鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

王者日本生命のお寒いサービス

2006-05-31 | Weblog
 数年前にかみさんにかけた日本生命の年金保険の年金が順次下りるようになったが、振込み口座の出金の上限が50万円となって不便になったので、払い戻し口座の変更を申し出たところ、まず本人でないとダメだ、といい、しかも保険証書もあわせて送れ、というから、「そんなサービスの悪いことはおかしい」とかみついた。わが国生保のなかで断トツの高収益を誇る日本生命ではあるが、顧客へのサービスでは劣るようだ。
 かみさんの年金保険は数年前にかみさんの友達がセールスをしていて、お付き合いで加入したものだ。低金利時代だったので、280万円だったか、290万円を払い込んで、数年間で、年60万円ずつ5回戻ってくる、というもの。ところが、最近、振込み口座にしている三井住友銀行の1日の払い戻し限度額が50万円に設定されたので、2回にわたって引き出さなければならず、不便なので、口座を替えよう、と思った。
 で、大阪の契約保全課なるところに電話したところ、なかなかつながらない。何回目かにやっとつながり、出てきた女の子にその旨を申し出ると、契約番号と被保険者、つまりかみさんの生年月日を聞く、答えてそれでOKか、と思っていると、「個人情報の関係で本人確認がいる」という。しかも変更にあたっては保険証書を送付してくれ、とも言う。「保険証書のコピーではいけないのか」と聞いても本物でない、とダメ、という。しかもその都度、電話をふさいで、係りの者に問い合わせたうえで返答してくる。「そんなサービスはないだろう」と叱りつけ、「いまは会社なので、家にいるかみさんにTELして確認してくれ」と言って、電話を切った。
 大体、保険会社は契約が取れるもでは美味しいことばかり言って、いざ保険が取れる、と踵を返したようにサービスが悪くなる。最大手の日本生命も同じである。この契約で、保険証書がプリンターで印字してあり、それがはがれて全然判別できなくなり、担当者に申し出たら、肝心の当初払い込んだ金額を省略した証書に作り変えてきたことがあった、その時もなんてサービスの悪い会社だ、と思った。
 夕刻、家に帰って、かみさんに確認したところ、1日家を空けていて、留守電に小さな声で「何回もかけたけどいないので、またおかけ直し下さい」と入っていた。で、改めて三井住友銀行の口座を確認すると、かみさん名義の口座となっており、当初考えていた変更口座はかみさん名義ではなく鈍想愚感子のものなので、またわざわざかみさん口座のものを作るのも面倒、ということでこの件は断念した。そういえば、日本生命から振込み口座は本人口座でない、とダメといわれたような記憶がうっすらとある。すっかり忘れていた。最初に契約保全課に電話した時にそれを最初から言ってもらえば、あっさり諦めていたのに、本当にサービスの悪い会社である。何か、一日無駄に過ごしたような気がしてきた。過剰な個人情報保護の為せる技なのか。
 
