鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

日本雑誌協会が大晦日一斉売り出しの”奇策”を打ち出したが、少し筋が違うのではなかろうか

2016-12-31 | Weblog
 3年ぶりに我が家で迎える年末年始でことしやるべきことはほぼ終わった感でお昼のNHKニュースを見ていたら、「日本雑誌協会が今日から有力出版社約40社が刊行している雑誌の特別号を一斉に売り出し、本屋の店頭に並べている」と報じていた。どこか新宿の紀伊国屋書店の店頭で店員が通りかかるお客さんに向かって購入を呼び掛けている映像が流されていた。NHKによると、雑誌協会は雑誌の売り上げが不振なので、この大晦日に定期刊行の雑誌の特別号を発行し、売り上げの挽回に務めたいとの目論見とのことだった。出版界はインターネットに押されてずっと書籍・雑誌とも売れ行き不振となっており、これを一挙に打開すべく打ち出されたのがこの”奇策”ということのようだった。
 
 テレビの報道内容を見ている限り、雑誌以外にも書籍も並べているようだったので、どんな形で大晦日の雑誌売り出しを行っているか興味が涌いてきた。で、ランチを食べた後に早速、川崎・溝の口の文教堂書店本店の店頭を覗いてみた。文教堂は関東周辺にチェーン展開している本屋で、溝の口本店は5階建てで、1階から4階まで本を並べている川崎界隈では比較的大きな書店である。ところが、その文教堂書店本店を隈なく見てみたが、NHKが報じていたような大晦日売り出しをしているような形跡はどこにも見られなかった。

 考えてみれば、この忙しい時期に通常の売り場を拡充してそうした大晦日売り出しのスペースを作り、そのために幟やPOP(店頭広告)を手配し、店員を張り付けるのは容易なことではない。そんなスペースもないし、地方の中小書店ではとてもそんなことに付き合うようなことはできないだろう。文教堂書店のようなチェーン店でも本店ではなんとか付き合えても駅構内に構えている中小の書店ではとても対応できないだろう。

 ということはこの大晦日売り出しに賛同して販売している書店は新宿の紀伊国屋書店のような都会の繁華街に店を構える大型書店しかないことになる。明日以降に都心に出掛けるようなことがあったら、確かめてみたいが雑誌協会の呼び賭けに賛同して実際に大晦日売り出しを実施した書店は全国でみればごくわずかでしかないのではなかろうか。

 日本雑誌協会がこの企画を決めた際に日本書店商業組合連合会や日本出版取次協会など関連団体との話し合いは行われ、了解は取り付けていたのだろうか。出版社自体も週刊誌などは年末年始は合併号を発行するなど従業員を休ませる体制を取ってきているなか、逆に労働強化を強いるような方向の企画を打ち出して、会員から反発を受けそうな雰囲気があるなか、雑誌の配送、および販売をお願いする関連団体に労働強化を強いるような要請をしてスムーズに了解が取れたものなのか、疑問が残る。

 もともと雑誌の売れ行きが芳しくないのは不況が続いているのに加え、インターネットの浸透に押されていることが大きな理由であるが、雑誌そのもののコンテンツが消費者のニーズをとらえきれていない側面もあるのではないだろうか。それなのに関連団体にも労働強化を強いて、発行号を増やすような”奇策”に出るというのは少し筋が違うのではないか、という気がしてならない。
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入れ歯が少しもきれいにならなかった超音波洗浄器、超音波という言葉に惑わされてはならない

2016-12-21 | Weblog
 20日、東京・お茶の水の歯医者に行った。恒例の歯の定期点検で、いつものように歯の具合いを見てもらうと、歯医者さんは珍しく「今日は総じてきれいですね。上の左の歯が少し汚れているのと歯石がついているくらいです」と言って歯間に糸を通したくらいで、助手に掃除を命じて診察はわずか20分くらいで終了してしまった。この夏に海外旅行で歯が汚れていたのでこのところ1、2カ月おきくらいになっていた点検も「3カ月に1回くらいでいい」ということで、次回は来年3月末ということになった。

 そうなった大きな理由は入れ歯がこれまでになくきれいだったことも与かっていたのかもしれない。というのは入れ歯を使うようになってしばらくしてからずっと超音波による入れ歯洗浄器を使ってきたが、最近壊れてしまったので、歯ブラシを使って自分で歯磨きの後に手入れするようになっていて、以前とは見違えるほどきれいになっていた。歯医者さんはたまに入れ歯を預かって洗浄器で洗い、治療後に戻してくれる時に「真っ黒です」とつぶやいたり、「入れ歯をひっかけている金具の裏が黒いです」と指摘することがあって、ずっと入れ歯の汚れが気になっていて、自分で入れ歯洗浄をするようになってから、必死になってきれいにするようになっていたのだった。

 この入れ歯洗浄器は5、6年前にJR東日本の新幹線に乗車した際に座席に置いてあるJR東日本にPR紙の通信販売のページに入れ歯や宝石を超音波で洗浄する装置が載っていて、大枚1万2千円をはたいて購入し、ずっと使用してきた。超音波で洗浄するのだからきれいになるはずだ、と思い込んでいて、特にそれ以外に洗浄などしてこなかった。その結果が歯医者さんから嫌味をいわれるような仕儀となっていたわけだが、それでもそれほど気にせずにそのまま入れ歯洗浄器を使い続けてきた。

