厳に我々も注意しなければならない」と答えた。15日の小泉首相の靖国参拝に対して批判的な発言をした加藤紘一自民党元幹事長に山形県鶴岡市に実家が右翼の男によって放火で全焼した事件について、事件から2週間も経って、初めて言及した。前日のTBSテレビの日曜討論で渡部恒三民主党国会対策委員長が「政府首脳から加藤紘一議員の実家に対する放火事件は明らかに言論に対する弾圧であるのに公式的になんら発言がないのはおかしい」と政府首脳の姿勢について厳しく批判したのに対応したものだろう。
 同日の朝日、毎日新聞の夕刊によると、安倍官房長官も記者会見で「仮に加藤議員の言論を弾圧し、あるいは影響を与えるような行為であるとすれば許されない。そういうことに言論がねじまげられてはならない」と述べた。また、小泉首相は「言論は暴力で封殺してはならない。これは大いに国民にわかるように様々な分野で周知していかねばならない。言論の自由がいかに大切かよくわかるように注意していかなければならない」とも述べた、と両紙は伝えている。これら談話は事件の起きた15日に直ちに発せられるべき言葉である。小泉、安倍2人とも総裁選のことで頭がいっぱいで、他のことに頭が回らなかったのだろう。
 国会が終了してからの政治日程は全くの空白で、勝手に欧米諸国を飛び回っているかと思えば、靖国参拝を強行したり、あげくに夏休みはフルにとって、オペラ観賞にうつつをぬかす、レイムダックの状態。教育基本法など詰めなければならない問題はいっぱいあるのに、という感じである。実際、小泉首相の頭の中は空っぽである。新聞の首相官邸便りを見ても誰も訪問する人はいない。もう過去の人である。
 それでも小泉首相はこの28日、カザフスタンとウズベキスタンを訪問するため政府専用機で羽田空港を出発した。「エネルギー戦略を多角化する」とか訪問のねらいを語ったが、いまどうしてカザフスタン、ウズベキスタンなの、中国、韓国へ行くのがもっともっと求められているのに、と思う。またぞろ、コーカサスの草原でコザックダンスに興じる姿がテレビに映ることだろう。
 立つ鳥はどこまで足元を濁してくれるのだろうか。
 日曜日のテレビ朝日のサンデープロジェクトで司会の田原総一郎がパネラーで登場した伊藤忠商事の丹羽宇一郎会長を「小泉首相と同じで検察が全くマークしていない人物」と妙な持ち上げ方をしていたが、その点だけは確かで、政治家としてはまれだろう。しかし、飯島薫秘書官がさんざあくどいことをやっているのを放置しているではないか。本人がクリーンでもすぐ側の側用人のすることを容認しているのでは本人がしていることと同義で、誉められたことではない。いや、もしろ、もっと性質(たち)が悪い。
 まあ、本当に早く退陣してもらいたい。
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企画がよく伝わらない絵画展

2006-08-28 | Weblog
 夏休み最後の日曜日の昨27日、東京・竹橋の東京国立近代美術館での「モダン・パラダイス」なるタイトルの美術展を見に行った。流石に入りは結構いい、どんな作品が展示されているのか、順番に見て行ったが、岸田劉生の「麗子像」やポール・ゴーギャンの「かぐわしき大地」などどこかで見たことのありそうな絵画が展示してあって、それぞれコーナーごとにグループ分けのタイトルがついていて、絵画の題材の似たようなものが並んでいる。日本と欧米の近代絵画の名作が掲げてはあるのだが、どうも展示の意図が伝わって来ない。全体のテーマを改めて見直して見ると、「大原美術館、東京国立近代美術館東西名画の饗宴」と謳ってある。なんのことはない、大原美術館と東京国立近代美術館の2つの美術館が所蔵する絵画でモチーフの似たものを並べて展示したに過ぎない。詳しくは聞かなかったので、よくわからないが、どうせ美術評論家が独自の視点で編集して、全部並べるにはスペースの問題もあって、勝手にタイトルをつけて並べ直し、「モダン・パラダイス」と銘打ったのだろう。