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根強い人気の景気討論会

2006-05-30 | Weblog
 昨29日は東京・大手町の日本経済新聞社8階の日経ホールで行われた景気討論会を聞きに行った。インターネットで応募したら、抽選に当たったので軽い気持ちで参加した。実は日経ホールでの景気討論会なるものに参加するのは初めてのことなのだが、行って驚いたのは提供される資料がなにもないことだった。パネリストの吉川洋東大大学院教授の発言に興味があったのと、この3月に日本経済新聞社の編集局長に就任した高橋雄一氏の力量がどんなものか、見たくて参加したので、何か資料でもあれば多少の手がかりになうかな、と思っていたのが、あてが外れた。英語のペーパーブックに書店のカバーがついていたので、それを外して、メモ代わりに使うことで対処した。
 聴衆は600人ほぼ満員で、やはり50-60代が多い。なかには企業の調査部らしい若いグループや、若い女性の熱心にメモを取る姿もみられたが、大半は引退したお金のある投資家といった感じの人で、いまどき景気の動向に関心を持つのは余裕資金をたっぷり持っているシルバー世代なのだろう。
 で、日本の景気についてはいずれのパネリストも基調は年2-3%の持続的成長は維持できるとの見方で一致した。パネリストの小島明・日本経済研究センター会長が紹介していたが、先日2年半ぶりに来日したマレーシアのマハティール首相が「日本の盛り場に人が増え、日本の社会に気が戻ってきた」と驚いていた、という。で、小島氏は「デフレの罠から日本経済は脱却しつつある」と言い切った。 吉川教授も「もともとデフレは借金がなければ問題ない。借金がある限り、デフレは毒薬である。デフレで一番困るのは政府である」という。
 今年夏ころにはゼロ金利が解除され、景気が拡大していけば、今後四半期ごとに0.25%ずつの金利上昇が考えられるが、これも基本シナリオを崩すようなことにはならない、という。
 今後の不安要因として、米国・中国など海外経済の動向、原油価格の高騰、為替レートの変動が考えられるが、急激な変化とならない限り、日本経済はソフトランデングでき、持続的な成長を維持できる、との結論となった。
 最大の不安は日本政府の財政状況で、6月末にも歳出歳入一体改革の基本方針が打ち出され、財政再建のシナリオが発表されるが、いまの日本の国債発行残高の対GNP比は150%で、EUが基準と考えている60%をはるかに上回っている。小泉首相5年の最大の汚点である。2011年までにプライマリーバランス(基礎的財政収支)をゼロにし、2011年から150%の比率を下げていくシナリオを早急に描かなくてはならない、と吉川教授は解説してくれた。
 司会の高橋編集局長は議論が行ったり来たり、という点はあったが、まずは無難にこなしたというところか。それにしても経済の基本的な知識が頭に入っているのかな、という不安は若干感じた。まあ、諸先輩がいっぱい控えての編集局長なので、なんとか務まることだろう。
 それにしても景気討論会は生でパネリストの意見を聞ける、というのはやはり魅力である。今朝の日経の紙面を見ると、いまの景気動向に関した発言は掲載されているが、経済教室的な基礎的な話はカットされてしまっている。経済の素人にとってはそうした基本的な話の方が有難い。直接、会場へ行くメリットはここにありそうだ。これからも時間の許す限り参加したいものだ、と思った。
 
  
 