 ところが、つい2カ月前に入れ歯洗浄器が壊れて作動しなくなってしまった。購入して1年経った時にも作動しなくなったので、メーカーに連絡して送ったところ、本体でなくバッテリーがおかしくなっていて、無料で修理してくれたことがあった。今回はどうやら寿命のようで修理にも結構お金がかかるということで修理は諦めることとした。ならということで、洗浄器を分解してみたら、隠れた部分にICが接続されていたが、超音波云々というのは眉唾みたいな感じがした。スイッチをいれるとブーという音がしていかにも超音波がでているような感じを与えていたが、そんな大がかりな装置にはみえなかった。

 で、心を入れ替えて自ら入れ歯を掃除することとなったわけだ。たまたまかみさんが歯間を磨く歯ブラシを購入していたので、それを活用するほか楊枝も使って入念に磨くようにしたら、見違えるほどきれいになった。毎日使うものだけにきれいになると気持ちもいい。今度歯医者さんに行った時にはこうした事情を話してもいいかな、とも思っている。超音波という言葉に踊らされた長い年月でもあった。そんなこけおどしに乗ることなく、自らの目でしっかりと見ることこそ大事だ、と思い知った。
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ボブ・ディランのノーベル文学賞受賞を見て、例えば中島みゆきにいずれ文化勲章でも授与してほしい、と思った次第

2016-12-12 | Weblog
 11日、スウェーデンのストックホルムで2016年のノーベル賞授与式がスウェーデンの国王出席のもと、我が国の大隅良典東工大名誉教授に医学生理学賞が与えられ、引き続き記念の晩餐会が催された。そのなかで最も注目を集めたのは授与式を欠席したノーベル文学賞受賞の米国の歌手、ボブ・ディランさんをめぐる動きであった。通常なら生涯最高の栄誉を晴れがましく受賞式に参加するのに多忙を理由にあっさりと欠席し、代わりに在スウェーデン女性大使が心境を代読したのとボブ・ディラン氏を尊敬するパティ・スミス氏が代表作の「はげしい雨が降る」を熱唱し、途中でとちったのを詫びていたのが面白かった。
 
 その夜にNHKBSテレビが75歳を迎えたボブ・ディランの歌手活動を特集していて、代表作の「風に吹かれて」を初めて通しで聴いた。部分的には聞いたような記憶があったが、歌詞を初めてかみしめながら聴いたのは初めてのことで、1960年代はじめにロック歌手として初めてコンサートに出演した時にあまりにもヤジがひどくて途中で退席してしまったエピソードも紹介されていた。鈍想愚感子はそんなに音楽に詳しくないので、果たしてボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞するに値するほどの偉大な歌手であるかどうか判断はつかないが、ノーベル賞事務局とのやりとりのなかでか、ボブ・ディランが「歌手活動のなかで文学を意識したことはなかった」と語っていたのが記憶に残っている。
 
 ノーベル賞事務局のなかにボブ・ディランの歌手活動のなかにノーベル文学賞を与えてもいい、との判断があったのだろう。これまで数々の歌手がいたなかでなぜボブ・ディランだけが認められたのかはそれほど多くを語っていない。シンガーソングライターとして多くの反戦歌を歌ってきたボブ・ディランの活動が我が国の川端康成や大江健三郎と同じような文化的貢献を果たしたということなのだろう。ということはこれまで歌手活動を行ってきている歌手のみなさんに大きな感動を与えたこととなることだろう。

 ここまで考えてきて、しからば日本デシンガーソングライターとして活躍してきた歌手のなかにもボブ・ディランと同じように世の中に大きな影響を与えている歌手がいるのではないか、と思い当った。というのは毎年秋にアルバムを発売し、この秋にも21世紀ベストセレクション「前途」を発売したわれらが中島みゆきこそそれにふさわしいのではないか、と思った次第である。今年のアルバム「前途」はことのほか強いメッセージが込められているように思えて仕方がない。いつもに似ずいずれの曲も渾身の思いを込めたもので、すでに何回も惚れ惚れと聴いている。

 ただ、残念ながら中島みゆきに限らず、日本の歌は日本語では歌われてはいるが、英語で世界に発信されているわけではない。2000年以降、ノーベル賞は毎年日本から1人ずつ選出されていて、この理由として日本で発表されている科学論文でこれはと思うものはいずれも英語に訳され、ノーベル賞選考の事務局の目にとまるようなこととなっていることが大きい。日本の歌曲もこれにならって、英語に翻訳され、世界に向けて発信されることが望ましいが、そうした土壌がない以上、一足跳びにそうなることを望むのは難しいことだろう。だから、いまの段階ではせめて日本の文部省がノーメル賞選考事務局並みの理解を日本の歌にも目を向け、いつの日かた中島みゆきに文化勲章を授与するような日がきてくれることを望むしかないだろう。
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