 それなら、大原美術館、東京国立近代美術館合同秀作展とでもした方がすんなり、見られてよかったのではなかろうか。合同秀作展とするのはあまりにも自我自讃的になり、会場でもある東京国立近代美術館としては格好がつかなかった、ということなのかもしれない。
 おかげでか、2-4階の常設展示がいつもとやや展示作品が異なって見え、現代美術作品が多く展示されているような感じがした。
 昼時だったので、行く前からどこかで食事を、と考えていたら、あてにしていた竹橋のパレスサイドビルの飲食店街が日曜休業であてがはずれ、美術館のなかのレストランでと思ったら、みんな考えることは同じのようで、超満員。仕方なく、神田神保町あたりまで歩いて行き、なにやら香港を思わせるような簡易中華料理店でラーメンとお粥を食べた。少し物足りなかったので、ブラジルでコーヒー付きケーキセット、金750円也というのを食べて、お腹を満たした。
 それにしても神保町界隈は日曜日で稼ぎ時あんおに半分くらいのお店が店を閉じていた。神田の古本屋街も昔日の面影はなくなってきているのかしら、と思わせた。折角来たのだから、古本屋をのぞいて見たら、小宮山書店の奥の倉庫のようなところで掘り出し市のようなことをやっていたので、本を見てみた。多少、興味を引きそうな本も2,3あったので、POP広告を見ると「1-3冊500円」となっている。1冊でも3冊でも500円ということとわかり、それならと加賀乙彦の「宣告」上下と山崎豊子の「仮装集団」を500円也で購入した。この日一番の収穫であった。これで、わけのわからない美術展に対する不満も一気に吹っ飛んだ。
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未消化の「ユナイテッド93」

2006-08-27 | Weblog
 2001年9月11日をドキュメンタリータッチで描いた米映画「ユナイテッド93」を観賞した。時間が空きそうだったので、前に予告編で見ていて、「見てみてもいいかな」との思いがちらりと記憶に残っていたので、前日にやっている映画館をチェックしたところ、川崎チネチッタと日比谷スカラ座があったので、日比谷にして昼ごろ出かけた。およそひと気のないチケット売り場で「シニアで13:50開始のを」と言って自動車の免許証を出すと、次回から口頭でいい、という。時間が余ったので、ランチをとりながら、銀座周辺をぶらりと散歩して、定刻15分前に劇場へ入った。
 席についてみると、周りはいっぱいで予想より入りは多い。映画はアラブのハイジャック犯らしき4人連れがニューアークの空港で飛行機に乗り込むところから始まった。その飛行機に便名がユナイテッド(UA)93で、ニューアーク発ロスアンゼルス行きだ。離陸前からいつものことだが、1時間近く遅れ、緊迫する航空管制塔、米軍航空管制センターが交互に映し出され、徐々にクライマックスへと画面は流れていく。ようやくUA93が離陸する頃に他にハイジャックされた航空機がワールドトレードセンターへ突撃したことが明らかになり、航空管制塔など関連施設ににわかに緊張感が走る。直ちに緊急体制がとられ、米国各地の空港への航空機の離発着が禁止され、米軍へのスクランブル発進が要請される。
 どうもUA93もアラブの突撃命令を受けたテロリストが乗り込み、ハイジャックするのだろうが、なかなか行動に移ろうとはしないで、管制塔や米軍の右往左往をドキュンメンタリータッチで画面は追っている。このあたりで午後の睡魔が訪れたか、どうも眠くてコクリコクリとしてしまった。映画なのか、ドキュメンタリーなのか、ゴッチャにあんっているような展開で、集中力も睡魔には勝てなかったようだ。
 で、UA93のハイジャック犯も重い腰を上げ、爆弾を装備して乗務員を脅迫して、まず機長、副機長を殺して、操縦席を乗っ取り、操縦桿を握って、ワシントンへ方向転換した。そして、乗客にも待機を命じて鎮圧を図るが、爆弾が偽物であることに気がついた一部の乗客が逆に攻勢に出て、ハイジャック犯ともみ合い、操縦席に乗り込んで操縦桿を操作しよう、としているうちにUA93は墜落して、全員死亡してしまった。9.11テロの際、目的不明の航空機が地上に激突したが、真相はこの映画にあるようなことだった、というわけだ。