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あてがはずれた日本中央競馬会

2006-05-29 | Weblog
 昨28日は年に一度の競馬の祭典、日本ダービーが行なわれた。40年近くの競馬ファンとしてはこの日は何が何でもテレビの前にかじりついて、じっくり観戦するのを常としている。昨日ももちろん、そうしたが、日本ダービーのレースそのものは実力通りのほぼ行った、行ったで決着した。一番人気のメイショウサムソンが逃げる4番人気のアドマイヤメインをゴール前で首差かわして優勝し、これでメイショウサムソンは皐月賞に続いて2冠を達成し、昨年のディープインパクトに続いて3冠馬の期待が膨らんだ。
 昨年のディープインパクトの単勝馬券の配当が110円しかつかなkったのに対し、今年は380円と1番人気で、しかも2冠達成の割りには配当がついた。それだけ人気が割れた、ということである。
 日本ダービーは平成15年に生まれた馬、全部で8323頭の頂点を決めるためのもので、1年くらい前から日本ダービーをめざして数々のレースを勝ち抜いてきた馬が出走する。だから、この日本ダービーの出走18頭に入ることだけでも大変な名誉なのである。英国では「一国の首相になるより、ダービーの馬主になることのが難しい」といわれるほどの名誉なことなのである。競馬が貴族のスポーツとされている英国ならではの話である。
 日本では英国ほどの名誉ではないかもしれないが、それでも馬主にとってはダービーの馬主になるのは”夢”なのである。今回、結構人気となったフサイチジャンクとフサイチリシャールの2頭を出走してきた関口房朗氏はすでにフサイチコンコルドでダービー馬主の栄冠を手にしているし、米国でケンタッキーダービーの栄冠も手にしている。だから、今回は8、11着と惨敗した。勝利の女神もそうは微笑んではくれないようだ。
 馬主に次いで名誉なのは騎手で、武豊騎手はすでに4回ダービー騎手に輝いており、今回も人気のアドミヤムーンに騎乗したが、7着に終わった。2着にきたアドマイヤメインは前走の青葉賞では武豊騎手が騎乗して、逃げ切って勝ったので、今回、もし同じように武豊騎手が騎乗していれば勝っていたかもしれない。メイショウサムソンに騎乗したベテランの石橋守騎手は武豊騎手が尊敬する先輩だ、とい割れているので、武豊騎手が勝利を譲った、との見方もできる。
 今回、日本中央競馬会は長年、電話投票で馬券を購入しているファンに粗品(金属製の万年カレンダー)を送り、抽選で賞品が当たるプレゼントと、日本ダービーと同日に行われる目黒記念の2つのレースで1万円以上、電話投票で馬券を購入すれば、10万円の金製品が当たるダブルプレゼントを企画し、実施した。日本中央競馬会の馬券の売れ行きが下降線を辿っているので、代表格である日本ファービーでテコ入れを図ったものである。仮に100万人がこれに応じれば、100億円売り上げがかさ上げされることになる。成功すれば、アイデアを出した人は表彰ものだろう、と思った。
 で、肝心の日本ダービの売り上げは316億3835万1200円で、前年比3.7%減と折角のアイデアマンの望みを絶つ、こととなってしまった。下手な賞品で釣ってもかからないほどに競馬人気はじり貧、ということか。かつて567億円余(平成6年)もの売り上げ記録を上げたのが嘘みたいな結果となった。まあ、競馬人気が上昇するには実力のある馬が輩出して、見ごたえのあるレースを見せてくれることにつきるだろう。
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ネット情報の信憑性

2006-05-28 | Weblog
 当社でも4月からネットを充実して、多くのサイトを立ち上げた。そこで、先日社内の人と話していて、問題となったのがネット情報の訂正についてであった。新聞、雑誌と違って、ネットでの情報提供について、誤りがあると後で簡単に訂正するなり、削除して、あとは知らんぷりということが多く、情報の信頼性に欠けるところがある、という。そこで、ネットの訂正について基準を設けることにした、とその人は言うのだが、よくよく考えると、そもそもネット情報の提供についてなんら基準がないのだから、訂正についてだけ基準を設けても説得力がない。だから、小泉チルドレンの杉村太蔵議員のように他人の著作物から盗作しても削除すればいい、という名前通りのふてぶてしい輩がでてくるのだろう。
 ネット情報については各種サイト、ブログも何の基準もしばりもない。新聞なり雑誌なりは日本新聞協会や日本雑誌協会なるものがあって、問題が発生すれば協議して対応を決めるような体制となっているし、なによりも印刷された状態で保存される。新聞には縮刷版なqるものもあり、提供した情報については責任を持っている、という体質が染み付いている。しかも各社とも明治以来の新聞綱領なるものを掲げ、公正な報道を心がけている。だから、掲載した記事に誤りがあれば、直近の号でお詫び訂正の記事を掲載する。しかも掲載にあたっては、校閲部なるセクションがあって、掲載される記事が正しいかどうかをチェックする体制をとっている。
 それに対し、サイトはそうした何重にもチェックされたうえでの情報提供体制はとられていない。極端に言えば、1人で書き、アップするブログはとてもそこまでいかないだろう。となると、企業を代表するサイト、あるいは既存のメディアが主宰するサイトは少なくとも一端アップした情報については責任をもって、真偽のほどを確かめ、誤りがあれば訂正記事を出すべきだろう。また、既存のメディアと並行してサイトを主宰するところは、既存のメディアと同じ基準で臨むべきだろう。
 となると、安易に削除するだけでは済まなくなる。訂正記事のスペースがやたらと増えて、ますます信用を無くすことにもなりかねない。となると、アップする日にちなり、時間を予め決めておかないと訂正記事の書きようがない。で、そうしたサイト主宰者間の連携を図るうえで、なんらかの組織も必要になってくるのかもしれない。でも、単にサイトを主宰しているふあdけでは共通性があまりないのに連携は図り難いことだろう。しかも、サイトの世界は1強100弱の世界で優劣がはっきりするのに協調は生まれにくい。
 ブログの世界はもっと厄介だろう。さらに無責任、アナーキーな世界だ。どこのだれがやっているのかもわからない。所詮、ブログは個人に日記帳がネットに披露されただけのものなのかもしれない。ブログに正確、秩序を求めても叶わぬことなのだろう。鈍想愚感子もそう思って気楽に書いている。いつか、誤字脱字だらけ、元ジャーナリストらしからぬと誰かにお叱りを受けたが、校閲してくれる人もいないし、書き込みしながら、ネットで固有名詞や事実を確認しながら記述しているので、時には誤りも出てくる。そんな時は一旦アップして、あとで事実を確かめたうえで、修正することもしている。ブログのいいところでもある。
 ご容赦、ご容赦。