 航空管制塔などの緊迫感を再現し、確かに迫力はあったが、あくまでもドクメンタリー映画としてのことで、映画としてはフィクションでもいいから、もうひとつ何か感動するようなストーリーがほしかった。
 最後にキャストの名前がズラズラと出てくるが、何人もが役のあとに「as himself」と出てきており、そのままの現場担当者が演じていたことがよくわかった。あれだけの専門的な役どころを全部役者で揃えるのは至難の業なのだろう、と思った。
 まだまだ、9.11はこれからもドラマ、映画として取り上げられることだろう。改めて「9.11」はいろいろな人にいろいろな思い出、思いを刻み込んだ大変な出来事だったのだ、と思い至った。 
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あわれガジュマル

2006-08-26 | Weblog
 不老長寿の木とされる沖縄産の樹木。ガジュマルが枯れてしまった。昨年春の人事異動で個室から相い部屋となり、占有スペースが狭くなってしまったので、それまで部屋で栽培していた蘭など一切を処分してしまったが、永年、緑に慣れ親しんできた身としてはどうしてもさびしく、近くのワールドフラワーなる花木の安売り店へ行って、手頃な観賞用草木を物色し、小ぶりなガジュマルを選んで、会社へ持っていった。丁度、窓際(仕事もか)だったので、適度に水をやりさえすれば順調に育っていた。
 同じ頃に山形県蔵王にバスツアーに出かけ、蔵王で由緒さりそうな旅館に泊まったところ、日本式建物の廊下の片隅に三方の上にガジュマルが置いてあるのが目に止まり、いかにも伝統と格式をそれとなく教えてくれるようなムードを漂わせていた。それで、ガジュマルを選んだことが間違っていなかったことを確信し、ガジュマルがますます気に入っていた。
 ところが、昨年末にオフィスが引っ越して、今度は窓のない部屋に代わってしまったので、太陽の日にあたらないせいか、日増しにガジュマルの精気が失われていった。それでも毎日、霧吹きで水をやったりしていたが、葉っぱが1枚1枚と抜け落ちていき、もう限界と見て、家へ持って帰ってきた。
 太陽にあてて、光合成でもしていけばガジュマルも不老長寿の樹木として徐徐に元気を取り戻すだろう、と思ってみていたら、ある日、鉢が空っぽにあんっていた。驚いて、かみさんに尋ねたところ、「木を持ち上げたら、もう根が腐っていた」とのこと。不老長寿どころか、1年半弱であえなくダウンということにあいなった。いくら不老長寿でも太陽は当たらないわ、ろくな栄養もないわ、ではお陀仏となってしまうのも当然だろう。
 大体、オフィスで草木を育てるのは大変だ。以前に浅草の朝顔市で買ったから、と言って朝顔をもらったことがあり、さてどうしたものか、と思って、派遣の女性陣が陣どっているあたりに置いたことがあるが、数日して身に行ってみたら、だれも水をやっている気配がなくて、枯れ死寸前で、やむなく部屋に引き取り、太陽のあたる窓際に置いて、毎日水をやっていたら、見事に朝顔が咲いたことがある。その朝顔は種を知人に配り、自宅のベランダにも播いて花を咲かせ、数年楽しんだ。以来、草木の類は部屋で毎日、水をやり、育てることにしている。前の会社の受付、応接間にあった幸福の木も1週間に1回は水をやるようにしていた。
 しかし、流石に夏休みやゴールデンウイーク、正月休みの時には水をやりだめるわけにはいかないので、困ることがある。儲かっている会社や余裕のあるところでは植木業者に月に1回か、草木を入れ替えさせるようなこともできるが、貧乏会社、貧乏部門ではそういうわけにはいかない。勢い、自分で管理手入れすることになる。案外、草木の育ち具合いで会社の状況の一端は伺えそうだ。
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祟られている?日本経済新聞

2006-08-25 | Weblog
 Webの世界で日本経済新聞がヤリ玉に上がっている。事の発端は今月18日の夕刊のコラム「プロムナード」に直木賞作家、坂東真砂子が「子猫殺し」とのタイトルで「私は子猫を殺している。飼っている雌猫3匹に避妊手術をせずに、子猫が生まれたら、住んでいるタヒチの自宅の隣の崖下に放り投げている」と書き、これが動物愛好家の目に止まり、動物虐待である、との声が一斉に上がった、というわけだ。タヒチは仏領なので、フランス刑法に触れる、として、掲載した日本経済新聞にも抗議が殺到している。事態を重く見た毎日新聞が昨24日の朝刊社会面トップで報じると、朝日、読売両紙も同日夕刊で追っかけ、さらに問題が広がろう、とする気配を見せている。
 日本経済新聞社は本業以外の不祥事とか、スキャンダルでこのところ、定期的に世間に話題を提供しつつある。そもそも鶴田卓彦前社長時代の子会社の大量の不正手形発行に端を発する株主代表訴訟に始まり、日本経済新聞社の株式売却問題、社員による株式インサイダー取引問題、それにこの猫殺し、とまさに祟られている、としか思えないほどの逆風である。本業の業績は過去最高の利益を出すほどの快調さを誇っているのに、不思議なことである。高度成長時代に経済の追い風に乗って、新聞部数を順調に伸ばしてきたのが外部経済による恩恵だった、とするなら、いまは外部不経済を蒙っている、」としか言いようがない。お払いをした方がいいのかもしれない。
 それにしても今回の猫騒動に対する日本経済新聞社の対応はまずい。同社社長室は「原稿の内容は筆者の自主性を尊重している。今回の原稿も事前に担当者が筆者に内容を確認した上で掲載した。さまざまなご意見は真摯に受けとめたい」としているが、言葉は詫びていてもそれが全く伝わってこない。作家の原稿をそのまま掲載した責任は免れないだろう。こと、社会、文化に関する分野では手薄な人材、蓄積であることをはしなくも露呈してしまったことは事実として否定できないだろう。
 坂東真砂子は女流作家のなかでは「山姥」、「狗神」などの作品で知られ、独自の境地を切り開いてきた有能な作家であると思うが、何を思ったのか10年くらい前からタヒチに移り住んでしまい、俗世間と離れて暮らしているうちにどこかずれてしまったのだろうか。有為転変激しい日本の社会から10年も遠く離れて暮らしている、とセンスも変わってくることだろう。作家の世界はそれでいいのだろうが、日本の社会への情報発信うる姿勢としては首をかしげることが出てくるのは必然のことだろう。だから、それを承知で原稿を依頼しているのだから、軌道修正する責は当然、この場合日本経済新聞社側にある。その軌道修正をできるだけのセンスがなかった、ということで、その責任は免れない。
 お払い以前に記者教育の問題かもしれない。
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一世一代一仕事

2006-08-24 | Weblog
過日、昭和史でいま注目の評論家、保坂正康氏の「昭和史から何を学ぶか」をテーマとした講演会を聞いた。時節柄、先の日本経済新聞が報じた昭和天皇の富田メモや、小泉首相の靖国神社参拝が話題になっている折りから、どんなエピソードが聞けるものか、と期待していたが、大勢の聴衆を前にそうした話題は最近号の文芸春秋誌に掲載されているから、と言わんばかりにいきなり地味な昭和史の区分けから入り、淡々と予定した内容について話し始め、遂に最後まで期待した話題には触れずじまいだった。売れっ子の評論家というものはこんなものか、と半ば感心した。途中で眠くなってきて、寝てしまった。
 ふと、目を覚ますと、昭和天皇の話をしていて、保坂氏は「昭和天皇は天才である」と断言したのが耳に残った。なぜそう思うのだろうか、と聞き耳を立てていると、「天皇は戦後マッカーサー司令官と11回会って、天皇制下の民主主義が望ましいと訴えた」という。そして戦争末期の8月4日に10トン級の爆弾にも耐えられる防空壕が皇居に完成し、6日になって侍従から「入いれ」と言われ、「なぜか」と問うことで、広島に原子爆弾が落ちたことを知る。20年4月以降、軍部は戦局など重要なことを天皇に報告しなくなったので、天皇は日本向け英語放送を聞くことで、戦争の現状を把握していた、という。