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笑顔の神さんのこと

2006-05-27 | Weblog
 神さんこと神野さんが会社へひょこっとやってきた。最初、電話で「Jプランニングの神野ですが‥‥」と名乗るので、また、マンション投資への勧誘だろう、と思って聞いていると、「いつか石和温泉に一緒に行った云ぬん」というので、神さんだとわかった。当時いた会社を辞めてもう3年になる、という。神野さんとは某社の社長を通じての知り合いで、その社長の仕事仲間数人と石和温泉に行った時が初めてで、気さくで、人の良さそうな人柄がだれからも好かれそうな神野さんに好感を持った。
 某社の社長とはあるイベントを通じて知り合い、その社長がITメーカーのマーケティング本部長の時に展示会を主催してほしい、と持ちかけられ、数回主催した後にその場を離れることになり、お別れに銀座の端っこで接待したことがある。そのお返しに「温泉に行きましょう」と言われ、山梨の石和温泉へ行ったら、その社長の仕事仲間数人と一緒になった。
 その社長は確か山形の高専出身で、叩き上げでマーケティング本部長の座を勝ち得た人物で、一匹狼の実力派。いまの社長も前社長から直々に声をかけられ、10数人のなかから選ばれた。前の会社でもそうだったが、いわゆるエリートで、社内を順調に昇進してきたサラリーマン経営者ではなく、社内のグループや人脈に頼ることなく、なんでも自ら切り開いてこなければならなかった。それをカバーしたのが、石和温泉に集まった広告代理店の営業マン、企画イベント会社、それに件の社長の数少ない部下の面々だった。神さんもその企画イベント会社の役員であった。いずれも切れ者だけに宴席でアルバイトのにわか芸者と丁々発止でやりあうし、真夜中までカラオケで馬鹿騒ぎをした。
 それでも翌朝は何事もなかったようにさらっと別れた。同じメンバーでもう一度、伊豆の大仁温泉でも馬鹿騒ぎをした。露天風呂に入りながら、富士山が見られたのが妙に記憶に残っている。それ以来、仕事が変わったこともあって、お誘いがかからなくなったが、一匹狼の社長の影のブレーンの秘密がわかっただけでもいい体験であった、と思っている。
 で、神さんだが、最初会社に現れた時はなにか、以前の印象と違う感じがした。なぜだろうか、と思いながら近況を聞いていたら、3年前に結婚した、という。道理で身ぎれいになっていて、すっきりしている理由が判明した。結婚で仕事に対する取り組みも変わってきたのかもしれない。
 頑張れ、神さん。
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奥田碩トヨタ会長の深謀遠慮