 それで昭和天皇は1人で戦争終結を決断したのだから、やはり天才なのだろう。軍部の独走で始まった戦争を無謀なことだ、と考えながら何が国民のために一番いいことなのか、を絶えず考えてきて、決断したのだろう。適切な情報が入らない状況で、現況を把握するのは並大抵のことpではないだろう。しかも一挙手一投足に周囲の注目は集まる。孤立無援のなかでの国に運命を左右する決断である。A級戦犯を許せない、と思って靖国神社に参拝しない、と決めたのもうなづける。戦後、映画館でニュースで、「あ、そう」と言ってうなづくだけの昭和天皇を見ていて、何と頼りない人だと子供ながらに思っていたが、いま保坂氏の話を聞いて、改めて見直した次第である。
 最後に、保坂氏はノスタルジアでなく「昭和」を語ることが重要である、と強調した。それと、人のあり方として、「一世一代一仕事」を持論として述べた。人は一生かけてひとつの仕事を成し遂げる、何事も貫いていくことが重要である、と強調していたのが印象的だった。かつて、部下に正月明けの訓示で「今年はこれをやろう、という誓いを立て、一年が終わって、ああ今年はこれをやったのだと振り返れるような仕事をしてほしい」と語った記憶がある。一年を一生と置き換えれば同じことかな、と思った。
 とはいえ、60歳をこえて一生の仕事はこれ、と言い切れる人はまれである。まだ、遅くはないか。
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穴があったら入りたい

2006-08-23 | Weblog
 2年ちょっと前に買ったカメラ、ミノルタのCAPIOS160Aが壊れたので、東京・お茶の水のコニカミノルタカメラのテクニカルセンターへ持っていった。宅急便で送付も返送も依頼できるらくらくリペアサービスなるものもあったが、昼間なら行ける時間が取れそうなので、持参することにした。地下鉄丸の内線お茶の水駅を降りて、電話で教えられた通り聖橋へ出て、真っ直ぐ湯島の方向へ向かい、信号を渡ってもどうも目印の東京ガーデンプレイスが見当たらない。保証書についている住所を見ると、湯島2丁目33となっていて、まだまだ5、6ブロック先のようだ。思っていたのと違うので、再度TELしてみると、一本道を来すぎたようだ。戻って、支持通りに数分歩くと、看板があった。多少汗をかいて、「ようやく着いた」と言って、カメラを「起動しなくなってしまったんですが‥‥」と差し出した。
 受付の女の子はカメラを受け取り、電池を装着して、スイッチを入れると、カシャという音がして、起動した。そのまま自動フタを開け、シャッターを押すとフラッシュが光った。女の子は「動きますね?」と首をかしげている。カメラを受け取り、もう一度電池をはずして、入れ直したら、女の子が「逆です」と言う。そう言われてよく見ると、確かにプラスとマイナスの表示がしてある。指示通りに電池を入れて起動すると、なんのことはない、普通に動くではないか。一瞬「なんと恥ずかしい」との思いがしたが、さらりと「初歩的なミスですね」との言葉が出てきた。
 受付の女性は「このまま修理に回しても戻ってくるだけですから‥‥」と優しいことを言ってくれる。「そうですね」と相づちをうち、「どうも済みませんでした。ありがとう」とお礼を言って、テクニケルセンターを後にした。実際、受付の担当者が女性で良かった。男性だったら、「この馬鹿が‥‥」という軽蔑した眼で見られたことだろう。
 それにしてもこのカメラは先日の夏の京都旅行に持って行き、川床料理のテーブルで撮ろうとして取り出したが、起動しないので、そのまま1枚も撮らず、トランクの中に入れたまま、持って帰ってきて、電池がなくなっているのかもと新しい電池を買って入れてもダメだったので、修理に出そう、と1人決めしていたものである。まさか、電池のプラスマイナスが逆だったなんて思いもしなかった。京都では舞妓さんとのスナップ写真などカメラでたくさん撮りたい場面が結構あったのに全部携帯電話のカメラで我慢していた、のは一体何だったのか、と悔やまれる。