2006-05-26 | Weblog
 日本経団連の会長がトヨタ自動車の奥田碩会長からキャノン会長の御手洗富士夫氏にバトンタッチされた。経団連時代から通算11代目の会長となるが、IT関係出身の会長は初めてのこと、という。ITの代表といえば、すぐに富士通、日立製作所などが想起されるが、それら企業を差し置いてなぜキャノンなのか。人物本位とはいえ、経済界のリーダーとして、また、日本を代表して発言しなければならない、この多難の時代にはたして御手洗会長で大丈夫なのだろうか。どうもこの背景には奥田前会長の思惑があるような気がしてならない。
 御手洗氏は昨日の朝のNHKのニュースで日本経団連会長としてインタビューに答えていたが、なにか前置きが長く、言っていることもそんなに新鮮味が感じられなかった。この人にで日本の財界の舵取りを任せて大丈夫かな、との印象を持った。一企業の経営者としては立派な業績を上げてはいるが、財界トップとして、日本が抱えている外交、政治、教育などの諸問題について、全企業を代表して、、適切なタイミングで適切な発言をしていけるのか、疑問に思わせるインタビューの内容であった。キャノンは年間3兆円以上の売上で、経常利益も6000億円を越すような超優良企業であり、御手洗氏は長年そのトップを務めてきた。それなりの説得力はあるのだろうが、キャノンはIT企業とはいえ、メインのコンピュータそのものは生産していなくて、プリンターなどその周辺機器で稼いでいる企業である。
 もちろん、出身企業の業態で日本経団連の会長が決められるわけでもなかろう。あくまでも人物本位で選任されたのだろう。しかし、その人物に疑問符がつくのではなにをかいわんや、という気持ちになる。
 となると、どうしても奥田前会長の意図を勘ぐりたくなる。実は奥田氏は今度トヨタ自動車会長に就任する張富士夫氏にバトンタッチしたかったのではなかろうか。しかし、8代目経団連会長の豊田章一郎氏に続いて、日本経団連の初代、2代目と1人を置いて3人もトヨタ出身者が続くことで、世論の反発を招くことを恐れたのではなかろうか。それで、とりあえず”中くらい”の御手洗氏にバトンタッチし、その後を張氏にする、との路線を密かに敷いた、というのは穿ちすぎだろうか。
 奥田氏には中くらいの御手洗氏が数年、日本経団連会長を務めれば、物足りないとして、張氏にとの声がきっと出てくる、との読みもあるだろう。そのくらいのことは考えかねない御仁だろう。
 そんなこととは露知らず、昨25日の日経、朝日、読売(毎日は1日遅れの26日)の朝刊には就任のご祝儀でか、キャノンの全面カラー広告が掲載されていた。おめだたい限りである。
 