 家に帰ってきて、改めて電池を指示通りに装着すると、きちんと動くではないか。電池装着部分の絵をよく見ると、確かにプラスマイナスの表示がしてある。日頃はこんなことはないのだが、一旦思い込むとそれで通してしまうことがたまにある。老化現象とは思いたくない真夏のとんだお笑い劇場であった。
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球史に残る熱戦を制した早実

2006-08-22 | Weblog
 第88回全国高校野球選手権大会が早稲田実業の実に88年ぶりの優勝、つまり初優勝ということで終わった。全国4112校を勝ち抜いた早実は見事としか言いようがないが、破れた南北海道の駒大苫小牧もあと一歩のところで、大会3連覇という偉業を達成するところまでいったのだから、実力的にはなんら遜色ない、といえる。今大会はホームランが過去最高の60本生まれたことに象徴されるように打撃優位の大会であったが、この両チームとも主戦の斉藤佑樹、田中将大投手が相手チームを抑え込む投手主力のチームであることが決勝へ進めた大きな要因であった。決勝に至るまで破ってきたチームと戦績を見ていて、総合力で早実がやや優位かな、と思ってみていた。結果はその通りにはなったものの、延長15回まで1対1の引き分けで、再試合となり、4X対3の僅差で決着がつく、という大会史上まれに見る熱戦となった。
 決勝戦第1戦のNHKの瞬間テレビ視聴率は37.1%と巨人の関係者が羨むほどの高いものであった。第2戦は徹夜組50人が出るほどの盛況ぶりで、久し振りに野球人気を裏付けた。引き分け再試合となったことで、21日朝の民放各局は両チームの紹介を放映していたが、多分どちらかが勝ってもいいように備えて取材していたのを都合よく両チーム紹介としたような感じであった。斉藤、田中両投手の生い立ちも紹介されていたが、両選手とも地元外からのスカウトであったのには驚いた。斉藤選手が群馬県、田中選手は兵庫県からのスカウトであった。田中選手が入学する時の駒大苫小牧はまだ全国制覇する前の無名校で、よく野球留学に踏み切ったものである。先見の明があったというか、指導者に惚れ込んだのか、いずれにしろすごいことである。
 今回、この両チームを決勝戦まで導いた最大の要因は斉藤、田中両エースの存在である。田中投手はチームの作戦か、必ずしも初回からは登板しなかったが、それでも要所要所ではきっちり投げて」、相手に得点を許さない投球は見事であった。tだ、決勝第2戦は疲れからか、やや身体が小さく映り、いつものふてぶてしさがなく、早実に簡単に追加点を許すなど精彩に欠けたところが見られ、どこか故障しているのではないか、と思われた。それでも登板してからは3点しか得点を許しておらず。互角のあったことを考えるとやはり並みの投手ではない。
 一方の斉藤投手も準決勝で見せた完璧な投球ぶりでなく、初級を絶好球を投じ、ホームランをくらう場面が2回も見られた。それでも最後は時速147キロの快速球を投じ、田中投手から三振を奪い、ゲームセットにするあたり、憎い演出であった。
 それにしても真夏の炎天下、まだ未完成の肩を酷使させるような試合は考えものである。少年野球では規定の7回を過ぎると、8回からは無死満塁、走者は前の回で終了した打順の者が順に立つことで始め、決着をつけるルールにしている。それで決着がつかなければ、9回以降も同じことを繰り返していく、というわけだ。そうすれば、無用に肩を酷使することもないだろう。
 斉藤、田中両投手とも10年に1人の逸材で、いずれプロ野球、もしくは米メジャーリーグで活躍することだろう。今回の肩の酷使が2人の将来に暗い影を投げ落とすことにならなければいいが‥‥と、いまは思うのみである。
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