 
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雷怖い

2006-05-25 | Weblog
 昨24日夕から夜にかけて、東京近郊で雷雨が襲来した。丁度、駅から家へ帰る途中で、稲光がすると同時に雷鳴が轟き、びっくりした。恐らく50メートルから100メートルの範囲内に落ちた、と思われ、いままでに感じたことのない命にかかわる恐怖感に捕らわれた。家のマンションには避雷針があるので、あともう少しでその範囲内に入るだろう、と思って家路を急いだ。早く着け、早く着け、と思いながら、必死で駈けた。
 家で早速、ネットで「避雷針」を検索してみた。すると、建築基準法によると、高さ20メートル以上の建造物には避雷針の設置が義務付けられていることがわかった。ただし、そのカバー範囲についてはよくわからなかった。当マンションの屋上には確かに避雷針がある。しかし、周囲の建物にはそれらしき建造物がないせいか、避雷針は見当たらない。ということは、当マンションのせいぜい周囲50メートル程度しか安全ではない、ということになろう。
 昔から怖いものの代表として「地震、雷、火事、親父」といわれ、漫画なんかに雷が鳴ると座布団を頭に被り、卓袱台の下に潜り込むような気の弱い男性が登場しているのがよくあった。どうして雷なんて、そんなに怖いものなのか、と半ばあきれていた。考えてみると、生まれ育った名古屋の実家の近くには中部電力の変電所があり、そこに大きな避雷針が設置してあり、いくら雷が鳴っても家に落ちる心配はない、と言われてきたので、雷に対して恐怖感を抱いたことがなかった。それと、若い時は無鉄砲というか、いつ死んでもいいや、という半ば虚無的な心情があったこともあって、雷に対し一切、怖いなんて思ったことがなかった。
 それが、昨晩は近くで雷鳴が炸裂したのを身近に体験したこともあったのか、初めて雷に恐怖心を抱いた。音の伝わる早さは1秒間に340メートルであるので、稲光が光ってから音がするまでの時間を計ることで、どのくらい先に雷が落ちたのかわかる。昨晩は本当に100メートルから2キロメートルの間にいくつもの雷が落ち、生きた気がしなかった。
 60歳を過ぎてから雷に恐怖を感じるなんて、一体どうしたのか、と思って心情を省察すると、いまはまだ死ぬわけにはいかない、やりたいことがいっぱいあることがわかった。知らないところを旅をしたいし、いい本も読みたい、いい音楽や芝居も観たい、美味しいものを食べたい、気心の通じた友達と酒を酌み交わしたい。それに守らなければならないものがある。子供であるし、かみさんであり、会社の有能な若い人である。そういう人に60年培ってきた多少のノウハウも伝えなくてはならない。いま、ここで死ぬわけにはいかないのだ、と思い至った。
 雷で改めて知った我が思いである。

追伸 今朝午前5時に起きて、5時半頃から鈍想愚感を書き出し、6時20分ころに完成し、「投稿」をクリックしたら、「gooのブログは25日午前6時から9時までメンテナンスです」のメッセージが出て、原稿がパーになってしまった。そのことを知らなかった当方のミスではあるが、最初にアクセスした時にそのメッセージが出るようにしてもらいたいものだ。
 原稿が飛ぶことはよくあるので、またか、という程度のことだが、サービス管理者としてはちょっとした心遣いをしてほしい。
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1度あることは2度ある?

2006-05-24 | Weblog
 会社で使用しているパソコン、デルのノートパソコンのキーボードの上にお吸い物をこぼしてしまった。お吸い物には金属にとってよくない塩分が含まれていて、よくない、とっさにティッシュペーパーでふき取ったが、そんなことでは防ぎきれない。キーボードの文字が正常に打ち込めない、完全にフリーズしてしまった。スクリーンセイバーの解除のパスワードが全然入力できなくなってしまったのだ。早速、システムの担当者にSOSを発信して、対応策を練ってもらうことにした。
 会社で使用しているパソコンは14年前に当時で70万円もしたNECのカラーノートパソコンにして以来、ずっとノートパソコンを愛用している。もち歩いたりするのに便利だし、スペースもとらないので、なにかと便利である。が、本体とキーボードが一体ななおで、今回のように液体などをこぼすと一発でパーとなるのが難点だ。
 担当者がデルに連絡してくれたところ、導入して3年以内なので、コンプリートケアなる制度でどうやら修理が可能だ、という。全然覚えていなかったが、コンプリートケアでは17万3429円の範囲内で3年間は無料修理できる、という。デルの女性が直接TELしてきて、故障時の状況を詳しく事情聴取してきたうえで、同意書をFAXで送ってきて、それにサインして送り返せば、あとは修理に入れる、とのことだった。同意書にはコンプリートケアの制度によって修理し、今回は引き取り料を含め7万1505円かかります、従ってコンプリートケアの残額は10万1924円です、という内容であった。
 で、翌日、壊れたパソコンを運送業者のヤマト運輸が引き取りにきて、約一週間後、件のデルの女性からTELがかかってきて、再度同意書にサイン願いたい、と言ってきた。よく観ると、マザーボードとキーボードを交換してその料金が1470円アップしていた。サインして送ると、その翌日、修理されたパソコンが送られてきた。
 一時はどうなることか、と思っていたのが10日で元に戻った。システムの担当者が代替機を用意してくれたので、それほど支障はなかったが、故障して丸1日はパソコンなし、で過ごした。社内外のメールが全く使えない状態で過ごしたわけで、ちょっとした外部の人とのアポがひっかかっていたので、心配だったが、なんということなく対応できた。いまの業務はパソコンがない、と全然進まない仕組みになっていることがよくわかった。いまは閑職なので、それほど支障はなかったが、これが第一線のバリバリの人だったら、大変だったろう。
パソコンが戻ってきて、セットすると、画面もキーボードもすっかり新しくなっていて、なにやら他人のパソコンに触っているような感じで、すぐにはなじめなかった。マザーボードを換えると画面まで新しくなるものなのか、それともよほど汚くしていたのか。装いがすっかり変わり、そんな体験はないが、まるで母親が亡くなり、新しい義母がきて接するような感じなのか、とも思った。
 実はノートパソコンのキーボードの上に液体をこぼしたのは2回目である。前回は約5年前に呑んでいたコーヒーをこぼした。コーヒーには砂糖が含まれていたので、これもキーボードを取り替えた。その時は子会社にいあたので、代替機の余裕なんかなく、早速、秋葉原へ行って20万円くらいのノートパソコンを購入してきたことを覚えている。
 1度あることは2度ある。3回目をやったら馬鹿といわれることだろう。人間というのは懲りないものだ。でも失敗して見えてくるものもあるので、必ずしも失敗すべてが否定されるものではなかろう。でもできれば、失敗はしない方がいいだろう。

 
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なぜか盛り上がらないワールドカップ

2006-05-23 | Weblog
 開幕まであと17日となったドイツでのサッカー、ワールドカップ。新聞、テレビ等の報道をみていてもなぜか高まるものが観られない。前回は日本・韓国で開かれ、地元であったせいなのか、よくわからないが、サッカーくじ、TOTOの不調が頭にあるせいか、熱気と興奮が伝わってこない。ことによると、日本勢の実力が前回より劣ることがすでに専門家の間では明らかになっており、それがそれとなく伝わっていることもあるのでは、と勘ぐりたくなってくる。
 昨日は地元、福島の高校生を相手に練習試合をして、12対0で勝った、というが、どうして高校生相手なのだろうか。今年3月の野球のワールドカップではプロ野球選抜チームと試合をして、日本代表チームが負けてしまったことがあった。選ばれなかった選手が奮起して、全力で負かしにいったのがよくわかったし、この敗戦が結果的には野球世界一へつながった。サッカー協会には選に漏れた選手で選抜チームを組み、代表チームと戦わせるだけのことをする人がいない、のだろうか。
 そういえば、15日の23人の日本代表チーム入りの選手を発表した際、ジーコ監督の隣で記者会見に臨んだ川渕三郎日本サッカー協会会長は「私も23人の名前は聞いていない。いまから皆さんと同じく胸をときめかせて、発表を聞く」とジーコ監督に対する半分ゴマすりのようなことを言っていた。事前に聞いていないことなんてあり得ないことだし、それを公式の場でさも本当のように言うその姿勢になにか違和感を感じた。
 大体、先のスコットランドとブルガリアとの三カ国対抗戦でも日本は惨敗した。大会を間近に控えたこの時期に遠征してきたチームにホームで負けるなんて、調整がうまくいってない証拠ではないか。ワールドカップではスコットランド以上の強豪がいっぱいいる。オリンピックを見ていても、直前の試合でいい結果を出さない選手は本番でもいい結果を出せない。直前でいい結果を出しても、本番ではダメな場合もあるが、直前でダメな場合は本番でもダメだ。
 この前どこかで、すでにジーコ監督の次期日本チーム監督の人選に入っている、との話を聞いた。まだ、ワールドカップが始まっていないのに、結果はどうであれ、ジーコ監督はもう解任ということだ。ジーコ監督は日本に何年住んでいるか知らないが、いまだに日本語を話さない、というのは解せない。本気で日本に溶け込もう、としているのか、疑問だ。日本、および日本人を理解するためには日本語を理解しない、とまずだめだ。本当に日本を強くしよう、と思うのなら、まず言葉から入れ、と言いたい。
 まあ、ワールドカップでの日本チームは1次リーグで敗退だろう。小泉首相が決勝に進出すれば、応援に行く、といったそうだが、いくなら1次リーグから行け、と言いたい。決勝になんか、行けっこない、と思っているから、そう言うのだろう。小泉首相の鼻をあかしてやるために、決勝に進んでほしいが、まず無理だろう。
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楽しめるミュージカル「INTO THE WOODS」

2006-05-22 | Weblog
 東京・初台のオペラシティでブロードウェイ・ミュージカル「INTO THE WOODS」を観た。シンデレラに赤ずきんちゃん、ジャックと豆の木の3つの童話が同時進行していく幕開けは一瞬、これは子供向けのミュージカルか、と思わせる。しかし、後半は現代風の味付けが効いていて、さすがブロードウエイのミュージカルといった感じで、なかなかの傑作である。ジェイムス・ラバイン脚本を宮本亜門が演出・振り付けをしただあけに見ごたえはあった。2年前に初演した配役のままの再演で、一部声が出ないのではないか、と思われる出演者もいたが、総じて熱演で楽しいミュージカルであった。
 前半は3つの童話にパン屋の夫婦の子供を授かりたいとの思いを魔女が謎かけする話がからんで登場人物が森の中をさまよい歩きながら、お互いの願いと欲をぶつけ合いながら、交錯する。題名の「INTO THE WOODS」の意味がここで納得できた。前半の最後はみんな望みを叶え、めでたし、めでたし、となり、これで後半はどうなるのやら、と期待をいだかせる。
 後半はジャックに殺された巨人の妻が復讐にやってくるところから始まる。それぞれのお城、家も巨人の妻に壊されてしまう。ジャックを生贄に差し出すことを決められた母親は死んでしまうし、パン屋の奥さんは倒れてきた大木の下敷きになって死んでしまうし、数々の不幸が訪れる。それでもパン屋の主人を中心に団結して、巨人の妻をやっつけて、平和を取り戻す。人間は1人じゃない、みんなで協力い合えれば苦境を乗り越えられる、と訴える。
 ミュージカルなので主演の諏訪マリーはじめ小堺一機、高畑淳子らの踊りながらの独唱めいた場面が結構ある。正直、年から言って多少苦しそうな出演者もいたが、まあ聞けた。ブロードウエイでヒットした作品だけにうまく作ってある、との印象であった。
 ただ、後半でシンデレラの旦那である王子が、森の中でパン屋の奥さんと出会い、行きずりの恋に落ちる場面はもうちょっとさりげなく演じてもよかったのではなかろうか。後ろに座っていた子供さんが隣のお母さんに「チャーミングって何?」と聞いていた。パン屋の奥さんに「どうしてこんな事をするのか」と聞かれた王子が「王子であるとともにチャーミングでなければならぬ」と答えていたからだ。
 まあ、全体としては楽しいミュージカルであった。大体、ミュージカルは楽しくなければミュージカルではないだろうし、ミュージカルは楽しくなければならない、と思う。
 家に帰って、諏訪マリーをインターネットで検索してみたら、どうやら元宝塚であることがわかったが、検索して驚いたのはほとんどがこの「INTO THE WOODS」の公演がらみの記事ばかりだった。経歴を知りたかったのだが、詳しい経歴までたどりつけなかった。かつて諏訪マリーを知る人もこのことを知ったら、きっと驚くことだろう。いまや元宝塚の諏訪マリーより、「INTO THE WOODS」の諏訪マリーのが有名ということだ。俳優も新しい作品、しかも評判にある作品に出ないとネットの索引にも乗らないのだ、と改めてネットの”威力”を思い知った。
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